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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C12M
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C12M
審判 全部申し立て 2項進歩性  C12M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C12M
管理番号 1384290
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-12-20 
確定日 2022-04-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6892215号発明「細胞取扱容器」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6892215号の請求項1〜2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
1.本件特許の設定登録までの経緯
本件特許第6892215号に係る出願(特願2015−189475号、以下、「本願」ということがある。)は、平成27年9月28日に出願人大日本印刷株式会社(以下、「特許権者」ということがある。)によりされた特許出願であり、令和3年5月31日に特許権の設定登録(請求項の数2)がされ、特許掲載公報が令和3年6月23日に発行されたものである。

2.本件特許異議申立ての趣旨
本件特許につき令和3年12月20日に特許異議申立人:大村 豊(以下「申立人」という。)より、「特許第6892215号の特許請求の範囲の請求項1〜2に記載された各発明についての特許を取り消すべきである。」という趣旨の本件特許異議の申立てがされた。
よって、本件特許異議申立てに係る審理対象は、全ての請求項に係る特許についてであり、審理対象外の請求項は存しない。

第2 本件発明
本件特許第6892215号の請求項1〜2の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1〜2に記載された事項により特定されるとおりのものである(以下、請求項1に係る発明、請求項2に係る発明を、項番に従い、「本件発明1」、「本件発明2」といい、それらを総称して、「本件発明」という。また、本件特許の設定登録時の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)。

「【請求項1】
細胞取扱容器の異物除去方法であって、
細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されており、容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有し、
前記方法は、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段によって、容器底部における最大長さpを有する異物の数mをn-1個以下に減少させる方法であり、
但し、
窪み部の数nは、3以上の整数であり、
異物の数mは、1以上の整数であり、
窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpが、r≧pを満たし、
窪み部の数n及び異物の数mが、n-1≧mを満たす、前記方法。
【請求項2】
細胞取扱容器の容器底部に、収容区画底部と収容区画側壁部とを有する収容区画が配置されており、収容区画底部に窪み部が配置されている、請求項1に記載の方法。」

第3 申立人が申し立てた特許異議申立理由
申立人が申し立てた特許異議申立の理由(以下、「申立理由」という。)の概要及び証拠方法は以下のとおりである。

1.申立理由の概要
(1)申立理由1(明確性要件)
本件特許の請求項1では、「容器底部」、「埃」を規定するが、「容器底部」、「埃」の範囲が明確でない。
本件特許の請求項1では、「容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有し」 「容器底部における最大長さpを有する異物」という記載が存在するが、前者と後者の異物の関係が明確でない。
本件特許の請求項1では、異物除去手段によって異物の数を減少する方法を規定するが、当該方法を行うタイミングが明確でない。
したがって、本件特許の請求項1及び請求項2の記載は明確性要件に違反し、本件特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(2)申立理由2(サポート要件)
本件発明では、細胞取扱容器の使用時において窪み部の内部に侵入する異物に起因する問題を課題としており、この課題の解決手段が、本件特許の請求項1において規定する異物除去方法であるものと認められる。
しかし、製造時等のタイミングで異物を除去しても、使用時には細胞取扱容器に異物を有するというのが技術常識なのであるから、異物除去のタイミングを問わない本件発明には、使用時における異物の問題という課題を解決できない態様が含まれているということができる。
また、「異物」の種類によっては、課題の有無や課題解決の態様が全く異なることは、 当業者であれば容易に認識できることであるから、埃、繊維片又はプラスチック片である、あらゆる「異物」、あらゆるサイズの異物において、課題を解決できるものとは認められない。
一方、容器(特に容器底部の材質)によって、課題の有無や課題解決の態様が全く異なることは、当業者であれば容易に認識できることである。更に、本件明細書の実施例において、具体的に課題を解決できたものと認められるのは、本件発明で規定する異物除去手段(気体流、液体流又は転着部材)を特定の条件(使用条件)において使用した場合のみであり(【0075】−【0084】等)、これらの条件によっては、課題解決の態様が全く異なることは、当業者であれば容易に認識できることである。そうすると、異物を「埃、繊維片又はプラスチック片」と規定し、容器の種類を何ら特定していない本件発明のあらゆる条件において課題を解決できるものとは認められない。
したがって、本件特許の請求項1及び請求項2の記載はサポート要件を充足しないものであり、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(3)申立理由3(実施可能要件
本件明細書の実施例において、具体的に付着させた異物は、何ら種類が不明で特定サイズの「異物」であり(【0075】−【0084】等)、どのようなものであるか定かではない。
そして、単に、本件発明で規定するその他の構成要件を充足するだけで、埃、繊維片又はプラスチック片であり、何らサイズに特定の無いあらゆる「異物」を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する。
容器についても、容器の態様(材質等、特に、容器底部の材質)によっては、全く異物除去の態様が異なるであろうことに鑑みれば、あらゆる容器において、異物を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する。
異物の除去条件についても、本件明細書の実施例において、具体的に異物除去条件によっては異物を除去できないことを開示していることからも明らかなように、あらゆる異物除去条件において、異物を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する。
したがって、本件特許の請求項1及び請求項2の記載は実施可能要件を充足しないものであり、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

(4)申立理由4(新規性
本件発明1は、甲第1、2、4又は6号証に記載された発明であり、本件特許発明2は、甲第2又は6号証に記載された発明であるから、本件発明1、2は、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
したがって、本件発明1、2に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)申立理由5(進歩性
本件発明1、2は、甲第1〜6号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本件発明1、2に係る特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2.証拠方法
甲第1号証:特開2014−79227号公報
甲第2号証:国際公開第2012/086028号
甲第3号証:特開2008−61609号公報
甲第4号証:特開2013−138622号公報
甲第5号証:特開2010−200748号公報
甲第6号証:国際公開第2015/037595号
甲第7号証:特開2009−160536号公報
甲第8号証:特開2010−213728号公報
甲第9号証:特開2010−252635号公報
甲第10号証:特開2013−78747号公報
甲第11号証:特開2014−151293号公報
甲第12号証:特開2010−218638号公報
甲第13号証:特開昭63−143943号公報
甲第14号証:特開2013−138629号公報
甲第15号証:実用新案登録第3172530号公報
甲第16号証:特開2000−97844号公報
(以下、「甲第1号証」〜「甲第16号証」を、「甲1」〜「甲16」という。)

第4 当審の判断
当審は、申立人が主張する上記の申立理由は、いずれも理由がなく、ほかに各特許を取り消すべき理由も発見できないから、本件発明1、2に係る特許は、いずれも取り消すべきものではなく、維持すべきものと判断する。

1.本件明細書に記載された事項
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

本a.
「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
マイクロウェルのような窪み部を有する細胞取扱容器を用いて細胞を取り扱う場合、窪み部の内部に埃又はプラスチック片のような異物が存在していると、細胞の観察及び/又は取り扱いに好ましくない影響を与える可能性がある。このため、細胞取扱容器の製造においては、通常は、窪み部の内部に異物が存在していないことを検査した後で出荷される。しかしながら、窪み部の内部に侵入し得る大きさの異物が細胞取扱容器の内部空間に存在する場合、出荷後に異物が窪み部の内部に侵入する可能性がある。
【0011】
細胞取扱容器の使用時に、窪み部の内部に異物が存在することを使用者が発見した場合、使用者が異物を除去するか、又は異物が存在する窪み部の使用を中止して他の窪み部を使用する等の処理を行う必要がある。このような処理は、使用者の作業効率を低下させる可能性があるだけでなく、ミスを発生させる可能性もある。
【0012】
それ故、本発明は、受精卵等の個別管理が必要な細胞を取り扱う細胞取扱容器において、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得る細胞取扱容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するための手段を種々検討した。本発明者らは、窪み部を有する細胞取扱容器において、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、異物に起因する問題を実質的に防止し得ることを見出した。本発明者らは、前記知見に基づき本発明を完成した。」

「【発明の効果】
【0015】
本発明により、受精卵等の個別管理が必要な細胞を取り扱う細胞取扱容器において、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得る細胞取扱容器を提供することが可能となる。」

本b.
【0018】
<1:細胞取扱容器>
本発明の細胞取扱容器は、例えば、図1に示すように、容器底部11と容器側壁部12とを有する細胞取扱容器1であって、容器底部11に、開口幅rを有するn個の窪み部20が配置されていることが必要である。但し、nは1以上の整数である。
【0019】
本発明の細胞取扱容器1の一実施形態を図1−4に示す。図2は、図1におけるI−I’に沿った垂直断面模式図である。図3及び4は、図1におけるII−II’に沿った垂直断面模式図である。」









