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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
管理番号 1384070
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-02-10 
確定日 2022-03-04 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6739804号発明「有機エレクトロルミネッセンス素子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6739804号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜9〕について訂正することを認める。 特許第6739804号の請求項1〜5及び7に係る特許を維持する。 特許第6739804号の請求項6、8及び9に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続等の経緯
特許第6739804号の請求項1〜請求項9に係る特許(以下「本件特許」という。)についての出願(特願2017−559231号)は、2016年(平成28年)12月28日(優先権主張 平成27年12月28日)を国際出願日とする出願であって、令和2年7月28日に特許権の設定の登録がされたものである。
その後、本件特許について、令和2年8月12日に特許掲載公報が発行されたところ、発行の日から6月以内である令和3年2月10日に、本件特許に対して、特許異議申立人 大村 豊(以下「特許異議申立人」という。)から、特許異議の申立てがされた。
その後の手続等の経緯は、以下の通りである。
令和 3年 6月11日付け:取消理由通知書
令和 3年 8月17日付け:訂正請求書
令和 3年 8月17日付け:意見書(特許権者)
令和 3年10月22日付け:手続補正書(方式)
なお、令和3年11月8日付けで特許異議申立人に対して訂正請求があった旨の通知(特許法120条の5第5項)をし、意見を求めたものの、何らの応答もなかった。


第2 本件訂正請求及び訂正の適否についての判断
令和3年8月17日にされた訂正の請求を、以下「本件訂正請求」という。
1 訂正の趣旨
本件訂正の趣旨は、特許第6739804号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜9について訂正することを求める、というものである。

2 訂正の内容
本件訂正請求において、特許権者が求める訂正の内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。
(1)訂正事項1
訂正事項1による訂正は、請求項1に「前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有する」と記載されているのを、「前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料および前記第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く、」に訂正するものである。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜5及び7についても同様に訂正するものである。

(2)訂正事項2
訂正事項2による訂正は、請求項1に「前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」との記載を追加する訂正をするものである。
請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2〜5及び7についても同様に訂正するものである。

(3)訂正事項3
訂正事項3による訂正は、請求項4に「下記式(1)で表される化合物または該化合物の誘導体からなる」と記載されているのを、「下記式(1)で表される化合物からなる」に訂正するものである。
請求項4を直接又は間接的に引用する請求項5及び7についても同様に訂正するものである。

(4)訂正事項4
訂正事項4による訂正は、請求項6を削除するものである。

(5)訂正事項5
訂正事項5による訂正は、請求項7に「第一族原子、第二族原子または遷移金属原子を含有する化合物」と記載されているのを、「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウム」に訂正するものである。なお、令和3年10月22日付けの手続補正書により補正された本件訂正請求書においては、「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する化合物」に訂正すると記載されているが、「を含有する化合物」は明らかな誤記であると理解できるので、上記のとおりの訂正事項とした。
また、訂正前の請求項7に「請求項6に記載の」と記載されているのを、「請求項1〜5のいずれか1項に記載の」と訂正するものである。

(6)訂正事項6
訂正事項6による訂正は、請求項8を削除するものである。

(7)訂正事項7
訂正事項7による訂正は、請求項9を削除するものである。

3 一群の請求項について
本件訂正前の請求項2〜9は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用しており、訂正事項1による訂正により連動して訂正されることになるので、訂正前の請求項1〜9は一群の請求項をなすものである。
したがって、本件訂正請求は、一群の請求項ごとにされたものである。

4 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1による訂正は、請求項1に記載された「第1ホスト材料」及び「第2ホスト材料」を「前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料および前記第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低」いものに限定する訂正であるから、訂正事項1による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項
本件特許明細書の【0019】には、「第1ホスト材料」及び「第2ホスト材料」のエネルギー準位の関係が、上記訂正事項1により限定される関係であることが好ましいことが開示されている。
そうしてみると、訂正事項1による訂正が新規事項の追加に該当しないことは明らかである。
ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項1による訂正により、訂正前の特許請求の範囲に含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにならないことは明らかである。
したがって、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2による訂正は、請求項1に「前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」との記載を追加するものであるから、訂正事項2による訂正は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ 新規事項
本件特許明細書の【0034】等には、「電子輸送層の少なくとも1層」が「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウム」を含有することが好ましいことが開示されている。
そうしてみると、訂正事項2による訂正が新規事項の追加に該当しないことは明らかである。
ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項2による訂正により、訂正前の特許請求の範囲に含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにならないことは明らかである。
したがって、訂正事項1による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(3)訂正事項3について
訂正事項3による訂正は、請求項4に記載されていた「該化合物の誘導体」という明確でない記載を削除するものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しないことは明らかである。

(4)訂正事項4について
訂正事項3による訂正は、請求項6を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかである。

(5)訂正事項5について
ア 訂正の目的
訂正事項5による訂正は、請求項7に記載された「第一族原子、第二族原子または遷移金属原子を含有する化合物」を「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウム」に限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項5による訂正は、訂正事項3により請求項6が削除されたことに伴い、請求項7が引用する請求項を請求項6が引用していた請求項1〜5のいずれか1項とするものであるから、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ 新規事項
本件特許明細書の【0034】等には、「第一族原子、第二族原子または遷移金属原子を含有する化合物」は「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウム」が好ましいことが記載されている。
また、訂正前の請求項7が請求項6を引用するものであったところ、上記訂正事項4で請求項6が削除されて請求項6が引用できなくなったことに伴い、その引用元の請求項を、訂正前の請求項6が引用する請求項1〜5のいずれか1項に訂正するものである。
そうしてみると、訂正事項5による訂正が新規事項の追加に該当しないことは明らかである。
ウ 拡張又は変更
前記アで述べた訂正の内容からみて、訂正事項5による訂正により、訂正前の特許請求の範囲に含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることにならないことは明らかである。
したがって、訂正事項5による訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(6)訂正事項6について
訂正事項6による訂正は、請求項8を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかである。

(7)訂正事項7について
訂正事項7による訂正は、請求項9を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、新規事項の追加に該当しないこと、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものに該当しないことは明らかである。

5 小括
以上のとおり、本件訂正請求による訂正は、特許法120条の5第2項ただし書、同法同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。
よって、結論に記載のとおり、特許第6739804号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項k〔1〜9〕について訂正することを認める。


第3 訂正後の本件特許発明
上記「第2」のとおり、本件訂正請求による訂正は認められた。
そうしてみると、特許異議の申立ての対象とされた、請求項1〜5及び7に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」等という。)は、本件訂正請求による訂正後の特許請求の範囲1〜5及び7に記載された事項によって特定されるとおりの以下のものである。
「【請求項1】
少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料および前記第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、
前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
前記第2ホスト材料が電子輸送性を有するものである請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、
前記第2ホスト材料が、前記電子輸送層のうち最も発光層に近い電子輸送層の構成材料と同じ材料からなるものである請求項1または2に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
前記第2ホスト材料が下記式(1)で表される化合物からなるものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】
一般式(1)

[一般式(1)において、Arは、置換もしくは無置換のアリール基、または置換もしくは無置換のヘテロアリール基を表す。nは1〜3の整数を表す。nが2以上であるとき、複数のArは互いに同一であっても、異なっていてもよい。]
【請求項5】
前記一般式(1)で表される化合物が下記一般式(2)で表される化合物であることを特徴とする請求項4に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化2】
一般式(2)

[一般式(1)において、Ar1、Ar2およびAr3は、各々独立に置換もしくは無置換のアリール基、または置換もしくは無置換のヘテロアリール基を表す。R1、R2およびR3は、各々独立に置換基を表し、該置換基は置換もしくは無置換のアリール基、および置換もしくは無置換のへテロアリール基ではない。n1、n2およびn3は、各々独立に1〜5の整数を表す。n11、n12およびn13は、各々独立に0〜4の整数を表す。]」
「【請求項7】
発光層と陰極の間に、発光層側から順に、第1電子輸送層と第2電子輸送層を有しており、前記第2電子輸送層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。」


第4 取消しの理由及び証拠について
1 取消しの理由の概要
令和3年6月11日付の取消理由通知書により通知した取消しの理由の要旨は以下のとおりである。
(1)新規性進歩性
本件特許の請求項1及び2に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。
また、本件特許の請求項1〜9に係る発明は、先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、先の出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)サポート要件
本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであるということができないから、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。

(3)明確性要件
本件出願の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が、明確であるということができないから、特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。

