• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 一部申し立て 特29条の2  A61K
審判 一部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1384160
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-08-03 
確定日 2022-02-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6823269号発明「抗体−薬物コンジュゲート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6823269号の請求項1〜3、14に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6823269号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜14に係る特許についての出願は、平成29年6月19日(優先権主張 平成28年6月20日(以下「本件優先日」という。))に出願され、令和3年1月13日にその特許権の設定登録がされ、同年2月3日に特許掲載公報が発行された。
その後、令和3年8月3日に特許異議申立人 清原義博(以下「申立人」という。)により、本件特許の請求項1〜3、14に係る発明の特許に対して特許異議の申立てがなされた。

第2 本件発明
特許異議の申立てがなされた特許第6823269号の請求項1〜3、14の特許に係る発明は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜3、14に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、特許第6823269号の請求項1〜3、14の特許に係る発明を、順に「本件発明1」〜「本件発明3」、「本件発明14」ということがある。また、これらをまとめて単に「本件発明」ということがある。)。

「【請求項1】
抗CD71抗体またはその抗原結合性断片と薬物とのコンジュゲートであって、
薬物が、核酸であり、
抗CD71抗体またはその抗原結合性断片とはリンカーを介して共有結合により連結しており、リンカーが抗体またはその抗原結合性断片のSH基と共有結合により連結しており、但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではなく、
インビボにおいて筋肉細胞内に取り込まれ、細胞内ではエンドソームから離脱して薬物を該細胞の細胞質に送達することができる、コンジュゲート。
【請求項2】
核酸が、siRNAおよびアンチセンスオリゴからなる群から選択される、請求項1に記載のコンジュゲート。
【請求項3】
リンカーが、開裂不可能なリンカーである、請求項1または2に記載のコンジュゲート。
【請求項14】
抗CD71抗体またはその抗原結合性断片と薬物とのコンジュゲートを製造する方法であって、
前記抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のチオール基と該チオール基と反応性を有する官能基を有する薬物とを反応させること、または
前記抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のチオール基と、該チオール基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した薬物とを反応させること
を含み、リンカーが抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のSH基と共有結合により連結しており、但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではなく、薬物は、核酸である、方法。」

第3 申立ての理由の概要及び証拠
申立人は、特許異議申立書(以下「申立書」という。)において、本件発明1〜3、14についての特許を取り消すべき理由として、以下の「1」に概要を示す(1)〜(5)の申立ての理由(以下「申立理由1」等という。)を主張するとともに、証拠方法として、以下の「2」に示す甲第1号証〜甲第5号証(以下、それぞれ番号順に「甲1」等という。)を提出した。

1 申立人による申立ての理由の概要
(1)申立理由1(拡大先願)
本件発明1〜3、14は、甲1に記載された発明と同一の発明である。よって、本件発明1〜3、14についての特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件
本件特許明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。よって、本件発明1〜3、14についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(サポート要件)
本件発明1〜3、14はいずれも、特許請求の範囲の記載が、発明の詳細な説明に記載したものではない。よって、本件発明1〜3、14についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(進歩性
本件発明1〜3、14は、甲3及び甲4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。よって、本件発明1〜3、14についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)申立理由5(拡大先願)
本件発明1〜3、14は、甲5に記載された発明と同一の発明である。よって、本件発明1〜3、14についての特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 申立人が提出した証拠(証拠方法)
甲第1号証: 「特願2018−551978号の優先権証明書に添付されたUS62/316,919明細書」の1、2、42、66、67、72、104、105、117及び177頁の写し並びに部分翻訳文
(以下は令和3年9月27日付手続補正書(方式)とともに提出)
申立書とともに甲1として提出した書類が「US62/316,919明細書」の写しであることが確認できる記載があるWIPOが発行した書類の写し
甲第2号証: 「Sugo et al.,Journal of Controlled Release,237(2016) 1−13」の8頁の写し及び部分翻訳文
甲第3号証: 「Walker et al.,Pharmaceutical Research,Vol.12,No.10,1995」の1549及び1550頁の写し並びに部分翻訳文
(以下は令和3年9月27日付手続補正書(方式)とともに提出)
申立書とともに甲3として提出した書類に係る記事の1548頁
甲第4号証: 「国際公開公報第91/04753号」の11及び15頁写し並びに部分翻訳文
甲第5号証: 「特願2017−566854号の優先権証明書に添付されたEP15173508.1明細書」の23、24、79、80、91及び96頁の写し並びに部分翻訳文
(以下は令和3年9月27日付手続補正書(方式)とともに提出)
申立書とともに甲5として提出した書類が「EP15173508.1明細書」の写しであることを確認できる記載があるWIPOが発行した書類の写し、及び、「EP15173508.1明細書」が特願2017−566854号の優先権証明書に添付されたものであることを確認できる記載がある特表2018−520143号公報の1頁の写し

第4 申立ての理由についての当審の判断
事案に鑑み、申立理由1(拡大先願)、申立理由5(拡大先願)、申立理由4(進歩性)、申立理由3(サポート要件)、申立理由2(実施可能要件)の順で以下、判断する。

1 申立理由1(拡大先願)について
(1)申立人の主張の概要
申立人は申立書において、要するに、甲1には本件発明と同一の発明が記載されている、と主張する(申立書2〜5頁、9頁23行〜15頁13行)。
ここで、本件発明が、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないというためには、同条における「他の特許出願」であってその特許出願後に出願公開されたものの「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」に記載された発明と同一の発明である必要があり、当該「他の特許出願」が国際特許出願である場合には、同法第184の13の規定が適用される。そうすると、本件優先日(平成28年(2016年)6月20日)より前である2016年4月1日に米国において出願された甲1を優先基礎出願とするものであって、国際公開第2017/173408号によって国際公開がされ、特表2019−513371号公報によって国内公表された、同法第184条の4第1項の外国語特許出願である「PCT/US2017/025608(特願2018−551978号)」(以下「先願1」という。)を同法第184条の13で読み替える同法第29条の2の規定における「他の特許出願」とし、そして、先願1について甲1に基づくパリ条約第4条Bの優先権主張の効果が認められるためには、先願1の同法第184条の4第1項の国際出願日における国際特許出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下「先願明細書等1」という。)及び甲1のいずれにも、本件発明と同一の発明が記載されている、としなければならないところ、この点において、申立理由1は適切でない。

しかしながら、申立人が申立理由1に関して主として主張する事項は、先願明細書等1及び甲1において本件発明と同一の発明が記載されている、というものであると解して、以下の検討を行う。