「【0028】
本発明の細胞取扱容器1においては、容器底部11に、最大長さpを有するm個の異物100を有する。但し、mは0以上の整数である。mが0の場合、容器底部11における最大長さpを有する異物100の数はゼロであり、すなわち容器底部11には、最大長さpを有する異物100は存在しないことを意味する。本発明において、「最大長さ」は、物体(例えば異物)を任意の方向から平面に投影したときにその周縁によって形成される図形の最長径の長さのうち、最大のものを意味する。異物100の最大長さpは、例えば、顕微鏡を用いて異物100の長さを複数方向から測定し、その最大の長さを得ることにより、決定することができる。
【0029】
容器底部に細胞を収容するための窪み部を有する従来の細胞取扱容器においては、通常は、窪み部の内部に埃又はプラスチック片のような異物が存在していないことを検査した後で出荷される。このため、通常は、製品出荷時においては、細胞取扱容器の窪み部の内部に異物は存在しない。本発明者らは、このような窪み部を有する細胞取扱容器において、容器底部に埃又はプラスチック片のような異物が存在していると、細胞取扱容器の使用開始まで又は使用開始後に、これらの異物が窪み部の内部に侵入し得ることを見出した。また、本発明者らは、窪み部の内部に侵入した異物に起因して、様々な問題が生じ得ることを見出した。例えば、窪み部の内部に前記異物が侵入した状態で細胞を取り扱うと、異物が透過光を遮蔽することによって、顕微鏡等による細胞の観察を阻害する可能性がある。また、異物と細胞とが接触することによって、細胞が損傷する可能性がある。或いは、異物から溶出する物質によって、細胞の成長が影響を受ける可能性がある。細胞取扱容器の使用時に、窪み部の内部に異物が存在することを使用者が発見した場合、使用者が異物を除去するか、又は異物が存在する窪み部の使用を中止して他の窪み部を使用する等の処理を行う必要がある。このような処理は、使用者の作業効率を低下させる可能性があるだけでなく、ミスを発生させる可能性もある。
【0030】
本発明の細胞取扱容器1においては、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpが、r≧pを満たし、且つ窪み部の数n及び異物の数mが、n−1≧mを満たすことが必要である。すなわち、本発明の細胞取扱容器1においては、最大長さpが窪み部の開口幅rを超える異物は存在しない。また、最大長さpの異物の数mが窪み部の数n以上であることはない。図5は、本発明の細胞取扱容器1の窪み部20の内部に異物100が侵入した場合を示す、図1におけるII−II’に沿った垂直断面模式図である。図5に示すように、前記要件を満たす場合、異物100の最大長さpは窪み部20の開口幅r以下である。このため、m個の異物100は、n個の窪み部20の内部に侵入する可能性がある。しかしながら、異物の数mは窪み部20の数nより1少ないか又はそれ以下である。このため、窪み部20の内部に異物100が侵入した場合であっても、窪み部20のうち、少なくとも1個の内部には、異物100が存在しない。異物100が存在しない窪み部20においては、異物100の影響を受けることなく、細胞の取扱を行うことができる。それ故、前記特徴を備えることにより、本発明の細胞取扱容器1は、異物100に起因する問題を実質的に防止して、細胞を取り扱うことができる。
【0031】
本発明において、「異物」は、本発明の細胞取扱容器自体の形状を構成する部材以外の物体を意味し、本発明の細胞取扱容器の製造時及び/又は梱包時に混入する埃、塵、繊維片、プラスチック片、金属片、及び生物体の全体若しくはその一部分等を挙げることができる。異物100は、通常は、埃、繊維片又はプラスチック片等の塵埃である。例えば、本発明の細胞取扱容器1がプラスチック材料を含む材質で構成されており、射出成形のような慣用の成形法を用いて製造される場合、金型から成形品を取り外す際の摩擦で生じるプラスチック片、成形品のバリ、又はゲート切れ部等が異物100として混入し得る。異物100の形状及び寸法は、前記及び下記の要件を満たしていれば、特に限定されない。例えば、図5に示すように、異物100は、球状(図5(a))、針状(図5(b))、板状(図5(c))、又は不定形状(図5(d))のような様々な形状であることができる。例えば、異物100が球状の場合、最大長さpは、長軸径に相当する。異物100が針状の場合、最大長さpは、長軸長に相当する。異物100が板状の場合、最大長さpは、板状面の対角長に相当する。異物100が不定形状の場合、最大長さpは、長軸長に相当する。前記特徴を備えることにより、本発明の細胞取扱容器1は、異物100が如何なる形状であっても、異物100に起因する問題を実質的に防止して、細胞を取り扱うことができる。」

本c.
「【0060】
[2−2:異物除去工程]
本工程は、異物除去手段によって、容器底部11に配置される最大長さpを有する異物を減少させる工程である。本工程により、容器底部11に配置される最大長さpを有する異物の数mをn−1個以下に減少させて、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpが、r≧pを満たし、且つ窪み部の数n及び異物の数mが、n−1≧mを満たす、本発明の細胞取扱容器1を得ることができる。ここで、p、r、m及びnは、前記と同様の意味を有する。
【0061】
本発明の細胞取扱容器1が収容区画30を有する実施形態の場合、本工程は、異物除去手段によって、収容区画底部31に配置される最大長さpを有する異物100を減少させることを含むことが好ましい。前記特徴を有する本工程を実施することにより、収容区画底部31に配置される最大長さpを有する異物100の数m’をn−1個以下に減少させて、収容区画底部31に存在する窪み部20の数n、及び収容区画底部31に存在する異物100の数m’が、n−1≧m’を満たす、本発明の細胞取扱容器1を得ることができる。ここで、p、r、m’及びnは、前記と同様の意味を有する。
【0062】
本工程において使用される異物除去手段は、通常は気体流、液体流又は転着部材を用いる。
【0063】
気体流を用いる異物除去手段は、容器形成工程で得られた細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に気体流を接触させることによって実施することができる。気体流を接触させる実施形態としては、例えば、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に気体流を吹き付ける処理、並びに、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面の近傍で気体流を吸引する処理等を挙げることができる。前記処理は、それぞれ単独で実施してもよく、所望により組み合わせて、例えば交互に連続的に実施してもよい。

【0065】
気体流を用いる異物除去手段において、気体流の風速及び接触時間等は、細胞取扱容器の形状及び寸法、並びに存在している異物の形状及び寸法等に基づき、適宜設定することができる。例えば、細胞取扱容器が、使用時の配置における上面視において、容器側壁部の開口部の開口幅が30−60mmの範囲であり、容器側壁部の高さが5−20mmの範囲であり、容器底部が円形の形状である、細胞培養分野で受精卵等の培養に通常使用される円形シャーレの場合、容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面の近傍における気体流の風速が、9m/s以上であることが好ましく、12m/s以上であることがより好ましく、また15m/s以下であることが好ましく、13m/s以下であることがより好ましい。気体流の接触時間は、0.5秒以上であることが好ましく、1秒以上であることがより好ましく、また2秒以下であることが好ましく、1秒以下であることがより好ましい。前記下限値以上の風速及び接触時間の場合、容器底部及び場合により収容区画底部に存在する異物を所定の範囲内とすることができる。また前記上限値以下の風速及び接触時間の場合、気体流によって細胞取扱容器が移動又は損傷することを実質的に回避することができる。

【0067】
液体流を用いる異物除去手段は、容器形成工程で得られた細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に液体流を接触させることによって実施することができる。液体流を接触させる実施形態としては、例えば、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に液体流を流通させる等を挙げることができる。

【0069】
液体流を用いる異物除去手段において、液体流の流速及び接触時間等は、細胞取扱容器の形状及び寸法、並びに存在している異物の形状及び寸法等に基づき、適宜設定することができる。例えば、細胞取扱容器が、使用時の配置における上面視において、容器側壁部の開口部の開口幅が30−60mmの範囲であり、容器側壁部の高さが5−20mmの範囲であり、容器底部が円形の形状である、細胞培養分野で受精卵等の培養に通常使用される円形シャーレの場合、容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面の近傍における液体流の流速が、10ml/分以上であることが好ましく、50ml/分以上であることがより好ましく、70ml/分以上であることがさらに好ましく、また700ml/分以下であることが好ましく、600ml/分以下であることがより好ましい。液体流の接触時間は、1秒以上であることが好ましく、10秒以上であることがより好ましく、また60秒以下であることが好ましく、30秒以下であることがより好ましい。前記下限値以上の流速及び接触時間の場合、容器底部及び場合により収容区画底部に存在する異物を所定の範囲内とすることができる。また前記上限値以下の流速及び接触時間の場合、液体流によって細胞取扱容器が移動又は損傷することを実質的に回避することができる。
【0070】
転着部材を用いる異物除去手段は、容器形成工程で得られた細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に転着部材を接触させることによって実施することができる。
【0071】
本発明において、「転着」は、物体をある部材の表面から剥離し、別の部材の表面に貼付(すなわち転写)することを意味する。転着部材を用いる異物除去手段において、転着部材としては、塵埃等を転着可能な転写層を有する公知の様々な部材を使用することができる。細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に接触させて使用することから、粘着性の転写層を有するスティック形状又はシート形状の転着部材を使用することが好ましい。
【0072】
転着部材を用いる異物除去手段において、転着部材の接触圧等は、使用される転着部材の種類、細胞取扱容器の形状及び寸法、並びに存在している異物の形状及び寸法等に基づき、適宜設定することができる。例えば、使用される転着部材が粘着性の転写層を有するスティック形状であり、細胞取扱容器が、使用時の配置における上面視において、容器側壁部の開口部の開口幅が30−60mmの範囲であり、容器側壁部の高さが5−20mmの範囲であり、容器底部が円形の形状である、細胞培養分野で受精卵等の培養に通常使用される円形シャーレの場合、転着部材の接触圧は、1kgf/cm2以上であることが好ましく、2kgf/cm2以上であることがより好ましく、また6kgf/cm2以下であることが好ましい。前記下限値以上の接触圧の場合、容器底部及び場合により収容区画底部に存在する異物を所定の範囲内とすることができる。また前記上限値以下の接触圧の場合、転着部材の接触によって容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面が損傷することを実質的に回避することができる。

