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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C23C
審判 全部申し立て 6項4号請求の範囲の記載形式不備  C23C
管理番号 1384127
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-05-18 
確定日 2022-03-03 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6787503号発明「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6787503号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−5〕について訂正することを認める。 特許第6787503号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6787503号の請求項1〜5に係る特許についての出願は、2018年(平成30年)11月13日(優先権主張 平成29年11月14日 日本国、平成29年12月26日 日本国)を国際出願日とする特願2019−554211号であり、令和2年11月2日にその特許権の設定登録がされ、同年同月18日に特許掲載公報が発行され、その後、全請求項(請求項1〜5)に係る特許について、令和3年5月18日に特許異議申立人村戸良至(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされ、同年7月20日付けで取消理由が通知され、同年8月31日に新型コロナウイルスの影響による期間延長に関する上申書の提出があり、当審はこれを認容し、取消理由通知書に対応する応答期間を職権により30日間延長することとし、延長された指定期間内である同年10月11日に特許権者より意見書の提出及び訂正の請求があり、これに対し、異議申立人からは意見書の提出がなかったものである。

第2 訂正の適否

1 訂正事項
上記令和3年10月11日提出の訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、本件特許請求の範囲を、上記訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1ないし5について訂正することを求めるものであって、その具体的な訂正事項は次のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法であって、」とあるのを、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法であって、母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え、」に訂正する。
(請求項1を直接または間接的に引用する請求項2〜5についても同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「窪み補正容積(V2(0.3μm))」とあるのを、「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」に訂正し、「前記窪み補正容積(V2(0.3μm))」とあるのを、「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」に訂正し、「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」とあるのを、「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」に訂正する。
(請求項1を直接または間接的に引用する請求項2〜5についても同様に訂正する。)

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「2.16倍以上8.63倍以下である、金属板の製造方法。」とあるのを、「2.16倍以上8.63倍以下であり、前記製造方法は、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える、金属板の製造方法。」に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1は、訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」が、「母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え」ることを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」が、「母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え」ることは、本件明細書【0077】の「続いて、図11に示すように、ニッケルを含む鉄合金から構成された母材60を圧延する圧延工程を実施する。・・・これによって、厚みT0の金属板64を得ることができる。」との記載に基づくものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 訂正事項1は、訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」をさらに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正前の請求項1の「窪み補正容積(V2(0.3μm))」について、同請求項には、「前記金属板は、6000μm3/mm2以下の窪み補正容積(V2(0.3μm))を有し、
前記窪み補正容積(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」と記載されるところ、この窪み補正容積(V2(0.3μm))の「前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出」との定義からすると、「窪み補正容積(V2(0.3μm))」が、容積を意味するものではないことは明らかであること、同じ請求項内で、同様に「窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」とされ、「μm3/mm2」という同じ単位で表される物理量が、「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」とされていることから、「窪み補正容積(V2(0.3μm))」は、「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」と同様に、本来「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を意味していることが明らかである。
そうすると、訂正前の請求項1の「窪み補正容積(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積(V2(0.3μm))」とあるのを、それぞれ「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」とする訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。
また、上述のように、訂正前の請求項1の「窪み補正容積(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積(V2(0.3μm))」が、本来、それぞれ「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を意味していることは明らかであるところ、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.63倍以下である」との記載の「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」が、それより前に記載されている、それぞれ「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を意味していることが明らかな「窪み補正容積(V2(0.3μm))」及び「前記窪み補正容積(V2(0.3μm))」と同じ物理量であるから、上記記載中の「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」は、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」を意味していたことは明らかである。
そうすると、「窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」を、「前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))」とする訂正は、誤記の訂正を目的とするものである。