そして、先願明細書等1及び甲1において本件発明と同一の発明が記載されていること、特に本件発明のコンジュゲートを構成する「抗CD71抗体またはその抗原結合性断片」に関し、申立人は、甲1の66頁下から1行及び67頁下から3行に、(抗体またはその結合フラグメントの例としての)「抗トランスフェリン受容体」の記載において、「抗CD71抗体またはその抗原結合性断片」が記載されている、と主張している(申立書10頁15〜17行)。

(2)申立人の主張に対する当審の判断
申立人が主張するように、甲1の66頁下から1行及び67頁下から3行には、「・・・, PSCA hlg, anti-transferrin receptor, p97,・・・」との記載のとおり、「抗トランスフェリン受容体」の記載が存在する。
一方、先願明細書等1の対応する箇所には、「・・・, PSCA hlg, p97,・・・」(先願1に対応する国際公開第2017/173408号の60頁1行及び同頁下から10行を参照。なお、先願1の公表公報である特表2019−513371号公報の69頁31行及び70頁20〜21行でも「・・・、PSCA hlg、p97、・・・」と記載。)と記載されており、「抗トランスフェリン受容体」は記載されていない。そして、先願明細書等1における他の箇所をみても、「抗トランスフェリン受容体」や「抗CD71抗体またはその抗原結合性断片」についての記載は存在しない。
そうすると、先願明細書等1には、本件発明のコンジュゲートを構成する「抗CD71抗体またはその抗原結合性断片」は記載されていないから、先願明細書等1に本件発明のコンジュゲートに係る核酸である薬物やリンカーといった他の構成については記載されているとしても、先願明細書等1に記載された発明は本件発明と同一の発明にはなりえない。

(3)小括
よって、申立人の主張する、本件発明1〜3、14が特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるとする申立理由1は、理由がない。

2 申立理由5(拡大先願)について
(1)申立人の主張の概要
申立人は申立書において、要するに、甲5には本件発明と同一の発明が記載されている、と主張する(申立書19頁下から5行〜24頁末行)。
ここで、本件発明が、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないというためには、同条における「他の特許出願」であってその特許出願後に出願公開されたものの「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」に記載された発明と同一の発明である必要があり、当該「他の特許出願」が国際特許出願である場合には、同法第184の13の規定が適用される。そうすると、本件優先日(平成28年(2016年)6月20日)より前である2015年6月24日に欧州特許庁おいて出願された甲5を優先基礎出願とするものであって、国際公開第2016/207240号によって国際公開がされ、特表2018−520147号公報によって国内公表された、同法第184条の4第1項の外国語特許出願である「PCT/EP2016/064460(特願2017−566854号)」(以下「先願5」という。)を同法第184条の13で読み替える同法第29条の2の規定における「他の特許出願」とし、そして、先願5について甲5に基づくパリ条約第4条Bの優先権主張の効果が認められるためには、先願5の同法第184条の4第1項の国際出願日における国際特許出願の明細書、請求の範囲又は図面(以下「先願明細書等5」という。)及び甲5のいずれにも、本件発明と同一の発明が記載されている、としなければならないところ、この点において、申立理由5は適切でない。
しかしながら、申立人が申立理由5に関して主として主張する事項は、先願明細書等5及び甲5において本件発明と同一の発明が記載されている、というものであると解して、以下の検討を行う。

(2)先願明細書等5及び甲5の記載事項
先願明細書等5について、申立理由5の判断に必要な範囲で記載事項を以下に摘記する。なお、先願明細書等5は外国語で記載されているため、先願5の公表公報である特表2018−520147号公報における記載に基づく翻訳文にて記載する。また、下線は当審が付した。
そして、これらの事項は甲5にも記載されている。

先5ア 「「トランスフェリン受容体」(TfR)は、2つのジスルフィド結合しているサブユニット(それぞれ、約90,000Daの見かけの分子量)から構成されており、脊椎動物における鉄の取込みに関与する、(約180,000Daの分子量を有する)膜貫通糖タンパク質である。一実施態様において、本明細書におけるTfRは、Schneider et al.(Nature 311 (1984) 675 - 678)に報告されているアミノ酸配列を含むヒトTfRである。」(先願5の国際公開第2016/207240号の24頁3〜8行;対応する特表2018−520147号公報の【0103】を参照。)

先5イ 「共有コンジュゲーションは、直接又はリンカーを介してのいずれかであることができる。・・・1つの非限定的な例として、所望の反応性基(すなわち、システイン残基)を有する分子(すなわち、アミノ酸)は、例えば、BBBR抗体に対する一価の結合実体内に導入することができ、ジスルフィド結合は、神経剤と形成することができる。核酸をタンパク質に共有コンジュゲーションする方法も、当技術分野において公知である(・・・)。コンジュゲーションは、各種のリンカーを使用しても行うことができる。例えば、一価の結合実体及びエフェクター実体は、各種の二官能性タンパク質カップリング剤、例えば、N−スクシンイミジル−3−(2−ピリジルジチオ)プロピオナート(SPDP)、スクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)シクロヘキサン−1−カルボキシラート(SMCC)、イミノチオラン(IT)、イミドエステルの二官能性誘導体(例えば、ジメチルアジピミダートHCl)、活性エステル(例えば、ジスクシンイミジルスベラート)、アルデヒド(例えば、グルタルアルデヒド)、ビスアジド化合物(例えば、ビス(p−アジドベンゾイル)ヘキサジアミン)、ビス−ジアゾニウム誘導体(例えば、ビス−(p−ジアゾニウムベンゾイル)−エチレンジアミン)、ジイソシアナート(例えば、トルエン 2,6−ジイソシアナート)、及びビス活性フッ素化合物(例えば、1,5−ジフルオロ−2,4−ジニトロンベンゼン)を使用してコンジュゲートすることができる。」(先願5の国際公開第2016/207240号の26頁13行〜27頁3行;対応する特表2018−520147号公報の【0112】を参照。)

先5ウ 「d)システイン操作抗体変異体
特定の実施態様では、システイン操作抗体、例えば、「チオMAb」を形成するのが望ましい場合がある。同抗体において、抗体の1つ以上の残基は、システイン残基により置換されている。特定の実施態様では、置換された残基は、抗体のアクセッシブル部位において起こる。システインによりそれらの残基を置換することにより、反応性チオール基は、抗体のアクセッシブル部位に位置することで、抗体を他の部分、例えば、薬剤部分又はリンカー−薬剤部分にコンジュゲートして、本明細書に更に記載されているように、免疫コンジュゲートを形成するのに使用することができる。」(先願5の国際公開第2016/207240号の84頁25行〜84頁1行;対応する特表2018−520147号公報の【0334】を参照。)

