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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1385118
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-03 
確定日 2022-03-25 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6646377号発明「ポリ塩化ビニル樹脂組成物およびフィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6646377号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕について訂正することを認める。 特許第6646377号の請求項1、3に係る特許を維持する。 特許第6646377号の請求項2に係る特許に対する本件の異議申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
(1)本件特許第6646377号に係る出願(特願2015−155123号、以下「本願」ということがある。)は、平成27年8月5日に出願人ロンシール工業株式会社(以下「特許権者」ということがある。)によりされた特許出願であり、令和2年1月15日に特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、令和2年2月14日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、令和2年8月3日に、本件特許の請求項1〜3に係る特許に対して、特許異議申立人渡邊右二(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされた。
それ以降の手続の経緯は以下のとおりである。

令和2年 8月 3日 特許異議申立書
同年10月29日付け 取消理由通知書
同年12月24日付け 応対記録
同年12月26日 意見書、訂正請求書(特許権者)
令和3年 2月26日受理 上申書(特許権者)
同年 3月11日付け 通知書(申立人宛て)
同年 4月19日 意見書(申立人)
同年 6月30日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年 9月 9日付け 応対記録
同年 9月13日受理 意見書、訂正請求書(特許権者)
同年 9月30日付け 通知書(申立人宛て)
なお、令和2年12月26日提出の訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなされた。
また、申立人からは令和3年9月30日付け通知書に対する意見書は提出されなかった。

(2)証拠方法
ア 申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
(ア)特許異議申立書に添付した証拠
甲第1号証:特開昭62−240373号公報
甲第2号証:化学品 可塑剤・塩ビ用安定剤、[online]、 株式会社ADEKA、インターネット
甲第3号証:特開平3−205441号公報
甲第4号証:特開2013−189607号公報
甲第5号証:特開2003−253072号公報
甲第6号証:アキレスフィルム総合カタログ、アキレス株式会社、2013年9月
甲第7号証:安全データシート_DOP、株式会社ジェイ・プラス、2000年4月1日作成、2016年6月1日改訂
甲第8号証:ポリマー辞典、株式会社大成社、昭和45年9月1日初版発行、平成23年5月10日増補9版発行、第156〜157頁
甲第9号証:特開2011−190320号公報
甲第10号証:特開2003−226788号公報
甲第11号証:日本ゴム協会誌、1977年、第50巻第10号、第80〜88頁
甲第12号証:特開2014−233929号公報

(イ)令和3年4月19日に提出した意見書に添付した証拠
甲第13号証:株式会社ジェイ・プラス 製品紹介 DINP、インターネット
甲第14号証:株式会社ジェイ・プラス 製品紹介 DIDP、インターネット
甲第15号証:株式会社ジェイ・プラス 製品紹介 DOTP、インターネット
甲第16号証:株式会社ジェイ・プラス 製品紹介 DOP、インターネット
甲第17号証:「可塑剤−その理論と応用−」、昭和48年3月1日発行、第314〜323頁
甲第18号証:「高分子添加剤ハンドブック」、2010年11月7日発行、第80〜91頁
甲第19号証:「塩ビ ファクトブック2005」、塩ビ工業・環境協会、2005年2月発行、表紙、49頁、72頁、インターネット
(以下、上記「甲第1号証」〜「甲第19号証」を、それぞれ「甲1」〜「甲19」という。)

イ 特許権者が提出した証拠方法は以下のとおりである。
(ア)令和3年2月26日に受理した上申書に添付した証拠
乙第1号証:ロンシール工業株式会社 研究・開発部で作成した実験成績証明書
(以下、上記「乙第1号証」を、「乙1」という。)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和3年9月13日に受理した訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の請求は、本件特許請求の範囲及び明細書を上記訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲及び明細書のとおり、訂正後の請求項1〜3について一群の請求項ごとに訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。なお、下線は訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
便宜上、訂正事項1−1〜訂正事項1−3の3項目に分けて述べる。

ア 訂正事項1−1
特許請求の範囲の請求項1に「前記可塑剤がDOP(ジ−2−エチルヘキシルフタレート)、DINP(ジイソノニルフタレート)、DIDP(ジイソデシルフタレート)、DOTP(ジオクチルテレフタレート)より選ばれるフタル酸系可塑剤とアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、前記フタル酸系可塑剤と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が95:5〜5:95である」と記載されているのを、「前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、前記DOTP(ジオクチルテレフタレート)と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50である」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項3も同様に訂正する)。

イ 訂正事項1−2
特許請求の範囲の請求項2を削除する。

ウ 訂正事項1−3
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1または請求項2のいずれかに記載の」と記載されているのを、「請求項1に記載の」に訂正する。

(2)訂正事項2
明細書の【0007】に「前記可塑剤がDOP(ジ−2−エチルヘキシルフタレート)、DINP(ジイソノニルフタレート)、DIDP(ジイソデシルフタレート)、DOTP(ジオクチルテレフタレート)より選ばれるフタル酸系可塑剤とアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、フタル酸系可塑剤とアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が95:5〜5:95であるポリ塩化ビニル樹脂組成物とすることであり、さらに、フタル酸系可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)であるポリ塩化ビニル樹脂組成物としてもよい。」と記載されているのを、「前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、DOTP(ジオクチルテレフタレート)とアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるポリ塩化ビニル樹脂組成物とすることである。」に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の【0037】に「しかし、実施例2において、DOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=75:25とすることでシー トの重量減は2.13%まで低減され、DOP(1.95%)と同程度まで移行性を低減させることができる。さらにDOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=75:25とすることでシートの重量減は 0.22%まで低減され DOP(1.95%)よりも移行性が大幅に低減される。」と記載されているものを、「しかし、実施例2において、DOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=75:25とすることでシートの重量減は2.55%まで低減され、DOP(1.95%)と同程度まで移行性を低減させることができる。さらにDOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=50:50とすることでシートの重量減は 0.22%まで低減されDOP(1.95%)よりも移行性が大幅に低減される。」に訂正する。

(4)明細書の訂正に係る請求項について
訂正事項2及び3に係る明細書の訂正は、訂正前の請求項1〜3について請求されたことは明らかである。

(5)一群の請求項
訂正前の請求項1〜3について、請求項2および3は請求項1を引用する関係にあり、訂正事項1によって請求項2および3の記載が、訂正される訂正前の請求項1に連動して訂正されるから、訂正前の請求項1〜3は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

2 訂正の適否の判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1−1について
(ア) 訂正の目的
訂正後の請求項1は、「前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、前記DOTP(ジオクチルテレフタレート)と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50である」との記載により、訂正後の請求項1に係る発明における4つの選択肢から選ばれるフタル酸系可塑剤を、そのうちの1つであるDOTP(ジオクチルテレフタレート)に限定し、アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度の数値範囲を減縮し、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率の数値範囲を減縮するものであるから、訂正事項1−1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ) 新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1−1は、明細書の【0013】〜【0016】および実施例(【0030】のポリエステル系可塑剤C2、【0033】【表1】の実施例4、【0034】【表2】の実施例6〜8)の記載に基づいて「フタル酸系可塑剤」、「アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度」および「DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率」という発明特定事項の範囲を減縮し限定するものである。これより、当該訂正事項1−1は、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。

イ 訂正事項1−2について
(ア)訂正の目的
訂正事項1−2による訂正は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

(イ)新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1−2による訂正は、本件明細書等の記載した事項の範囲内であり、また、実質上の特許請求の範囲の拡張・変更に当たらないことは明らかである。

ウ 訂正事項1−3について
(ア)訂正の目的
訂正事項1−3による訂正は、訂正事項1−2によって訂正前の請求項2が削除されたため、引用する請求項から請求項2を削除したものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正である。