本d.
「【実施例】
【0074】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0075】
<I:異物除去手段による異物の除去効果>
[実施例I−1:気体流を用いる異物除去手段]
細胞培養分野で受精卵等の培養に通常使用されるポリスチレン製円形シャーレ(容器側壁部の開口部の開口幅:35mm、容器側壁部の高さ:10mm、収容区画側壁部の開口幅:8 mm、収容区画側壁部の高さ:2mm、窪み部の開口幅:280μm、窪み部の深さ:160μm、窪み部の数:25個)を製造し準備した。このシャーレを、収容区画底部の内表面に異物が付着するまで、蓋を開放した状態で静置した。…収容区画底部の内表面に異物が4個付着したシャーレを選択した。顕微鏡下の観察により、付着した異物の最大長さが30−120μmの範囲であることを確認した。
【0076】
前記シャーレを実験台に静置した。シャーレの上方から、エアーガン(トラスコ中山製 TD−60−1R;ノズル長さ:100mm;口径:2mm)を用いて、窒素の気体流(流量:500cm3/s)を1秒間、シャーレの容器底部及び収容区画底部の内表面に吹き付けた。シャーレとエアーガンとの間の距離を変化させて、同一の処理を行った。また、各距離の処理における、シャーレの容器底部及び収容区画底部の内表面の近傍の風速を測定した。処理終了後、それぞれのシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物の数を計測した。シャーレとエアーガンとの間の距離及び気体流の風速の関係を図10に、処理前後のシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物を図11に、気体流の風速及び異物の存在数の関係を表1に、それぞれ示す。
【0077】
【表1】


【0078】
図11(a)は、処理前のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(b)は、6.2m/sの気体流で処理後のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(c)は、9.0m/sの気体流で処理後のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(d)は、12.4m/sの気体流で処理後のシャーレの収容区画底部の内表面を、それぞれ示し、図中、丸は異物を示す。表1に示すように、窒素の気体流の風速が9.0m/s以上で異物が3個除去され、12.4m/s以上で異物が全て(すなわち4個)除去された。また、処理開始前にシャーレの収容区画底部の内表面に存在した異物の最大長さは30−120 μmの範囲(最大長さの実測値:30,40,50,120μm)であったが、9.0m/sの気体流で処理終了後に存在した異物の最大長さは40μmであった(図11(a)、(b)及び(c))。
【0079】
[実施例I−2:液体流を用いる異物除去手段]
実施例I−1で使用されたものと同一のポリスチレン製円形シャーレを準備した。このシャーレを、収容区画底部の内表面に異物が付着するまで、蓋を開放した状態で静置した。収容区画底部の内表面に異物が5個付着したシャーレを選択した。顕微鏡下の観察により、付着した異物の最大長さを確認した。
【0080】
前記シャーレの上方から、水道水の液体流を30秒間、シャーレの容器底部及び収容区画底部の内表面に流通させた。水道水の流速を変化させて、同一の処理を行った。処理終了後、それぞれのシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物の数を計測した。処理前後のシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物を図12に示す。
【0081】
図12(a)は、処理前のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(b)は、70ml/分の液体流で処理後のシャーレの収容区画底部の内表面を、(c)は、600ml/分の液体流で処理後のシャーレの収容区画底部の内表面を、それぞれ示す。その結果、水道水の流速が70ml/分及び600ml/分のいずれの場合であっても、異物が全て(すなわち5個)除去された(図12(b)及び(c))。
【0082】
[実施例I−3:転着部材を用いる異物除去手段]
実施例I−1で使用されたものと同一のポリスチレン製円形シャーレを準備した。このシャーレを、収容区画底部の内表面に異物が付着するまで、蓋を開放した状態で静置した。収容区画底部の内表面に異物が3個付着したシャーレを選択した。顕微鏡下の観察により、付着した異物の最大長さが30−140μmの範囲であることを確認した。
【0083】
前記シャーレの上方から、クリーニングスティック(転写層の表面直径:5mm;一進産業株式会社製)をシャーレの収容区画底部の内表面に接触させた。クリーニングスティックの接触圧は、市販の圧力測定フィルム(プレスケール4LW(微圧用)及びLLLW(極超低圧用);富士フイルム社製)を用いて測定した。処理終了後、それぞれのシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物の数を計測した。処理前後のシャーレの収容区画底部の内表面に存在する異物を図13に示す。
【0084】
図13(a)は、処理前のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(b)は、0.51−2.04kgf/cm2の接触圧でクリーニングスティックを接触後のシャーレの収容区画底部の内表面及びそこに存在する異物を、(c)は、2.04−6.12kgf/cm2の接触圧でクリーニングスティックを接触後のシャーレの収容区画底部の内表面を、それぞれ示す。その結果、0.51−2.04kgf/cm2の接触圧による処理では異物は除去されなかったが、2.04−6.12kgf/cm2の接触圧による処理では全て(すなわち3個)の異物が除去された。また、処理開始前にシャーレの収容区画底部の内表面に存在した異物の最大長さは30−140μmの範囲であったが、2.04−6.12kgf/cm2の接触圧による処理終了後に存在した異物は無くなった(図13(a)、(b)及び(c))。」

2.主引例となる甲各号証の記載事項及び甲各号証に記載された発明
ア.甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
(ア)甲1の記載事項
甲1a
「【請求項1】
培養容器に形成された複数の培養空間内で、株化肝細胞を12時間以上72時間以内で培養して相当直径が50μm以上200μm未満の複数のスフェロイドを作製する工程と、
前記複数のスフェロイドへ、被験化合物を含まない第1培地、所望の濃度の前記被験化合物を含む第2培地、及び、前記被験化合物を代謝する代謝酵素の阻害剤を少なくとも1種類と、前記所望の濃度の前記被験化合物とを含む第3培地のそれぞれを添加し、異なる培地が添加された複数のスフェロイドをインキュベートする工程と、
前記第1乃至第3培地をそれぞれ添加して培養した前記複数のスフェロイドの生存率をそれぞれ測定する工程と、
前記第1培地添加の前記スフェロイドの生存率より前記第2培地添加の前記スフェロイドの生存率が小さく、前記第3培地添加の前記スフェロイドの生存率より前記第2培地添加の前記スフェロイドの生存率が小さいとき、前記被験化合物が前記複数のスフェロイドに対して毒性を有すると判定する工程と、
を含む化合物のスクリーニング方法。

【請求項6】

前記培養容器は、複数のウェルを有する培養プレートの各ウェル内に、前記複数の培養空間を有するように形成され、
前記培養容器は、相当直径の長さを有する面と、高さを有する壁とを有し、
各培養空間は、前記面と前記壁とから形成される空間であり、
前記高さを前記相当直径で割った値が0.3から2の範囲であり、
各ウェルの底に、前記相当直径が50μmから1000μmの範囲の前記培養容器が少なくとも2個以上配置され、
細胞密度が0.5−4×105細胞数/cm2になるように細胞を播種して培養することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の化合物のスクリーニング方法。」

甲1b
「【実施例】
【0051】
実施例及び比較例について説明する。一実施形態はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例、比較例]
細胞の準備(スフェロイド形成処理)
(1−1)培養容器及び細胞
図8に示す、96個のウェル21aを有する培養プレート(96ウェル培養プレート、株式会社クラレ製)1aを使用した。各ウェル21aの底部培養面には凹凸パターン(微細パターン)によって複数の培養容器10aが形成されている。各培養容器10aは、相当直径Dが200μm、高さHが100μmで形成される培養空間11aを有する。また、壁12aの幅Wは10μmである。
培養空間11を形成する培養容器10aの表面は、プラズマ処理により即時接触角0度に処理されたものを用いた。
培養する細胞は、ヒト由来の株化肝細胞を使用した。
比較例は、培養プレートがFALCON社製の細胞培養グレード、96ウェルプレートであること以外、実施例と同じ条件とした。
【0052】
(1−2)培養容器の準備
使用前にリン酸緩衝整理食塩水(PBS:phosphate−buffered saline)を各ウェルに入れ、室温で10分間置いて洗浄した。
洗浄後、PBSを吸い取り、0.05vol%MPC/滅菌水の溶液を65μL入れクリーンベンチ内で乾燥させた。
【0053】
(1−3)細胞培養
上記表面処理したプレートと比較例のプレートをPBSで洗浄した。
細胞密度が1×105個/cm2になるように播種し、5vol%CO2インキュベータで、37度で24時間−48時間培養した。
培地の組成は、10vol%のウシ胎児血清(FBS)、100U/mlのペニシリン、及び100mg/mlのストレプトマイシンを含むDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)培地を使用した。」