先5エ 「G.治療方法及び組成物
本明細書に提供されている抗TfR抗体のいずれかは、治療方法に使用することができる。一態様において、医薬として使用するための抗TfR抗体が提供される。例えば、本発明は、血液脳関門を通過させて、治療化合物を輸送する方法であって、抗体がそれに結合した治療化合物を、BBBを通過させて輸送するように、治療化合物に結合した抗TfR抗体(例えば、TfR及び脳抗原の両方に結合する多重特異性抗体)をBBBに暴露させることを含む、方法を提供する。」(先願5の国際公開第2016/207240号の97頁23〜30行;対応する特表2018−520147号公報の【0386】を参照。)

先5オ 「加えて、化学療法剤のこのような定義は、・・・;アンチセンスオリゴヌクレオチド、特に、異常な細胞増殖に関わるシグナル伝達経路における遺伝子の発現を阻害するもの、例えば、PKC−アルファ、Raf、H−Ras、及び上皮成長因子受容体(EGF−R)等;・・・、ならびに、上記いずれかの薬学的に許容し得る塩、酸、又は誘導体を含む。」(先願5の国際公開第2016/207240号の102頁23〜36行;対応する特表2018−520147号公報の【0393】を参照。)

先5カ 「実施例1
ウサギ及びマウスの免疫化
マウスの免疫化
NMRIマウスを、ヒト又はカニクイザルの全長TfRをコードするプラスミド発現ベクターを使用して、100μg ベクターDNAの皮内適用により遺伝学的に免疫化し、続けて、エレクトロポレーションした(・・・)。0、14、28、42、56、70、及び84日目に、6又は7回のいずれかの連続的な免疫化を、マウスに受けさせた。4回目及び6回目の免疫化を、カニクイザルTfRをコードするベクターにより行った。ヒトTfRをコードするベクターを、他の全ての免疫化に使用した。血液を、36、78、及び92日目に採取し、血清を調製した。同血清を、ELISAによる力価測定に使用した(以下を参照のこと)。最も高い力価を有する動物を、96日目に、106個のヒトTF−1細胞又は50μg リコンビナントのヘリカルドメイン(・・・)を欠いたヒト可溶性TfRのいずれかの静脈内注入によりブースティングするのに選択した。モノクローナル抗体を、安定してトランスフェクションされたCHO−K1細胞の表面上に発現している、ヒト及びカニクイザルのトランスフェリン受容体に結合するその能力に基づいて、ハイブリドーマ技術により単離した(実施例3を参照のこと)。」(先願5の国際公開第2016/207240号の115頁4〜24行;対応する特表2018−520147号公報の【0428】を参照。)

(3)先願明細書等5及び甲5に記載された発明
摘記事項先5カのとおり、先願明細書等5の実施例において具体的に記載されているのは、ヒトのトランスフェリン受容体(TfR)に結合するモノクローナル抗体を単離したことについてである。そして、トランスフェリン受容体には「TfR1(CD71,p90)」と「TfR2(HFE3)」の2種類が存在することは当業者の技術常識であるところ、先願明細書等5には上記のトランスフェリン受容体がTfR1、TfR2のいずれであるのか明示がない。しかしながら、摘記事項先5アのとおり、「本明細書におけるTfRは、Schneider et al.(Nature 311 (1984) 675 - 678)に報告されているアミノ酸配列を含むヒトTfRである。」と記載されているところ、当該記載にある文献を「文献31(reference 31)」として参照文献の欄に記載する、文献「J. Exp. Med., 2001, Vol.194, No.4, pp.417-425」の422頁右欄下から3〜2行に、「トランスフェリン受容体 (TfR/CD71; 文献31)」と記載されていることに照らせば、先願明細書等5で単離したヒトTfRに結合する上記のモノクローナル抗体とは、TfR1であるCD71に結合するモノクローナル抗体であると認められる。
してみると、先願明細書等5には、以下の発明が記載されているものと認められる。

「CD71に結合するモノクローナル抗体。」(以下「先願発明5−1」という。)

「CD71に結合するモノクローナル抗体を、ハイブリドーマ技術を用いて製造する方法。」(以下「先願発明5−2」という。)

(4)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と先願発明5−1とを対比すると、本件発明1のコンジュゲートはCD71に結合する抗CD71抗体をその構成に含む物であり、そして、先願発明5−1のモノクローナル抗体はCD71に結合する抗CD71抗体なる物といえる。そうすると両者には、以下の一致点及び相違点があるものと認められる。

<一致点1>
「抗CD71抗体をその構成に備える物。」

<相違点1>
本件発明1の物は、抗CD71抗体またはその抗原結合性断片が、当該抗体またはその抗原結合性断片のSH基(チオール基)とリンカー(但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではない。)を介して、核酸である薬物と共有結合により連結されている、インビボにおいて筋肉細胞内に取り込まれ、細胞内ではエンドソームから離脱して薬物を該細胞の細胞質に送達することができる、「コンジュゲート」であるのに対し、先願発明5−1の物は、抗CD71抗体「それ自体」である点。

上記相違点について検討する。
摘記事項先5イ、エ及びオのとおり、先願明細書等5には、血液脳関門(BBB)を通過させて薬物を輸送するために、抗CD71抗体を、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有さない、スクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)シクロヘキサン−1−カルボキシラート(SMCC)のようなリンカーを介した共有結合により、アンチセンスオリゴヌクレオチド、すなわち核酸である薬物と結合したコンジュゲートとして提供することが記載されている。さらに、先願明細書等5には、抗CD71抗体と薬物(核酸)が結合したリンカーとの結合に関し、摘記事項先5ウのとおり、抗体に存在する反応性チオール基に対してリンカーが結合すること、すなわちリンカーが抗体のSH基と共有結合により連結する態様についても記載されている。
ここで、本件特許の特許権者が、本件特許の出願に係る審査の過程において令和1年12月4日受付の意見書に添付して提出した「実験成績書」において以下のとおり示されているように、薬物(核酸)が結合したリンカーが抗体のSH基と共有結合することで連結しているものと、抗体に結合したリンカーが薬物(核酸)のSH基と共有結合することで連結しているものとでは、細胞内に送達される薬物(核酸)の効果には顕著な差が生じ、そして連結様式の違いによって、そのような効果についての差が生じることが、本件優先日前における当業者の技術常識であったという事実は認められない。




そうすると、先願明細書等5には、上記のとおり、抗CD71抗体と核酸である薬物とがリンカーを介して共有結合したコンジュゲートを提供することについて、リンカーを細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有さないものとし、かつ、リンカーを抗体のSH基と共有結合により連結するという具体的な手段は記載されているものの、コンジュゲートをそのような特定の構成のものとすることで、当該特定の構成を有しない場合には得られない、新たな効果を奏するものであるから、上記相違点1は、課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)とは認められない。
したがって、本件発明1は、先願発明5−1と同一の発明ではない。

