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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
管理番号 1384265
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-03 
確定日 2022-04-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第6884166号発明「部分フッ素化エラストマー並びにその製造方法及びその使用方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6884166号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6884166号(請求項の数8。以下、「本件特許」という。)は、2014年(平成26年)4月30日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2013年5月2日 米国(US))を国際出願日とする出願(特願2016−511832号)の一部を平成31年2月27日に新たな特許出願(特願2019−34780号)としたものであって、令和3年5月13日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行は令和3年6月9日)。
その後、令和3年12月3日に、本件特許の請求項1〜8に係る特許に対して、特許異議申立人である笹井 栄治(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。

申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:M.Lueckmannほか著、「Einfluss von ionischen Fluessigkeiten auf FKM」、KGK(Kautschuk Gummi Kuntststoffe) Huethig GmbH、2012年5月発行、26〜32頁、及び、その翻訳文
甲第2号証:特表2000−502389号公報
甲第3号証:特開平1−135854号公報
甲第4号証:特開2010−174202号公報
甲第5号証:特開平6−25589号公報
甲第6号証:特開2008−208341号公報
甲第7号証:特開2003−192845号公報
参考資料1:M.Lueckmannほか著、「STRUCTURE−PROPERTY RELATIONSHIPS FOR SPECIALITY RUBBER/IONIC LIQUIDS」、American Chemical Society 2015 the 188th Technical Meeting of the ACS Rubber Division 論文集、2015年10月、第3巻、1771〜1787頁、及び、抄訳文
参考資料2:「フッ素ゴム ダイエルG−7400BP」のカタログ、ダイキン工業株式会社、2019年11月
(以下、上記「甲第1号証」〜「甲第7号証」を、それぞれ「甲1」〜「甲7」という。なお、甲1及び参考資料1の上記書誌事項において、原文での「uウムラウト」の表記は、ここでは「ue」で代用して記載した。)

第2 特許請求の範囲の記載
特許第6884166号の特許請求の範囲の記載は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1〜8に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1〜8に係る発明を「本件発明1」〜「本件発明8」といい、これらを総称して「本件発明」ともいう。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
(i)フッ化ビニリデン、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンからなる群より選択される少なくとも一つをモノマー単位として有する部分フッ素化ポリマーを含む部分フッ素化エラストマーゴムと、
(ii)前記部分フッ素化ポリマー及びイオン性液体の総重量に基づいて、0重量%より多く10重量%未満のイオン性液体と、を含み、
前記イオン性液体は、カチオンおよびアニオンの少なくともいずれか一方を構成する基がフッ素原子で置換されており、
前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり、
ASTM D 5289−95に記載の手順を用いて、177℃、予熱なし、経過時間12分で測定した最大トルクMHが8.9dNm以上である、
押出成形用またはプレス硬化用組成物。

【請求項2】
前記イオン性液体の量が、前記イオン性液体及び前記部分フッ素化ポリマーの総重量に基づいて、0.01重量%超且つ1.0重量%未満である、請求項1に記載の組成物。

【請求項3】
前記イオン性液体の量が、前記イオン性液体及び前記部分フッ素化ポリマーの総重量に基づいて、1.0重量%超且つ10.0重量%未満である、請求項1に記載の組成物。

【請求項4】
揮発性溶媒を含まない、請求項1ないし3のいずれかに記載の組成物。

【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の組成物を含む、物品。

【請求項6】
硬化した請求項1ないし5のいずれか一項に記載の組成物を含む、硬化物品。

【請求項7】
ホース、ガスケット、又はシールである、請求項6に記載の硬化物品。

【請求項8】
(i)フッ化ビニリデン、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンからなる群より選択される少なくとも一つをモノマー単位として有する部分フッ素化ポリマーを含む部分フッ素化エラストマーゴムと、(ii)前記部分フッ素化ポリマー及びイオン性液体の総重量に基づいて、0重量%より多く10重量%未満のイオン性液体と、をブレンドすることと、得られた混合物を押出成形またはプレス硬化することとを含み、
前記イオン性液体は、カチオンおよびアニオンの少なくともいずれか一方を構成する基がフッ素原子で置換されており、
前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり、
前記混合物は、ASTM D 5289−95に記載の手順を用いて、177℃、予熱なし、経過時間12分で測定した最大トルクMHが8.9dNm以上である、
硬化物品の製造方法。」