(イ)甲1に記載された発明(甲1発明)の認定
甲1の請求項6には、「複数のウェルを有する培養プレートの各ウェル内に、前記複数の培養空間を有するように形成され」た「培養容器」が記載され(甲1a)、【0051】には、それを具体化したものとして、【0051】には、「96個のウェル21aを有する培養プレート」の「底部培養面」に「凹凸パターン(微細パターン)によって」形成された、「相当直径Dが200μm、高さHが100μmで形成される培養空間11aを有する」「培養容器10a」が記載されている(甲1b)。
そして、【0052】〜【0053】には、「培養容器10a」について、「リン酸緩衝整理食塩水(PBS:phosphate−buffered saline)を各ウェルに入れ…洗浄」、「PBSを吸い取り…MPC/滅菌水の溶液を…入れ…乾燥」、「PBSで洗浄」、「播種」、「培養」に供したことが記載されている。

以上の記載からすると、甲1には、
「相当直径Dが200μm、高さHが100μmで形成される培養空間が、96個のウェル内の底部培養面に凹凸パターン(微細パターン)で形成された培養プレートを、播種及び培養にかける前に、リン酸緩衝整理食塩水(PBS)により洗浄する方法」(甲1発明)
が記載されていると認められる。

イ.甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
(ア)甲2の記載事項
甲2a
「[請求項1] 細胞を培養する培養器材であって、
培養シートと、前記培養シートを保持する培養シート保持部とを備え、
前記培養シートは培養領域を有し、前記培養領域内に複数の突起が形成され、前記培養領域を仕切る、前記突起よりも高い仕切りが形成され、当該培養領域に占める突起の構成比率が20%〜75%の範囲であることを特徴とする培養器材。
[請求項2] 請求項1に記載の培養器材であって、
前記培養シートを囲む枠を少なくとも一つ有する、
ことを特徴とする培養器材。」

甲2b
「[0032] 図3に示すように、このように単一素材で一体成型により作製された培養シート100を、本例では2cm角にカットして、チャンバースライド109のガラス底面に手術用接着剤110を塗布して接着させることにより、培養シート100が貼付されたチャンバースライド109を作製している。なお、図3において、109aは各培養シート100を区分ける枠を示す。この枠109aは例えばプラスチック材などで形成される。なお、この枠109a等の枠体の形状は、四角形状に限らず、丸型形状等他の形状であっても良い。」

「[0061] このようにして得られた肝細胞を用いた培養のフローチャートを図6に示す。
[0062] 図6のフローにおいて、まず、実施例1で作製したチャンバースライドタイプの培養シートに、I型コラーゲン116を塗布する。弱酸性溶液に溶解しているI型コラーゲンを所定の濃度まで滅菌水で希釈した希釈液の1−1.5mLを上述のチャンバースライドに添加する(同図の(a))。次に、添加したI型コラーゲンをナノピラーシート100に完全に吸着させるため、減圧操作を施す(同図の(b))。減圧操作は、減圧用容器117と減圧ポンプ118を用い、0.04気圧以下で行う。減圧時間は特に限定されるものではないが、本実施例では10分間行う。減圧に用いる装置構成は特に限定するものではない。ここで希釈液の所定濃度の範囲は100(ng/ml)以上10(μg/ml)以下である。必ずしも当該範囲に限定されるものではないが、当該は球状の三次元組織が形成されるのに好適な範囲である。最後に、余剰のI型コラーゲンを除き、PBS(−)119を加える(同図の(c))。この操作を3回行い、余剰のI型コラーゲンを洗浄する。」







(イ)甲2に記載された発明(甲2発明)の認定
甲2の請求項1には、「培養シートは培養領域を有し、前記培養領域内に複数の突起が形成され、前記培養領域を仕切る、前記突起よりも高い仕切りが形成され、当該培養領域に占める突起の構成比率が20%〜75%の範囲である」「培養器材」が記載され(甲2a)、それを具体化したものとして、[0032]に「培養シート100が貼付されたチャンバースライド109」が記載され、[0062]によると、かかる「培養シートに、I型コラーゲン116を塗布」した後、「添加したI型コラーゲンをナノピラーシート100に完全に吸着させるため、減圧操作を施」し、「最後に、余剰のI型コラーゲンを除き、PBS(−)119を加える(同図の(c))。この操作を3回行い、余剰のI型コラーゲンを洗浄する」ことが記載されている(いずれも甲2b)。

以上の記載からすると、甲2には、
「複数の突起が形成された培養領域を有する培養シートに、I型コラーゲンを塗布した後、減圧操作を施し、最後にPBS(−)119を加えて、余剰のI型コラーゲンを洗浄する方法」(甲2発明)が記載されていると認められる。

ウ.甲3の記載事項及び甲3に記載された発明
(ア)甲3の記載事項
甲3a
「【請求項1】
容器を用意する工程と、
水溶性樹脂を前記容器内面に付着させ該容器の表面に水溶性被覆層を形成する工程と、
前記被覆層を硬化させて水不溶性の硬化皮膜にする工程と、
を含むことを特徴とする細胞培養容器の製造方法。

【請求項10】
請求項1ないし9のいずれかに記載の方法で製造されたことを特徴とする細胞培養容器。」

甲3b
「【実施例】

【0029】
(実施例1)
樹脂材料としてポリスチレン樹脂(PSジャパン社製、HF77)を用いて、射出成形によりディッシュ(シャーレ)を形成した。得られたディッシュにプラズマ処理装置(BRANSON/IPC社製 SERIES7000)を用いてプラズマ処理(酸素プラズマ5分)を行い、ディッシュの表面に官能基を形成した。
なお、得られたチューブの形状は、高さ13mm、内径35mmφのディッシュであった。
【0030】
次に、水溶性樹脂として側鎖にアジド基を有するポリビニルアルコール(東洋合成工業社製 AWP、水溶性樹脂の平均重合度1800、第1の官能基の変性率0.6mol%)をアルミ箔で遮光をしたガラス容器中で、20容量%エタノール水溶液に溶解し、0.7重量%の溶液を調整した。溶液の粘度は、2.9mPa・sであった。
なお、水溶液の粘度は、日本薬局方第14改正 45.粘度測定法 第2法回転粘度計法に従い測定した。
上述のディッシュを前記アルミ箔で遮光をしたガラス容器に1分間、浸漬した後、取り出し、ディッシュを裏返して溶液を充分廃棄し40℃で60分一次乾燥した後、UVランプで250nmのUV光を0.1mW/cm2×3分間照射して水溶性樹脂を硬化した後純水で3回繰り返し洗浄し、乾燥後、γ線を吸収線量10kGyで照射(ラジエ工業株式会社)して、本発明の細胞培養容器(ディッシュ)を得た。
得られたディッシュの表面には、前記水溶性樹脂で形成される層が厚さ180nmで形成されていた。なお、層の厚さは液体窒素中で破断したディッシュの破断面を電子顕微鏡(FEI社製 Quanta400F)を用いて測定した。」

(イ)甲3に記載された発明(甲3発明)の認定
甲3の請求項1には、「水溶性樹脂を…容器内面に付着させ該容器の表面に水溶性被覆層を形成する工程と、前記被覆層を硬化させて水不溶性の硬化皮膜にする工程と、を含む…細胞培養容器の製造方法」が記載され(甲3a)、それを具体化したものとして、【0029】の実施例1には、「ポリスチレン樹脂…を用いて、射出成形によりディッシュ(シャーレ)を形成し」、「上述のディッシュを」、「側鎖にアジド基を有するポリビニルアルコール…をアルミ箔で遮光をしたガラス容器中で、20容量%エタノール水溶液に溶解し、0.7重量%の溶液」に「浸漬」、「水溶性樹脂を硬化した後純水で3回繰り返し洗浄し、乾燥後、γ線を吸収線量10kGyで照射」することで「細胞培養容器(ディッシュ)を得た」ことが記載されている(甲3b)。

以上の記載から、甲3には、
「側鎖にアジド基を有するポリビニルアルコールを硬化させて、容器表面に水不溶性の硬化皮膜を形成した、ポリスチレン樹脂の細胞培養容器(ディッシュ)を純水で3回繰り返し洗浄する方法」(甲3発明)が記載されていると認められる。