2 証拠について
特許異議申立人が提出した証拠は、以下のとおりである。
甲1:特開2013−239703号公報
甲2:国際公開第2013/011955号
甲3:樋口貴史 他3名,「ホスト混合法を用いた熱活性型遅延蛍光素子の高性能化」,第61回 応用物理学会春季学術講演会講演予稿集,応用物理学会,2014年3月,p12−228
甲4:Chang Woo Seo 他2名, 「Engineering of charge transport materials for universal low optimum doping concentration in phosphorescent organic light-emitting diodes」, Organic Electronics 13, (2012), p341-349
甲5:特表2008−524848号公報
甲6:Sae Youn Lee 他3名,「High-efficiency organic light-emitting diodes utilizing thermally activated delayed fluorescence from triazine-based donor-acceptor hybrid molecules」,Applied Physics Letters,American Institute of Physics,2012年8月30日,101,093306(2012),093306−1〜093306−4
甲7:国際公開第2013/081088号
甲8:特開2004−22334号公報


第5 当合議体の判断(新規性進歩性
1 甲1を主引例とした新規性進歩性
(1)甲1の記載
甲1は、本件特許の先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。なお、下線は、当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す(以下、甲1〜8の記載についても同様である。)。
ア 「【請求項1】
一対の電極間に正孔輸送層と、前記正孔輸送層上に形成された発光層と、を有し、
前記発光層は、
電子輸送性を有する第1の有機化合物と、
正孔輸送性を有する第2の有機化合物と、
三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物と、を有し、
前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物は、励起錯体を形成する組み合わせであり、前記正孔輸送層が2種類以上の有機化合物により形成され、少なくとも前記第2の有機化合物を有する
ことを特徴とする発光素子。
【請求項2】
一対の電極間に正孔注入層と、前記正孔注入層上に形成された正孔輸送層と、前記正孔輸送層上に形成された発光層と、前記発光層上に形成された電子輸送層と、前記電子輸送層上に形成された電子注入層と、を有し、
前記発光層は、
電子輸送性を有する第1の有機化合物と、
正孔輸送性を有する第2の有機化合物と、
三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物と、を有し、
前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物は、励起錯体を形成する組み合わせであり、前記正孔輸送層が2種類以上の有機化合物により形成され、少なくとも前記第2の有機化合物を有する
ことを特徴とする発光素子。」

イ 「【0025】
(実施の形態1)
本実施の形態では、本発明の一態様である発光素子を構成する上での概念および具体的な発光素子の構成について説明する。まず、本発明の一態様である発光素子の素子構造について、図1を用いて説明する。
【0026】
図1に示す素子構造は、一対の電極(第1の電極101、第2の電極103)間に正孔輸送層112と、正孔輸送層112上に形成された発光層113と、を有し、発光層113は、電子輸送性を有する第1の有機化合物120と、正孔輸送性を有する第2の有機化合物122と、三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物124と、を有し、第1の有機化合物120と第2の有機化合物122は、励起錯体を形成する組み合わせであり、正孔輸送層112が2種類以上の有機化合物(例えば、第2の有機化合物122及び正孔輸送性を有する第5の有機化合物)により形成され、少なくとも第2の有機化合物122を有する。
【0027】
なお、図1において、第1の電極101と正孔輸送層112の間に設けられた領域には、正孔注入層や、正孔輸送層を必要に応じて形成することができる。また、図1において、第2の電極103と発光層113の間に設けられた領域には、電子注入層や電子輸送層を必要に応じて形成することができる。
【0028】
なお、第1の有機化合物120をホスト材料として用い、第2の有機化合物122をアシスト材料として用い、第3の有機化合物124をゲスト材料として用いるとよい。すなわち、発光層における第3の有機化合物の質量分率(または体積分率)が、第1の有機化合物および第2の有機化合物のそれに比して少ないことが好ましい。以下の説明において、第1の有機化合物120をホスト材料、第2の有機化合物122をアシスト材料、第3の有機化合物124をゲスト材料として呼ぶ場合がある。
【0029】
第1の有機化合物120(ホスト材料)は、例えば10−6cm2/Vs以上の電子移動度を有する電子輸送性材料を用いることができる。また、第2の有機化合物122(アシスト材料)は、例えば10−6cm2/Vs以上の正孔移動度を有する正孔輸送性材料を用いることができる。
【0030】
なお、上記構成において、第1の有機化合物120(ホスト材料)及び第2の有機化合物122(アシスト材料)のそれぞれの最低三重項励起エネルギーの準位(T1準位)は、第3の有機化合物124(ゲスト材料)のT1準位よりも高いことが好ましい。第1の有機化合物120(ホスト材料)及び第2の有機化合物122(アシスト材料)のT1準位が、第3の有機化合物124(ゲスト材料)のT1準位よりも低いと、発光に寄与する第3の有機化合物124(ゲスト材料)の三重項励起エネルギーを第1の有機化合物120(ホスト材料)及び第2の有機化合物122(アシスト材料)が消光(クエンチ)してしまい、発光効率の低下を招くためである。
・・・中略・・・
【0033】
そこで本発明においては、第1の有機化合物120、および第2の有機化合物122は、励起錯体(exciplex:エキサイプレックスとも言う)を形成する組み合わせである。励起錯体について、図2(A)、及び図2(B)を用いて以下説明を行う。
【0034】
図2(A)は、励起錯体の概念を示す模式図であり、第1の有機化合物120(又は第2の有機化合物122)の蛍光スペクトル、第1の有機化合物120(又は第2の有機化合物122)の燐光スペクトル、第3の有機化合物124の吸収スペクトル、及び励起錯体の発光スペクトルを表す。
【0035】
例えば、発光層113において、第1の有機化合物120(ホスト材料)の蛍光スペクトル及び第2の有機化合物122(アシスト材料)の蛍光スペクトルは、より長波長側に位置する励起錯体の発光スペクトルに変換される。そして、励起錯体の発光スペクトルと第3の有機化合物124(ゲスト材料)の吸収スペクトルとの重なりが大きくなるように、第1の有機化合物120(ホスト材料)と第2の有機化合物122(アシスト材料)を選択すれば、一重項励起状態からのエネルギー移動を最大限に高めることができる(図2(A)参照)。
・・・中略・・・
【0042】
ここで、第1の有機化合物120、第2の有機化合物122、及び励起錯体のエネルギー準位の概念について、図2(B)を用いて説明を行う。なお、図2(B)は、第1の有機化合物120、第2の有機化合物122、及び励起錯体のエネルギー準位を模式的に示した図である。
【0043】
第1の有機化合物120(ホスト材料)と、第2の有機化合物122(アシスト材料)のHOMO準位及びLUMO準位は、それぞれ異なる。具体的には、第1の有機化合物120のHOMO準位<第2の有機化合物122のHOMO準位<第1の有機化合物120のLUMO準位<第2の有機化合物122のLUMO準位という順でエネルギー準位が異なる。そして、この2つの有機化合物により励起錯体が形成された場合、励起錯体のLUMO準位は、第1の有機化合物120(ホスト材料)に由来し、HOMO準位は、第2の有機化合物122(アシスト材料)に由来する(図2(B)参照)。
・・・中略・・・
【0046】
ここで、実際に励起錯体がこのような特性を有しているかどうかに関し、分子軌道計算を用いて検証した。一般に、複素芳香族化合物と芳香族アミンとの組み合わせは、芳香族アミンのLUMO準位に比べて低い複素芳香族化合物のLUMO準位(電子が入りやすい性質)と、複素芳香族化合物のHOMO準位に比べて高い芳香族アミンのHOMO準位(ホールが入りやすい性質)の影響で、励起錯体を形成することが多い。そこで、本発明の一態様における第1の有機化合物120のモデルとして複素芳香族化合物のLUMOを構成する代表的な骨格のジベンゾ[f,h]キノキサリン(略称:DBq)を用い、本発明の一態様における第2の有機化合物122のモデルとして芳香族アミンのHOMOを構成する代表的な骨格のトリフェニルアミン(略称:TPA)を用い、これらを組み合わせて計算を行った。
・・・中略・・・
【0061】
例えば、第1の有機化合物120が、電子輸送性材料の中でも電子(キャリア)を捕獲しやすい性質を有する(LUMO準位の低い)電子トラップ性の化合物であり、第2の有機化合物122が、正孔輸送性の材料の中でも正孔(キャリア)を捕獲しやすい性質を有する(HOMO準位の高い)正孔トラップ性の化合物である場合には、第1の有機化合物120のアニオンと第2の有機化合物122のカチオンから、直接励起錯体が形成されることになる。このような過程で形成される励起錯体のことを特にエレクトロプレックス(electroplex)と呼ぶこととする。
・・・中略・・・
【0072】
また、本発明の一態様である発光素子において、励起錯体の励起エネルギーは第3の有機化合物124(ゲスト材料)に十分にエネルギー移動し、励起錯体からの発光は実質的に観察されないことが好ましい。したがって、励起錯体を介して第3の有機化合物124(ゲスト材料)にエネルギーを移動して、第3の有機化合物124が、燐光を発することが好ましい。なお、第3の有機化合物124としては、三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の材料であればよく、特に燐光性有機金属錯体であることが好ましい。」