(イ)新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項1−3による訂正は、本件明細書等の記載した事項の範囲内であり、また、実質上の特許請求の範囲の拡張・変更に当たらないことは明らかである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は、上記訂正事項1に係る特許請求の範囲の訂正に伴い対応関係が不明瞭となった明細書の記載を単に整合させようとする訂正である。よって、訂正事項2は特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項2は、特許請求の範囲と整合させようとするだけのものであるから、当該訂正事項2は、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は、明細書の【0033】【表1】に基づいて実施例2を説明した【0037】にシートの重量減少率(%)が「2.13%」と記載されているのを、表1のとおりに「2.55%」に訂正するものであり、同様に、【0037】に「DOTP:アジピン酸系ポリエステル系可塑剤=75:25」と記載されているのを、【0034】【表2】のとおりに「50:50」に訂正するものであるから、誤記を訂正するものである。よって、訂正事項3は特許法第120条の5第2項ただし書第2号に規定する誤記又は誤訳の訂正を目的とするものである。

新規事項の追加及び実質上の特許請求の範囲の拡張・変更
訂正事項3は、誤記を訂正するものであるから、新たな技術的事項を導入するものではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもない。

(4)まとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1〜3による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号〜第3号に掲げる目的に適合し、また、同法同条第9項において準用する同法第126条第5及び6項の規定に適合するから、本件訂正を認める。

第3 特許請求の範囲の記載
上記のとおり、本件訂正は認められたので、特許第6646377号の特許請求の範囲の記載は、訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜3に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1及び3に係る発明を「本件発明1」及び「本件発明3」といい、これらをまとめて「本件発明」ということがある。また、訂正後の明細書を「本件訂正明細書」という。)

「【請求項1】
ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、前記DOTP(ジオクチルテレフタレート)と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるポリ塩化ビニル樹脂組成物。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
請求項1に記載のポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート。」

なお、上記の「DOTP(ジオクチルテレフタレート)」との語句について、丸括弧内の「ジオクチルテレフタレート」は「DOTP」を省略せずに書き下した化合物名であって「DOTP」と等価な語句を確認的に記載したものであると認められる。そこで、以降は記載が冗長になるのを避けるため、「DOTP(ジオクチルテレフタレート)」の語句については丸括弧の部分を省いて単に「DOTP」と記載する。

第4 取消理由通知で示した取消理由及び特許異議申立理由の概要
1 当審が通知した取消理由の概要
(1)当審が令和2年10月29日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。
ア 取消理由1(新規性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1、3又は4に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

イ 取消理由2(甲1を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明及び本件特許出願前の周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

ウ 取消理由3(甲3を主引用例とする進歩性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲3に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

エ 取消理由4(甲4を主引用例とする進歩性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲4に記載された発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

オ 取消理由5(サポート要件)
この出願は、特許請求の範囲の請求項1〜3の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、下記の点で発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

明細書の発明の詳細な説明において、請求項1〜3に係る発明の「前記フタル酸系可塑剤と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が95:5〜5:95であるポリ塩化ビニル樹脂組成物」の具体例として、添加比率が90:10である実施例5が挙げられているが、比較例2よりもフタル酸系可塑剤の移行量の割合が増加しているから、当該発明の詳細な説明は、請求項1〜3に係る発明が可塑剤の移行の低減という本件発明の課題を解決することを当業者が認識できるように記載されていない。

(2)当審が令和3年6月30日付け取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。
なお、当該取消理由通知の第7頁には「第4 当審が通知する取消理由」として、理由1(新規性)、理由2(進歩性)と記載されているが、同第33頁の「第5 むすび」にあるとおり当審から通知した取消理由は理由2(進歩性)のみであるから、そのように読み替える(令和3年9月9日付け応対記録にあるとおり特許権者が同意済み)。

ア 取消理由6(甲17を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲17に記載された発明及び本件特許出願時の周知技術に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

2 特許異議申立理由の概要
申立人が特許異議申立書でした申立ての理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)申立理由1(甲1を主引用例とする新規性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(甲1を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲1に記載された発明及び甲1、5、6に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3)申立理由3(甲3を主引用例とする新規性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲3に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(4)申立理由4(甲3を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲3に記載された発明及び甲3、5、6に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(5)申立理由5(甲4を主引用例とする新規性
請求項1、3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲4に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
よって、請求項1、3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

(6)申立理由6(甲4を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲4に記載された発明及び甲4〜6に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(7)申立理由7(甲9を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲9に記載された発明及び甲9に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(8)申立理由8(甲10を主引用例とする進歩性
請求項1〜3に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明である甲10に記載された発明及び甲10〜12に記載された事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、請求項1〜3に係る発明の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

第5 当審の判断
当審は、請求項2に係る特許については、特許異議の申立てを却下することとし、また、当審が通知した取消理由1〜6及び申立人がした申立理由1〜8によっては、いずれも、本件発明1、3に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 申立ての却下
上記第2及び第3で示したとおり、請求項2は本件訂正により削除された。これにより、申立人による特許異議の申立てについて、請求項2に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

2 取消理由について
(1)取消理由1〜4及び申立理由1〜6について
以下において申立理由1〜6は、甲1、3又は4を主引用例とする新規性進歩性欠如の理由であり取消理由1〜4と同様の趣旨であるので、ここで併せて判断する。

ア 各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載された発明
(ア)甲1
甲1には、塩化ビニル樹脂と可塑剤とを配合した配合物について特許請求の範囲に記載され、可塑剤について第2頁左下欄第1行〜右下欄第5行に、フィルムの作成について第3頁左上欄第3行〜第9行に、実施例の配合物について第1表に記載されており、特に第1表の実施例B、C、比較例Fの記載からみて、以下の3つの発明が記載されていると認める。

「塩化ビニル樹脂(ニポリット MII)100部に対し、ジオクチルフタレート(DOP)3部、アデカサイザー PN−400であるポリエステル系可塑剤20部、安定剤(MARK AC−168)3部、着色剤(ルチン型酸化チタン JRNC)50部を添加した配合物。」(以下「甲1発明1」という。)

「塩化ビニル樹脂(ビニカ KR800)100部に対し、ジオクチルフタレート(DOP)3部、アデカサイザー PN−400であるポリエステル系可塑剤20部、安定剤(MARK AC−168)3部を添加した配合物。」(以下「甲1発明2」という。)

「塩化ビニル樹脂(ニポリット MII)100部に対し、ジオクチルフタレート(DOP)15部、アデカサイザー PN−400であるポリエステル系可塑剤15部、安定剤(MARK AC−168)3部、着色剤(ルチン型酸化チタン JRNC)50部を添加した配合物。」(以下「甲1発明3」という。)

さらに、甲1には、第3頁左上欄第3行〜第9行の記載から見て、以下の発明が記載されていると認める。

「甲1発明1、甲1発明2、又は、甲1発明3の配合物を用いて作成してなるフィルム。」(以下「甲1発明4」という。)

(イ)甲2
甲2には、以下の事項が記載されている。



」(第1〜2頁より抜粋)

(ウ)甲3
甲3には、塩化ビニル組成物について請求項2及び5に、解決しようとする課題及びその手段について第3頁左上欄第3〜10行、同右上欄第6行〜第14行、同左下欄第2〜11行に、実施例の組成物について第4頁右上欄第16行〜左下欄第15行、第1表に、シートの作成について第7頁左上欄第10行〜第16行にそれぞれ記載されており、特に実施例1、2の記載からみて、以下の2つの発明が記載されていると認める。

「塩化ビニル樹脂(P−1100)100重量部に対し、ジオクチルフタレート20重量部、アジピン酸系ポリエステル可塑剤(アデカ・アーガス株式会社製 PN−1020)10重量部、バリウム亜鉛系安定剤4重量部、マイクロカプセル化シクロヘキシミド2重量部を含む塩化ビニル組成物。」(以下「甲3発明1」という。)

「塩化ビニル樹脂(P−1100)100重量部に対し、ジオクチルフタレート10重量部、アジピン酸系ポリエステル可塑剤(アデカ・アーガス株式会社製 PN−1020)20重量部、バリウム亜鉛系安定剤4重量部、マイクロカプセル化シクロヘキシミド2重量部を含む塩化ビニル組成物。」(以下「甲3発明2」という。)

さらに、甲3には、第7頁左上欄第10行〜第16行の記載からみて、以下の発明が記載されていると認める。

「甲3発明1又は甲3発明2の組成物を用いて作成してなるシート。」(以下「甲3発明3」という。)