イ 本件発明2及び3について
本件発明2は本件発明1の核酸について、また、本件発明3は本件発明1又は2のリンカーについて、さらに限定するものであるから、本件発明1と同様に、本件発明2及び3と先願発明5−1との間には上記相違点1が存在する。そして、上記相違点1が、課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)とは認められないことは、上記アで述べたとおりである。
したがって、本件発明2及び3も本件発明1と同様に、先願発明5−1と同一の発明ではない。

ウ 本件発明14について
本件発明14と先願発明5−2とを対比すると、本件発明14の方法により製造されるコンジュゲートはCD71に結合する抗CD71抗体をその構成に含む物であり、そして、先願発明5−2の方法により製造されるモノクローナル抗体はCD71に結合する抗CD71抗体なる物といえる。そうすると両者には、以下の一致点及び相違点があるものと認められる。

<一致点2>
「抗CD71抗体をその構成に備える物を製造する方法。」

<相違点2>
本件発明1の方法により製造される物は、抗CD71抗体またはその抗原結合性断片が、当該抗体またはその抗原結合性断片のSH基とリンカー(但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではない。)を介して、核酸である薬物と共有結合により連結されている、インビボにおいて筋肉細胞内に取り込まれ、細胞内ではエンドソームから離脱して薬物を該細胞の細胞質に送達することができる、「コンジュゲート」であるのに対し、先願発明5−2の方法により製造される物は、抗CD71抗体「それ自体」であり、そのため、先願発明5−2の方法は、
「前記抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のチオール基と該チオール基と反応性を有する官能基を有する薬物とを反応させること、または
前記抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のチオール基と、該チオール基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した薬物とを反応させること」
を工程として含むものではない点。

上記相違点について検討する。
摘記事項先5イ〜オのとおり、先願明細書等5には、BBBを通過させて薬物を輸送するために、抗CD71抗体に、核酸(アンチセンスオリゴヌクレオチド)である薬物を結合させて、コンジュゲートを製造すること、またその際にリンカーを使用する場合には、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有さないSMCCのようなリンカーを介した共有結合により、抗体と薬物(核酸)とを結合させて製造することが記載されている。さらに、先願明細書等5には、抗CD71抗体と薬物(核酸)との結合に関し、摘記事項先5ウのとおり、抗体に存在する反応性チオール基に対して薬物(核酸)又は該薬物(核酸)が結合したリンカーを結合させることも記載されており、これは、抗体のチオール基と、該チオール基と反応性を有する官能基を有する薬物(核酸)、又は、該チオール基と反応性を有する官能基を有するリンカーと結合した薬物(核酸)とを反応させる、という技術的事項を開示していると理解される。
しかしながら、上記アで述べたように、本件発明14の方法によって製造される特定の構成のものとすることで、当該特定の構成を有しない場合には得られない、新たな効果を奏するものであるから、先願明細書等5には、抗CD71抗体と薬物(核酸)とのコンジュゲートを製造する方法についての具体的な手段は記載されているものの、上記相違点2は、課題解決のための具体化手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの)とは認められない。
したがって、本件発明14は、先願発明5−2と同一の発明ではない。

(5)小括
よって、申立人の主張する、本件発明1〜3、14が特許法第29条の2の規定に違反して特許されたものであるとする申立理由5は、理由がない。

3 申立理由4(進歩性
(1)申立人の主張の概要
申立人は申立書において、要するに、本件発明は甲3及び4から当業者が容易に発明することができたものであり進歩性を有しない、と主張する(申立書17頁7行〜19頁下から8行)。
ここで、申立書には、甲3及び4のいずれが主引例であるのか明示されていないが、申立書の特に17〜19頁に記載されている本件発明1及び14と甲3及び4とを対比した表の記載において、甲3にはトランスフェリン受容体とオリゴヌクレオチドとのコンジュゲートが記載されていると整理していることからみて、甲3を主引例とする進歩性欠如が主張されているものと理解できるから、その前提で以下の検討を行う。

(2)各甲号証の記載事項
甲3及び4について、申立理由4の判断に必要な範囲で記載事項を以下に摘記する。なお、甲3及び4はいずれも外国語で記載されているため、当審による翻訳文にて記載する。また、下線は当審が付した。

ア 甲3の記載事項
甲3ア 「ヘテロ二官能性架橋剤SMCCによるモノクローナル抗体の誘導体化
マウス-抗ヒトトランスフェリン受容体抗体(クローンRVS−10 (IgG1 subclass); Biogenesis, UK)又は対照であるマウス-抗ヒトIgG(2-4 mg)の2.5 mlの50mMリン酸緩衝液中の溶液に、ジメチルフォルマミド(DMF)溶液中の0.05Mのヘテロ二官能性架橋剤である、スクシンイミドリル4-(マレイミドメチル)シクロヘキサン-1-カルボキシレート(SMCC)を添加した。」(1548頁右欄31〜39行)

甲3イ 「生細胞へのアンチセンスオリゴヌクレオチドの送達を改善するために、トランスフェリン受容体抗体(TRA)−オリゴヌクレオチドコンジュゲートを評価することが我々の目的であった。スキーム1は、抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲートの合成をまとめたものである。ヘテロ二官能性架橋剤であるSMCC(B)を用いて抗体(A)にマレイミド基を導入し、誘導体化したタンパク質(C)を作成した。これを、誘導体化したオリゴヌクレオチド(D)に存在する遊離チオール基と反応させて、抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲート(E)を形成した(合成の詳細は「方法」を参照。)。この合成手順はTRA−オリゴヌクレオチドと、対照の非特異的なヒトIgG−オリゴヌクレオチドコンジュゲートの両方の製造に用いられた。それらの構成を確認するために、精製されたコンジュゲート(「方法」参照)は、デオキシリボヌクレアーゼ1及びタンパク質分解酵素Kによる分解の感受性と、10%、SDS−PAGEゲル上での相対的な移動性の点で特徴づけられた(図1参照)。TRA−オリゴヌクレオチドコンジュゲートとヒトIgG−オリゴヌクレオチドコンジュゲートのゲルの動きは似ていて、どちらも約160kDaの見かけ上の分子量で移動した。レーンCは、標識されたオリゴヌクレオチドと抗体を反応条件下で単純にインキュベートすると、遊離オリゴヌクレオチドに対応するバンドが現れたことを示している。これは、このコンジュゲートが単にオリゴマーが抗体に吸着した結果ではなく、スキーム1が示唆するように共有結合による相互作用を意味していることを示している。コンジュゲートの核酸成分とタンパク質成分の存在を確認するために、酵素消化試験を行った。このコンジュゲートをDNase1で部分的に消化すると(レーンD)、オリゴヌクレオチドの酵素消化に特徴的な産物である単量体のATPが生成され、このコンジュゲートがオリゴヌクレオチド成分を持つことがわかった。コンジュゲートのタンパク質成分を確認するため、プロテイナーゼKによる部分消化を行った(レーンE)。この場合、遊離オリゴヌクレオチドと同様の移動度を示すバンド(レーンB)が観察され、消化されたタンパク質からオリゴマーが放出されたことが示された。SDS−PAGEデータは、スキーム1に示す提案された抗体−オリゴヌクレオチド合成産物と一致していた。」(1549頁右欄下から3行〜1550頁右欄2行)