第3 特許異議申立理由
申立人が申し立てた特許異議申立の理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は、以下のとおりである。

1 特許異議申立の理由の概要
(1)申立理由1(甲第1号証を主引用文献とする進歩性
請求項1〜8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証に記載された発明、及び、甲第1号証〜甲第7号証に記載された事項に基づいて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1〜8に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(サポート要件)
特許請求の範囲の請求項1〜8の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件訂正前の請求項1〜8に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

請求項1の「前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり」の記載は、通常の文言解釈をすれば、ガラス転移温度が複数存在する場合を含んでいる。一方、本件明細書の【0050】には、イオン性液体及び部分フッ素化ポリマーが単一のガラス転移温度を有する混和性ブレンドである旨が記載され、実施例においてもガラス転移温度は一つのみしか記載されていない。
よって、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。本件発明2〜8についても同様である。

以上のとおり、本件の特許異議申立てに係る審理対象は、全ての請求項に係る特許についてであり、審理対象外の請求項は存しない。

第4 当審の判断
当審は、以下に述べるとおり、特許異議申立書に記載した申立理由1、2のいずれによっても、本件発明1〜8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。

1 申立理由1(進歩性)について
(1)各甲号証に記載された事項
ア 甲1
甲1には、以下の事項が記載されている。
なお、甲1は独文であるため、以下では、図面を除き、申立人が提出した翻訳文を用いて引用箇所を摘記した。

甲1a


」(甲1の翻訳文の第1頁第6〜14行)

甲1b



」(甲1の翻訳文の第1頁下から11行目〜第2頁第27行)

甲1c



」(甲1の翻訳文の第2頁下から8行目〜第3頁第7行)

甲1d


」(甲1の原文の第27頁図1)


」(上記図1の中の各記載の翻訳、甲1の翻訳文の第3頁第8〜16行から抜粋)

甲1e


」(甲1の原文の第29頁図7)
「図7:容積分率に依存してプロットされた、FKM/IF系のガラス転移温度(Tg)の推移
(横軸)容積分率φ」
(上記図7の中の各記載の翻訳、甲1の翻訳文の第5頁下から13〜11行目に基づき当審が作成)

甲1f



」(甲1の翻訳文の第5頁下から10行目〜第6頁第24行)

甲1g


・・・」(甲1の翻訳文の第7頁第4〜11行)

甲1h


」(甲1の翻訳文の第8頁第26〜39行)

イ 甲2
甲2には、以下の事項が記載されている。

甲2a
「発明の分野
本発明はフッ化ビニリデン含有フルオロポリマー組成物の硬化に関する。
背景技術
背景
フッ化ビニリデン単位を含有するフルオロポリマー(たとえば、フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロペンなどのエチレン的不飽和モノマーのコポリマー)は、たとえば、Brullo R.A.,「Fluoroelastomer Rubber for Automotive Applications」 Automotive Elastomer Design, June 1985、「Fluoroelastomer Seal Up Automotive Future」 Materials Engineering,October 1988および「Fluorocarbon Elastomers」 Encyclopedia of Polymer Science and Engineering, vol.7,pp.257 et seq.(2d ed.,John Wiley Sons,1987).などに記載されているシール類、ガスケット類およびライニングなど、高温での適用に特に有用である。その1つの理由は、このようなフルオロポリマーは、硬化したとき、熱、溶剤、腐食性薬品および蒸気による損傷に対して優れた抵抗性を有することである。しかし、硬化過程は一般に非常に遅く、硬化促進剤を使用することが必要である。このために、様々なオルガノオニウム化合物が提案されてきた。」(第7頁第5〜22行)