ウ 「【0085】
(実施の形態2)
本実施の形態では、実施の形態1に示す発光素子の変形例について、図6を用いて説明する。なお、実施の形態1で示す発光素子と同様の機能を有する部分については、同様の符号を用い、その繰り返しの説明は省略する。
【0086】
本実施の形態に示す発光素子は、図6に示すように、一対の電極(第1の電極101、第2の電極103)間に正孔注入層111と、正孔注入層111上に形成された正孔輸送層112と、正孔輸送層112上に形成された発光層113と、発光層113上に形成された電子輸送層114と、電子輸送層114上に形成された電子注入層115と、を有し、発光層113は、電子輸送性を有する第1の有機化合物120と、正孔輸送性を有する第2の有機化合物122と、三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物124と、を有し、第1の有機化合物120と第2の有機化合物122は、励起錯体を形成する組み合わせであり、正孔輸送層112が2種類以上の有機化合物により形成され、少なくとも第2の有機化合物122を有する。
・・・中略・・・
【0095】
また、発光層113は、第1の有機化合物120(ホスト材料)、第2の有機化合物122(アシスト材料)、及び第3の有機化合物124(ゲスト材料)を有している。
【0096】
第1の有機化合物120(ホスト材料)としては、電子輸送性材料を用いることが好ましい。また、第2の有機化合物122(アシスト材料)としては、正孔輸送性材料を用いることが好ましい。また、第3の有機化合物124(ゲスト材料)としては、三重項励起エネルギーを発光に変える発光性材料が好ましい。
・・・中略・・・
【0100】
一方、三重項励起エネルギーを発光に変える発光性材料としては、例えば、燐光性材料や熱活性化遅延蛍光を示す熱活性化遅延蛍光(TADF)材料が挙げられる。
・・・中略・・・
【0107】
電子輸送層114は、電子輸送性の高い物質を含む層である。電子輸送層114には、上述した電子輸送性材料の他、トリス(8−キノリノラト)アルミニウム(略称:Alq3)、トリス(4−メチル−8−キノリノラト)アルミニウム(略称:Almq3)、ビス(10−ヒドロキシベンゾ[h]キノリナト)ベリリウム(略称:BeBq2)、BAlq、Zn(BOX)2、ビス[2−(2−ヒドロキシフェニル)ベンゾチアゾラト]亜鉛(略称:Zn(BTZ)2)などの金属錯体を用いることができる。また、2−(4−ビフェニリル)−5−(4−tert−ブチルフェニル)−1,3,4−オキサジアゾール(略称:PBD)、1,3−ビス[5−(p−tert−ブチルフェニル)−1,3,4−オキサジアゾール−2−イル]ベンゼン(略称:OXD−7)、3−(4−tert−ブチルフェニル)−4−フェニル−5−(4−ビフェニリル)−1,2,4−トリアゾール(略称:TAZ)、3−(4−tert−ブチルフェニル)−4−(4−エチルフェニル)−5−(4−ビフェニリル)−1,2,4−トリアゾール(略称:p−EtTAZ)、バソフェナントロリン(略称:BPhen)、バソキュプロイン(略称:BCP)、4,4’−ビス(5−メチルベンゾオキサゾール−2−イル)スチルベン(略称:BzOs)などの複素芳香族化合物も用いることができる。また、ポリ(2,5−ピリジン−ジイル)(略称:PPy)、ポリ[(9,9−ジヘキシルフルオレン−2,7−ジイル)−co−(ピリジン−3,5−ジイル)](略称:PF−Py)、ポリ[(9,9−ジオクチルフルオレン−2,7−ジイル)−co−(2,2’−ビピリジン−6,6’−ジイル)](略称:PF−BPy)のような高分子化合物を用いることもできる。ここに述べた物質は、主に10−6cm2/Vs以上の電子移動度を有する物質である。なお、正孔よりも電子の輸送性の高い物質であれば、上記以外の物質を電子輸送層114として用いてもよい。
【0108】
また、電子輸送層114は、単層のものだけでなく、上記物質からなる層が2層以上積層したものとしてもよい。」

エ 「【0195】
(発光素子1)
まず、基板1100上に、珪素若しくは酸化珪素を含有した酸化インジウム−酸化スズ化合物(ITO−SiO2、以下ITSOと略記する。)をスパッタリング法にて成膜し、第1の電極1101を形成した。なお、用いたターゲットの組成は、In2O3:SnO2:SiO2=85:10:5[重量%]とした。また、第1の電極1101の膜厚は、110nmとし、電極面積は2mm×2mmとした。ここで、第1の電極1101は、発光素子の陽極として機能する電極である。
【0196】
次に、基板1100上に発光素子を形成するための前処理として、基板表面を水で洗浄し、200℃で1時間焼成した後、UVオゾン処理を370秒行った。
【0197】
その後、10−4Pa程度まで内部が減圧された真空蒸着装置に基板を導入し、真空蒸着装置内の加熱室において、170℃で30分間の真空焼成を行った後、基板1100を30分程度放冷した。
【0198】
次に、第1の電極1101が形成された面が下方となるように、第1の電極1101が形成された基板1100を真空蒸着装置内に設けられた基板ホルダーに固定し、10−4Pa程度まで減圧した後、第1の電極1101上に、抵抗加熱を用いた蒸着法により、4,4’,4’’−(ベンゼン−1,3,5−トリイル)トリ(ジベンゾチオフェン)(略称:DBT3P−II)と酸化モリブデンを共蒸着することで、正孔注入層1111を形成した。その膜厚は、40nmとし、DBT3P−II(略称)と酸化モリブデンの比率は、重量比で4:2(=DBT3P−II:酸化モリブデン)となるように調節した。なお、共蒸着法とは、一つの処理室内で、複数の蒸発源から同時に蒸着を行う蒸着法である。
【0199】
次に、正孔注入層1111上に、4−フェニル−4’−(9−フェニルフルオレン−9−イル)トリフェニルアミン(略称:BPAFLP)と3−[N−(1−ナフチル)−N−(9−フェニルカルバゾール−3−イル)アミノ]−9−フェニルカルバゾール(略称:PCzPCN1)を共蒸着することで、正孔輸送層1112を形成した。その膜厚は、20nmとし、BPAFLP(略称)とPCzPCN1(略称)の比率は、重量比で0.5:0.5(=BPAFLP:PCzPCN1)となるように調節した。
【0200】
次に、正孔輸送層1112上に、2−[3−(ジベンゾチオフェン−4−イル)フェニル]ジベンゾ[f,h]キノキサリン(略称:2mDBTPDBq−II)と、PCzPCN1(略称)と、ビス{2−[6−(3,5−ジメチルフェニル)−4−ピリミジニル−κN3]−4,6−ジメチルフェニル−κC}(2,6−ジメチル−3,5−ヘプタンジオナト−κ2O,O’)イリジウム(III)(略称:[Ir(dmdppm)2(dibm)])と、を共蒸着し、第1の発光層1113aを形成した。ここで、2mDBTPDBq−II(略称)、PCzPCN1(略称)、及び[Ir(dmdppm)2(dibm)](略称)の重量比は、0.7:0.3:0.06(=2mDBTPDBq−II:PCzPCN1:[Ir(dmdppm)2(dibm)])となるように調節した。また、第1の発光層1113aの膜厚は20nmとした。
【0201】
なお、第1の発光層1113aにおいて、2mDBTPDBq−II(略称)は、第1の有機化合物(ホスト材料)であり、PCzPCN1(略称)は、第2の有機化合物(アシスト材料)であり、[Ir(dmdppm)2(dibm)](略称)は、第3の有機化合物(ゲスト材料)である。
【0202】
次に、第1の発光層1113a上に、2mDBTPDBq−II(略称)と、PCzPCN1(略称)と、[Ir(dmdppm)2(dibm)](略称)と、を共蒸着し、第2の発光層1113bを形成した。ここで、2mDBTPDBq−II(略称)、PCzPCN1(略称)、及び[Ir(dmdppm)2(dibm)](略称)の重量比は、0.8:0.2:0.05(=2mDBTPDBq−II:PCzPCN1:[Ir(dmdppm)2(dibm)])となるように調節した。また、第2の発光層1113bの膜厚は20nmとした。
【0203】
なお、第2の発光層1113bにおいて、2mDBTPDBq−II(略称)は、第1の有機化合物(ホスト材料)であり、PCzPCN1(略称)は、第2の有機化合物(アシスト材料)であり、[Ir(dmdppm)2(dibm)](略称)は、第3の有機化合物(ゲスト材料)である。
【0204】
次に、第2の発光層1113b上に2mDBTPDBq−II(略称)を膜厚10nmとなるように成膜し、第1の電子輸送層1114aを形成した。
【0205】
次に、第1の電子輸送層1114a上にバソフェナントロリン(略称:BPhen)を膜厚20nmとなるように成膜し、第2の電子輸送層1114bを形成した。
【0206】
次に、第2の電子輸送層1114b上に、フッ化リチウム(LiF)を1nmの膜厚で蒸着し、電子注入層1115を形成した。
【0207】
最後に、陰極として機能する第2の電極1103として、アルミニウム(Al)を200nmの膜厚となるように蒸着することで、本実施例の発光素子1を作製した。」