エ.甲4の記載事項及び甲4に記載された発明
(ア)甲4の記載事項
甲4a
「【請求項4】
容器本体部材と請求項1−3のいずれか1項の方法により製造された表面親水性基材とを少なくとも備える細胞及び培地を収容するための容器部
を備える細胞培養容器の製造方法であって、
以下の工程:
前記表面親水性基材を、容器本体部材の表面に、細胞及び培地を収容するための空間側に親水性層が向くように配置して接合する接合工程
を含む前記方法。」

甲4b
「【0061】
<他の工程>
放射線照射工程後の親水性層が形成された基材の表面に対して、適宜、洗浄、乾燥等を行うことができる。
【0062】
洗浄工程では、基材表面に固定化されていない遊離の結合密度調整剤及び親水性高分子を洗浄除去する。洗浄方法としては特に限定されないが、典型的には浸漬洗浄、遥動洗浄、シャワー洗浄、スプレー洗浄、超音波洗浄等が挙げられる。また洗浄液としては典型的には各種水系、アルコール系、炭化水素系、塩素系、酸・アルカリ洗浄液が挙げられる。洗浄方法と洗浄液の組み合わせは洗浄される表面親水性基材に応じて適宜選択すればよい。」

【0064】
<基材の好適な実施形態:マイクロウェルプレート>
本発明の方法により製造される表面親水性基材の好適な実施形態の一例は、図8−10に示す、板状の基材800に形成された1以上の凹部801の内壁面に親水性層902が設けられた、表面親水性基材810である。表面親水性基材810は一般的にマイクロウェルプレートと称される試験用容器である。…基材800の、各凹部801の底部の内壁を構成する表面は、親水性高分子を含む、物質の吸着性が低い親水性層902により被覆されている。親水性層902は、凹部801の底部内壁を構成する基材表面に、結合密度調整剤を介して固定されている。このような底部形状を備えた凹部801は、スフェロイド培養に適している。図10(凹部801の1つのみを拡大した断面図)に示すように、凹部801に培養液1000を満たし細胞培養を行うと、培養された細胞は凹部801の内壁面に接着せず、凹部の最深部において凝集し、球状の細胞凝集体であるスフェロイド1001を形成する。」

甲4c
「【実施例】
【0088】
ポリスチレン製の96穴タイプのマルチウェルプレート(Nunc 96ウェルマイクロウェルプレートU底タイプ(カタログNo.268152))を用意した。塗布用組成物としてポリエチレングリコールジアクリレート(PEGDA)(アルドリッチ社製)及びポリエチレングリコール400(PEG400)(関東化学社製)が表1の量となるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解されたものを準備し、塗布用組成物1−5とした。

【0090】
マルチウェルプレートの各ウェルに対して上記塗布用組成物1をマイクロピペットで約150μL分注した後、余剰分の塗布用組成物を吸い上げた。次に、電子線照射装置(岩崎電気社製)を用いて電子線照射(照射線量200kGy)を行い、PEGがマルチウェルプレートの各穴内に固定化された試料を作製した。この試料を試料1とした。
【0091】
同様に、試料1の作成と同様の手順で上記塗布用組成物2−5を用いて親水性高分子層がマルチウェルプレートの各穴内に固定化された試料を作製した。この試料を試料2−5とした。
【0092】
試料1−5それぞれに培地として10%FBS含有DMEMで満たしたところに、マウス線維芽細胞(CCL163細胞)を播種し、CO2インキュベーターで37℃、5%CO2の条件で2日間培養した。」

(イ)甲4に記載された発明(甲4発明)の認定
甲4の請求項4には、「表面親水性基材を、容器本体部材の表面に、細胞及び培地を収容するための空間側に親水性層が向くように配置して接合する接合工程を含む」「細胞培養容器の製造方法」が記載され(甲4a)、それを具体化したものとして、【0088】〜【0091】には、「ポリスチレン製の96穴タイプのマルチウェルプレート」に、「ポリエチレングリコールジアクリレート…及びポリエチレングリコール400(PEG400)…が表1の量となるようにイソプロピルアルコール(IPA)に溶解された」「塗布用組成物1をマイクロピペットで約150μL分注した後、余剰分の塗布用組成物を吸い上げ」、「電子線照射(照射線量200kGy)を行い、PEGがマルチウェルプレートの各穴内に固定化された試料」を作製したことが記載されている(甲4a)。
続けて、【0092】には、かかる「試料1−5それぞれに培地として10%FBS含有DMEMで満たしたところに、マウス線維芽細胞(CCL163細胞)を播種し、CO2インキュベーターで37℃、5%CO2の条件で2日間培養した。」ことが記載されている。

以上の記載からすると、甲4には、
「ポリスチレン製の96穴タイプのマルチウェルプレートに、ポリエチレングリコールジアクリレート及びポリエチレングリコール400(PEG400)を含む塗布用組成物をマイクロピペットで分注した後、余剰分の塗布用組成物を吸い上げ、電子線照射を行うことで、マルチウェルプレートの各穴内にPEGを固定化させる方法」(甲4発明)
が記載されていると認められる。

オ.甲5の記載事項及び甲5に記載された発明(ア)甲5の記載事項甲5a
「【請求項1】
個別管理が必要とされる細胞を培養するための、底壁と側壁とを有する培養容器であって、底壁に、凹部を有する細胞収容部が配置されており、
凹部が4個以上近接しており、
凹部の壁面が、凹部の最も低い位置から凹部の外縁に進むに従って高くなるような傾斜面を有し、
近接する凹部間のピッチが1mm以下である、
前記培養容器。

【請求項4】
凹部の開口部の開口幅が100μm−300μmである、請求項1−3のいずれか1項に記載の培養容器。」

甲5b
「【実施例】 【0050】
製造例1 培養容器Aの製造
図2aに示す培養容器を、一般的な射出成形加工により製造した。まず、図2aの逆パターンの鋳型を加工し、該鋳型上へ加熱溶融したポリスチレン材料を流し込み、冷却、離型して傾斜付き培養容器Aを得た。該傾斜付き培養容器Aは、バイオクリーンベンチ内のUVライト下に40分程度置いて滅菌してから培養に用いた。

【0057】
(実施例1)
製造例1で製造した培養容器Aを用いて、ラット受精卵を培養し、観察した画像を用いて、受精卵の輪郭抽出処理を行った。
【0058】
ラット受精卵を製造例1の培養容器Aの細胞収容部の凹部にガラスキャピラリーを用いて導入した。さらに、培地の蒸発を防ぐために、培地を覆うようにミネラルオイルを入れた。培養は、CO2インキュベータ(5%CO2、5%O2及び90%空気、37℃、湿度飽和)にて行った。」

(イ)甲5に記載された発明(甲5発明)の認定
甲5の請求項1には、「細胞を培養するための、底壁と側壁とを有する培養容器であって、底壁に、凹部を有する細胞収容部が配置されており、凹部が4個以上近接しており、凹部の壁面が、凹部の最も低い位置から凹部の外縁に進むに従って高くなるような傾斜面を有し、近接する凹部間のピッチが1mm以下である」、「凹部の開口部の開口幅が100μm−300μmである」、「培養容器」が記載され(甲5a)、実施例の【0050】には、「傾斜付き培養容器Aは、バイオクリーンベンチ内のUVライト下に40分程度置いて滅菌してから培養に用いた」ことが記載されている(甲5b)。

以上の記載からすると、甲5には、
「開口幅が100μm−300μmである傾斜面の凹部を有する細胞収容部が配置されている、培養容器細胞をUVライトで滅菌してから培養に用いる方法」(甲5発明)
が記載されていると認められる。

カ.甲6の記載事項及び甲6に記載された発明
(ア)甲6の記載事項
甲6a
「[請求項1] 底部と側壁とを有する細胞培養容器であって、
底部に、細胞を収容するためのマイクロウェルが一つ以上配置されており、
マイクロウェルが底面と側面と開口部とを有し、
マイクロウェルの側面に凹凸構造が形成されている、
細胞培養容器。」

甲6b
「[0093]<実施例3>
開口部が直径335μmの円形であり、底面が直径285μmの円形であり、深さが150μmのマイクロウェルであって、図1〜図4に示すように、マイクロウェル側面に幅(X1)が20μmで深さ(Y)が5μmのライン状の凹凸構造を有し、側面が80°で傾斜している(θ=80°)マイクロウェルが、底部に25個(5×5)形成された細胞培養容器を作製した。
[0094] 各マイクロウェルに水を100μLずつ滴下した。その結果、気泡はほとんど残ったが容器の側面を簡単にたたくと気泡は容易に取り除くことができた。よってどのマイクロウェルでも培養を行うことができた。
[0095]<実施例4>
実施例3で作製し、プラズマ処理により親水化した細胞培養容器を半年間保管したものについて、容器表面(凹凸構造がない部分)の水接触角を測定したところ、50°であった。別途ライン状凹凸構造上の水接触角が測定できるように実施例3でマイクロウェル側面に作成したライン状凹凸構造と同様の構造を水平な表面に成形した板を作成し、同様のプラズマ処理を行ったサンプルについて水接触角を測定したところ、半年間保管したものは水接触角が10°であった。
[0096] 各マイクロウェルに水を100μLずつ滴下したところ、気泡は一つも残らなかった。よってどのマイクロウェルでも培養を行うことができた。」