甲2b
「硬化性組成物の硬化特性およびレオロジー特性ならびに硬化したシートの物性を、以下の試験方法を使用して評価した。
無回転部レオメーター、予熱なし、振動子の振動数100cpm、弧0.5°のためのASTM D 5289-93aに従って、Monsanto MovingDie Rheometer(MDR)Model 2000E を177℃で使用し、混合物8.0gを用いて、未硬化の、配合混合物の硬化レオロジー試験 CureRheological Testsを実施した。最小トルク(ML)、最大トルク (MH)、MH と ML の間の差であるデルタトルク(ΔT)を報告した。」(第16頁最下行〜第17頁第7行)

甲2c
「実施例1:
実施例1では、ホスフィンA[3-(1,1-ジヒドロペルフルオロオクチルオキシ)プロピルジイソブチルホスフィン]50g(0.085mol)をフラスコに入れることにより、窒素パージ流入口およびマグネティック攪拌棒を具備する200ml無気フラスコ内で本発明のフッ素化ホスホニウム硬化促進剤を調製した。次に、2-プロパノール20ml をフラスコに加えてホスフィンAを溶解し、AldrichChemical Co.から入手可能な塩化ベンジル10.8g(0.085mol)をホスフィン溶液に加えた。生じた混合物を約50℃に12時間加熱した。ホスフィンは定量的にトリアルキルベンジルホスホニウムハライドに変換されたことが、反応混合物の31P NMR分光分析からわかった。出発ホスフィンの31P NMR化学シフトデータはδ=−40ppm であるが、ホスホニウムの化学シフトはδ=+32ppm の領域で確認される。2-プロパノールを真空下で除去し、生成物(3-(1,1-ジヒドロペルフルオロオクチルオキシ)プロピルジイソブチルベンジルホスホニウムクロリド)をさらに真空下、50℃で約12時間乾燥させた。1H、31Pおよび 19F NMRスペクトルで所望の生成物の構造が確認された。
・・・
実施例7:
実施例7では、従来の二本ロール機で標準方法を使用して、以下の成分を一緒に混合することにより、本発明の硬化性組成物を調製した。3M Co.から FluorelTM Fluoroelastomer FC-2145として入手可能なフッ化化ビニリデン (60重量%)とヘキサフルオロプロピレン(40重量%)のフッ素含有コポリマー 100g、ビスフェノール-AF 2.1gおよび上記実施例1として調製したフッ素化オニウム硬化促進剤0.92g(1.29mmhr)のメタノール溶液(固形分約50%)。次に、Ca(OH)26g、MgO3g およびカーボンブラック30gを、粉砕すべき組成物に加えた。確実に均質の混合物とするためにさらに混合した後、 Monsanto Moving DieRheometer を177℃で12分間使用して、生じた硬化性組成物の硬化特性を分析した。結果を表1に報告する。」
(第23頁第17行〜第24頁第3行、第26頁第1〜11行)

甲2d


」(第28頁上段)

ウ 甲3
甲3には、以下の事項が記載されている。

甲3a
「産業上の利用分野
本発明は新規な押出加工用フッ素ゴム組成物に関するものである。さらに詳しくいえば、本発明は、押出加工性と加硫物性とのバランスに優れたフッ素ゴム組成物に関するものである。」(第1頁右下欄第7〜11行)

甲3b
「 本発明組成物においては、(c)成分として加硫弾性体形成用配合剤が用いられる。この加硫弾性体形成用配合剤としては、例えば加硫剤、加硫助剤、加硫促進剤、金属化合物、充てん剤などが挙げられる。
本発明組成物の加硫はポリオール加硫、ジアミン加硫、パーオキサイド加硫のいずれであってもよく、・・・」(第3頁左下欄第12〜19行)

甲3c
「発明の効果
本発明の押出加工用フッ素ゴム組成物は、押出速度や押出肌特性などの押出加工性と、引張特性、圧縮永久歪、燃料油に対する抽出量などの加硫物性とのバランスに優れており、特に自動車、トラック、トラクターなどのフューエルホース、インタンクホースなどの用途に好適に用いられる。」(第4頁左下欄第4〜10行)