(エ)甲4
甲4には、塩化ビニル系樹脂と可塑剤とを含有する樹脂組成物及びそれからなるシートについて請求項1〜2に、解決しようとする課題及びその手段について【0006】〜【0009】に、可塑剤について【0022】〜【0025】、【0032】、【0034】に記載され、実施例の樹脂組成物及びシートについて【0058】、表1及び表3にそれぞれ記載されており、特に表1の実施例3の表層の配合物、表3の比較例2の表層の配合物の記載からみて、以下の2つの発明が記載されていると認める。

「塩化ビニル樹脂100重量部に対し、DOPである低分子量可塑剤20重量部、粘度が150mPa・s/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤20重量部、バリウム亜鉛系安定剤3重量部、炭酸カルシウム30重量部を含む樹脂組成物。」(以下「甲4発明1」という。)

「塩化ビニル樹脂100重量部に対し、DOPである低分子量可塑剤30重量部、粘度が150mPa・s/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤10重量部、バリウム亜鉛系安定剤3重量部、炭酸カルシウム30重量部を含む樹脂組成物。」(以下「甲4発明2」という。)

さらに、甲4には、【0058】の記載から見て、以下の発明が記載されていると認める。
「甲4発明1又は甲4発明2の樹脂組成物をシート化したシート。」(以下「甲4発明3」という。)

(オ)甲5
甲5には、以下の事項が記載されている。

「【0003】ここで用いられる代表的な可塑剤としては、フタル酸エステルやアジピン酸エステル等の二塩基酸の高級アルコールエステルがあり、中でもフタル酸ビス2−エチルヘキシル(以下「DOP」と略記する)は、可塑化効率、耐寒性など諸物性のバランスが良いことから、幅広く使用されている。しかしながら、このような塩化ビニル系樹脂組成物に基づく成型品は、その使用中に可塑剤が僅かながら揮散し、その劣化の原因となるばかりでなく、近年は環境汚染、人体への影響などが懸念され、より揮発性が低い可塑剤が要望されている。
・・・
【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明は、上記の汎用アルコールである2−エチルヘキサノールを用いつつ、低揮発性の可塑剤を得て、これと特定の安定剤を併用することにより、上述の問題点を解決し、特に優れた電気絶縁性、耐熱特性を有する塩化ビニル系樹脂組成物を提供しようとするものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者等は、原料の二塩基酸としてテレフタル酸を用い、かつ安定剤としてカルシウム系及び/又はハイドロタルサイト系の安定剤を用いることにより、上記の問題点を解決できることを見出し、本発明に到達した。即ち本発明の要旨は、安定剤としてカルシウム系安定剤及び/又はハイドロタルサイト系安定剤を含有する塩化ビニル樹脂組成物において、可塑剤としてテレフタル酸ビス2−エチルヘキシル(以下「DOTP」と略記する)を、塩化ビニル系樹脂100重量部当たり20〜150重量部用いることを特徴とする塩化ビニル樹脂組成物、に存している。」

(カ)甲6
甲6には、以下の事項が記載されている。

「軟質塩化ビニル(PVC)の製造に欠かせない可塑剤。
この代表的な可塑剤であるDOP系可塑剤をめぐる
最近の動向を背景に誕生した、アキレスの非DOPフィルムです。

可塑剤をめぐる動向
軟質塩化ビニールに含有する可塑剤、特にフタル酸エステル6物質(DEHP、DBP、BBP、DINP、DIDP、DNOP)は、欧州のREACH規制、食品衛生法に基づく食品・添加物の規格基準(平成14年厚生労働省告示267号)、玩具・育児用品についての使用規則(平成22年厚生労働省告示336号)など、予防的な措置として、使用制限が課せられています。
こうした状況に配慮して開発されたのが、アキレスの「非DOPフィルム」です。」(第16頁上部)

「アキレス スリップA TP
透明性、柔軟性、表面平滑性、表面光沢に優れた純透明汎用フィルム≪アキレススリップA≫に新たな仲間が加わりました。国内外における可塑剤の使用制限を背景に誕生した非DOPのPVCフィルムです。当社独自の製法によって生まれた「NPシリーズ」と同じ特長を保有し、透明度が高く、裁断・加工適性にも優れています。
■使用可塑剤はDOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)
■フタル酸エステル系可塑剤6物質
(DEHP、DBP、BBP、DINP、DIDP、DNOP)の意図的な使用はなし」(第17頁上部)

「●DOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)
DOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)は世界中で普及している非DOP系の可塑剤です。主な用途に玩具、ビーチ用品、事務用品、文具、雑貨があり、非DOP系ながら、従来型可塑剤に匹敵する物性を有していることで、市場の高い評価を得ています。現在では多くのメーカーが製造販売を行っています。」(第17頁下部)

イ 対比・判断
(ア)甲1を主引用例とする新規性進歩性の検討
a 本件発明1と甲1発明1、甲1発明2との対比・判断
(a)対比
本件発明1と甲1発明1、甲1発明2とをまとめて対比する。
甲1発明1、甲1発明2の「アデカサイザー PN−400であるポリエステル系可塑剤」について、甲2に記載された事項(上記ア(イ))からみて、粘度が4000mPa・s(25℃)であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤であるといえるから、本件発明1の「粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤」に相当する。
そして、甲1発明1、甲1発明2の可塑剤の合計の含有量は、ともに塩化ビニル樹脂100部に対して23部であると認められ、また、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率は、13:87(=3:20)と計算される。
そうすると、甲1発明1、甲1発明2の可塑剤の含有量は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み」との条件を満足する。
さらに、甲1発明1、甲1発明2の「配合物」は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明1又は甲1発明2は、
「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤が粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらに「DOTP」を含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の「添加比率が75:25〜50:50」であるのに対して、甲1発明1又は甲1発明2では可塑剤がさらにDOPを含みDOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が13:87である点

(b)判断
まず新規性について検討するに、相違点1は可塑剤の配合に関する相違であり実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1発明1又は甲1発明2ではない。

次に進歩性について検討する。
甲1には、アジピン酸系ポリエステル可塑剤と併用する可塑剤について、「上記ポリエステル系高分子量可塑剤は、分子量1,000未満の低分子量可塑剤、例えばジオクチルフタレート(DOP)で10重量部以下の範囲で置換することもできる。」(第2頁左下欄下から3行〜右下欄第1行)と記載され、DOTPは開示されていない。
ここで、DOTPがDOPと同じ分子量391という低分子量の物質であって上記「低分子量可塑剤」に包含されうることを踏まえて、甲1の可塑剤に関する記載をさらにみていくと、
「・・・塩化ビニル樹脂100重量部に対して分子量1000〜10000のポリエステル系可塑剤を10〜30重量部少くとも配合した配合物・・・」(請求項1)、
「上記フィルムの形成に当っては、分子量1000〜10000のポリエステル系可塑剤を10〜30重量部、塩化ビニル樹脂に配合しておく。
このポリエステル系高分子量可塑剤において、・・・配合量が上記範囲未満であると、フィルムが柔軟性に欠け、もろく割れやすくなる等の欠点がある。
・・・
上記ポリエステル系高分子量可塑剤は、分子量1,000未満の低分子量可塑剤、例えばジオクチルフタレート(DOP)で10重量部以下の範囲で置換することもできる。この場合、その置換によって低分子量可塑剤がフィルムから粘着剤層へ移行し、上記各欠点を招かないように、高分子量ポリエステル系可塑剤との配合量を決めることが望ましい。」(第2頁左下欄第1行〜右下欄第5行)
と記載されている。
これらの記載からみて、甲1では、ポリエステル系高分子量可塑剤を10〜30重量部の範囲で配合すること、配合量が上記範囲外であると種々の欠点があること、低分子量可塑剤を10重量部以下の範囲で置換してよいことが示されているに過ぎず、さらにその置換によって低分子量可塑剤が移行し、上記各欠点を招かないように配合量を決めることも述べられていることから、低分子量可塑剤はあくまでポリエステル系高分子量可塑剤よりも少量での使用が示唆されていると解される。すなわち、低分子量可塑剤をポリエステル系高分子量可塑剤と同量以上に配合することには阻害要因があるというべきであり、少なくとも、低分子量可塑剤とポリエステル系高分子量可塑剤との添加比率を75:25〜50:50の範囲に調整することは動機づけられないといえる。ましてや、低分子量可塑剤としてDOPに代えて甲1に何ら記載されていないDOTPを採用したうえで当該添加比率に想到することは、当業者にとって容易なものとはいえない。
また、甲5には可塑剤としてのDOTP(テレフタル酸ビス2−エチルヘキシル)が記載され、同じく甲6には可塑剤としてのDOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)が記載され、それぞれ本件発明の「DOTP(ジオクチルテレフタレート)」に相当するが、甲5、6にはDOTPをポリエステル系高分子量可塑剤と上記添加比率で併用することについては何ら記載されておらず、一方、甲1発明1及び甲1発明2では上述のように低分子量可塑剤よりもポリエステル系高分子量可塑剤を多い配合とするものであるのだから、甲1発明1又は甲1発明2と甲5、6の記載に基づき、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項に想到することはできない。
よって、本件発明1は、甲1発明1又は甲1発明2と甲1、5、6に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明1と甲1発明3との対比・判断
(a)対比
上記a(a)の対比を踏まえると、甲1発明3の「DOPである低分子量可塑剤」は低分子量可塑剤である限りにおいて本件発明1のDOTPに相当し、甲1発明3の「アデカサイザー PN−400であるポリエステル系可塑剤」は、本件発明1の「粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤」に相当し、甲1発明3の「配合物」は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物」に相当する。
そして、甲1発明3の可塑剤の合計の含有量は、塩化ビニル樹脂100部に対して30部であると認められ、またDOPと「アジピン酸系ポリエステル可塑剤」の添加比率は50:50(=15:15)と計算される。
そうすると、甲1発明3の可塑剤の含有量は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み」との条件を満足する。