オ 「【図1】


【図2】


【図3】


【図6】



(2)甲1発明
甲1の【請求項2】には、以下の「発光素子」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「一対の電極間に正孔注入層と、前記正孔注入層上に形成された正孔輸送層と、前記正孔輸送層上に形成された発光層と、前記発光層上に形成された電子輸送層と、前記電子輸送層上に形成された電子注入層と、を有し、
前記発光層は、
電子輸送性を有する第1の有機化合物と、
正孔輸送性を有する第2の有機化合物と、
三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物と、を有し、 前記第1の有機化合物と前記第2の有機化合物は、励起錯体を形成する組み合わせであり、前記正孔輸送層が2種類以上の有機化合物により形成され、少なくとも前記第2の有機化合物を有することを特徴とする発光素子。」

(3)本件特許発明1と甲1発明との対比
ア 有機エレクトロルミネッセンス素子
甲1発明の「発光素子」は、「一対の電極」が陽極と陰極を意味していることは明らかであり、「一対の電極間」に「発光層」「を有」するものである。そして、甲1発明の「発光素子」は、その材料と構成からみて有機エレクトロルミネッセンス素子であることは明らかである。
そうしてみると、甲1発明の「発光素子」は、本件特許発明1の「少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する」という要件を備えた「有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当する。

イ 第1ホスト材料、第2ホスト材料及びドーパント
甲1発明の「発光層」は、「電子輸送性を有する第1の有機化合物」、「正孔輸送性を有する第2の有機化合物」及び「三重項励起エネルギーを発光に変える発光性の第3の有機化合物」を含有している。
そして、「第3の有機化合物」は「三重項励起エネルギーを発光に変える発光性」のものであるから、その機能からみて、発光層のドーパントであり、「第1の有機化合物」及び「第2の有機化合物」が、発光層のホスト材料であることが理解できる。
そうしてみると、甲1発明の「第1の有機化合物」、「第2の有機化合物」及び「第3の有機化合物」がそれぞれ、本件特許発明1の「第2ホスト材料」、「第1ホスト材料」及び「ドーパント」に相当する。

ウ 第1ホスト材料、第2ホスト材料及びドーパントの最低励起三重項エネルギー準位
甲1発明の「第1の有機材料」及び「第2の有機材料」は「発光層」のホスト材料であり、「第3の有機材料」は「発光層」のドーパントであり、それぞれの機能から、「第1の有機化合物」及び「第2の有機化合物」がいずれも「第3の有機化合物」の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有していることが理解される。
そうしてみると、甲1発明の「発光素子」は、本件特許発明1において規定される、「第1ホスト材料と第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有して」いるとの要件を満たす。

エ 電子輸送層
甲1発明の「電子輸送層」は、その文言が示すとおり、本件特許発明1の「電子輸送層」に相当する。
そして、甲1発明の「電子輸送層」は、「一対の電極間」で「発光層上」に形成されたものであるから、本件特許発明1の「発光層と陰極との間に少なくとも1層の電子輸送層を有している」との要件を満たす。

(4)本件特許発明1と甲1発明との一致点及び相違点
ア 一致点
甲1発明は、本件特許発明1と以下の点で一致する。
「少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれもドーパントの最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有していることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

イ 相違点
甲1発明1は、本件特許発明1と以下の点で相違する。
(相違点1)
「ドーパント」が、本件特許発明1では、「遅延蛍光材料」であるのに対し、甲1発明はそのように特定されていない点。

(相違点2)
本件特許発明1は、「第1ホスト材料」、「第2ホスト材料」及び「遅延蛍光材料」のHOMO準位及びLUMO準位の関係が、「第2ホスト材料のHOMO準位が遅延蛍光材料および第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く」と規定されているのに対し、甲1発明は、「第1の有機材料」、「第2の有機材料」及び「第3の有機材料」のHOMO準位とLUMO準位について、そのように規定されていない点。

(相違点3)
「電子輸送層」が、本件特許発明1では、「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」のに対し、甲1発明はそのように特定されていない点。

(5)判断
事案に鑑み、上記相違点3について検討する。
上記「第5」「1」「(1)ウ」に記載のように、甲1の【0107】には、以下の記載がある。
「電子輸送層114には、上述した電子輸送性材料の他、トリス(8−キノリノラト)アルミニウム(略称:Alq3)、トリス(4−メチル−8−キノリノラト)アルミニウム(略称:Almq3)、ビス(10−ヒドロキシベンゾ[h]キノリナト)ベリリウム(略称:BeBq2)、BAlq、Zn(BOX)2、ビス[2−(2−ヒドロキシフェニル)ベンゾチアゾラト]亜鉛(略称:Zn(BTZ)2)などの金属錯体を用いることができる。」
しかしながら、電子輸送層に「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウム」を用いることについての記載も示唆もなされていない。

ここで、甲2には以下の記載がある。
「[0053]
(電子注入層および電子輸送層)
電子注入層は、電子を陰極から発光層側へ輸送する機能を有する。電子注入層は、一般に陰極に接するように形成されることから、陰極表面との密着性に優れた層であることが好ましい。電子輸送層は、電子を発光層側へ輸送する機能を有している。電子輸送層には、電子輸送性に優れた材料から構成される。 電子注入層および電子輸送層には、電子移動度が高くてイオン化エネルギーが大きい電子輸送材料を用いる。電子輸送材料としては、有機エレクトロルミネッセンス素子の電子注入層または電子輸送層に用いることができるとされている種々の材料を適宜選択して用いることができる。電子輸送材料は、繰り返し単位を有するポリマー材料であってもよいし、低分子化合物であってもよい。
[0054]
電子輸送材料として、例えば、フルオレノン誘導体、アントラキノジメタン誘導体、ジフェノキノン誘導体、チオピランジオキシド誘導体、オキサゾール誘導体、チアゾール誘導体、オキサジアゾール誘導体、トリアゾール誘導体、イミダゾール誘導体、ペリレンテトラカルボン酸誘導体、キノキサリン誘導体、フレオレニリデンメタン誘導体、アントラキノジメタン誘導体、アントロン誘導体等を挙げることができる。好ましい電子輸送材料の具体例として、2,5−ビス(1−フェニル)−1,3,4−オキサゾール、2,5−ビス(1−フェニル)−1,3,4−チアゾール、2,5−ビス(1−フェニル)−1,3,4−オキサジアゾール、2−(4’−tert−ブチルフェニル)−5−(4”−ビフェニル)1,3,4−オキサジアゾール、2,5−ビス(1−ナフチル)−1,3,4−オキサジアゾール、1,4−ビス[2−(5−フェニルオキサジアゾリル)]ベンゼン、1,4−ビス[2−(5−フェニルオキサジアゾリル)−4−tert−ブチルベンゼン]、2−(4’−tert−ブチルフェニル)−5−(4”−ビフェニル)−1,3,4−チアジアゾール、2,5−ビス(1−ナフチル)−1,3,4−チアジアゾール、1,4−ビス[2−(5−フェニルチアジアゾリル)]ベンゼン、2−(4’−tert−ブチルフェニル)−5−(4”−ビフェニル)−1,3,4−トリアゾール、2,5−ビス(1−ナフチル)−1,3,4−トリアゾール、1,4−ビス[2−(5−フェニルトリアゾリル)]ベンゼン、8−ヒドロキシキノリナートリチウム、ビス(8−ヒドロキシキノリナート)亜鉛、ビス(8−ヒドロキシキノリナート)銅、ビス(8−ヒドロキシキノリナート)マンガン、トリス(8−ヒドロキシキノリナート)アルミニウム、トリス(2−メチル−8−ヒドロキシキノリナート)アルミニウム、トリス(8−ヒドロキシキノリナート)ガリウム、ビス(10−ヒドロキシベンゾ[h]キノリナート)ベリリウム、ビス(10−ヒドロキシベンゾ[h]キノリナート)亜鉛、ビス(2−メチル−8−キノリナート)クロロガリウム、ビス(2−メチル−8−キノリナート)(o−クレゾラート)ガリウム、ビス(2−メチル−8−キノリナート)(1−ナフトラート)アルミニウム、ビス(2−メチル−8−キノリナート)(2−ナフトラート)ガリウム等が挙げられる。」
このように、甲2には、電子輸送材料として用いられる多くの材料の1つとして「8−ヒドロキシキノリナートリチウム」が記載されているが、これらの多くの材料の中から特に「8−ヒドロキシキノリナートリチウム」を選択する動機付けはないし、電子輸送層に8−ヒドロキシキノリナートリチウムを含有する有機エレクトロルミネッセンス素子の経時的な輝度の低下が抑制されるという、本件特許発明1が奏する効果が予測可能であるともいえない。
そうしてみると、相違点3に係る本件特許発明1の構成は、甲1に記載された発明及び甲2に記載された発明に基づいて、当業者であれば容易に想到することができたということはできない。そして、それは他の甲3〜甲8の記載を検討しても同様である。
以上のことから、相違点1及び相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明であるということはできない。また、本件特許発明1は、甲1に記載された発明及び甲2〜甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