エ 甲4
甲4には、以下の事項が記載されている。

甲4a
「【請求項1】
(a)ヘキサフルオロプロペン、フッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン及びパーフルオロ(アルキルビニルエーテル)化合物の中から選ばれる2種類以上の二重結合を有する化合物と、nが1以上の整数で構成されるパーフルオロ[(アルキルオキシ)n−アルキルビニルエーテル]類の中から選ばれる1種類以上の二重結合を有する化合物とを共重合して得られる有機過酸化物で加硫可能な共重合体と、
(b)有機過酸化物と、
(c)2個以上の二重結合を有する多官能性不飽和化合物と、
を含有してなることを特徴とするフッ素ゴム組成物。」

甲4b
「【0001】
本発明は、フッ素ゴム組成物及びこれを用いて形成されるガスケット、パッキン及びシール材などの成形品に関し、詳しくは燃料電池において用いられるガス、冷媒、及び生成水などの媒体に対し、優れた加硫物を与えるフッ素ゴム組成物に関する。」

甲4c
「【0024】
以下、本発明に係るフッ素ゴム組成物について、実施例により更に具体的に説明するが、これらは本発明の実施の一例であって、これらに限定されるものではない。
表1に記載の配合にて、8インチミキシングロールで混練した後、160℃で10分間のプレス加硫し、続いて200℃にて4時間のオーブン加硫を行った。これにより得られた加硫物(成形物)を試験片として、JIS規格に準じて各物性測定を以下のようにして行った。」

(2)甲1に記載された発明
甲1には、イオン性液体(IF)をフッ素ゴム(FKM)に組み込んで、フッ素ゴムに対するイオン性液体の影響、特にガラス転移温度を調べたこと、イオン性液体として2種のカチオン及び4種のアニオンの組み合わせである8種の物質を利用したこと、アニオンは過フッ素化されたアルキル基を有することが記載され(甲1a、甲1b)、材料として、DAI−EL G−7400BP(ダイキン・ケミカル・ヨーロッパGmbH社)のフッ素ゴムを使用したこと、当該ゴムはフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンからなる共重合体であること、カチオンとして1−ブチル−1−メチルピロリジニウム(「PY1,4」と表記)ほか1種、アニオンとしてビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(「Tf2N」と表記)ほか3種を利用したこと(甲1c、甲1d)、フッ素ゴムの低温柔軟性に対するイオン性液体の影響を調べるために、フッ素ゴムと8種のイオン性液体の混合物についてガラス転移温度を計測したこと、使用したフッ素ゴムの純粋なポリマーのガラス転移温度は−22℃であることが記載され(甲1f)、イオン性液体の容量分率とガラス転移温度の関係のグラフが図7に示され、特にイオン性液体が低い濃度範囲ではガラス転移温度が一定の範囲でとどまっていることが記載されている(甲1e、甲1f)。
そして、図7のグラフにおいてプロットされた各点は実際に調製された混合物のサンプルを表すと解されるところ、PY1,4−Tf2Nを用いたサンプルの系列のうち、横軸の容積分率が約0.025と読み取れる点について、Tgが容積分率0(すなわちフッ素ゴムのみ)の点よりもわずかに上昇しているものの−21℃よりも下の位置にあると認められる。そこで、当該点で示されるサンプルに着目して、
「フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンからなる共重合体であるDAI−EL G−7400BP(ダイキン・ケミカル・ヨーロッパGmbH社)のフッ素ゴムと、
約0.025の容積分率でPY1,4−Tf2Nのイオン性液体と、を含む混合物であって、
前記フッ素ゴムの純粋なポリマーのガラス転移温度が−22℃であり、前記混合物のガラス転移温度が−22℃より高く−21℃より低い、混合物。」の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