甲3ウ 「

」(1549頁のスキーム1)

甲3エ 「スキーム1. モノクローナル抗体-オリゴヌクレオチドコンジュゲートの合成。この合成手順で、ヒトトランスフェリン受容体抗体(IgG1サブクラス、クローンRSV−10)、及び、ヒトIgG1抗体との、アンチセンスオリゴヌクレオチド コンジュゲートを製造した(反応の詳細については、方法を参照のこと)。」(1549頁のスキーム1の説明)

イ 甲4の記載事項
甲4ア 「オリゴヌクレオチド及びリガンド結合分子のコンジュゲート方法
・・・
好ましい実施形態は、リガンド結合分子とオリゴヌクレオチドがジスルフィド結合で結合しているコンジュゲートである。このアプローチの例示は、好ましい抗体454A12をジスルフィド結合によってオリゴヌクレオチドに結合させることである。
・・・
コンジュゲートを形成するために、反応性スルフヒドリル基を持つオリゴヌクレオチドを合成した。好ましい実施形態では、反応性スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチドをBB04、BB05、およびBB06とし、それぞれBB01、BB02、およびBB03に相当する配列とした。図2は、これらのオリゴヌクレオチドの配列とデータである。オリゴヌクレオチドは以下のような一般的な構造をしていた(図2ではスルフヒドリル基をXと表記している)。

同時に、454A12にスルフヒドリル基を付加した。オリゴヌクレオチドは、2つの化合物のスルフヒドリル基間のジスルフィド交換反応により、454A12と共有結合していた。この反応について以下に説明する。」(10頁5〜35行)

甲4イ 「抗体へのスルフヒドリル基の付加」(11頁1行)

甲4ウ 「オリゴヌクレオチドと抗体のジスルフィド結合」(11頁18行)

甲4エ 「この結合は、2つの成分(最終濃度が、4nMの454A12−IT−TNBと100nMのオリゴヌクレオチド)を4℃で一晩インキュベートすることによって達成された。」(11頁20〜22行)

甲4オ 「例えば、抗体又は抗体フラグメントは、当技術分野で周知の技術によって遊離スルフヒドリル基を有するように調製することができる。特に有用なのは、Urnovitzの米国特許4,698,420号に示されている手順で、ここに参照により組み込まれる。特定のクラスの抗体、特にIgMとIgAは、抗体分子がジスルフィド結合によって結合した凝集体として存在する。凝集体の還元は、本ヘテロ二官能性架橋剤のマレイミド基と反応することができる遊離スルフヒドリル基を有する個々の抗体分子の形成を引き起こす。」(15頁23〜30行)

甲4カ 「好ましいオリゴヌクレオチド−抗体コンジュゲートの合成
より具体的には、より好ましいオリゴヌクレオチド−抗体コンジュゲートの合成は、以下のようにして行った。
モノクローナル抗体454A12を、ヘテロ二官能性架橋剤であるmal-sac-spacer-glut-HNSAと以下のように反応させた。・・・を用いたゲルろ過により、反応混合物から誘導体化された抗体を分離した。この物質を、以下に記載するように、反応性スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチドと反応させた。
反応性スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチドと誘導体化した抗体を1:2のモル比(抗体:スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチド)で組み合わせた。・・・4℃で一晩反応させた後、サンプルをGF250ゲルろ過カラム(PBS pH7.6)でろ過した。6.5% SDS-PAGEを行い、コンジュゲート抗体の分子量が150,000kD以上210,000kD以下であることを確認した。」(20頁27行〜21頁12行)

(3)甲3に記載された発明
摘記事項甲3イ〜エによれば、甲3には、ヘテロ二官能性架橋剤であるSMCCがリンカーとなり、当該リンカーを介してトランスフェリン受容体抗体とオリゴヌクレオチドとが共有結合により結合した、トランスフェリン受容体抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲート、及び、その製造方法が記載されている。
ここで、上記2(3)にも記載したとおり、トランスフェリン受容体にはTfR1(CD71,p90)とTfR2(HFE3)とが存在することは当業者の技術常識であるところ、甲3には、コンジュゲートを構成するトランスフェリン受容体抗体が抗CD71抗体であることについて明示はないが、摘記事項甲3アには抗ヒトトランスフェリン受容体抗体として「クローンRVS−10 (IgG1 subclass); Biogenesis, UK」を用いたことが、また、摘記事項甲3エには「IgG1サブクラス、クローンRSV−10」を用いたことが記載されている。摘記事項甲3アとエの上記記載を比べると、前者は「クローンRVS−10」であるのに対し、後者は「クローンRSV−10」であって記載が整合していないが、抗トランスフェリン受容体抗体について記載する文献において前者の「クローンRVS−10」を記載するものは散見されるものの、一方、後者の「クローンRSV−10」を記載するものは確認されないことから、甲3においてコンジュゲートを構成するトランスフェリン受容体抗体として用いられているのは前者の「クローンRVS−10」であって、甲3における後者の「クローンRSV−10」の記載は誤記と解するのが合理的である。
そして、「クローンRVS−10」を記載するものの1つである、文献「Arch Virol (1998) 143: 1417-1424」における1419頁の図1の説明にある「マウスモノクローナル抗CD71(クローンrvs−10,Biogenesis-Gamma,Belgium)」との記載に照らすに、当該「クローンRVS−10」は抗CD71抗体であることが理解できるから、甲3に記載の上記コンジュゲートは、抗CD71抗体とオリゴヌクレオチドとがSMCCリンカーを介して共有結合により結合したものといえる。
また、摘記事項甲3ウのとおり、スキーム1に示される抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲート(E)の化学構造によれば、コンジュゲートにおけるSMCCリンカーは、(CH2)6基を介してオリゴヌクレオチドに結合したSH基と共有結合により連結しており、そして当該連結は、オリゴヌクレオチドに結合したSH基が、当該SH基と反応性を有す官能基を有するSMCCリンカーに結合した抗体とが反応することで形成されることが把握できる。
してみると、甲3には、以下の発明が記載されているものと認められる。

「抗CD71抗体とオリゴヌクレオチドとがSMCCリンカーを介して共有結合により結合したコンジュゲートであって、前記リンカーが(CH2)6基を介してオリゴヌクレオチドに結合したSH基と共有結合により連結している、コンジュゲート。」(以下「甲3発明1」という。)