(6)本件特許発明2〜5及び7について
本件特許発明2〜5及び7は、本件特許発明1にさらに他の発明特定事項が付加されたものであり、これらについて、甲1に記載された発明であるということはできない。また、これらについて、甲1に記載された発明及び甲2〜甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

2 甲3を主引例とした新規性進歩性
(1)甲3の記載
甲3は、本件特許の先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。
ア 「【実験】本実験で作成した素子の構造を、Fig.1に示す。真空度4×10-4Pa以下の条件で、ホール輸送層として、bis[N-(1-naphthyl)-N-phenyl]benzidenen(α-NPD) を35nm、 1,3-bis(carbazol-9-yl)benzene(mCP)を10nm、発光層としてTADF材料である 1,2,3,5-tetrakis(carbazol-9-yl)-4,6-dicyaobenzene(4CzIPN)を3wt%でドーピングした混合ホスト 3,3'-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyll(mCBP)、bis(9.9'-spirobifluoren-2-yl)ketone(SBFK) を15nm 、電子輸送層として、2,8-bis(diphenylphosphoryl)dibenzo[b,d]thiophene(PPT)を10nm、1,3,5-Tris(1-phenyl-1H-benzimidazol-2-yl)benzene(TPBi)を55nm 成膜し、さらに陰極にLiFとAlを成膜して素子を作製した。
【結果・考察】正孔輸送性ホスト材料としてmCBPを、電子輸送性ホスト材料としてSBFKを用いてFig.1に示す構成で素子を作製した結果、mCBPやSBFKを単独で使用した場合に比較して混合比1:1において素子の外部発光効率(EQE)が改善されることが判った。」

イ 「Fig.1



(2)甲3発明
甲3の【実験】【結果・考察】及びFig.1には、以下の「素子」の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されている。
「正孔輸送性ホスト材料としてmCBPを、電子輸送性ホスト材料としてSBFKを用いて作製した素子であって、
上記素子は、ITO上に、ホール輸送層としてbis[N-(1-naphthyl)-N-phenyl]benzidenen(α-NPD) を35nm、 1,3-bis(carbazol-9-yl)benzene(mCP)を10nm、発光層としてTADF材料である 1,2,3,5-tetrakis(carbazol-9-yl)-4,6-dicyaobenzene(4CzIPN)を3wt%でドーピングした混合ホスト 3,3'-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyll(mCBP)、bis(9.9'-spirobifluoren-2-yl)ketone(SBFK) を15nm 、電子輸送層として、2,8-bis(diphenylphosphoryl)dibenzo[b,d]thiophene(PPT)を10nm、1,3,5-Tris(1-phenyl-1H-benzimidazol-2-yl)benzene(TPBi)を55nm 成膜し、さらに陰極にLiFとAlを成膜した素子。」

(3)本件特許発明1と甲3発明との対比
ア 有機エレクトロルミネッセンス素子
甲3発明の「素子」は、「正孔輸送性ホスト材料としてmCBPを、電子輸送性ホスト材料としてSBFKを用いて作製した素子であって、上記素子は、ITO上に、ホール輸送層としてbis[N-(1-naphthyl)-N-phenyl]benzidenen(α-NPD) を35nm、 1,3-bis(carbazol-9-yl)benzene(mCP)を10nm、発光層としてTADF材料である 1,2,3,5-tetrakis(carbazol-9-yl)-4,6-dicyaobenzene(4CzIPN)を3wt%でドーピングした混合ホスト 3,3'-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyll(mCBP)、bis(9.9'-spirobifluoren-2-yl)ketone(SBFK) を15nm 、電子輸送層として、2,8-bis(diphenylphosphoryl)dibenzo[b,d]thiophene(PPT)を10nm、1,3,5-Tris(1-phenyl-1H-benzimidazol-2-yl)benzene(TPBi)を55nm 成膜し、さらに陰極にLiFとAlを成膜した素子」である。そして、上記「ITO」が陽極であることは技術的に明らかである。
上記構成及び材料によれば、甲3発明の「素子」は、技術的にみて、本件特許発明1の「有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当し、「陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する」及び「前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有している」との要件を満たす。

イ 第1ホスト材料、第2ホスト材料、ドーパント、発光層
甲3発明の「素子」は、「正孔輸送性ホスト材料としてmCBPを、電子輸送性ホスト材料としてSBFKを用いて作製した素子であ」るところ、甲3発明の「発光層」は、「TADF材料である 1,2,3,5-tetrakis(carbazol-9-yl)-4,6-dicyaobenzene(4CzIPN)を3wt%でドーピングした混合ホスト 3,3'-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyll(mCBP)、bis(9.9'-spirobifluoren-2-yl)ketone(SBFK) 」からなる、膜厚が「15nm」の層である。また、上記「TADF材料」は、その用語が意味するとおり、「熱活性型遅延蛍光材料」である。
以上によれば、技術的にみて、甲3発明の「正孔輸送性ホスト材料」である「mCBP」、「電子輸送性ホスト材料」である「SBFK」及び「ドーピング」される「TADF」である「4CzIPN」が、それぞれ本件特許発明1の「第1ホスト材料」、「第2ホスト材料」及び「ドーパントである遅延蛍光材料」に相当する。
また、甲3発明の「発光層」は、本件特許発明1において、「第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており」とされる、「発光層」に相当する。

ウ 第1ホスト材料、第2ホスト材料及びドーパントの最低励起三重項エネルギー準位
甲3発明の「mCBP」、「SBFK」及び「4CzIPN」の最低励起三重項エネルギーはそれぞれ、2.9eV、2.6eV及び2.4eVであることは、化学的に決定されている事項である。
そうしてみると、甲3発明は、本件特許発明1の「第1ホスト材料と第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており」という要件を満たす。

(4)本件特許発明1と甲3発明との一致点及び相違点
ア 一致点
甲3発明は、本件特許発明1と以下の点で一致する。
「少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有していることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

イ 相違点
甲3発明は、本件特許発明1と以下の点で相違する。
(相違点4)
本件特許発明1が、「第1ホスト材料」、「第2ホスト材料」及び「遅延蛍光材料のHOMO準位及びLUMO準位の関係が、「第2ホスト材料のHOMO準位が遅延蛍光材料および第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く」と規定されているのに対し、甲3発明はその点が明らかでない点。

(相違点5)
「電子輸送層」が、本件特許発明1では、「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」のに対し、甲3発明はそのように特定されていない点。

(5)判断
上記相違点5について判断するに、上記甲1を主引例とした場合と同様であり、甲2の記載を参照しても、当業者であれば容易に想到することができたものであるということはできない。そして、それは他の甲1、甲4〜甲8の記載を検討しても同様である。
以上のことから、本件特許発明1は、相違点4について検討するまでもなく、甲3に記載された発明であるということはできない。また、本件特許発明1は、甲3に記載された発明、甲1の記載、甲2の記載及び甲4〜8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

(6)本件特許発明2〜5及び7について
本件特許発明2〜5及び7は、本件特許発明1にさらに他の発明特定事項が付加されたものであり、これらについて、甲3に記載された発明であるということはできない。また、これらについて、甲3に記載された発明、甲1の記載、甲2の記載及び甲4〜8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