甲1発明における「フッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンからなる共重合体」は、本件発明1における「フッ化ビニリデン、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンからなる群より選択される少なくとも一つをモノマー単位として有する部分フッ素化ポリマー」に相当し、甲1発明における「DAI−EL G−7400BP(ダイキン・ケミカル・ヨーロッパGmbH社)のフッ素ゴム」は本件発明1における「部分フッ素化エラストマーゴム」に相当する。
甲1発明における「PY1,4−Tf2Nのイオン性液体」は、アニオンであるTf2Nがトリフルオロメチル基を有していることから、本件発明1における「カチオンおよびアニオンの少なくともいずれか一方を構成する基がフッ素原子で置換されて」いる「イオン性液体」に相当する。
甲1発明では「約0.025の容積分率でPY1,4−Tf2Nのイオン性液体」を含むことを特定しているところ、「容積分率」とは、組成物全体、すなわちフッ素ゴムとイオン性液体の総容積に基づくイオン性液体の容積の分率であると解され、PY1,4−Tf2Nの比重が1.40(参考資料1の第1786頁表1の「PY−Tf2N」の「Density」(比重)の項目参照)、フッ素ゴムの比重が1.81(参考資料2の表の「比重(23℃)」の項目参照)であることを踏まえて容積を重量に換算すると、1.40×0.025/(1.81×0.975+1.40×0.025)=約0.02となり、フッ素ゴムとイオン性液体の総重量に基づくイオン性液体の比率は約2重量%と算出される。してみると、甲1発明における「約0.025の容積分率」は、本件発明1の「前記部分フッ素化ポリマー及びイオン性液体の総重量に基づいて、0重量%より多く10重量%未満」に相当する。
甲1発明における「前記フッ素ゴムの純粋なポリマーのガラス転移温度が−22℃であり、前記混合物のガラス転移温度が−22℃より高く−21℃より低い」とは、フッ素ゴムの純粋なポリマー、すなわちフッ化ビニリデンとヘキサフルオロプロピレンからなる共重合体そのものが−22℃というガラス転移温度を有しており、それにイオン性液体を混合すなわち添加することによるガラス転移温度の変化が1℃に満たない程度である、ということであるから、本件発明1における「前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり」との構成を満たすものである。
甲1発明における「混合物」は、フッ素ゴムとイオン性液体とからなる2成分の組成を有するものであるから、本件発明1における「組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「 (i)フッ化ビニリデン、ヘキサフルオロプロピレン、テトラフルオロエチレンからなる群より選択される少なくとも一つをモノマー単位として有する部分フッ素化ポリマーを含む部分フッ素化エラストマーゴムと、
(ii)前記部分フッ素化ポリマー及びイオン性液体の総重量に基づいて、0重量%より多く10重量%未満のイオン性液体と、を含み、
前記イオン性液体は、カチオンおよびアニオンの少なくともいずれか一方を構成する基がフッ素原子で置換されており、
前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満である、
組成物。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点A:本件発明では「ASTM D 5289−95に記載の手順を用いて、177℃、予熱なし、経過時間12分で測定した最大トルクMHが8.9dNm以上である」と特定されているのに対し、甲1発明では組成物の当該最大トルクMHの値が不明である点。