そうすると、本件発明1と甲1発明3は、
「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤が粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点2>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらに「DOTP」を含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の「添加比率が75:25〜50:50」であるのに対して、甲1発明3では可塑剤がさらにDOPを含み、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が50:50である点

(b)判断
まず新規性について検討するに、相違点2は、可塑剤に関する相違であり、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1発明3ではない。

次に進歩性について検討する。
甲1発明3は、甲1の特許請求の範囲に記載された発明が顕著な効果を奏することを示すための対比例である比較例Fに着目して認定したものであるから、その構成をそもそも変更することは想定されておらず、甲1発明3において可塑剤をDOPからDOTPに変更する動機付けはないといえる。
よって、本件発明1は甲1発明3に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

c 本件発明3と甲1発明4との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明3と甲1発明4とを対比すると、甲1発明4の「配合物を用いて作成してなるフィルム」は、本件発明3の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化樹脂製フィルムまたはシート」に相当するほかは、上記(ア)a(a)又は(ア)b(a)と同様に対比することができる。
そうすると、本件発明3と甲1発明4とは上記相違点1又は2と同様の点で相違する。
そして、その相違点の判断も上記(ア)a(b)又は(ア)b(b)と同様であるから、本件発明3は甲1発明4ではなく、また、甲1発明4と甲1、5、6に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(イ)甲3を主引用例とする新規性進歩性の検討
a 本件発明1と甲3発明1、甲3発明2との対比・判断
(a)対比
本件発明1と甲3発明1、甲3発明2とをまとめて対比する。
甲3発明1、甲3発明2の「アジピン酸系ポリエステル可塑剤(アデカ・アーガス株式会社製 PN−1020)」について、甲2に記載された事項(上記ア(イ))からみて、粘度が2000mPa・s(25℃)であるといえるから、本件発明1の「粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤」に相当する。
また、甲3発明1、甲3発明2の可塑剤の合計量は、塩化ビニル樹脂100重量部に対して、30重量部と計算される。
さらに、甲3発明1、甲3発明2のジオクチルフタレートとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率を計算すると、それぞれ、67:33(=20:10)、33:67(=10:20)と計算される。
そうすると、甲3発明1、甲3発明2の可塑剤の含有量は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み」との条件を満足する。

そうすると、本件発明1と甲3発明1又は甲3発明2は
「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤が粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点3>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらにDOTPを含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲3発明1、甲3発明2は可塑剤がジオクチルフタレート(DOP)を含み、ジオクチルフタレート(DOP)とアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率がそれぞれ67:33、33:67である点

(b)判断
まず新規性について検討するに、相違点3は、可塑剤の配合に関する相違であり、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲3発明1、甲3発明2ではない。

次に進歩性について検討する。
甲3には、アジピン酸系ポリエステル可塑剤と併用する可塑剤について、特許請求の範囲に「フタル酸系エステル可塑剤」と記載され、具体的な物質は実施例にオルト体であるジオクチルフタレートが記載されているのみで他に具体的な記載は無く、DOTPはもとよりパラ体のものについて何ら言及されていない。
一方、甲5には、DOPを用いる塩化ビニル系樹脂組成物に基づく成型品は、その使用中に可塑剤がわずかながら揮散し、その劣化の原因となるばかりでなく、近年は環境汚染、人体への影響などが懸念され、より揮発性が低い可塑剤が要望されており、テレフタル酸ビス2−エチルヘキシル、すなわちDOTPを用いると低揮発性であることが記載され(上記ア(オ))、甲6には、軟質塩化ビニルに含有するフタル酸エステル系可塑剤が各種規制によって使用が制限されているから、代替として、DOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)が使用されており、DOTP(テレフタル酸ジ−2−エチルヘキシル)がDOP等に匹敵する物性を有していることが記載されているように(上記ア(カ))、環境汚染や人体への影響を考慮し、各種規制に対応して、DOPの代替としてDOPとおよそ同程度の物性を有するDOTPを用いることは、本件出願時に当業者に周知の技術事項であったものと認められる。
そこで、甲3発明1、甲3発明2におけるジオクチルフタレートを上記周知の技術事項に基づいてDOTPで置き換えることの容易想到性を具体的に検討する。
甲3発明1、甲3発明2の解決すべき課題について甲3の記載をみていくと、「本発明は、防鼠剤としてマイクロカプセル化されたシクロヘキシミド等の防鼠剤を塩化ビニル樹脂コンパウンドに練り込んだ塩化ビニル組成物について、シクロヘキシミド等の防鼠剤の添加量を増量することなくシクロヘキシミド等の防鼠剤の残存性を高め、その防鼠性の効果を長期間持続させることのできる防鼠剤の残存性に優れる塩化ビニル組成物を提供することを目的としている」(第3頁左上欄第3〜10行)ものであり、「ポリエステル系可塑剤(アジピン酸系ポリエステル可塑剤)の配合によって、塩化ビニル組成物の分子間を密にし、塩化ビニル組成物の中から防鼠剤が表面に滲み出して希薄化するのを抑制したものである」こと(第3頁右上欄第10〜14行)、特に「従来から塩化ビニル組成物の可塑剤として用いられてきたフタル酸系エステル可塑剤の代わりにポリエステル系可塑剤(アジピン酸系ポリエステル可塑剤)を用い」て、「ポリエステル系可塑剤を100%近く添加する方が防鼠剤(シクロヘキシミド)の残存性は向上する」ことが記載されている(第3頁左下欄第2〜11行)。
これらの記載から、甲3では、塩化ビニル組成物からの防鼠剤の滲み出しを抑制することを課題とし、ジオクチルフタレートのような従来のフタル酸系エステル可塑剤の一部又は全部をアジピン酸系ポリエステル可塑剤で置き換えることをその課題の解決手段としているといえる。
そうすると、甲3発明1、甲3発明2の解決しようとする課題は、上記周知の技術事項においてDOP系可塑剤の代替としてDOTPを用いることにより解決しようとする課題とは異なるものといえ、甲3では上記のとおり、ジオクチルフタレートのアジピン酸系ポリエステル可塑剤への置き換えを課題解決手段として採用しているのであるから、甲3発明1、甲3発明2のジオクチルフタレートをわざわざ課題の異なるDOTPでさらに置き換えようとすることは動機づけられるものではない。ましてや、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤との添加比率を75:25〜50:50にすることが動機づけられるとはいえない、
よって、本件発明1は、甲3発明1又は甲3発明2と甲3、5、6に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明3と甲3発明3との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明3と甲3発明3とを対比すると、甲3発明3の「甲3発明1又は甲3発明2の組成物を用いて作成してなるシート」が本件発明3の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート」に相当するほかは、上記(イ)a(a)と同様に対比することができる。
そうすると、本件発明3と甲3発明3とは上記相違点3と同様の点で相違するものといえる。
そして、その相違点の判断も上記(イ)a(b)と同様であるから、本件発明3は甲3発明3ではなく、また、甲3発明3と甲3、5、6に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(ウ)甲4を主引用例とする新規性進歩性の検討
a 本件発明1と甲4発明1との対比・判断
(a)対比
甲4発明1の可塑剤であるDOPとアジピン酸系ポリエステル系可塑剤の合計量は、塩化ビニル樹脂100重量部に対して、40重量部と計算される。
また、甲4発明1のDOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率を計算すると、50:50(=20:20)である。
そうすると、甲4発明1の可塑剤の含有量は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み」との条件を満足する。