(イ)甲6に記載された発明(甲6発明)の認定
甲6の請求項1には、「底部に、細胞を収容するためのマイクロウェルが一つ以上配置されており、マイクロウェルが底面と側面と開口部とを有し、マイクロウェルの側面に凹凸構造が形成されている、細胞培養容器」が記載され(甲6a)、それを具体的に示すものとして、[0093]には、「開口部が直径335μmの円形であり、底面が直径285μmの円形であり、深さが150μmのマイクロウェル」であって、「側面が80°で傾斜している(θ=80°)マイクロウェルが、底部に25個(5×5)形成された細胞培養容器」が記載されている。
続いて、[0094]には、「各マイクロウェルに水を100μLずつ滴下した。その結果、気泡はほとんど残ったが容器の側面を簡単にたたくと気泡は容易に取り除くことができた。よってどのマイクロウェルでも培養を行うことができた。」ことが記載されている。

以上の記載からすると、甲6には、
「口部が直径335μmの円形であり、底面が直径285μmの円形であり、深さが150μmで側面が80°で傾斜しているマイクロウェルが、底部に25個(5×5)形成された細胞培養容器に、水を100μLずつ滴下し、容器の側面を簡単にたたく、気泡を取り除く方法」(甲6発明)が記載されていると認められる。

3.申立理由1(明確性要件)の検討
(1)明確性要件の考え方
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術的常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)本件発明1の明確性要件の判断
ア.「容器底部」及び「窪み部」について
本件の請求項1には、「細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されて」いると記載され、「容器底部」、「容器側壁部」、「窪み部」は異なる部位を示すものとして規定されている。
また、本件明細書の【0029】に「本発明者らは、このような窪み部を有する細胞取扱容器において、容器底部に埃又はプラスチック片のような異物が存在していると、細胞取扱容器の使用開始まで又は使用開始後に、これらの異物が窪み部の内部に侵入し得ることを見出した。」との記載があること、本件の図1等で、容器底部11、窪み部20と異なる番号が使用されていることに照らすと、「窪み部」と「容器底部」は、本件明細書及び図面においても、細胞取扱容器の異なる部位を示すものとして説明されているといえる。
そうすると、請求項1の「容器底部」及び「窪み部」という用語が、本件明細書及び図面を考慮した場合に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

イ.「埃」、「繊維片」、「プラスチック片」について
本件の請求項1には、「容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有し」と記載され、「埃」は、「繊維片」及び「プラスチック片」と異なるものとして規定されている。
一方、本件明細書の【0031】には、「本発明において、「異物」は、本発明の細胞取扱容器自体の形状を構成する部材以外の物体を意味し、本発明の細胞取扱容器の製造時及び/又は梱包時に混入する埃、塵、繊維片、プラスチック片、金属片、及び生物体の全体若しくはその一部分等を挙げることができる。」こと、異物は、「通常は、埃、繊維片又はプラスチック片等の塵埃である。」こと、「例えば、本発明の細胞取扱容器1が…慣用の成形法を用いて製造される場合、金型から成形品を取り外す際の摩擦で生じるプラスチック片、成形品のバリ、又はゲート切れ部等が異物100として混入し得る。」ことが記載されており、「埃」は「細胞取扱容器自体の形状を構成する部材以外の物体」、「細胞取扱容器の製造時及び/又は梱包時に混入する」もの、「塵、繊維片、プラスチック片、金属片、及び生物体」以外のものであると説明されている。
加えて、本件特許の出願時の技術常識を示す甲7の【0022】において、「埃」は、「塵」、「繊維」、「シート状物品」(プラスチック片)とは異なるものと位置づけられ、甲9の【0004】、甲13の2頁左上欄〜左下欄、甲16等でも「塵埃」という用語が用いられており、「埃」の用語は、異物のうちの一つを示すものとして当業者に広く認識されていたものと認められる。
したがって、請求項1の「埃」、「繊維片」、「プラスチック片」という用語が、本件明細書及び図面を考慮し、本件特許の出願時の技術常識を基礎とした場合に、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

ウ.「異物」について
請求項1には、「容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有し」の後に、「容器底部における最大長さpを有する異物」と記載されているが、前者の記載が異物の素材、後者の記載が異物のサイズを示したものであることから、両者は、同じ異物を異なる側面より表現したものと解するのが自然な解釈である。
加えて、本件明細書を参照しても、請求項1における後者の異物が、前者の異物とは異なるものも包含する概念であることを示す記載は見当たらない。
そうであれば、本件明細書及び図面を考慮した場合に、請求項1の上記の両記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

エ.異物除去手段によって異物の数を減少する方法を行うタイミング
について
請求項1には、「気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段」を適用する時期について明記されていない。
しかし、異物除去手段の適用する時期が、請求項1で特定されていないからといって、本件発明に係る「細胞取扱容器の異物除去方法」の技術的範囲の認定が行えないとはいえないし、異物除去手段を適用する時期が請求項1で特定されてないことが、比較対象となる方法が、本件発明の技術的範囲に属するか否かの検討を妨げられるものとも認められない。
もっとも、本件明細書の【0010】に「細胞取扱容器の製造においては、通常は、窪み部の内部に異物が存在していないことを検査した後で出荷される。…窪み部の内部に侵入し得る大きさの異物が細胞取扱容器の内部空間に存在する場合、出荷後に異物が窪み部の内部に侵入する可能性がある。」との記載、【0011】に「細胞取扱容器の使用時に、窪み部の内部に異物が存在することを使用者が発見した場合、使用者が異物を除去するか、又は異物が存在する窪み部の使用を中止して他の窪み部を使用する等の処理を行う必要がある。このような処理は、使用者の作業効率を低下させる可能性があるだけでなく、ミスを発生させる可能性もある。」との記載、【0029】に「本発明者らは、このような窪み部を有する細胞取扱容器において、容器底部に埃又はプラスチック片のような異物が存在していると、細胞取扱容器の使用開始まで又は使用開始後に、これらの異物が窪み部の内部に侵入し得ることを見出した。また、本発明者らは、窪み部の内部に侵入した異物に起因して、様々な問題が生じ得ることを見出した。」との記載があることに照らすと、異物除去手段の適用時期は、細胞取扱容器の製造より後で、且つ、細胞取扱容器の使用開始前であることは当業者に明らかであるといえる。
したがって、請求項1に、異物除去手段を適用する時期が記載されないからといって、請求項1の記載が、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。

(3)小括
請求項1の記載は明確性要件を満たすものであるから、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2の記載も、同様の理由により、明確性要件を満たすものである。
したがって、申立理由1(明確性要件)は、いずれも理由がない。


4.申立理由2(サポート要件)の検討
(1)サポート要件の考え方
特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)本件発明が解決しようとする課題
本件発明1、2の記載及び本件明細書の【0012】の記載によると、本件発明は、受精卵等の個別管理が必要な細胞を取り扱う細胞取扱容器において、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得る細胞取扱容器の異物除去方法を提供することにあると認められる。

(3)本件発明1のサポート要件の判断
本件明細書の【0030】には、「図5は、本発明の細胞取扱容器1の窪み部20の内部に異物100が侵入した場合を示す、図1におけるII−II’に沿った垂直断面模式図である。図5に示すように、前記要件を満たす場合、異物100の最大長さpは窪み部20の開口幅r以下である。このため、m個の異物100は、n個の窪み部20の内部に侵入する可能性がある。しかしながら、異物の数mは窪み部20の数nより1少ないか又はそれ以下である。このため、窪み部20の内部に異物100が侵入した場合であっても、窪み部20のうち、少なくとも1個の内部には、異物100が存在しない。異物100が存在しない窪み部20においては、異物100の影響を受けることなく、細胞の取扱を行うことができる。それ故、前記特徴を備えることにより、本発明の細胞取扱容器1は、異物100に起因する問題を実質的に防止して、細胞を取り扱うことができる。」と記載され(本b)、本件発明1において、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たし、且つ、窪み部の数n及び異物の数mが、n-1≧mを満たす必要があることの技術的意義が説明されている。
また、本件明細書の【0075】〜【0084】には、窪み部の開口幅が280μm、窪み部の数が25個であるポリスチレン製円形シャーレに、最大長さが30−120μm又は30−140μmの範囲の異物が付着することを顕微鏡により確認し、異物除去手段である、i)気体流を用いる手段(実施例I−1)、ii)液体流を用いる手段(実施例I−2)、iii)転着部材を用いる手段(実施例I−3)をシャーレの収容区画底部の内表面に適用すると、いずれの手段によっても、上記の異物の数を減少させることができ、これらの手段が窪み部の数25個より少なくする手段になり得ることが記載されている。
そうすると、本件発明1は、当業者が、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、上記(2)の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる。