「抗CD71抗体とオリゴヌクレオチドとがSMCCリンカーを介して共有結合により結合したコンジュゲートを製造する方法であって、
(CH2)6基を介して前記オリゴヌクレオチドに結合しているSH基と、該SH基と反応性を有する官能基を有するSMCCリンカーに結合した抗CD71抗体とを反応させることを含み、前記リンカーが(CH2)6基を介してオリゴヌクレオチドに結合したSH基と共有結合により連結している、前記コンジュゲートを製造する方法。」(以下「甲3発明2」という。)

(4)対比・判断
ア 本件発明1について
本件発明1と甲3発明1とを対比すると、甲3発明1における「オリゴヌクレオチド」は本件発明1における薬物である「核酸」に相当し、そして、甲3発明1における「SMCCリンカー」が、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではないことは、摘記事項甲3ウのとおり、スキーム1に示される抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲート(E)の化学構造から明らかである。
そうすると両者には、以下の一致点及び相違点があるものと認められる。

<一致点3>
「抗CD71抗体と薬物とのコンジュゲートであって、
薬物が、核酸であり、
抗CD71抗体とはリンカーを介して共有結合により連結しており、但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではない、
コンジュゲート。」

<相違点3−1>
本件発明1では、リンカーは「抗体のSH基と共有結合により連結」しているのに対し、甲3発明1では、リンカーは「(CH2)6基を介して核酸に結合しているSH基と共有結合により連結」している点。

<相違点3−2>
本件発明1のコンジュゲートは、「インビボにおいて筋肉細胞内に取り込まれ、細胞内ではエンドソームから離脱して薬物を該細胞の細胞質に送達することができる」という機能を備えたものであることが特定されているのに対し、甲3発明1のコンジュゲートについてはそのような機能を備えたものであることについての特定がなされていない点。

上記相違点について検討する。
相違点3−1について検討すると、甲3と組み合わせる甲4について、申立書において申立人は、本件発明1の進歩性を否定する上で摘記事項甲4イ〜エの記載事項に言及しているが、摘記事項甲4アのとおり、これらはいずれもコンジュゲートの形成に際して、摘記事項甲4アに記載の一般的な構造を有する反応性スルフヒドリル基(反応性チオール基)を持つオリゴヌクレオチドと反応させるために用いる抗体(454A12)へのスルフヒドリル基の付加について説明するものである。そして、摘記事項甲4アにおける「オリゴヌクレオチドは、2つの化合物のスルフヒドリル基間のジスルフィド交換反応により、454A12と共有結合していた。」との記載によれば、反応性スルフヒドリル基を持つオリゴヌクレオチドは、得られるコンジュゲートにおいて抗体とジスルフィド結合(−S−S−結合)によって結合することになると解されるから、本件発明1における「リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではない」というものに相当しなくなる。そうすると、申立人が申立書において言及する摘記事項甲4イ〜エは、相違点3−1についての判断の根拠とすることは適切でない。
また、摘記事項甲4エにおける「454A12−IT−TNB」とは、抗体である「454A12」と、架橋剤として知られる「IT(2−イミノチオラン(2-iminothiolane))」と「TNB(チオアセタール オルソ−ニトロベンズアルデヒド(Thioacetal ortho-nitrobenzaldehyde))」とが共有結合により連結した構造を有するものであり、そして、架橋剤である前記「IT」及び「TNB」のいずれも化学構造中にマレイミド基を有していないため、申立書の18頁に記載する表中における、「甲第4号証、第11頁、第20行目〜第22行目は、−S−S−結合を含まないヘテロ二官能性マレイミド活性エステル架橋剤(454A12−IT−TNB)(()内は異議申立人加筆)を開示している。」との申立人の主張の意図について、技術的に理解できない。

一方、甲4において、申立書において申立人も言及している摘記事項甲4オには、抗体又は抗体フラグメントについて、周知技術により遊離スルフヒドリル基を有するものとすること、及び、遊離スルフヒドリル基を有する抗体又は抗体フラグメントはヘテロ二官能性架橋剤のマレイミド基と反応することができる、という技術的事項が記載されている。
しかしながら、甲3には、抗体−核酸コンジュゲートにおけるリンカーの結合については一貫して、核酸に結合しているSH基と共有結合により連結する態様のみが記載されており、リンカーを抗体のSH基と共有結合により連結させることについての記載や示唆はまったくない。
そして、摘記事項甲4カのとおり、甲4においても、実際に製造しているオリゴヌクレオチド−抗体コンジュゲートは、甲3発明1と同様に、反応性スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチドと誘導体化した抗体とを反応させることで得られる、ヘテロ二官能性架橋剤であるリンカーが核酸に結合しているSH基と共有結合により連結したもののみであることもふまえると、摘記事項甲4オに記載の上記技術的事項が甲4において開示されているからといって、当業者が、甲3発明1のコンジュゲートにおけるリンカーの連結方式として、核酸に結合しているSH基と共有結合により連結させることに代えて、抗体のSH基と共有結合により連結させることを動機付けられるとはいえない。
したがって、甲3発明1において、甲4に記載された技術的事項を参酌しても、本件発明1との間の相違点3−1の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、相違点3−2についての検討をするまでもなく、本件発明1の特定事項は当業者が容易に想到し得たものではない。

また、上記2(4)アでも記載したとおり、本件発明1のように、核酸が結合したリンカーが抗CD71抗体のSH基と共有結合することで連結しているコンジュゲートの方が、甲3発明1のように、抗CD71抗体に結合したリンカーが核酸のSH基と共有結合することで連結しているコンジュゲートよりも、細胞内に送達される核酸の効果に関し顕著に優れており、そして、本件優先日前における当業者の技術常識をふまえても、当該効果を甲3、甲4の記載から当業者が予測し得たとは認められない。

以上のとおり、本件発明1との間の相違点3−1の構成を甲3発明1において採用することは当業者が容易に想到し得たとはいえず、そして、本件発明1が奏する効果は当業者が予測し得ない顕著なものである。

イ 本件発明2及び3について
本件発明2は本件発明1の核酸について、また、本件発明3は本件発明1又は2のリンカーについて、さらに限定するものであるから、本件発明1と同様に、本件発明2及び3と甲3発明1との間には上記相違点3−1及び3−2が存在する。そして、上記相違点3−1を甲3発明1において採用することは当業者が容易に想到し得たとはいえず、また、コンジュゲートにおけるリンカーの連結方式の違いによって奏される効果は当業者が予測し得ない顕著なものであることは、上記アで述べたとおりである。
したがって、本件発明2及び3も本件発明1と同様に、甲3及び甲4から当業者が容易に想到し得たとはいえず、そして、本件発明2及び3が奏する効果は当業者が予測し得ない顕著なものである。