イ 訂正事項2は、上記アで述べたとおり、本来その意であることが、特許請求の範囲の記載等から明らかな誤記の訂正であるから、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であると共に、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正事項3は、訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」が、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える」ことを限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正前の請求項1には、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され」及び「前記窪み補正容積(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され」との記載があるところ、【0111】の「検査工程は、算出工程S1及び判定工程S2を有する。算出工程S1においては、窪み補正容積密度を算出する。」との記載、「【0156】(第1検査例)・・・
【0157】
続いて、各サンプルの表面の起伏状態を検査する上述の検査工程を実施した。・・・
【0161】
続いて、サンプルから得た試験片の表面の位置の測定結果及び基準面RPの算出結果に基づいて、各試験片の窪み補正容積V1及び窪み補正容積密度V2を算出した。この際、基準面RPと補正面CPとの間の補正距離dCは0.2μmに設定した。窪み補正容積密度V2の算出結果を図29に示す。・・・
【0169】
(第2検査例〜第5検査例)
基準面RPと補正面CPとの間の補正距離dCを変更したこと以外は、上述の第1検査例の場合と同様にして、上述の第1サンプル〜第10サンプルの表面の起伏状態を、窪み補正容積密度V2に基づいて検査した。具体的には・・・第3検査例においては、補正距離dCを0.3μmに設定して窪み補正容積密度V2(0.3μm)を算出した。」との記載等によれば、「窪み補正容積密度V2」は、「検査工程」で算出されるものであるから、「窪み補正容積密度(V2(0.2μm))」及び「窪み補正容積(V2(0.3μm))」が特定されている訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」が、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える」ることは、上記の本件明細書の記載から明らかである。
そうすると、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 訂正事項3は、訂正前の請求項1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」をさらに限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 小括
本件訂正は、特許法第120条の5第4項の規定に従い、一群の請求項を構成する請求項〔1ないし5〕について訂正することを求めるものであるところ、上記2のとおり、訂正事項1〜3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第2号に掲げる事項を目的とするものに該当し、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものであるから、訂正後の請求項〔1ないし5〕について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおり、本件訂正は認容し得るものであるから、本件訂正後の請求項1ないし5に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応して「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法であって、
母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え、
前記金属板は、前記金属板の表面に位置する複数の窪みを有し、
前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し、
前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.2μm以上離れた部分の容積の総和であり、
前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され、
前記金属板は、6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し、
前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.63倍以下であり、
前記製造方法は、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える、金属板の製造方法。
【請求項2】
前記検査領域の面積は1.5mm2以下である、請求項1に記載の金属板の製造方法。
【請求項3】
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))が996μm3/mm2以上である、請求項1又は2に記載の金属板の製造方法。
【請求項4】
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の金属板の製造方法。
【請求項5】
前記金属板の厚みは30μm以下である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の金属板の製造方法。」

第4 令和3年7月20日付けで通知した取消理由及びこの取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要

1 令和3年7月20日付けで通知した取消理由の概要
(1)特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)(以下、「取消理由1」という。
訂正前の請求項1に係る発明は、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」として特定されているところ、訂正前の請求項1に係る発明の記載の内、「前記金属板は、前記金属板の表面に位置する複数の窪みを有し・・・前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.63倍以下である」は、「蒸着マスクを製造するための金属板」における特定の構造を特定するものである。
そうすると、訂正前の請求項1に係る発明は、「製造方法」の観点からは、「蒸着マスクを製造するための特定の金属板の製造方法」でしかなく、「製造方法」に関する特定が皆無である。そして、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」と特定しさえすれば、何らかの所定の金属板の製造方法が認識されるとの技術常識があるとも認められないから、「蒸着マスクを製造するための特定の金属板の製造方法」としながら、「製造方法」に関する特定が皆無である訂正前の請求項1に係る発明は、「製造方法」として明確に把握することができず、明確ではない。
訂正前の請求項1に係る発明を引用する訂正前の請求項2〜5に係る発明も、「蒸着マスクを製造するための金属板」に関する製造方法の特定はないから、訂正前の請求項1に係る発明と同様に明確ではない。