そうすると、本件発明1と甲4発明1は、
「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤がアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点4>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらにDOTPを含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲4発明1では可塑剤がさらにDOPを含み、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が50:50である点

<相違点5>
アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度について、本件発明1では1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるのに対して、甲4発明1では150mPa・s/25℃である点

(b)判断
まず新規性について検討するに、相違点4、5は、可塑剤の配合及び物性に関する相違であり、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲4発明1ではない。

次に、進歩性について検討する。
まず、相違点4について検討するに、甲4には、「柔軟性を有し、燃焼時の発煙量を低減させた低発煙性ポリ塩化ビニル系シートを提供すること」(【0007】)という課題を解決しようとすることが記載されており、また、可塑剤について、「このように、可塑剤に占めるフタル酸エステル系可塑剤とリン酸エステル系可塑剤の割合を制限することで発煙量を抑えることができる。」(【0022】)、「したがって、表層、基材層においては、フタル酸エステル系可塑剤、リン酸エステル系可塑剤以外の可塑剤を含有することとなる。このような可塑剤としては、燃焼時の発煙性が小さい可塑剤を使用すればよい。例えば、スルフォン酸エステル系可塑剤、ポリエステル系可塑剤、脂肪族二塩基酸エステル系可塑剤、エポキシ系可塑剤、脂肪族エステル系可塑剤、含塩素系可塑剤が挙げられる。これらの可塑剤は単独で用いても複数を併用してもよい。」(【0024】)、「フタル酸エステル系可塑剤としては、フタル酸ジオクチル(DOP)、フタル酸ジブチル(DBP)、フタル酸ジイソノニル(DINP)、等が挙げられる」(【0034】)と記載されている。これらの記載からみて、甲4に記載された発明は、低発煙性という課題の解決手段として、フタル酸エステル系可塑剤の代わりにポリエステル系可塑剤等の発煙性が小さい可塑剤を使用するものである。そして、甲4には可塑剤としてDOTPは何ら記載されていない。
一方、上記(イ)a(b)で甲5及び6を参照して述べたように、環境汚染や人体への影響を考慮し、各種規制に対応して、DOPの代替としてDOPとおよそ同程度の物性を有するDOTPを用いることは、本件出願時に当業者に周知の技術事項であったものと認められる。
しかしながら、甲5及び6には、DOTPが燃焼時にどの程度の発煙性を有しているかは記載されていない。そうすると、甲5及び6では、あくまで甲4に記載された課題とは異なる課題を解決するものとしてDOPをDOTPで代替することが記載されているに過ぎず、DOTPという可塑剤が周知技術であったとしても、低発煙性という課題を解決しようとする甲4発明1においてDOPをDOTPで置き換えることが動機づけられるものでない。
そうすると、甲4発明1において可塑剤としてアジピン酸系に加えてさらにDOTPを含むものとすることは、当業者が容易に想到し得たことであるとはいえない。
次に、相違点5について検討するに、甲4にはポリ塩化ビニールシートの可塑剤としてポリエステル系可塑剤を用いること、それによって燃焼時の発煙量の低減という課題を解決することが記載されており(請求項2、【0023】〜【0025】)、その中でもアジピン酸系ポリエステル可塑剤が好適に用いられることが記載されている(【0032】)ものの、その粘度や重合度といった特徴については、実施例において粘度150mPa・s/25℃と200mPa・s/25℃の2種類のポリエステルが使用されたとの記載(【0058】)の他には何ら具体的な記載はない。
そして、甲4における課題は上記のとおり発煙量の低減であり、これは本件発明が解決しようとする「フタル酸エステル系可塑剤を用いても可塑剤の移行が低減されたポリ塩化ビニル樹脂組成物を得る」という課題(本件訂正明細書の【0006】)とは全く異なるものである。
してみると、甲4の記載からでは、甲4発明1におけるアジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度を本件発明で規定する範囲まで引き上げる動機付けがあるものとはいえない。
また、甲5、6には、そもそも特定の粘度のアジピン酸系ポリエステル可塑剤を塩化ビニル樹脂組成物に用いることについては何ら記載されていない。
さらに、本件発明1が上記粘度を規定したことによる効果について、本件訂正明細書の【0030】〜【0034】の実施例の記載に基づいて確認する。
本件訂正明細書の実施例4、7及び8と実施例2とは、それぞれアジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度のみが異なるほかは同等の条件の樹脂組成物である。そして、当該粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃の範囲内である実施例4、7及び8では可塑剤移行性の指標であるシートの重量減少率がほぼ0%であり可塑剤の移行が十分抑制されているのに対して、当該粘度が150mPa・S/25℃であり本件発明1に該当しない実施例2では同重量減少率が2.55%であり可塑剤の移行が生じてしまっている。してみると、相違点5に係る本件発明1の発明特定事項は、可塑剤の移行量の低減という優れた効果を奏するものであって、当該効果は甲4〜6に記載も示唆もされておらず当業者が予測し得ないものであるといえる。
よって、本件発明1は、甲4発明1と甲4〜6に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでない。

b 本件発明1と甲4発明2との対比・判断
(a)対比
甲4発明2の可塑剤であるDOPとアジピン酸系ポリエステル系可塑剤の合計量は、塩化ビニル樹脂100重量部に対して、40重量部と計算される。
そうすると、甲4発明2の可塑剤の含有量は、本件発明1の「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み」との条件を満足する。
また、甲4発明2のDOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率を計算すると、75:25(=30:10)である。

そうすると、本件発明1と甲4発明2は、
「ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤がアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点6>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらにDOTPを含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲4発明2では可塑剤がさらにDOPを含み、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25である点

<相違点7>
アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度について、本件発明1では1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるのに対して、甲4発明2では150mPa・s/25℃である点

(b)判断
まず新規性について検討するに、相違点6、7は、可塑剤の配合あるいは物性の相違であり、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲4発明2ではない。

次に進歩性について検討する。
甲4発明2は、甲4の特許請求の範囲に記載された発明が顕著な効果を奏することを示すための対比例である比較例2に着目して認定したものであるから、その構成を変更することはそもそも想定されておらず、甲4発明2において可塑剤をDOPからDOTPに変更したりアジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度を変更したりする動機付けはないといえる。
よって、本件発明1は甲4発明2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

c 本件発明3と甲4発明3との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明3と甲4発明3とを対比すると、甲4発明3の「甲4発明1又は甲4発明2の樹脂組成物をシート化したシート」は、本件発明3の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート」に相当するほかは、上記(ウ)a(a)又は(ウ)b(a)と同様に対比することができる。
そうすると、本件発明3と甲4発明3とは上記相違点4〜5又は上記相違点6〜7と同様の点で相違するものといえる。
そして、それらの相違点の判断も上記(ウ)a(b)又は(ウ)b(b)と同様であるから、本件発明3は甲4発明3ではなく、また、甲4発明3と甲4〜6に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

ウ 小括
以上のとおりであるので、取消理由1〜4並びに申立理由1〜6は理由がない。

(2)取消理由5(サポート要件)について

ア 本件発明の課題
本件発明1及び3が解決しようとする課題は、本件訂正明細書の【0006】の記載によれば、フタル酸エステル系可塑剤を用いても可塑剤の移行が低減されたポリ塩化ビニル樹脂組成物及び該組成物を成形してなるシートを得ることである。