相違点B:組成物の用途について、本件発明1では「押出成形用またはプレス硬化用」と特定されているのに対して、甲1発明では用途の特定がない点。

(イ)判断
相違点A及びBについてまとめて判断する。
まず、「a 甲1の記載の検討」において、甲1の記載内容を検討し、甲1発明には他の技術事項や周知技術を組み合わせる動機付けがあるとはいえないことを確認する。次に、「b 申立人の主張について」において、甲2〜甲4を副引用例とする容易想到性についての申立人の主張を検討する。

a 甲1の記載の検討
甲1では、まず前提としてポリマーの分野においてイオン性液体が産業的な研究対象であること、様々なポリマー中のイオン性液体の軟化効果が既に知られていることを述べ(甲1b)、それを踏まえて、「本稿では、フッ素ゴム(FKM)に対するさまざまなイオン性液体の影響を調べる。・・・特に、FKMの低温柔軟性に対するその影響を調べることにする。」(甲1b)と甲1の目的が示され、結論部分において種々の試験結果に基づいて「どちらかというと劣るフッ素ゴムの低温柔軟性を、明らかに改善することができた。純粋なポリマーについての−20℃を出発点としたとき、ガラス転移温度をほぼ15℃だけ下げることが可能であった。」(甲1h)と記載されていることから、甲1は、フッ素ゴムの低温柔軟性を改善する目的で、添加剤としてイオン性液体を用いることを志向しており、甲1においては、ガラス転移温度を有意に低下させフッ素ゴムの低温柔軟性を改善することができるフッ素ゴムとイオン性液体との配合がより望ましいと理解することが自然である。
さらに、甲1では具体的な試験結果に基づいて、イオン性液体が低い濃度の場合にはTgがあまり低下せず、あるいは若干上昇することが指摘され(甲1f)、PY1,4−Tf2N等の特定のイオン性液体を容積分率0.2と比較的多く配合することで顕著なTg低下を実現できることも具体的に言及されており(甲1h)、この記載からも、甲1においては、ガラス転移温度を有意に低下させフッ素ゴムの低温柔軟性を改善することができるフッ素ゴムとイオン性液体との配合がより望ましいことが示唆されているといえる。
以上のことを踏まえると、各配合サンプルのガラス転移温度の測定結果を示す図7において、図の右下部分に位置するイオン性液体を多く配合しTgが大きく低下したサンプル群については、フッ素ゴムの低温柔軟性を改善することができたものであるからフッ素ゴムに関する周知技術を組み合わせたり具体的な用途へ適用することが動機づけられる余地があるものの、図の左上に位置するイオン性液体の配合が少なくTgが実質的に低下していないサンプル群については、低温柔軟性が改善できなかったものであり、イオン性液体のフッ素ゴムへの影響を系統的に確認するためのいわば対照比較例に過ぎないから、フッ素ゴムに関する周知技術を組み合わせたり具体的な用途である押出成形用としたりプレス硬化用へ適用することを積極的に動機付けられるものとはいえない。
そうすると、上記「(2)」で述べたとおり、甲1発明も図7においてイオン性液体の配合が少なくTgが実質的に低下していない点のサンプルの1つに着目して認定された発明であるのだから、甲1に接した当業者が、甲1発明をさらに別の甲号証に記載のフッ素ゴムに関する技術的事項や周知技術と組み合わせるよう動機付けられるとはいえない。
したがって、甲1発明に基づいて、相違点A及びBに係る本件発明1の構成を採用することは動機づけられるものでない。

b 申立人の主張について
申立人は申立書の第17頁において、本件発明1と甲1に記載された発明との相違点として、上記相違点A、相違点Bと同内容の[相違点3]、[相違点4]を挙げている。
そして、同第20頁において、「[相違点3について]」のパラグラフで、甲2にはフルオロポリマー、架橋剤、硬化促進剤(本件特許の「イオン性液体」に相当する)を含む硬化性組成物の最大トルクMHを測定し、その結果が明らかに8.9dNmであることが記載されている(甲2a〜甲2d)から、甲1に記載された組成物を同様に硬化させた硬化組成物も本件発明1と同程度の最大トルク値となっているものといえるし、本件発明1の数値範囲に限定することも当業者が容易になし得ると主張し、また、「[相違点4について]」のパラグラフで、フッ素ゴム組成物が押出加工用であることは甲3に記載され(甲3a、甲3c)、プレス加硫されて硬化し成形物とされることは甲4に記載され(甲4b、甲4c)、いずれも公知の事項であると主張している。
そこで、まず相違点Aに関する前者の主張を検討する。
そもそも、上記「a」で指摘したとおり、甲1発明はフッ素ゴムに関する技術的事項や周知技術を組み合わせるよう動機づけられるものでない。
さらに、甲2の記載も念のため検討するに、申立人は甲2に記載の「フッ素化硬化促進剤」を本件特許の「イオン性液体」に相当するとしているが、甲2には、「フッ素化硬化促進剤」について、「イオン性液体」であるとは何ら記載されていないし、申立人が甲2の記載事項2として言及した実施例7で用いられたフッ素化オニウム硬化促進剤である「(3-(1,1-ジヒドロペルフルオロオクチルオキシ)プロピルジイソブチルベンジルホスホニウムクロリド)」は、本件明細書のイオン性液体についての【0021】〜【0026】の記載に該当する物質ではない。してみると、甲2記載のフッ素化硬化促進剤が本件特許の「イオン性液体」に相当すると判断することはできない。また、甲2の甲2bに記載された最大トルクの測定方法であるASTM D5289−93aは、本件発明で特定される最大トルクの測定方法と同じ方法であるか明らかではない。したがって、上記「a」で指摘した動機付けの欠如を別にしても、上記主張はその前提に誤りがあるものといわざるを得ない。
次に、相違点Bに関する後者の主張を検討する。
そもそも、上記「a」で指摘したとおり、甲1発明は他の甲号証記載の事項を組み合わせるよう動機づけられるものでない。
さらに、甲3、4の記載も念のため検討するに、甲3は、加硫のための加硫剤を用いること(甲3b)が記載され、甲4は同じく加硫のため有機過酸化物を用いること(甲4a)が記載され、いずれもフッ素ゴム組成物の成分として硬化・架橋のための成分をさらに含むことを必要とするものと解されるが、一方で、甲1発明ではフッ素ゴムとイオン性液体の2成分のみからなり、加硫のための成分は含まれていない。してみると、上記「a」で指摘した動機付けの欠如を別にしても、加硫のための成分を含むことを前提とした甲3又は甲4記載のゴム組成物の用途を、そのような成分を含まない甲1発明の組成物に適用可能であると直ちにいうことはできない。
よって、申立人の主張はいずれも採用できるものでない。