3 甲6を主引例とした新規性進歩性
(1)甲6の記載
甲6は、本件特許の先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。
「093306−2頁右欄〜3頁左欄:
As host materials for CC2TA (TADF emitter), it is desirable that their triplet energy levels are higher than that of CC2TA to prevent reverse energy transfer and to confine triplet excitons on CC2TA molecules.
・・・
To demonstrate the practical utility of CC2TA as a TADF emitter, we have fabricated multilayer OLEDs with the following device configuration (Fig. 4(a)): indium-tin-oxide (ITO)/4,4’-bis [N-(1-naphthyl)-N-phenyl]biphenyldiamine (a-NPD, 40 nm) / 6wt. % CC2TA:mCP (10nm)/ 6wt. % CC2TA:DPEPO (20nm)/DPEPO (10nm)/1,3,5- tris(N-phenylbenzimidazol-2-yl)benzene (TPBi, 30nm)/ LiF (0.8nm)/Al (80nm). In this device, a-NPD and TPBi serve as a hole-transporting layer and an electron-transportinglayer, respectively, and LiF is used as an electron-injectingmaterial. It is noted that we adopt a double-emission layer dispersing the CC2TA emitter into both mCP and DPEPO layers having opposite transport properties in order to enlarge the carrier recombination zone.」
(参考訳:CCT2A(TADFエミッター)のホスト材料としては、三重項エネルギー準位がCC2TAのそれよりも高いことで、逆エネルギー移動を防ぎ、CC2TA分子に生じた三重項励起子を閉じ込めることが望ましい。
・・・
TADFエミッターとしてのCC2TAの実用性を実証するために、次のデバイス構成で多層OLEDを製造した。(図4(a)):インジウムスズ酸化物(ITO)/4,4’−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニル]ビフェニルジアミン(α−NPD、40nm)/6wt%CC2TA:mCP(10nm)/6wt%CC2TA:DPEPO(20nm)/DPEPO(10nm)/1,3,5−トリス(N−フェニルベンズイミダゾール−2−イル)ベンゼン(TPBi、30nm)/LiF(0.8nm)/Al(80nm)。このデバイスでは、α−NPDとTPBiがそれぞれ正孔輸送層と電子輸送層として機能し、LiFが電子注材料として使用される。キャリア再結合ゾーンを拡大するために、CC2TAエミッターを反対の輸送特性を持つmCP層とDPEPO層の両方に分散させる二重発光層を採用している。)

(2)甲6発明
甲6の093306−2頁右欄〜3頁左欄には、以下の「多層OLED」の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されている。
「インジウムスズ酸化物(ITO)/4,4’−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニル]ビフェニルジアミン(α−NPD、40nm)/6wt%CC2TA:mCP(10nm)/6wt%CC2TA:DPEPO(20nm)/DPEPO(10nm)/1,3,5−トリス(N−フェニルベンズイミダゾール−2−イル)ベンゼン(TPBi、30nm)/LiF(0.8nm)/Al(80nm)の層構造であり、α−NPDとTPBiがそれぞれ正孔輸送層と電子輸送層として機能し、
CCT2A(TADFエミッター)のホスト材料としては、三重項エネルギー準位がCC2TAのそれよりも高く、
キャリア再結合ゾーンを拡大するために、CC2TAエミッターを反対の輸送特性を持つmCP層とDPEPO層の両方に分散させる二重発光層を採用した多層OLED。」

(3)本件特許発明1と甲6発明との対比
ア 有機エレクトロルミネッセンス素子
甲6発明の「多層OLED」が、本件特許発明1の「有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当することは明らかである。
そして、甲6発明の「インジウムスズ酸化物(ITO)」、「Al(80nm)」及び「6wt%CC2TA:mCP(10nm)/6wt%CC2TA:DPEPO(20nm)」はそれぞれの構造からみて、本件特許発明1の「陽極」、「陰極」及び「発光層」に相当する。
また、その構造からみて、甲6発明の「多層OLED」は、本件特許発明1の「陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する」という要件を満たす。

イ 電子輸送層
甲6発明の「1,3,5−トリス(N−フェニルベンズイミダゾール−2−イル)ベンゼン(TPBi、30nm)」は、「電子輸送層として機能し」との文言どおり、本件特許発明1の「電子輸送層」に相当する。
そして、その構造から、甲6発明の「TPBi」は、本件特許発明1の「発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有している」との要件を満たす。

ウ 第1ホスト材料、第2ホスト材料及びドーパント
甲6発明の「mCP」及び「DPEPO」は、その材料の特性から、それぞれ正孔輸送性及び電子輸送性を有していることは技術常識であるから、それぞれが本件特許発明1の「第1ホスト材料」及び「第2ホスト材料」に相当する。
そして、甲6発明において「エミッター」として(すなわちドーパントとして)用いられる「CC2TA」は、「TADFエミッター」(すなわち遅延蛍光材料)であるから、本件特許発明1の「ドーパント」である「遅延蛍光材料」に相当する。
また、甲6発明において「mCP」及び「DPEPO」は、「CCT2A(TADFエミッター)のホスト材料としては、三重項エネルギー準位がCC2TAのそれよりも高」いので、本件特許発明1の「第1ホスト材料と第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有して」いるとの要件を満たす。

(4)本件特許発明1と甲6発明との一致点及び相違点
ア 一致点
甲6発明は、本件特許発明1と以下の点で一致する。
「少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有していることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。」

イ 相違点
甲6発明は、本件特許発明1と以下の点で相違する。
(相違点6)
本件特許発明1が、「第1ホスト材料」、「第2ホスト材料」及び「遅延蛍光材料のHOMO準位及びLUMO準位の関係が、「第2ホスト材料のHOMO準位が遅延蛍光材料および第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く」と規定されているのに対し、甲6発明の「mCP」及び「DPEPO」のHOMO準位/LUMO準位はそれぞれ、5.9eV/2.4eV及び6.1eV/2.0eVであり、上記規定の第1ホスト材料と第2ホスト材料のHOMO準位とLUMO準位の関係を満たさない点。
また、甲6発明において、「CC2TA」と「mCP」及び「DPEPO」のHOMO準位/LUMO準位の関係が上記「第1ホスト材料」、「第2ホスト材料」及び「遅延蛍光材料」のHOMO準位/LUMO準位の関係を満たすか規定されていない点。

(相違点7)
「電子輸送層」が、本件特許発明1では、「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」のに対し、甲6発明はそのように特定されていない点。

(5)判断
上記相違点7について判断するに、上記甲1を主引例とした場合及び甲3を主引例とした場合と同様であり、甲2の記載を参照しても、当業者であれば容易に想到することができたものであるということはできない。そして、それは他の甲1、甲3〜甲5、甲7及び甲8の記載を参照しても同様である。
以上のことから、本件特許発明1は、甲6に記載された発明であるということはできない。また、本件特許発明1は、甲6に記載された発明、甲1〜甲5の記載、甲7の記載及び甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

(6)本件特許発明2〜5及び7について
本件特許発明2〜5及び7は、本件特許発明1にさらに他の発明特定事項が付加されたものであり、これらについて、甲6に記載された発明であるということはできない。また、これらについて、甲6に記載された発明、甲1〜甲5の記載、甲7の記載及び甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

4 甲7を主引例とした新規性進歩性
(1)甲7の記載
甲7は、本件特許の先の出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物であるところ、そこには以下の記載がある。
「[0118]
(合成例1)
本合成例において、以下のスキームにしたがって化合物1を合成した。
[化58]

[0119]
3,9’−ビ−9H−カルバゾール(2.71g,8.15mmol)を三つ口フラスコに入れ、フラスコ内を窒素置換し、テトラヒドロフラン50mLを加えて10分間攪拌した。攪拌後、この溶液を−78℃に冷却して20分攪拌した。攪拌後、1.60M n−ブチルリチウムヘキサン溶液(5.00mL,8.00mmol)をシリンジにより加え、−78℃で2時間攪拌した。次にこの溶液を、2,4,6−トリクロロ−1,3,5−トリアジン(0.740g,4.01mmol)とテトラヒドロフラン20mLの混合物へ滴下ロートを用いて加えた。この混合物を70℃で8時間攪拌した後、水を加えてさらに30分攪拌した。その後、この混合物にクロロホルムを加えて抽出した。有機層と水層を分離し、有機層に硫酸ナトリウムを加えて乾燥し、吸引ろ過してろ液を得た。得られたろ液をカラムクロマトグラフィーにより精製し、9,9’−(6−クロロ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル)ビス−9H−カルバゾールを収量2.67g(収率85.8%)得た。
[0120]
窒素雰囲気下で、9,9’−(6−クロロ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル)ビス−9H−カルバゾール(1.50g,1.93mmol)とフェニルボロン酸(0.390g,3.20mmol)をテトラヒドロフラン40mLに溶解した後、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)(0.110g,0.0952mmol)と炭酸カリウム水溶液(2.10g,7.00mL)を添加して48時間還流した。この混合物にクロロホルムを加えて抽出した。有機層と水層を分離し、有機層に硫酸ナトリウムを加えて乾燥し、吸引ろ過してろ液を得た。得られたろ液をカラムクロマトグラフィーにより精製し、化合物1(収量1.38g)を得た(収率87.4%)。
・・・中略・・・
[0126]
(実施例2)
本実施例において、化合物1と種々のホスト材料からなる発光層を有する有機フォトルミネッセンス素子を作製して、特性を評価した。 シリコン基板上に真空蒸着法にて、真空度5.0×10−4Paの条件にて化合物1とmCPとを異なる蒸着源から蒸着し、化合物1の濃度が6.0重量%である薄膜を0.3nm/秒にて100nmの厚さで形成して有機フォトルミネッセンス素子とした。浜松ホトニクス(株)製C9920−02型絶対量子収率測定装置を用いて、N2レーザーにより337nmの光を照射した際の薄膜からの発光スペクトルを300Kで特性評価したところ、454nmの発光が確認され、その際の発光量子収率は38.9%であった。次に、この素子にN2レーザーにより337nmの光を照射した際の時間分解スペクトルの評価を、浜松ホトニクス(株)製C4334型ストリークカメラにより行ったところ、実施例1と同様に蛍光成分と遅延蛍光成分が観測された
ホスト材料として、mCPの代わりにBSB、PYD2、DPEPOおよびUGH2を用いた点を変更して、上記と同様にして有機フォトルミネッセンス素子を作製し、上記と同じ測定を行った。いずれのホスト材料を用いた場合であっても遅延蛍光が認められたが、T1(最低励起三重項エネルギー準位)が3.0eV以上、より好ましくは3.1eV以上であるホスト材料(DPEPOおよびUGH2)を用いた場合に遅延蛍光成分の割合が特に高くなることが確認された。」