(2)特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)(以下、「取消理由2」という。)
本件明細書の【0034】の記載、及び同【0035】の記載等によれば、製造方法の発明である訂正前の請求項1に係る発明に対応する発明の課題は、「算術平均粗さRaなどの、従来技術における表面起伏の指標と、金属板に形成される貫通孔の寸法精度との間の相関が、必ずしも高くなく、仮に算術平均粗さRaに基づいて金属板の良否を判定する場合、誤判定を防ぐために合否判定の閾値を必要以上に厳しくする必要があり、金属板の歩留まりが低下してしまう」ことを解決する金属板の製造方法を提供することにあるといえる。
そして、本件明細書の【0107】、及び同【0108】の等の記載によれば、金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査を行うことにより、蒸着マスクの貫通孔の寸法精度の低下の程度を、より正確に予測することができ、合否判定の閾値を必要以上に厳しくすることなく、金属板の検査を行うことができるため、上記の発明の課題を解決できることになるといえる。さらに、同【0109】〜【0134】、【0155】〜【0176】には、上記の金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程の内容が記載されているから、上記の発明の課題を解決するには、本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば、本件明細書の【0109】〜【0134】、【0155】〜【0176】等に記載される特定の金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程を含む金属板の製造方法である必要があると理解される。
しかしながら、訂正前の請求項1に係る発明には、上記の検査工程はもちろんのこと製造方法に関する特定はなされていない。
そうすると、訂正前の請求項1に係る発明、及び訂正前の請求項1に係る発明を引用する訂正前の請求項2〜5に係る発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。

2 取消理由において採用しなかった異議申立人による特許異議の申立理由の概要
(1)特許法第36条第4項第1号所定の規定違反(実施可能要件違反)(以下、「申立理由1」という。)
【0156】〜【0168】に記載された第1検査例には、本件明細書の【0074】〜【0099】に記載される溶解工程、圧延工程、アニール工程等を有する方法で金属板が 製造されたことが記載されている(【0156】)。そして、その後、製造された金属板について「検査」を行ったことが記載されている(【0157】〜【0168】)が、図29、図33から明らかなように、上記の方法で製造された金属板には、本件発明1の特徴(前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し)を満たさない金属板、すなわち、本件発明の課題が解決できない金属板(第3、10サンプル)が含まれ、【0156】〜【0168】の記載からは、【0074】〜【0099】に記載される溶解工程、圧延工程、アニール工程等を有するとしても、いかなる具体的な製造条件で金属板を製造した場合に、訂正前の請求項1に係る発明の窪み補正容積密度(V2)の条件を満たす金属板が得られるのかが不明である。
そうすると、訂正前の請求項1に係る発明の金属板を実際に製造するために、当業者が期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要があるといえる。
なお、本件明細書の【0108】〜【0130】には、生産した金属板が本件発明1の窪み補正容積密度(V2)の条件を満たすものであるか否かを「選別する」方法(検査工程)が記載されているが、「検査」は原材料等の出発物質に何らかの手段を講じて、その化学的、物理的な性質、形状等を変化させて、新たな物を得る方法ではないので、「金属板の製造方法」に係る発明を説明するものではない。
さらに、訂正前の請求項2〜5に係る発明も、金属板の製造方法に係る具体的構成は特定されていないから、訂正前の請求項1に係る発明と同様に、金属板を実際に製造するために、当業者が期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要があるといえる。
したがって、本件明細書の記載は、訂正前の請求項1〜5に係る発明に対して、実施可能要件を満たしていない。

(2)特許法第29条第2号所定の規定違反(進歩性欠如)(以下、「申立理由2」という。)
仮に、訂正により、上記1(1)及び(2)、上記(1)の理由が解消したとしても、訂正後の請求項1〜5に係る発明(本件発明1〜5)は、下記甲第1〜3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
なお、異議申立書では、「本件発明の進歩性に関しては、本件特許に対して訂正がなされた場合に、より詳細に意見を述べる。」とされているものの、本件訂正後に、意見は述べられていない。

甲第1号証:ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧−第3版−」日刊工業新聞社、2003年7月31日、854〜857頁
甲第2号証:特開2016−135505号公報
甲第3号証:特開2017−88915号公報
(以下、「甲第1号証」を「甲1」などという。)

第5 当審の判断

1 取消理由1(特許法第36条第6項第2号明確性要件違反))について
取消理由1は、要するに、訂正前の請求項1に係る発明は、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」として特定されていながら、「製造方法」に関する特定が皆無であるため、「製造方法」として明確に把握することができず、明確ではないというものである。
本件訂正により本件発明1には、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」に対し、「母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え」ることが特定されると共に、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える」ことが特定された。
そして、少なくとも、金属板を得るために必要な工程である、母材を圧延することにより(蒸着マスクを製造するための)金属板を得る圧延工程を備えることが特定されることにより、本件発明1は、蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法として明確に把握に理解できる。
そうすると、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2〜5は、明確であるということができるから、取消理由1には理由がない。