(ウ)小括
以上のことから、本件発明1は、甲1に記載された発明と甲2〜4に記載された事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

イ 本件発明2〜7について
本件発明2〜7は本件発明1を直接的又は間接的に引用して限定した発明であるから、本件発明2〜7は、上記「ア」で示した理由と同じ理由により、甲1に記載された発明及び他の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものでない。

ウ 本件発明8について
本件発明8は、本件発明1の組成物と同等の構成の混合物を、本件発明1の用途である押出成形又はプレス硬化することを含む、硬化物品の製造方法の発明として特定したものであるから、本件発明1とは発明のカテゴリーが異なるのみで実質的に同等の構成を備えるものといえる。
したがって、本件発明8は、上記「ア」で示した理由と同じ理由により、甲1に記載された発明及び他の甲号証に記載された事項から当業者が容易に発明をすることができたものでない。

2 申立理由2(サポート要件)について
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)の判断について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って判断する。

(2)本件発明の課題
本件明細書の発明の詳細な説明の【0005】には「フルオロエラストマーの最終特性(例えば、圧縮永久歪み等)のバランスをとりながら、良好な加工特性(例えば、硬化速度、ムーニー粘度等)を有する硬化性フルオロエラストマーを含む組成物が必要とされている。」と記載され、さらに【0018】には、「本開示では、部分フッ素化エラストマーゴムに少量(例えば、10重量%未満)のイオン性液体を添加することによって、特に、改善された硬化速度、より低いムーニー粘度、及び/又は改善された圧縮永久歪みを有する組成物を得ることができることを見出した。」と記載されている。
これらの記載からみて、本件発明の解決しようとする課題は、改善された硬化速度、より低いムーニー粘度、及び/又は改善された圧縮永久歪みを有する組成物を提供することであると解される。

(3)本件発明1について
発明の詳細な説明には、【0021】〜【0035】において本件発明1の構成成分が記載され、【0049】にイオン性液体の含有量の範囲が記載され、【0050】〜【0051】にガラス転移温度について記載され、【0065】〜【0066】に押出成形及びプレス硬化について記載され、【0113】に最大トルクMHについて記載されており、実施例において、本件発明1の構成を満たす組成物が、イオン性液体を含まない比較例の組成物よりもムーニー粘度や硬化速度に優れていることが具体的に示されている(【表6】のE1D、E1FとCE1の比較、【表9】のE8AとCE8の比較)。
そうすると、発明の詳細な説明は、本件発明1が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。

(4)本件発明2〜8について
本件発明2〜7は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1をさらに限定するものである。また、本件発明8は、本件発明1と比較すると、物の発明でなく製造方法の発明として特定されて発明のカテゴリーが異なる以外は、実質的に同等の構成を備えた発明といえる。
したがって、本件発明1について上記(3)で述べたのと同じ理由により、発明の詳細な説明は、本件発明2〜8が上記課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されているといえる。