(2)甲7発明
甲7の[0126]には、以下の「有機フォトルミネッセンス素子」の発明が記載されている(以下「甲7発明」という。)。
「下記化合物1と種々のホスト材料からなる発光層を有し、
T1(最低励起三重項エネルギー準位)が3.1eV以上であるホスト材料(DPEPO及びUGH2)を用いた場合に遅延蛍光成分の割合が特に高くなる、有機フォトルミネッセンス素子。
【化合物1】



(3)本件特許発明1と甲7発明との対比
ア 発光層
甲7発明における「発光層」はその文言のとおり、本件特許発明1の「発光層」に相当する。

イ 第1ホスト材料及び第2ホスト材料
甲7発明における「ホスト材料」である「DPEPO」及び「UGH2」は、その文言が示すとおり、本件特許発明1の「ホスト材料」に相当する。
そして、「DPEPO」及び「UGH2」のHOMO準位/LUMO準位はそれぞれ、6.1eV/2.0eV及び7.2eV/2.8eVである。
そうすると、HOMO準位及びLUMO準位の大小関係から、甲7発明の「UGH2」及び「DPEPO」がそれぞれ、本件特許発明1の「第2ホスト材料のHOMO準位が第1ホスト材料のHOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く」という要件を満たす「第1ホスト材料」及び「第2ホスト材料」に相当する。

ウ ドーパント
甲7発明において、「化合物1」が発光層の「ドーパント」であることは技術的に明らかである。
そうすると、甲7発明の「化合物1」が、本件特許発明1の「ドーパント」に相当する。
そして、「ドーパント」と「ホスト材料」の機能からみて、甲7発明の「化合物1」が「遅延蛍光」を発していることが技術的に明らかである。
そうすると、甲7発明の「化合物1」が、本件特許発明1の「ドーパントである遅延蛍光材料」に相当する。

(4)本件特許発明1と甲7発明との一致点及び相違点
ア 一致点
甲7発明は、以下の点で本件特許発明1と一致する。
「発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記第1ホスト材料のHOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く」なっている点。

イ 相違点
甲7発明は、以下の点で本件特許発明1と相違する。
(相違点8)
本件特許発明1が「少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子」であるのに対し、甲7発明は「有機フォトルミネッセンス素子」である点。

(相違点9)
甲7発明の発光層において、「化合物1」、「DPEPO」及び「UGH2」のそれぞれの最低励起三重項エネルギー準位が、本件特許発明1の「第1ホスト材料と第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており」という要件を満たすか規定されていない点。

(相違点10)
本件特許発明1が「第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料のHOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く」なっているのに対し、甲7発明の「DPEPO」のHOMO準位及びLUMO準位と「化合物1」のHOMO準位及びLUMO準位との高低が明らかでない点。

(相違点11)
本件特許発明1が、「発光層と陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」のに対し、甲7発明は「有機フォトルミネッセンス素子」であるから、「電子輸送層」を有しておらず、「電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有」していない点。

(5)判断
上記相違点8及び相違点11について検討するに、甲7発明は「有機フォトルミネッセンス素子」であり、それを「有機エレクトロルミネッセンス素子」とする動機はない。
そうしてみると、甲7発明に「陽極」、「陰極」及び「電子輸送層」等を設けること、さらに電子輸送層に「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有」させることは、当業者が容易に想到することができたということはできない。
そして、それは他の甲1〜甲6及び甲8の記載を参照しても同様である。

(6)本件特許発明2〜5及び7について
本件特許発明2〜5及び7は、本件特許発明1にさらに他の発明特定事項が付加されたものであり、これらについて、甲7に記載された発明であるということはできない。また、これらについて、甲7に記載された発明、甲1〜甲6の記載及び甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということもできない。

5 小括
本件特許発明1〜5及び7は、甲1、甲3、甲6及び甲7に記載されたいずれの発明であるということはできないので、特許法29条1項3号に該当するとはいえない。
また、本件特許発明1〜5及び7は、甲1、甲3、甲6、甲7に記載された発明、甲2の記載、甲4の記載、甲5の記載及び甲8の記載に基づいて、当業者であれば容易に発明をすることができたものであるということはできないので、特許法29条2項の規定に違反するとはいえない。


第6 当合議体の判断(サポート要件)
1 本件特許が解決しようとする課題
本件特許の明細書(以下「本件特許明細書」という。)には、以下の記載がある。
「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、表示ディスプレイや照明器具を実用的に使用するには、その発光素子の輝度や駆動電圧が長期間に亘って安定していること、すなわち発光素子の寿命が十分に長いことが重要である。しかしながら、一般に有機エレクトロルミネッセンス素子は寿命が短いものが多く、このことが有機エレクトロルミネッセンス素子の実用化を阻む原因になっている。
このような状況下において本発明者らは、駆動時の経時的な性能劣化が抑えられ、長寿命の有機エレクトロルミネッセンス素子を得ることを目的として鋭意検討を進めた。」
上記記載から、本件特許発明が解決しようとする課題は、「駆動時の経時的な性能劣化が抑えられ、長寿命の有機エレクトロルミネッセンス素子を得ること」であると理解できる。

2 課題を解決するための手段
本件特許発明1には、「発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料および前記第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、
前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」という要件が規定されている。
ここで、上記要件を考察すると、上記のようなエネルギー準位の相対関係を満たすことにより、「第1ホスト材料」が正孔輸送性を示し、「第2ホスト材料」が電子輸送性を示すことが理解できる。そして、それにより「発光層」における再結合ゾーンの偏りが抑えられ、遅延蛍光材料を効率よく発光させることができるため、素子の寿命が改善されることが理解できる。
そして、電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有することにより、素子の性能劣化がより抑えられることが本件特許明細書の実施例4及び図20において示されている。
そうしてみると、上記要件を備えた本件特許発明1は、上記解決しようとする課題を解決するための手段を反映していることが理解できる。本件特許発明1にさらに他の発明特定事項を加えた本件特許発明2〜5及び7についても同様である。

3 小括
以上のことから、本件特許発明1〜5及び7は、発明の詳細な説明に記載したものであるといえるので、特許法36条6項1号に規定された要件を満たす。


第7 当合議体の判断(明確性要件)
本件特許発明1〜5及び7は、上記「第3」に記載のとおり、上記「第2」の本件訂正請求により認められた訂正後の請求項1〜5及び7に記載されたとおりのものであり、当業者であれば通常理解できる明確な記載となっている。
以上のことから、特許請求の範囲の記載は、本特許発明1〜5及び7の記載について明確であるといえるので、特許法36条6項2号に規定された要件を満たす。


第8 取消しの理由において採用しなかった特許異議申立ての理由について
1 特許異議申立書の18頁、3.3.2)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の「3.3.2)」において、「甲2の段落【0043】では、遅延蛍光材料を発光材料として使用する素子において、2種類以上のホスト材料を組み合わせて用いてよいと記載している。
甲2は、本件発明の要件A)及びB)を開示し、これらの要件を満足する遅延蛍光発光型のEL素子は周知であることを明らかにする。
すると、本件発明は、要件C)だけに特徴があるとも言える。
そして、甲2は有機EL素子における発光効率の高さを課題・効果とするところ(段落【0005】及び【0009】等)、前記のように、要件C)は発光効率の点で好ましい又は必要であるものとして甲1等に開示されており、(甲1の段落【0030】、甲5の段落【0019】等を参照)、そうすると、甲2のホスト材料として要件C)を充足する2種類以上のホスト材料を使用することは容易に想到できる(使用するための強い動機が存在する)。」と主張する。

(2)当合議体の判断
甲2には、【0054】に電子輸送材料として用いられる多くの材料の1つとして「8−ヒドロキシキノリナートリチウム」が記載されているが、これらの多くの材料の中から特に「8−ヒドロキシキノリナートリチウム」を選択する動機付けはないし、2種類のホスト材料として、甲1に開示されているホスト材料と組み合わせることによる効果を当業者が予測可能であったとまではいえない。
以上のことから、上記主張は採用できない。