なお、明確性要件違反に関し、異議申立人は、特許異議申立書で、物を生産する方法の発明においては、(ii)処理工程及び(iii)生産物に加えて、(i)原材料も特定されなければならない旨主張しているので(特許異議申立書6頁下から3行〜7頁6行)、ここで検討しておくと、物を生産する方法の発明において、原材料が特定されなければ、必ず発明が不明確になるということはない。また、本件発明1において、生産物は、特定の構造を有することを特徴とする金属板であると共に、検査工程を有する処理工程も、特に原材料に特有な工程ではないから、本件発明1において、例えば、組成等が明示された母材を特定しなければ、本件発明1が不明確になるということはない。したがって、異議申立人の上記の主張は、採用できない。

2 取消理由2(特許法第36条第6項第1号(サポート要件違反))について
取消理由2は、要するに、本件発明の課題を解決するには、金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程を含む金属板の製造方法である必要があると理解されるところ、訂正前の請求項1に係る発明には、上記の検査工程はもちろんのこと製造方法に関する特定はなされていないから、訂正前の請求項1に係る発明、及び訂正前の請求項1に係る発明を引用する訂正前の請求項2〜5に係る発明は、サポート要件を満たしていないというものである。
本件訂正により、本件発明1には、「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」に対し、「母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え」ることが特定されると共に、「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える」ことが特定され、本件発明1は、発明の課題を解決するための前提となる「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」において必要な、金属板を得る圧延工程が特定されると共に、発明の課題を解決するのに直接的に必要な、金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程が特定された。
そうすると、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2〜5は、本件発明の課題を解決できるものであり、サポート要件を満たしているから、取消理由2には理由がない。

なお、サポート要件違反に関し、異議申立人は、特許異議申立書で、以下の主張をしているので、ここで検討しておく。
(1)訂正前の請求項1に係る発明には、具体的な製造工程がまったく含まれていないから、訂正前の請求項1に係る発明は、いかなる製造方法であっても訂正前の請求項1に係る発明で特定される金属板を製造することができ、本件発明の課題が解決できると理解する他ない。しかしながら、本件明細書には、いかなる製造方法であっても訂正前の請求項1に係る発明で特定される金属板を製造することが可能であると認識できる記載はない。してみれば、訂正前の請求項1に係る発明はサポート要件を満たしていない(特許異議申立書8頁16行〜10頁4行)。
(2)本件明細書に記載される検査工程は、既に製造された金属板の検査をする工程であり、原材料等の出発物質に何らかの手段を講じて、その化学的、物理的な性質、形状等を変化させて、新たな物を得る工程が具体的に特定されるものではないから、本件発明1に、金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程が特定されたとしても、「金属板の製造方法」に係る本件発明1はサポート要件を満たすことにはならない(特許異議申立書11頁11〜17行)。

まず、(1)についてみると、訂正前の請求項1に係る発明に、具体的な製造工程が含まれていないことが、訂正前の請求項1に係る発明が、いかなる製造方法であっても訂正前の請求項1に係る発明で特定される金属板を製造することが可能であるということにはならない。また、上述のように、本件訂正により、本件発明1の蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法が、本件発明の課題を達成することに必要な、金属板の窪みの容積を考慮した金属板の検査工程を含むものとなったことにより、本件発明1がサポート要件を満たしていることは、上述したとおりである。
次に、(2)についてみると、製造方法の発明は、原材料等の出発物質に何らかの手段を講じて、その化学的、物理的な性質、形状等を変化させて、新たな物を得る工程のみで構成されなければならないということはなく、原材料等の出発物質から出発して、最終的な製品を得るまでに必要な工程は、製造方法における工程として認識できるものであるから、本件発明1は、検査工程を含めた備える製造方法であって、サポート要件を満たすものとして理解できる。
そうすると、異議申立人の上記の主張は、採用できない。