(5)申立人の主張について
申立人は申立書において、概略、
本件明細書の【0050】には、イオン性液体及び部分フッ素化ポリマーが単一のガラス転移温度を有する混和性ブレンドである旨が記載され、実施例においてもガラス転移温度は一つのみしか記載されていないにもかかわらず、本件発明では形式的には、ガラス転移温度が複数存在する場合も含むような記載となっているから、発明の詳細な説明に記載したものでない。
と主張する(申立書の第23頁「エ 理由2 サポート要件違反」参照)。
そこで検討するに、特許請求の範囲の請求項1及び請求項8の記載によれば、本件発明は「前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり」との構成を備えている。当該構成の文言を合理的に解釈すれば、部分フッ素化ポリマーが有するガラス転移温度が、イオン性液体の添加によってほとんど変化しないという程度の意味であるといえるから、当該構成からイオン性液体を添加してガラス転移温度が複数となることは通常想定されず、申立人の主張は合理的な解釈とはいえない。
さらに念のため、発明の詳細な説明の記載をみるに、ガラス転移温度についての技術的な説明は【0050】及び【0051】にあり、具体的には、
「【0050】
本開示は、イオン性液と部分フッ素化ポリマーとの混和性ブレンドを含む組成物を目的とする。・・・混和性ブレンドは、一成分として挙動する。言い換えれば、混和性ブレンドは、単一のガラス転移温度(Tg)を有する。本開示では、混和性ブレンドの単一のTgは、部分フッ素化ポリマーのTgと実質的に同じである。イオン性液体及びフルオロポリマーのブレンドが不混和性である場合、2つのTgが観察され、そのTgのうちの少なくとも1つは、フルオロポリマーのTgと同じである。
【0051】
ガラス転移温度(Tg)は、ポリマーが非晶質状態からガラス質状態に移行する温度である。・・・本開示に係る混和性ブレンド・・・のTgは、部分フッ素化ポリマー・・・のTgと実質的に同じである。言い換えれば、イオン性液体を部分フッ素化ポリマーに添加するとき、イオン性液体とブレンドした部分フッ素化ポリマーのTgは、部分フッ素化ポリマー自体のTgとは3、2、1℃未満、又は更には0℃異なる。」
と記載されている(下線は説明のため当審で引いた)。
上記【0050】には、「2つのTgが観察され」と記載されているが、これは、「イオン性液体及びフルオロポリマーのブレンドが不混和性である場合」の記載であり、下記で述べるように、本件発明は混和性ブレンドと解することが妥当であることからすると、上記記載は、本件発明そのものを表した記載ではない。そうすると、上記記載を本件発明を説明した記載として参照することはできない。
そして、本件発明の「イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満」との構成は、上記摘記の【0051】の下線部で示された部分に対応するといえるところ、当該下線部の記載は、その直前の「本開示に係る混和性ブレンド・・・のTgは、部分フッ素化ポリマー・・・のTgと実質的に同じである」との記載を「言い換え」たものであることからみて、イオン性液体と部分フッ素化ポリマーとが混和性ブレンドとなることを前提としていることは明らかであり、加えて【0050】の記載を踏まえれば、本件発明の組成物は単一のガラス転移温度を有する混和性ブレンドと解することが妥当である。
したがって、発明の詳細な説明の記載を考慮しても、本件発明の「前記部分フッ素化ポリマーが、ガラス転移温度を有し、前記イオン性液体の添加による前記ガラス転移温度の変化が±2℃未満であり」との構成において、ガラス転移温度が複数存在する場合は包含されないと解されるべきであり、申立人の主張は採用することができない。

3 まとめ
以上のとおりであるから、特許異議申立人がした申立理由1、2によっては、本件発明1〜8に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
したがって、申立ての理由によっては、本件発明1〜8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1〜8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2022-03-30 
出願番号 P2019-034780
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 土橋 敬介
佐藤 健史
登録日 2021-05-13 
登録番号 6884166
権利者 スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー
発明の名称 部分フッ素化エラストマー並びにその製造方法及びその使用方法  
代理人 赤澤 太朗  
代理人 野村 和歌子  
代理人 佃 誠玄  

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