2 特許異議申立書の22頁、3.3.4)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の「3.3.4)」において、「甲5は、リン光発光体(ドーパント)と、電子輸送性のホストと、正孔輸送性のホストを含む発光層を有する有機EL素子において、この2種類のホストの三重項エネルギー(T1)はいずれもリン光発光体より高いことを開示する(請求項1)。
すなわち、本件発明の要件A)、B)及びC)は、リン光発光型のEL素子では公知であったことを明らかにする。
そして、ドーパントとしてのリン光発光体を、遅延蛍光材料に置き換えることは、甲1の段落【0100】に記載されているように、三重項励起エネルギーを発光に変える発光材料として、燐光材料と熱活性化遅延蛍光(TADF)材料があるとして、これらは同等なものとして扱われているから、容易と言わざるを得ない。」と主張する。

(2)当合議体の判断
甲5には、「電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」点について開示も示唆もされていない。
そして、その点については、上記「第5」で述べたのと同様に、甲1〜甲8の記載を検討しても容易に至ることができたものであるということはできない。
以上のことから、上記主張は採用できない。

3 特許異議申立書の26頁、3.3.6)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の3.3.6)において、「本件発明は、甲7発明(特に、実施例5に対応する発明等)と同一であり、新規性がない。」と主張する。上記主張に係る「甲7発明」は以下のものである。ここで、便宜上、この発明を「甲7発明2」という。
「膜厚100nmのインジウム・スズ酸化物(ITO)からなる陽極が形成されたガラス基板上に、各薄膜を真空蒸着法にて積層し、ITO上にα−NPDを40nmの厚さに形成し、次に、化合物1とmCPを異なる蒸着源から共蒸着し、10nmの厚さの層を形成し、ここで、化合物1の濃度は6.0重量%であり、次に、化合物1とDPEPOを異なる蒸着源から共蒸着し、20nmの厚さに形成して発光層を形成し、ここで、化合物1の濃度は6.0重量%であり、次に、DPEPOを10nmの厚さに形成し、さらにTPBiを30nmの厚さに形成し、次いで、フッ化リチウム(LiF)を0.8nm真空蒸着し、次いでアルミニウム(Al)を80nmの厚さに蒸着することにより陰極を形成した、有機エレクトロルミネッセンス素子。」

(2)当合議体の判断
本件特許発明1と甲7発明2とを対比すると、両者は少なくとも、本件特許発明1の「電子輸送層」が「8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する」のに対して、甲7発明2の「電子輸送層」(DPEPOの層又はTPBiの層)がこれを含有しない点。
上記相違点は、上記「4 甲7を主引例とした新規性進歩性」に示したのと同様の理由から、当業者が容易に想到し得たということはできない。

4 特許異議申立書の36頁、5)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の5−1)において、「本件発明では、「経時的な性能劣化を抑える」という課題を解決できない。
そうすると、本件特許明細書は、発明の課題を解決できる本件発明を、当業者が実施できるように記載したものでない。」と主張する。
また、特許異議申立書の5−2)において、「本件特許明細書において、T1が明らかにされた化合物は、実施例1〜13に記載された4CzIPN、mCBP及びT2Tだけである。T1の測定方法は段落【0018】に記載されているが、化合物の合成又は入手が困難であるだけでなく、測定自体も簡単とは言えず、当業者が容易に理解できるとは言えない。」と主張する。

(2)当合議体の判断
上記「第6」で述べたように、本件特許発明1の規定及び本件特許明細書の実施例4及び図20を参照すると、本件特許明細書が、当業者が上記課題を解決できる本件特許発明を実施できるように記載されていると理解できる。
また、例えば、甲1の【0030】の「第1の有機化合物120(ホスト材料)及び第2の有機化合物122(アシスト材料)のそれぞれの最低三重項励起エネルギー準位(T1準位)は、第3の有機化合物124(ゲスト材料)のT1準位よりも高いことが好ましい」との記載や、上記「第5」「2」「(3)ウ」で述べた甲3発明に記載の、ホスト材料である「mCBP」及び「SBFK」、遅延蛍光材料である「4CzIPN」のように、本件特許発明における最低励起三重項エネルギー準位の規定を満たす化合物は先の出願前に公知であることが理解できるので、当業者が実施できるように記載したものでないということはできない。
以上のことから、上記主張は採用できない。

5 特許異議申立書の37頁、6.1)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の6.1)において、「本件発明1では、抽象的に、第1ホスト材料、第2ホスト材料を規定するが、これらは化学種等を含め、何ら特定されておらず、その対象となる材料の外縁が全く不明である。
また、「第1」「第2」を規定するものの、これらが何を意味するのか(異なる材料であることを意味するのか、同じ材料であってもよいのか、単なる符号であるのか)不明である。」と主張する。

(2)当合議体の判断
本件特許発明1において、「第1ホスト材料」及び「第2ホスト材料」のエネルギー準位が規定されているので、その対象となる材料の外縁が明確でないとはいえない。
以上のことから、上記主張は採用できない。

6 特許異議申立書の37頁、6.2)及び6.3)について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の「6.2)」において、「本件発明2では、機能的に、「電子輸送性を有する」旨を規定するが、どのような材料であれば「電子輸送性を有する」ものと言えるのか不明であり、総じて当該材料の外縁が不明確なものとなっている。」と主張する。
また、特許異議申立書の「6.3」において、「電子輸送層」について不明確である点を主張する。

(2)当合議体の判断
「電子輸送性を有する」という用語について、例えば甲1でも使用されているように、有機エレクトロルミネッセンス素子の技術分野において、当業者が通常用いる用語であって、本件特許明細書の全体を参照しても、通常と異なる意味を有するものではないことが理解できるから、明確でないということはできない。
また、「電子輸送層」についても、通常用いられる用語であり明確でないとはいえない。
以上のことから、上記主張は採用できない。


第9 むすび
以上のとおりであるから、当合議体が通知した取消しの理由及び特許異議申立ての理由によっては、請求項1〜5及び7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1〜5及び7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
請求項6、8及び9は、上記のとおり、本件訂正請求による訂正により削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項6、8及び9に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法120条の8第1項で準用する同法135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも陽極、発光層、陰極をこの順に積層した構造を有する有機エレクトロルミネッセンス素子であって、
前記発光層が第1ホスト材料と第2ホスト材料とドーパントである遅延蛍光材料とを含有しており、
前記第1ホスト材料と前記第2ホスト材料がいずれも遅延蛍光材料の最低励起三重項エネルギー準位よりも高い最低励起三重項エネルギー準位を有しており、
前記第2ホスト材料のHOMO準位が前記遅延蛍光材料および前記第1ホスト材料の各HOMO準位よりも低く、前記第2ホスト材料のLUMO準位が前記遅延蛍光材料のLUMO準位よりも高く、且つ、前記第1ホスト材料のLUMO準位よりも低く、
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、
前記電子輸送層の少なくとも一層が8−ヒドロキシキノリノラトーリチウムを含有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項2】
前記第2ホスト材料が電子輸送性を有するものである請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項3】
前記発光層と前記陰極の間に少なくとも1層の電子輸送層を有しており、
前記第2ホスト材料が、前記電子輸送層のうち最も発光層に近い電子輸送層の構成材料と同じ材料からなるものである請求項1または2に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項4】
前記第2ホスト材料が下記式(1)で表される化合物からなるものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化1】
一般式(1)

[一般式(1)において、Arは、置換もしくは無置換のアリール基、または置換もしくは無置換のヘテロアリール基を表す。nは1〜3の整数を表す。nが2以上であるとき、複数のArは互いに同一であっても、異なっていてもよい。]
【請求項5】
前記一般式(1)で表される化合物が下記一般式(2)で表される化合物であることを特徴とする請求項4に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【化2】
一般式(2)

[一般式(1)において、Ar1、Ar2およびAr3は、各々独立に置換もしくは無置換のアリール基、または置換もしくは無置換のヘテロアリール基を表す。R1、R2およびR3は、各々独立に置換基を表し、該置換基は置換もしくは無置換のアリール基、および置換もしくは無置換のヘテロアリール基ではない。n1、n2およびn3は、各々独立に1〜5の整数を表す。n11、n12およびn13は、各々独立に0〜4の整数を表す。]
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
発光層と陰極の間に、発光層側から順に、第1電子輸送層と第2電子輸送層を有しており、前記第2電子輸送層が8−ヒドロキシキノリノラト−リチウムを含有する請求項1〜5のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス素子。
【請求項8】
(削除)
【請求項9】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-02-22 
出願番号 P2017-559231
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (H01L)
P 1 651・ 121- YAA (H01L)
P 1 651・ 537- YAA (H01L)
P 1 651・ 113- YAA (H01L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 里村 利光
特許庁審判官 小濱 健太
関根 洋之
登録日 2020-07-28 
登録番号 6739804
権利者 国立大学法人九州大学
発明の名称 有機エレクトロルミネッセンス素子  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  
代理人 特許業務法人特許事務所サイクス  

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