イ 本件発明1のサポート要件の判断
本件訂正明細書の【0015】にはポリエステル系可塑剤の好ましい粘度の範囲が記載され、同【0016】にはフタル酸系可塑剤とポリエステル系可塑剤の添加比率の好ましい範囲が記載され、同【0018】及び【0020】にはDOTPとポリエステル系可塑剤を併用することでヘキサン等への可塑剤の移行を低減することが可能となることが記載され、同【0029】以降に記載の実施例においては、本件発明1の具体例である、DOTPと特定の粘度範囲のポリエステル系可塑剤とを特定の添加比率で含むポリ塩化ビニル樹脂組成物について可塑剤の移行量の割合が低いことを示すデータが開示されており(表1〜2の実施例4、6〜8)、これらの本件発明1の具体例は上記アで示した課題を解決できることが技術的に裏付けられているといえる。
なお、令和2年10月29日付け取消理由通知において当該取消理由の中で指摘した実施例5は、本件訂正により本件発明1の具体例ではなくなった。

そうすると、発明の詳細な説明には、本件発明1の課題が解決できることが当業者に認識できるように記載されているといえる。

ウ 本件発明3のサポート要件の判断
本件発明1を引用する本件発明3についても、上記イで述べた理由と同じ理由により、発明の詳細な説明に課題が解決できることが当業者に認識できるように記載されているといえる。

エ 小括
以上のとおりであるので、取消理由5は理由がない。

(3)取消理由6(甲17を主引用例とする進歩性)について
ア 甲号証及び各引用文献の記載事項及び甲号証に記載された発明
(ア)甲17の記載事項及び甲17に記載された発明
a 甲17の記載事項
甲17には、以下の事項が記載されている。


」(第314頁冒頭)


」(第316頁の表3.9.1)



」(第319頁の表3.9.4)







」(第323頁下から第3行〜第324頁、第326頁第1行〜最下行、第32
7頁の表3.9.10、第328頁の図3.9.10)

b 甲17に記載された発明
甲17には、第319頁の表3.9.4にポリエステル系可塑剤の市販品を供試可塑剤とした配合例が記載され、同表の下部に配合Cと配合Dの配合組成が記載されており、同表のうち供試可塑剤が「ポリサイザーP−204N」である部分に着目すると、以下のとおり、供試可塑剤としてポリサイザーP−204Nを用いた配合Cと配合Dの発明が記載されているといえる。

「Geon 103 EP 100phr
ポリサイザーP−204N 25phr
DOP 25phr
ステアリン酸カドミウム 1phr
ステアリン酸バリウム 0.5phr
の配合物。」(以下「甲17発明1」という。)

「Geon 103 EP 100phr
ポリサイザーP−204N 15phr
DOP 35phr
ステアリン酸カドミウム 1phr
ステアリン酸バリウム 0.5phr
の配合物。」(以下「甲17発明2」という。)

同様に、供試可塑剤が「ポリサイザーW−300」である部分に着目すると、以下のとおり、供試可塑剤としてポリサイザーW−300を用いた配合Cと配合Dの発明が記載されているといえる

「Geon 103 EP 100phr
ポリサイザーW−300 25phr
DOP 25phr
ステアリン酸カドミウム 1phr
ステアリン酸バリウム 0.5phr
の配合物。」(以下「甲17発明3」という。)

「Geon 103 EP 100phr
ポリサイザーW−300 15phr
DOP 35phr
ステアリン酸カドミウム 1phr
ステアリン酸バリウム 0.5phr
の配合物。」(以下「甲17発明4」という。)

さらに、甲17の表3.9.4の下部には、170℃、10分のロールに混練して0.3mm厚、径7.5cmの円形試片としたことも記載されているから、円形試片を作成する前には、0.3mm厚のシートである以下の発明も記載されているといえる。

「甲17発明1〜4のいずれかの配合物から得られた0.3mm厚のシート。」(以下「甲17発明5」という。)

(イ)引用文献Bに記載された事項
当審が職権調査で発見し、本願出願時の技術常識を示すために引用した、本件出願日前に頒布された刊行物である下記文献(本決定において「引用文献B」という。)には、以下の事項が記載されている

引用文献B:調子康雄、"可塑剤の適材適所"、油化学、1984年、第33巻、第7号、第411〜419頁


」(第411頁表−1)




」(第412頁右欄第9行〜第42行)



」(第417頁左欄第8行〜右欄第23行)



」(第418頁 表−17)

(ウ)引用文献Cに記載された事項
当審が職権調査で発見し、本願出願時の技術常識を示すために引用した、本件出願日前に頒布された刊行物である下記文献(本決定において「引用文献C」という。)には、以下の事項が記載されている。

引用文献C:荻野圭三、平野光夫、"可塑化ポリ塩化ビニルの熱的挙動に関する研究"、工業化学雑誌、1969年、第72巻、第10号、第2337〜2340頁




」(第2337頁)



」(第2338頁)

(エ)甲5、6に記載された事項
甲5、6に記載された事項については、上記(1)ア(オ)及び(1)ア(カ)に記載されたとおりである。

イ 対比・判断
(ア)本件発明1と甲17発明1、甲17発明2との対比・判断
a 対比
本件発明1と甲17発明1、甲17発明2とをまとめて対比する。
甲17発明1、甲17発明2における「ポリサイザーP−204N」について、甲17の表3.9.1にはポリエステル可塑剤市販品の名称、二塩基酸による分類、粘度等が記載され、「ポリサイザーP−204N」の欄にはアジピン酸系ポリエステル系可塑剤であって粘度(25℃、cps)が19500であることが記載されており、粘度の単位としてcpsはmPa・Sと同義である。してみると、甲17発明1又は甲17発明2における「ポリサイザーP−204N」は、アジピン酸系ポリエステル可塑剤である限りにおいて、本件発明1の「粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤」と一致する。
また、甲17発明1、甲17発明2におけるDOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率は、それぞれ、50:50(=25:25)、70:30(=35:15)と計算される。
さらに、甲17発明1、甲17発明2における「Geon 103 EP」は、引用文献Cの第2337頁をみるにポリ塩化ビニルであるから、本件発明1における「ポリ塩化ビニル樹脂」に相当する。
また、甲17発明1、甲17発明2の「配合物」は、本件発明1における「樹脂組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲17発明1又は甲17発明2は、
「ポリ塩化ビニル樹脂と可塑剤を含み、前記可塑剤がアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点8>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらにDOTPを含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲17発明1又は甲17発明2では、可塑剤がさらにDOPを含み、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が50:50又は70:30である点

<相違点9>
アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度について、本件発明1では1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるのに対して、甲4発明1では19500mPa・s/25℃である点

<相違点10>
本件発明1では、ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し「可塑剤を10重量部以上40重量部以下」含むのに対し、甲17発明1又は甲17発明2では、可塑剤を50phr含む点