ウ 本件発明14について
本件発明14と甲3発明2とを対比すると、甲3発明2における「オリゴヌクレオチド」は本件発明14における薬物である「核酸」に相当し、そして、甲3発明2における「SMCCリンカー」が、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではないことは、摘記事項甲3ウのとおり、スキーム1に示される抗体−オリゴヌクレオチドコンジュゲート(E)の化学構造から明らかである。
そうすると両者には、以下の一致点及び相違点があるものと認められる。

<一致点4>
「抗CD71抗体と薬物とのコンジュゲートを製造する方法であって、コンジュゲートはリンカーを含み、但し、リンカーは、細胞内の還元環境下で開裂する−S−S−結合をその構成中に有するリンカーではなく、薬物は、核酸である、方法。」

<相違点4>
本件発明14の方法は、「抗CD71抗体のチオール基と該チオール基と反応性を有する官能基を有する核酸とを反応させること」、又は、「抗CD71抗体のチオール基と該チオール基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した核酸とを反応させること」を含み、そしてそのため、コンジュゲートがリンカーを含む場合に、該リンカーは「抗CD71抗体またはその抗原結合性断片のSH基と共有結合により連結」しているのに対し、甲3発明2の方法は、「(CH2)6基を介して核酸に結合しているSH基と該SH基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した抗CD71抗体とを反応させること」を含み、そしてそのため、コンジュゲートにおいてリンカーが「(CH2)6基を介して核酸に結合したSH基と共有結合により連結」している点。

上記相違点について検討する。
上記(4)アでも述べたとおり、甲4には、抗体又は抗体フラグメントについて、周知技術により遊離スルフヒドリル基を有するものとすること、及び、遊離スルフヒドリル基を有する抗体又は抗体フラグメントはヘテロ二官能性架橋剤のマレイミド基と反応することができる、という技術的事項が記載されている(摘記事項甲4オ)。
しかしながら、甲3には、抗体−核酸コンジュゲートにおける抗体と核酸との結合については一貫して、核酸に結合したリンカーが有しているSH基と反応性を有する官能基が、核酸に結合しているSH基と反応することで、該リンカーが核酸に結合しているSH基と共有結合により連結する態様のみが記載されており、抗体のSH基に対して、該SH基と反応性を有する官能基を有する核酸とを反応させることや、該SH基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した核酸とを反応させることについての記載や示唆はまったくない。
そして、摘記事項甲4カのとおり、甲4においても、オリゴヌクレオチド−抗体コンジュゲートの実際の製造としては、甲3発明2と同様に、反応性スルフヒドリル基を有するオリゴヌクレオチドと誘導体化した抗体とを反応させることで、ヘテロ二官能性架橋剤であるリンカーが核酸に結合しているSH基と共有結合により連結したものを得ているだけであることもふまえると、摘記事項甲4オに記載の上記技術的事項が甲4において開示されているからといって、当業者が、甲3発明2の方法において、核酸に結合しているSH基と該SH基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した抗CD71抗体とを反応させることに代えて、抗CD71抗体のチオール基と、該チオール基と反応性を有する官能基を有する核酸又は該チオール基と反応性を有する官能基を有するリンカーに結合した核酸とを反応させることを動機付けられるとはいえない。
したがって、甲3発明2において、甲4に記載された技術的事項を参酌しても、本件発明14との間の相違点4の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得たとはいえないから、本件発明14の特定事項は当業者が容易に想到し得たものではない。
また、上記2(4)アでも記載したとおり、本件発明14の製造方法で得られるもののように、核酸が結合したリンカーが抗CD71抗体のSH基と共有結合することで連結しているコンジュゲートの方が、甲3発明2の製造方法で得られるものように、抗CD71抗体に結合したリンカーが核酸のSH基と共有結合することで連結しているコンジュゲートよりも、細胞内に送達される核酸の効果に関し顕著に優れており、そして、本件優先日前における当業者の技術常識をふまえても、当該効果を甲3、甲4の記載から当業者が予測し得たとは認められない。

以上のとおり、本件発明14との間の相違点4の構成を甲3発明2において採用することは当業者が容易に想到し得たとはいえず、そして、本件発明14の製造方法で得られるものが奏する効果は当業者が予測し得ない顕著なものである。

(5)小括
よって、申立人の主張する、本件発明1〜3、14が特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるとする申立理由4は、理由がない。

4 申立理由3(サポート要件)
(1)検討の前提
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以上のことを前提として、本件発明1〜3、14に係る請求項1〜3、14の記載が、サポート要件を満たすか否か、以下、検討する。

(2)本件発明の解決すべき課題の認定、課題解決の認識について
本件特許明細書の【0010】における記載に加え、本件特許の特許請求の範囲の請求項1における記載をふまえると、本件発明が解決しようとする課題は、「核酸である薬物を筋肉細胞へ効果的に送達する方法を提供すること」であると認める。

そして、本件特許明細書には、抗CD71抗体の抗原結合性断片であるFab’と、核酸であるsiRNA又はアンチセンスオリゴ核酸とを、マレイミドリンカーなどのリンカーにより共有結合したコンジュゲートを製造し、そして、当該コンジュゲートを用いることで、インビボにおいて筋肉細胞である心筋や腓腹筋に核酸が送達されることが、実施例において具体的に記載されている。
ここで、コンジュゲートにおいて抗CD71抗体の「全長抗体」を用いる場合にも、筋肉細胞に核酸が送達されることについては、本件特許明細書において実施例による具体的な裏付けはないものの、本件特許明細書の【0004】において、筋肉への薬物の送達が難しいのは、筋肉内の血管の内皮は血管を敷石上に敷き詰めているので物質が通過するための孔を有しないためと考えられていた、と本件発明の技術的背景について説明されており、そして、【0031】において、CD71による細胞内へのトランスフェリンの取り込みは、エンドサイトーシスによって行われることから、粒径300nm程度の小胞であってもエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれうる、との記載がなされている。
このような本件特許明細書における記載に加え、本件特許の出願に係る審査の過程において令和2年10月6日受付の意見書で本件特許の特許権者も説明している、
・受容体がエンドサイトーシスの後に細胞膜にリサイクリングされる際、反対側の細胞膜にリサイクリングされることがあり、これをもって片側から別の側に輸送されたこととなるので、この種のエンドサイトーシスを特に「トランスサイトーシス」と呼ぶとされていること(1990年発行の書籍「岩波講座 分子生物科学6(第7回配本) 情報の伝達と物質の動き」の117〜121頁)
・物質が通過するための孔を有しない連続型毛細血管を備えるものは、筋血管内皮細胞のほかに脳血管内皮細胞(血液脳関門)があるところ、連続型毛細血管におけるトランスフェリン受容体リガンドの輸送は受容体媒介(仲介)によるトランスサイトーシスにより、また、全長抗体、Fab’、scFvのいずれも、当該血液脳関門におけるトランスサイトーシスが可能であること(1991年発行の文献「Proc. Natl. Acad. Sci.,- Vol.88, pp.4771-4775, 1991」、1999年発行の文献「Protein Engineering, vol.12, no.9, pp.787-796, 1999」)
・連続型毛細血管を備える筋血管内皮細胞において、全長抗体と同等のサイズの粒子(直径6〜11nmの金ナノ粒子で標識した糖化アルブミン)がトランスサイトーシス可能であること(1988年発行の文献「J. Cell. Biol, Vol.107, pp.1729-1738, 1988」)
といった、本件特許の出願日前における当該分野の周知技術や技術水準に照らせば、本件発明1〜3、14は、本件特許明細書の発明の詳細な説明における記載から、当業者は、コンジュゲートにおける抗CD71抗体について、そのFab’を用いる場合だけでなく、Fab’以外の抗原結合性断片や全長抗体を用いる場合でも、上記のとおり認定した課題を解決できると認識できるものである。