(4)申立人の主張について
ア.
申立人は、異物除去のタイミングを問わない本件発明には、使用時における異物の問題という課題を解決できない態様が含まれている旨を主張する。
しかし、製造時等のタイミングで異物を除去しても、使用時に窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpの関係がr≧pである異物の数が、窪み部の数nよりも多くなることが一般的であるとは認められないし、このことを示す客観的資料(本件特許の出願時の技術常識等)も申立人より提示されてないから、本件発明が、上記(2)の課題を解決できない態様を明らかに含むものとは認められない。
よって、申立人の主張は、理由がない。

イ.
申立人は、「異物」の種類によっては、課題の有無や課題解決の態様が全く異なること、容器(特に容器底部の材質)によって、課題の有無や課題解決の態様が全く異なること、異物除去手段(気体流、液体流又は転着部材)の条件によっては、課題解決の態様が全く異なることを前提において、あらゆる「異物」、あらゆるサイズの異物において、課題を解決できるものとは認められないし、容器の種類を何ら特定していない本件発明のあらゆる条件において課題を解決できるものとは認められない、と主張する。
しかし、「異物」の種類や「容器」(特に容器底部の材質)により、上記(2)の課題を解決できないことを当業者に窺わせる客観的資料(本件特許の出願時の技術常識等)は、申立人より何ら提示されていないし、請求項1に「気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段によって、容器底部における最大長さpを有する異物の数mをn-1個以下に減少させる」と規定されていることに照らすと、本件発明1が、異物の数mをn-1個以下に減少させることのできない異物除去手段(気体流、液体流又は転着部材)の使用条件を想定しているとは認められない。
したがって、申立人の主張は、前提に誤りがあり、いずれも採用できない。

(5)小括
請求項1の記載はサポート要件を満たすものであるから、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2の記載も、同様の理由により、サポート要件を満たすものである。
したがって、申立理由2(サポート要件)は、いずれも理由がない。

5.申立理由3(実施可能要件)の検討
(1)実施可能要件の考え方
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、明細書の発明の詳細な説明に、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。

(2)本件発明1の実施可能要件の判断
本件明細書の【0030】、【0075】〜【0084】には、上記のとおりの記載があるので、異物の種類が不明であったり、容器の材質がポリスチレン以外のものであったとしても、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等が記載されているというべきである。

(3)申立人の主張について
申立人は、埃、繊維片又はプラスチック片であり、何らサイズに特定の無いあらゆる「異物」を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する、あらゆる容器において、異物を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する、あらゆる異物除去条件において、異物を除去できるものとは認められないか又は除去できるとしてもその条件の探索には過度の試行錯誤を要する旨を主張している。
しかし、本件発明1は、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpの関係がr≧pである異物の数に着目するものの、窪み部の開口幅rより大きい異物の除去は必要とされないので、「何らサイズに特定の無いあらゆる「異物」を除去できるものとは認められない」旨の主張は、本件発明1の内容を正解したものとは認められない。
また、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpの関係がr≧pである異物の除去が、容器の材質によっては行えない場合があることを示す客観的資料(本件特許の出願時の技術常識等)は、申立人より何ら提示されていないし、(異物の除去が行えない)異物除去手段の条件は、そもそも本件発明1において想定されているとは認められない。
したがって、上記の申立人の主張は、いずれも理由がない。

(4)小括
請求項1の記載は実施可能要件を満たすものであるから、請求項1を直接又は間接的に引用する請求項2の記載も、同様の理由により、実施可能要件を満たすものである
したがって、申立理由3(実施可能要件)は、いずれも理由がない。

6.申立理由4(新規性)、申立理由5(進歩性)の検討
(1)本件発明1と甲1発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲1発明の対比
本件発明1と甲1発明(2.ア.(イ))を対比する。
甲1発明の「96個のウェル」を有する「培養プレート」は、底部と側壁を備えるものであるから、本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有」する「細胞取扱容器」に相当する。
甲1発明の「ウェル内の底部培養面に凹凸パターン(微細パターン)で形成された」「相当直径Dが200μm、高さHが100μmで形成される培養空間」は、一定の開口幅を備え、凹部を複数含むものであるから、本件発明1の「開口幅rを有するn個の窪み部」に相当する。
本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、本件明細書の【0067】によると、「例えば、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に液体流を流通させる等」が挙げられるので、甲1発明の「リン酸緩衝整理食塩水(PBS)により洗浄する」ことと本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、流体流を細胞取扱容器の容器底部の内表面に流通させるという具体的態様において一致している。

そうすると、本件発明1と甲1発明は、
「細胞取扱容器の容器底部の内表面に流体流を流通させる方法であって、
細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されている方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部における窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲1発明では、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点2>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲1発明では、「培養プレート」の底部に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点1の判断
本件明細書の【0030】に、「異物100の最大長さpは窪み部20の開口幅r以下である。このため、m個の異物100は、n個の窪み部20の内部に侵入する可能性がある。しかしながら、異物の数mは窪み部20の数nより1少ないか又はそれ以下である。このため、窪み部20の内部に異物100が侵入した場合であっても、窪み部20のうち、少なくとも1個の内部には、異物100が存在しない。異物100が存在しない窪み部20においては、異物100の影響を受けることなく、細胞の取扱を行うことができる。それ故、前記特徴を備えることにより、本発明の細胞取扱容器1は、異物100に起因する問題を実質的に防止して、細胞を取り扱うことができる。」と記載されていることからすると(本b)、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
このような理解は、本件明細書の【0075】〜【0084】の実施例I−1〜I−3において、顕微鏡で、容器底部にある異物の最大長さ、異物の数を確認し、i)気体流を用いる手段(実施例I−1)、ii)液体流を用いる手段(実施例I−2)、iii)転着部材を用いる手段(実施例I−3)で、一定以下の最大長さを有する異物の数の減少を確認していることとも符合する。
一方、甲1には、「培養プレート」を「リン酸緩衝整理食塩水(PBS)により洗浄する」ことが記載されているものの、当該洗浄は、「培養プレート」の底部、すなわち、凹部以外に存在する一定以下の最大長さを有する異物の数を「培養プレート」に形成された凹部の数よりも1以上少なくするために行われているものではないから、本件発明1の上記の技術思想が、甲1に記載されているとはいえない。
また、本件明細書の【0013】及び【0015】によると、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物について、容器底部に存在する数を、窪み部の数より1以上少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲1では、凹部(窪み部)の内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点1として挙げた本件発明1の発明特定事項は、甲1に実質的に記載されたものとはいえないし、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点2について検討するまでもなく、甲1発明、すなわち、甲1に記載された発明とはいえないし、甲1に記載された発明に甲1、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)本件発明1と甲2発明の対比、判断ア.本件発明1と甲2発明の対比
本件発明1と甲2発明(2.イ.(イ))を対比する。
甲2発明の「複数の突起が形成された培養領域」は、複数の突起に応じて生じる一定の開口幅を備えた複数の窪みを含むと解せるので、本件発明1の「開口幅rを有するn個の窪み部」に相当する。
甲2発明の「培養シート」と本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有」する「細胞取扱容器」は、細胞取扱装置である限りにおいて一致する。
本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、本件明細書の【0067】によると、「例えば、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に液体流を流通させる等」が挙げられるので、甲2発明の「PBS(−)119を加えて、余剰のI型コラーゲンを洗浄する」ことと本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、流体流を細胞取扱装置の表面に流通させるという具体的態様において一致している。
そうすると、本件発明1と甲2発明は、
「細胞取扱装置の表面に流体流を流通させる方法であって、
細胞取扱装置は、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されている方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点3>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部における窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲2発明では、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点4>
本件発明1では、「細胞取扱容器」が、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲2発明では、「培養シート」が、容器底部と容器側壁部とを有すること、容器底部に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点3の判断
上記の(1)イでも示したように、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
しかし、甲2には、「培養シート」に「PBS(−)119を加えて」「洗浄する」ことは記載されているが、洗浄対象は余剰のI型コラーゲンであるから、当該洗浄が「培養シート」に存在する一定以下の最大長さを有する異物、すなわち、製造時及び/又は梱包時に混入する埃、繊維片、プラスチック片(本件明細書の【0031】(本b))の数を、「培養シート」の複数の突起に応じて生じる窪みの数より1以上少なくするために行われているものとはいえず、本件発明1の上記の技術思想が、甲2に記載されているとはいえない。
また、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲2では、窪みの内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点3として挙げた本件発明1の発明特定事項は、甲2に実質的に記載されたものとはいえないし、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点4について検討するまでもなく、甲2発明、すなわち、甲2に記載された発明とはいえないし、甲2に記載された発明に甲2、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(3)本件発明1と甲3発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲3発明の対比
本件発明1と甲3発明(2.ウ.(イ))を対比する。
甲3発明の「側鎖にアジド基を有するポリビニルアルコールを硬化させて、容器表面に水不溶性の硬化皮膜を形成した、ポリスチレン樹脂の細胞培養容器(ディッシュ)」と本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有」する「細胞取扱容器」は、細胞取扱容器である限りにおいて一致する。
本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、本件明細書の【0067】によると、「例えば、細胞取扱容器の容器底部の内表面及び場合により収容区画底部の内表面に液体流を流通させる等」が挙げられるので、甲3発明の「純水で3回繰り返し洗浄する」ことと本件発明1の「液体流」「を用いる異物除去手段」は、流体流を細胞取扱容器の表面に流通させるという具体的態様において一致している。