b 判断
事案に鑑みて相違点8について検討する。
甲17は、可塑剤の技術書のうち、「3.9 ポリエステル系可塑剤」と題されたセクションの記載であり、ポリエステル系可塑剤に関する一般的な技術事項について記載されたものといえる。そして甲17には、表3.9.4において、種類や分子量の異なる種々のポリエステル系可塑剤を用いてポリエステル系可塑剤−DOP併用系の各配合物を調製し試験した結果が記載され、さらに表3.9.10及び図3.9.10には同併用系の配合物のガソリン抽出性を試験した結果が記載されている。してみると、甲17発明1及び甲17発明2を包含するこれらの配合物は、ポリエステル系可塑剤の種類や分子量の違いによる配合物の性質の変化をみるための単なる試験用試料といえる。また、いずれもDOPとの併用例であって、DOTPを併用することは何ら記載されていない。
一方、上記(1)イ(イ)a(b)で甲5、6を参照して述べたように、環境汚染や人体への影響を考慮し、各種規制に対応して、DOPの代替としてDOPとおよそ同程度の物性を有するDOTPを用いることは、本件出願時に当業者に周知の技術事項であったものと認められる。しかしながら、甲5及び6には、ポリエステル系可塑剤とDOTPとの併用について何ら開示されていない。
そうすると、これらの甲号証のいずれにも、ポリエステル系可塑剤とDOTPとの併用は記載されていない。そして、甲17発明1又は甲17発明2は、あくまでポリエステル系可塑剤の種類や分子量の違いによる配合物の性質の変化をみるための試験用試料に過ぎず、具体的に解決すべき課題が存しないものであるから、上記周知の技術事項を適用して可塑剤のDOPをDOTPに置き換えることは直ちに動機づけられるものでない。
さらに、本件発明1の奏する効果が予測可能なものかについても確認する。
甲17では「DOP併用の抽出性は、表3.9.10、3.9.10および図3.9.10に見られるように、だいたい相加平均が見られる」(第326頁下から5〜4行)との記載があり、表3.9.10及び図3.9.10の内容から、粘度500cpsのポリサイザーP−103から粘度214800cpsのポリサイザーP−202に至るまでポリエステル系可塑剤の粘度に関係なく、ポリエステル系可塑剤−DOP併用系の可塑剤の添加比率とガソリン抽出減量(%)との間に相加平均の関係が見て取れる。
一方、本件発明1の奏する効果について本件訂正明細書の記載を見るに、実施例では、可塑剤の移行量をヘキサンを用いた溶剤抽出による重量減少で具体的に評価している(【0032】)。そして、本件訂正明細書の【0030】〜【0035】の記載をみていくと、本件発明1の具体的態様である実施例4、6〜8はいずれもヘキサン抽出によって測定される重量減少率がほぼ0%であるのに対して、DOTPのみを用いた比較例2では同重量減少率が6.02%である。このことから、本件発明1では溶剤抽出による重量減少が、併用する可塑剤の添加比率による相加平均から予測される値より大幅に抑制されているといえる。そして、ポリエステル系可塑剤の粘度が本件発明1の下限未満の150mPa・S/25℃である実施例2では同重量減少率が2.55%であり、実施例4、6〜8とは異なり溶剤抽出による重量減少がそれほど抑制されていないことも踏まえると、上述した溶剤抽出による重量減少の大幅な抑制という本件発明1が奏する効果は、DOTPと特定の粘度のアジピン酸系ポリエステル可塑剤との組み合わせによってもたらされたものと考えるのが妥当である。
してみると、本件発明1は、このように発明特定事項の組み合わせによって甲17や上記周知の技術事項からでは当業者が予測し得ない顕著な効果を奏するものであるといえる。
したがって、甲17発明1又は甲17発明2におけるDOPをDOTPで置き換えることは、当業者が容易に想到し得たものではない。
よって、本件発明1は、相違点9〜10について検討するまでもなく、甲17発明1又は甲17発明2と甲5、6、17に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(イ)本件発明1と甲17発明3、甲17発明4との対比・判断
a 対比
本件発明1と甲17発明3、甲17発明4とをまとめて対比する。
甲17発明3、甲17発明4における「ポリサイザーW−300」について、甲17の表3.9.1にはポリエステル可塑剤市販品の名称、二塩基酸による分類、粘度等が記載され、「ポリサイザーW−300」の欄にはアジピン酸系ポリエステル系可塑剤であって粘度(25℃、cps)が8000であることが記載されており、粘度の単位としてcpsはmPa・Sと同義であることを踏まえると、甲17発明3、甲17発明4における「ポリサイザーW−300」は、本件発明1の「粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤」に相当する。
また、甲17発明3、甲17発明4におけるDOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率は、それぞれ、50:50(=25:25)、70:30(=35:15)と計算される。
さらに、甲17発明3、甲17発明4における「Geon 103 EP」は、引用文献Cの第2337頁をみるにポリ塩化ビニルであるから、本件発明1における「ポリ塩化ビニル樹脂」に相当する。
また、甲17発明3、甲17発明4の「配合物」は、本件発明1における「樹脂組成物」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲17発明3又は甲17発明4は、
「ポリ塩化ビニル樹脂と可塑剤を含み、前記可塑剤が粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含むポリ塩化ビニル樹脂組成物」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点11>
可塑剤の配合について、本件発明1では可塑剤がさらにDOTPを含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲17発明3又は甲17発明4では、可塑剤がさらにDOPを含み、DOPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が50:50又は70:30である点

<相違点12>
本件発明1では、ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し「可塑剤を10重量部以上40重量部以下」含むのに対し、甲17発明3又は甲17発明4では、可塑剤を50phr含む点

b 判断
事案に鑑みて相違点11について検討するに、相違点11は上記(ア)aの対比における相違点8と同じものである。
そして、その判断についても上記(ア)bと同様であるから、本件発明1は、相違点12について検討するまでもなく、甲17発明3又は甲17発明4と甲5、6、17に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(ウ)本件発明3と甲17発明5との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明3と甲17発明5とを対比すると、甲17発明5の「甲17発明1〜甲17発明4のいずれかの配合物から得られた0.3mm厚のシート」が本件発明3の「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート」に相当するほかは、上記(ア)a又は(イ)aと同様に対比することができる。
そうすると、本件発明3と甲4発明5とは上記相違点8〜10又は上記相違点11、12と同様の点で相違するものといえる。
そして、それらの相違点の判断も上記(ア)b又は(イ)bと同様であるから、本件発明3は甲17発明5と甲5、6、17に記載された事項とを組み合わせても当業者が容易に発明をすることができたものでない。

ウ 小括
以上のとおりであるので、取消理由6は理由がない。

3 当審が通知しなかった申立理由について
申立理由1〜6については取消理由1〜4と併せて既に上記2(1)で検討済みであるので、ここでは申立理由7、8について検討する。

(1)各甲号証の記載事項及び各甲号証に記載された発明
ア 甲9
甲9には、電線被覆用塩化ビニル系樹脂組成物について請求項1、5に、可塑剤について【0024】〜【0028】に、実施例の組成物及びそのシートについて【0047】〜【0050】に記載されており、請求項5に記載の組成物に着目すると、以下の発明が記載されていると認める。
「塩化ビニル系樹脂100質量部に、(a)ハイドロタルサイト化合物0.001〜10質量部、(b)有機酸亜鉛塩0.001〜10質量部及び(c)テレフタル酸ビス(2−エチルヘキシル)5〜100質量部を含有する電線被覆用塩化ビニル系樹脂組成物。」(以下「甲9発明」という。)

イ 甲10
甲10には、可塑剤組成物について請求項1〜2に、塩化ビニル系樹脂組成物について請求項3に、SP値が9.0以上の可塑剤について【0009】〜【0010】に、実施例の組成物について【0015】〜【0020】に記載されており、請求項1及び2を引用する請求項3に記載の塩化ビニル系樹脂組成物に着目すると、以下の発明が記載されていると認める。

「塩化ビニル系樹脂と、該樹脂100重量部あたり可塑剤組成物を20〜150重量部含有し、前記可塑剤組成物がDOTPとSP値が9.0以上の可塑剤とからなり、可塑剤中のDOTPの割合が20〜80重量%である塩化ビニル系樹脂組成物。」(以下、「甲10発明」という。)

ウ 甲11
甲11には、以下の事項が記載されている。



」(第672頁左欄)


」(第674頁)

エ 甲12
甲12には、以下の事項が記載されている。

「【0034】
ポリ塩化ビニルを主成分とするフィルムが可塑剤を含有する場合、可塑剤の含有割合としては、目的に応じて任意の適切な含有割合を採用し得る。このような可塑剤の含有割合としては、ポリ塩化ビニルを主成分とするフィルム中の樹脂成分に対して、好ましくは0.5重量%〜50重量%であり、より好ましくは1.0重量%〜40重量%である。可塑剤の含有割合を上記範囲内に調整することにより、延伸等の変形に対する本発明の粘着テープの追随性が一層良好なものとなる。」

(2) 対比・判断
ア 甲9を主引用例とする進歩性の検討
(ア) 本件発明1と甲9発明との対比・判断
a 対比
甲9発明の「テレフタル酸ビス(2−エチルヘキシル)」は本件発明1の「DOTP」に相当する。
そして、本件発明1と甲9発明とを対比すると、
「塩化ビニル樹脂とDOTPとを含むポリ塩化ビニル樹脂組成物」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点13>
ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対する可塑剤の量(すなわち、含まれる可塑剤全体の量)について、本件発明1では「10重量部以上40重量部以下含」むと特定されているのに対して、甲9発明では可塑剤の量が特定されていない点