(3)申立人の主張について
申立人は申立書において、要するに、本件特許明細書の記載は、Fab’の結合分子以外の核酸と結合した抗CD71抗体の例は開示しておらず、本件特許明細書の【0051】、【0052】及び【0131】における記載は、コンジュゲートを作成する際にFab’を用いることが特に好ましいことを強調しているものと理解され、本件特許明細書中にはFab’以外の抗原結合性断片については、明細書中にサポートされているとは認められない、と主張する(申立書15頁17行〜16頁15行)。
しかしながら、申立人が言及する本件特許明細書の【0051】、【0052】及び【0131】における記載はいずれも、コンジュゲートに用いるには抗CD71抗体又はその抗原結合性断片のうちFab’が好ましいことを単に説明しているにすぎず、Fab’以外の抗原結合性断片や全長抗体を採用するコンジュゲートでは、上記(2)において認定した課題を解決できないことを記載するものではない。
そして、抗CD71抗体のFab’以外の抗原結合性断片や全長抗体を用いるコンジュゲートであっても、本件特許明細書の発明の詳細な説明により当業者が上記課題を解決できると認識できるものであることは、上記(2)で述べたとおりである。

(4)小括
よって、申立人の主張する、本件発明1〜3、14はいずれも特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件発明1〜3、14についての特許は特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてなされたものであるとする申立理由3は、理由がない。

5 申立理由2(実施可能要件
(1)当審の判断
上記4(2)に記載したとおり、本件特許明細書には、抗CD71抗体の抗原結合性断片であるFab’と、核酸であるsiRNA又はアンチセンスオリゴ核酸とを、マレイミドリンカーなどのリンカーにより共有結合したコンジュゲートを製造し、そして、当該コンジュゲートを用いることで、インビボにおいて筋肉細胞である心筋や腓腹筋に核酸が送達されることが、実施例において具体的に記載されており、また、本件特許明細書における記載に加え、本件特許の出願日前における当該分野の技術水準も考慮すれば、本件発明1〜3、14について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、実施例に記載された抗CD71抗体のFab’を用いる場合のみならず、抗CD71抗体のFab’以外の抗原結合性断片や全長抗体を用いる場合についても、当業者はその実施をすることができるといえる。

(2)申立人の主張について
申立人は申立書において、要するに、審査の過程で行われた特許権者による主張とは対照的に、本件特許の発明者は、本件特許出願の提出とほぼ同時に発行された甲2において、Fab’と同等である代替物として全長抗体が使用できることは当業者には知られていなかったこと、及び、全長抗体と比較してFab’のサイズが小さいことが効果的なサイレンシング活性に寄与しているのに対し、全長抗体結合siRNAはサイレンシング効果が低いことを認めていたところ、このような本件特許の発明者の技術思想に基づいて発明が行われ、特許出願がなされ、そして特許が成立したことを考慮すれば、本件特許はFab’フラグメントに関するものではあっても、全長抗体を対象とするものではないことは明白である、と主張する(申立書16頁16行〜17頁6行)。
しかしながら、申立人が言及している甲2の8頁左欄下から1行〜同頁右欄12行目には、
「しかし、抗体−siRNAコンジュゲートはサイレンシング効率が低いという問題があった。抗Lewis−Y抗体STAT3siRNAコンジュゲートは、A431細胞でのインビトロトランスフェクションのためにクロロキンなどのエンドソーム不安定化試薬との同時トランスフェクションを必要とした。抗TENB2抗体ペプチジルプロリルイソメラーゼB(PPIB)siRNAコンジュゲートは、インビトロでPC3細胞を高発現させるTENB2の中の10−50nMのPPIBmRNAの約50%の減少を示した。対照的に、抗CD71 siHPRTは、肝細胞におけるGalNac−siApoBと同様に増殖中のB細胞で効果的なサイレンシング活性を示した。抗体の分子量は以前の報告とは異なり、Fab’フラグメントの場合は55kDa、抗体の場合は150kDaであった。したがって、低分子量抗体及びフラグメントは、エンドソーム放出においてかなりの利点を有する可能性が高い。」(当審注:甲2は外国語で記載されているため翻訳文で記載し、下線は当審が付した。)
と記載されているが、当該記載は、抗体−siRNAコンジュゲートにおいて全長抗体を使用すると、インビボにおいて核酸を筋肉細胞の細胞質に送達できないことを技術的に明らかにしている訳ではなく、単に、抗体−siRNAコンジュゲートはサイレンシングの効率が低いこと、及び、低分子量の抗体やフラグメントはエンドソーム放出においてかなりの利点を有する可能性が高いことを説明しているにすぎない。したがって、そのようなことが甲2に記載されているからといって、本件特許が全長抗体を対象としていないことが明白であるとはいえないし、また、本件発明1〜3、14について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて、抗CD71抗体のFab’以外の抗原結合性断片や全長抗体を用いる場合についても、当業者はその実施をすることができるといえることは、上記(1)で述べたとおりである。

(3)小括
よって、申立人の主張する、本件発明1〜3、14について、本件特許明細書の発明の詳細な説明は当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、本件発明1〜3、14についての特許は特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願についてなされたものであるとする申立理由2は、理由がない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、申立人による特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件特許の請求項1〜3、14に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1〜3、14に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、特許法第114条第4項の規定により、本件特許の請求項1〜3、14に係る特許について、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-02-07 
出願番号 P2018-524078
審決分類 P 1 652・ 16- Y (A61K)
P 1 652・ 537- Y (A61K)
P 1 652・ 121- Y (A61K)
P 1 652・ 536- Y (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 森井 隆信
冨永 みどり
登録日 2021-01-13 
登録番号 6823269
権利者 株式会社GenAhead Bio
発明の名称 抗体−薬物コンジュゲート  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