そうすると、本件発明1と甲3発明は、
「細胞取扱容器の表面に流体流を流通させる方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点5>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部に開口幅rを有するn個の窪み部が配置され、窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲3発明では、「細胞取扱容器」に開口幅rを有するn個の窪み部が配置されていることの明示がなく、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点6>
本件発明1では、「細胞取扱容器」が、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲3発明では、「細胞取扱容器」の容器底部に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点5の判断
上記の(1)イでも示したように、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
しかし、甲3には、「細胞取扱容器」を「純水で3回繰り返し洗浄する」ことは記載されているが、当該「細胞取扱容器」に開口幅rを有するn個の窪み部が配置されていることは明示されてないから、当該洗浄が、「細胞取扱容器」の容器底部、すなわち窪み部以外に存在する一定以下の最大長さを有する異物の数を、窪み部よりも1以上少なくするために行われているものとはいえず、本件発明1の上記の技術思想が甲3に記載されているとはいえない。
また、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲3では、窪みの内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点5として挙げた本件発明1の発明特定事項は、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点6について検討するまでもなく、甲3に記載された発明に甲3、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)本件発明1と甲4発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲4発明の対比
本件発明1と甲4発明(2.エ.(イ))を対比する。
甲4発明の「マルチウェルプレートの各穴内にPEGを固定化させ」た「ポリスチレン製の96穴タイプのマルチウェルプレート」は、底部と側壁を備え、一定の開口幅を有する穴を複数含むものといえるから、本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されて」いる「細胞取扱容器」に相当する。
甲4発明には、「気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段」や「異物の数」を「減少させる」に対応する記載は無いから、甲4発明と本件発明1は、「細胞取扱容器」を用いた方法である限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と甲4発明は、
「細胞取扱容器を用いる方法であって、
細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されている方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点7>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部における窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段によって、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲4発明では、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点8>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲4発明では、「マルチウェルプレート」の穴以外の部位に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点7の判断
上記の(1)イでも示したように、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
しかし、甲4には、「マルチウェルプレート」に、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段に対応する操作を適用することすら記載されておらず、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を除去するための手段が必要である旨の示唆もないから、甲4には、「マルチウェルプレート」の穴以外の部位に存在する、一定以下の最大長さを有する異物の数を、穴の数よりも1以上少なくするという本件発明1の技術思想が記載されているとはいえない。
また、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲4では、窪みの内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点7として挙げた本件発明1の発明特定事項は、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点8について検討するまでもなく、甲4に記載された発明とはいえないし、甲4に記載された発明に甲4、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(5)本件発明1と甲5発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲5発明の対比
本件発明1と甲5発明(2.オ.(イ))を対比する。
甲5発明の「開口幅が100μm−300μmである傾斜面の凹部を有する細胞収容部」は、底部と側壁を備え、一定の開口幅を有する凹部を複数含むものであるから、本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されて」いる「細胞取扱容器」に相当する。
甲5発明には、「気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段」や「異物の数」を「減少させる」に対応する記載は無いから、甲5発明と本件発明1は、「細胞取扱容器」を用いた方法である限りにおいて一致する。
そうすると、本件発明1と甲5発明は、
「細胞取扱容器を用いる方法であって、
細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されている方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点9>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部における窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段によって、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲5発明では、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点10>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲5発明では、「細胞収容部」の傾斜面の凹部以外の部位に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点9の判断
上記の(1)イでも示したように、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
しかし、甲5には、「細胞収容部」に、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段に対応する操作を適用することすら記載されておらず、甲5発明の「UVライトで滅菌」により、埃、繊維片又はプラスチック片である異物の除去が可能であるとはいえないので、甲5には、「細胞収容部」の傾斜面の凹部以外の部位に存在する、一定以下の最大長さを有する異物の数を、穴の数よりも1以上少なくするという本件発明1の技術思想が記載されているとはいえない。
また、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲5では、窪みの内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点9として挙げた本件発明1の発明特定事項は、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点10について検討するまでもなく、甲5に記載された発明に甲4、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(6)本件発明1と甲6発明の対比、判断
ア.本件発明1と甲6発明の対比
本件発明1と甲6発明(2.カ.(イ))を対比する。
甲6発明の「口部が直径335μmの円形であり、底面が直径285μmの円形であり、深さが150μmで側面が80°で傾斜しているマイクロウェルが、底部に25個(5×5)形成された細胞培養容器」は、底部と側壁を備え、一定の開口幅を有する凹部を25個含むものであるから、本件発明1の「容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されて」いる「細胞取扱容器」に相当する。
甲6発明の「水を100μLずつ滴下し、容器の側面を簡単にたたく」は、気泡を取り除くものであり、「気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段」に対応するものではなく、「異物の数」を「減少させる」ものともいえないので、甲6発明と本件発明1は、「細胞取扱容器」を用いた方法である限りにおいて一致する。

そうすると、本件発明1と甲6発明は、
「細胞取扱容器を用いる方法であって、
細胞取扱容器は、容器底部と容器側壁部とを有し、容器底部に、開口幅rを有するn個の窪み部が配置されている方法」で一致し、以下の点で相違している。

<相違点11>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部における窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数mを、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段によって、窪み部の数n及び異物の数mがn-1≧m(異物の数mをn-1個以下)となるように減少させる方法と規定されているのに対し、
甲6発明では、上記のような方法の規定がなされていない点

<相違点12>
本件発明1では、「細胞取扱容器」の容器底部に、埃、繊維片又はプラスチック片である異物を有することが規定されているのに対し、
甲6発明では、「細胞培養容器」のマイクロウェル以外の底部に埃等の異物が存することの規定がなされていない点

イ.相違点11の判断
上記の(1)イでも示したように、本件発明1は、「窪み部の開口幅r及び異物の最大長さpがr≧pを満たす異物(最大長さpを有する異物)の数に着目して、窪み部の少なくとも1個の内部に異物が存在しなくなるように、容器底部、すなわち、窪み部以外に存在する上記異物の数を減少させる」という技術思想を、請求項1で表現したものと認められる。
しかし、甲6には、「細胞収容部」に、気体流、液体流又は転着部材を用いる異物除去手段に対応する操作を適用することすら記載されておらず、甲6発明の「水」の「滴下」だけで、埃、繊維片又はプラスチック片である異物の除去が可能であるともいえないので、甲6には、「細胞培養容器」のマイクロウェル以外の底部に存在する、一定以下の最大長さを有する異物の数を25個よりも1以上少なくするという本件発明1の技術思想が記載されているとはいえない。
また、本件発明1の方法は、窪み部の開口幅以下の最大長さを有する異物が容器底部に存在する数を窪み部の数より少ない範囲とすることにより、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題を実質的に防止し得るという効果を奏するものであるところ、甲6では、窪みの内部に侵入し得る異物に起因する問題について全く認識がされておらず、甲7〜16を参照しても、特に、細胞を収容する窪み部の内部に侵入し得る異物に起因する問題の言及があるとはいえない。
そうすると、相違点11として挙げた本件発明1の発明特定事項は、容器に埃等の異物が付着することを示す甲7、9、13、16の記載事項、埃等の異物の大きさを示す甲11、12の記載事項、エアーや洗浄により異物が除去されることを示す甲12、13の記載事項を勘案しても、当業者が容易に想到し得たものとは認められない。

ウ.小括
以上のとおり、本件発明1は、相違点12について検討するまでもなく、甲6に記載された発明とはいえないし、甲6に記載された発明に甲2、7〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(7)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1を引用するものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲2又は6に記載された発明とはいえないし、甲1〜6に記載された発明に甲1〜16の記載事項を組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許に係る特許異議申立てにおいて申立人が主張する申立理由は、いずれも理由がないから、本件発明1〜2に係る特許は、取り消すことができない。
ほかに、本件発明1〜2に係る特許を取り消すべき理由も発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-03-22 
出願番号 P2015-189475
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C12M)
P 1 651・ 121- Y (C12M)
P 1 651・ 113- Y (C12M)
P 1 651・ 536- Y (C12M)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 上條 肇
特許庁審判官 吉森 晃
福井 悟
登録日 2021-05-31 
登録番号 6892215
権利者 大日本印刷株式会社
発明の名称 細胞取扱容器  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  

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