3 申立理由1(特許法第36条第4項第1号実施可能要件違反))について
(1)申立理由1の内容
申立理由1は、要は、以下のとおりである。
本件明細書の【0074】〜【0099】に記載される溶解工程、圧延工程、アニール工程等を有する方法で製造された金属板であっても、【0156】〜【0168】に記載された第1検査例等の記載によれば、本件発明1の条件(前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し)を満たさない金属板が含まれるのであるから、溶解工程、圧延工程、アニール工程等を有するとしても、いかなる具体的な製造条件で金属板を製造した場合に本件発明1の条件を満たす金属板が得られるのかが不明であり、本件発明1で特定される金属板を実際に製造するためには、当業者が想定し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等を行う必要がある。

(2)申立理由1に対する判断
申立理由1は、製造した金属板が本件発明1に特定される金属板の条件を満たすものであるか否かを検査する検査工程は、製造方法における工程とはいえず、「金属板の製造方法」に含まれないことを前提としている。
しかしながら、製造した金属板が本件発明1に特定される金属板の条件を満たすものであるか否かを検査する検査工程が、金属板の製造方法の一工程として認識できることは、上記2において、異議申立書における異議申立人の主張(2)に対して述べたとおりである。
そして、本件明細書の【0108】〜【0130】には、製造した金属板が、本件発明1に特定される金属板の条件を満たすものであるか否かを検査する検査工程が記載されると共に、同【0155】以降に記載される実施例における、例えば、【0169】〜【0176】の(第2検査例〜第5検査例)等において、本件発明1で特定される金属板を選別し得ることが具体的に示されている。さらには、本件発明1においても、本件明細書に記載される検査工程に対応する特定がなされている。
そうすると、本件発明1に特定される金属板は、本件明細書に記載される【0108】〜【0130】や、実施例における【0169】〜【0176】の、金属板が本件発明1に特定される金属板の条件を満たすものであるか否かを検査する検査工程に関する記載も考慮することにより、特段の試行錯誤、複雑高度な実験等を必要とすることなく、本件発明1の金属板を製造することができるといえるから、本件明細書は、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2〜5に対して、実施可能要件を満たしているものである。
したがって、申立理由1には、理由がない。

4 申立理由2(特許法第29条第2項進歩性欠如))について
申立理由2は、上記第4、2(2)で記載したように、異議申立書では、「本件発明の進歩性に関しては、本件特許に対して訂正がなされた場合に、より詳細に意見を述べる。」とされているものの、本件訂正後に意見が述べられていないため、進歩性欠如に関する論旨は不明であるが、一応、証拠として提出された甲1〜甲3を検討する。

(1)甲1〜甲3に記載の事項
ア 甲1(ステンレス協会編、「ステンレス鋼便覧−第3版−」日刊工業新聞社、2003年7月31日、854〜857頁)
甲1には、鋼板の表面性状としてのミクロな凹凸からなる表面粗さと酸化物等の表面層が鋼板表面での可視光線の反射、すなわち表面光沢に影響することが記載されている(854頁左欄1〜4行)。また、冷延時の表面性状に対して圧延条件(ロール速度、鋼板速度、圧下率、ロール径、板厚、変形抵抗など)、潤滑条件(圧延油の常圧常温粘度、圧力粘度指数、温度粘度指数、クーラントの性状など)及び表面粗さ(ロールの表面粗さ、冷延母板を含めた鋼帯の表面粗さ)が影響することが記載されている(855左欄8〜14行)。図4.26には、表面光沢と圧延速度との関係が示され、図4.29には、表面光沢とロール径との関係が示され、図4.36にはロール粗さと表面光沢との関係が示されている。

イ 甲2(特開2016−135505号公報)
甲2には、Fe−Ni系合金薄板において、表面粗さを粗くし、密着性を向上させる材料の製造方法が開示され(【要約】の【課題】)、Fe−Ni系合金薄板の表面粗さを調整するために、圧延ロール粗さに加え、圧延速度、圧延油動粘度及び圧延油吐出量を適正な範囲とすること、また、具体的な圧延ロール粗さ、圧延速度、圧延油動粘度及び圧延油吐出量が記載されている(【0010】、【0011】)。

ウ 甲3(特開2017−88915号公報)
甲3には、Fe−Ni系合金の圧延板からなり、圧延平行方向及び圧延直角方向にJIS−B0601に従って測定した算術平均粗さRaが0.01〜0.20μm、かつ、圧延平行方向及び圧延直角方向にJIS−Z8741に従って測定した60度光沢度G60が200〜600である、メタルマスク材料が記載され(【0012】)、なるべく小径の圧延ロールを用いて行うことで圧延油の巻き込みが少なくなって圧延材の表面が平滑になること、冷間圧延の圧延ロールの径と圧延速度は、RaとG60を制御できる範囲で適宜設定すればよいが、圧延速度を60m/分以下とすると好ましいことが記載され(【0029】)、製品表面の算術平均粗さRaが0.07〜0.08(0.065〜0.084)になるよう、実施例ごとに圧延ロールの表面粗さを調整したこと(【0032】)が記載されている。

(2)本件発明1と甲1〜甲3に記載の事項との対比及び判断
本件発明1の「蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法」が備える特徴的な工程である「前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程」に関する直接的な記載、さらにはこれを示唆するような記載が、甲1〜甲3にはないため、甲1〜甲3の記載事項をいかに組み合わせようとも、本件発明1にはならないことはもちろんのこと、甲1〜甲3の内容は、蒸着マスクを製造するための金属板の窪みに着目するものでもないから、仮に、本件発明1に特定される検査工程が知られているとしても、甲1〜甲3に記載される事項に、本件発明1に特定される検査工程を組み合わせる動機付けもないから、甲1〜甲3に記載される事項に基づいて、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2〜5を容易に発明できるとはいえない。

(3)小括
上記(2)で述べたとおり、本件発明1及び本件発明1を引用する本件発明2〜5は、甲1〜甲3に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものではないから、申立理由2には、理由がない。

第6 むすび

上記第5で検討したとおり、本件特許1〜5は、特許法第36条第4項第1号又は第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとも、同法第29条の規定に違反してされたものであるともいうことはできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記取消理由及び申立理由では、本件特許1〜5を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1〜5を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法であって、
母材を圧延することにより前記金属板を得る圧延工程を備え、
前記金属板は、前記金属板の表面に位置する複数の窪みを有し、
前記表面は、0.1mm2以上の面積を有する検査領域を含み、前記複数の窪みの一部が、前記検査領域に位置し、
前記金属板は、12000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.2μm))を有し、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、窪み補正容積を前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.2μm以上離れた部分の容積の総和であり、
前記容積は、前記複数の前記窪みの前記一部の深さをレーザー顕微鏡によって測定した結果に基づいて算出され、
前記金属板は、6000μm3/mm2以下の窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を有し、
前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))は、前記検査領域に位置する前記複数の前記窪みの前記一部の、前記金属板の厚み方向において前記表面から0.3μm以上離れた部分の容積の総和を、前記検査領域の面積で割ることによって算出され、
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))は、前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))の2.16倍以上8.63倍以下であり、
前記製造方法は、前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))及び前記窪み補正容積密度(V2(0.3μm))を算出する検査工程を備える、金属板の製造方法。
【請求項2】
前記検査領域の面積は1.5mm2以下である、請求項1に記載の金属板の製造方法。
【請求項3】
前記窪み補正容積密度(V2(0.2μm))が996μm3/mm2以上である、請求項1又は2に記載の金属板の製造方法。
【請求項4】
前記金属板は、ニッケルを含む鉄合金からなる、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の金属板の製造方法。
【請求項5】
前記金属板の厚みは30μm以下である、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の金属板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-02-21 
出願番号 P2019-554211
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (C23C)
P 1 651・ 121- YAA (C23C)
P 1 651・ 538- YAA (C23C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 後藤 政博
原 賢一
登録日 2020-11-02 
登録番号 6787503
権利者 大日本印刷株式会社
発明の名称 蒸着マスクを製造するための金属板の製造方法  
代理人 朝倉 悟  
代理人 岡村 和郎  
代理人 朝倉 悟  
代理人 堀田 幸裕  
代理人 中村 行孝  
代理人 中村 行孝  
代理人 堀田 幸裕  
代理人 岡村 和郎  

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