<相違点14>
可塑剤の配合について、本件発明1では、可塑剤がさらに粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含み、前記DOTPと前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲9発明では塩化ビニル系樹脂100質量部にDOTP5〜100質量部を含有する点

b 判断
事案に鑑みて、相違点14について検討する。
甲9の【0026】には、組成物にテレフタル酸ジアルキルエステル化合物の他に「通常塩化ビニル系樹脂に用いられる可塑剤を配合することができる」と記載され、続く【0027】に多数の系統の可塑剤が列挙され、その中の一系統として「ポリエステル系可塑剤」が記載され、さらに当該ポリエステルを構成する二塩基酸として多数の酸が挙げられている中で「アジピン酸」が記載されているのみであって、甲9において他にアジピン酸系ポリエステル可塑剤に関連する具体的な記載は見当たらない。なお、甲9記載の実施例として具体的に調製された組成物ではアジピン酸系ポリエステル可塑剤は配合されていない。
してみると、当業者が甲9発明において、甲9ではあくまで配合してもよいと記載されているだけで実際に配合された具体例の開示もないアジピン酸系ポリエステル可塑剤を選択することは動機づけられず、ましてやその粘度やDOTPとの添加比率について相違点14に係る本件発明1の発明特定事項を選び取ることは、容易に想到し得ないものといえる。
そして、上記2(1)イ(ウ)a(b)で述べたとおり、アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度を所定範囲に規定したことにより本件発明1は優れた効果を奏するものであって、当該効果は甲9から当業者が予測可能なものともいえない。
よって、本件発明1は、相違点13について検討するまでもなく、甲9発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(イ) 本件発明3と甲9発明との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明1のポリ塩化ビニル樹脂組成物についてさらに、「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート」という発明特定事項で特定したものである。
そうすると、本件発明3と甲9発明とは当該発明特定事項の他は上記(ア)aと同様に対比することができ、上記相違点13〜14と同様の点に加えて上記発明特定事項の有無の点で相違するものといえる。
そして、相違点14と同様の相違点の判断については上記(ア)bと同様であるから、本件発明3は甲9発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

イ 甲10を主引用例とする進歩性の検討
(ア)本件発明1と甲10発明との対比・判断
a 対比
甲10発明の「可塑剤組成物」は、本件発明1の「可塑剤」に相当する。
そして、本件発明1と甲10発明とを対比すると、
「塩化ビニル樹脂と可塑剤とを含み、前記可塑剤がDOTPを含むポリ塩化ビニル樹脂組成物。」
で一致し、以下の点で相違している。

<相違点15>
本件発明1では、ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し「可塑剤を10重量部以上40重量部以下」含むのに対し、甲10発明では、可塑剤を20〜150重量部含む点

<相違点16>
可塑剤の配合について、本件発明1ではDOTPのほかに可塑剤として粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤を含み、DOTPとアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるのに対して、甲10発明ではDOTPのほかの可塑剤がSP値が9.0以上の可塑剤であり、可塑剤中のDOTPの割合が20〜80重量%である点

b 判断
事案に鑑みて、相違点16について検討する。
甲10の【0009】〜【0010】には、「本発明の可塑剤組成物のもう一方の成分であるSP値が9.0以上の可塑剤」について記載されているところ、具体的に列挙されたものはフタル酸エステル4種、ジプロピレングリコールジベンゾエート、リン酸トリクレジルのみであり、いずれも低分子量の可塑剤であって、アジピン酸系ポリエステル可塑剤は何ら記載されていない。なお、甲10において従来技術の説明では、ポリエステル系可塑剤について言及があるものの「一般的に粘度が高く取り扱いが困難である。」と記載されている。
一方、甲11では可塑剤のSP値の一覧表である表3において、アジピン酸ポリエステルのSP値が9.0〜9.3と記載されており、確かにSP値が9.0以上の可塑剤としてアジピン酸系ポリエステル可塑剤は本件特許出願時に公知であったとはいえる。
しかしながら、甲10では「・・・取り扱い容易な可塑剤組成物およびこれに基づく塩化ビニル樹脂組成物を提供する」ことを解決しようとする課題としている(【0005】)のだから、甲10発明におけるSP値が9.0以上の可塑剤として、甲10に明示された低分子量のものを差し置いて、一般的に粘度が高く取り扱いが困難とされるアジピン酸系ポリエステル可塑剤をあえて選択することは、上記課題に反するものであり動機づけられない。仮に、甲10発明においてアジピン酸系ポリエステル可塑剤を採用するとしても、上記課題を踏まえるとその粘度は極力低く設定することが自然であり、粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃のものを選び取ることは当業者にとって容易に想到し得るとはいえない。
さらにいえば、上記2(1)イ(ウ)a(b)で述べたとおり、アジピン酸系ポリエステル可塑剤の粘度を所定範囲に規定したことにより本件発明1は優れた効果を奏するものであって、当該効果は甲10〜12から当業者が予測可能なものともいえない。
よって、本件発明1は、相違点15について検討するまでもなく、甲10発明及び甲10〜12に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(イ)本件発明3と甲10発明との対比・判断
本件発明3は本件発明1を引用するものであり、本件発明1のポリ塩化ビニル樹脂組成物についてさらに、「ポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート」という発明特定事項で特定したものである。
そうすると、本件発明3と甲10発明とは当該発明特定事項の他は上記(ア)aと同様に対比することができ、上記相違点15〜16と同様の点に加えて上記発明特定事項の有無の点で相違するものといえる。
そして、相違点16と同様の相違点の判断については上記(ア)bと同様であるから、本件発明3は甲10発明及び甲10〜12に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない。

(3)小括
以上のとおりであるので、申立理由7〜8は理由がない。

第6 むすび
特許第6646377号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕について訂正することを認める。
本件発明2に係る特許に対する申立ては、特許法第120条の8で準用する同法第135条の規定により却下する。
当審が通知した取消理由及び特許異議申立人がした申立理由によっては、本件発明1、3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1、3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。



 
発明の名称 (54)【発明の名称】ポリ塩化ビニル樹脂組成物およびフィルム
【技術分野】
【0001】
ポリ塩化ビニル樹脂に可塑剤が添加されたポリ塩化ビニル樹脂組成物およびポリ塩化ビニル樹脂製組成物を成形してなるフィルム、シートに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的にポリ塩化ビニル樹脂に可塑剤を添加することで軟質なポリ塩化ビニル樹脂組成物が用いられている。可塑剤としてはDOP(ジ−2−エチルヘキシルフタレート)、DINP(ジイソノニルフタレート)が主に用いられている。しかし、可塑剤を添加することで軟質化される一方で、添加された可塑剤が経時でにじみ出るブリードや可塑剤が他の層に移動する移行が問題となる場合がある。
【0003】
ポリ塩化ビニル樹脂を成形して得られるフィルムやシートではこれらの表面に可塑剤がブリードすることで表面がべたつくことがあった。また、フィルム等に印刷や表面処理、粘着加工等の二次加工が施された場合、可塑剤の移行により印刷層等の密着が不十分となり、印刷層等が剥がれ不具合となることがあった。
このような可塑剤の移行を防止する方法として特許文献1では、軟質ポリ塩化ビニルシートと紫外線硬化型樹脂層との間に、軟質ポリ塩化ビニルシート中の可塑剤が紫外線硬化型樹脂層に移行するのを抑える移行防止層が設けられた構成が示されている。また、特許文献2には塩ビ被膜層の成分としてフタル酸エステルを含有せず、かつ、ポリ塩化ビニル樹脂以外の成分中クエン酸アセチルトリブチルが80重量%以上とすることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】 特開平7−205378号公報
【特許文献2】 特開2001−181978号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1では可塑剤の移行を防止するために多層とする必要があり、特許文献2ではフタル酸系可塑剤を用いることができない。
【0006】
そこで本発明は、フタル酸エステル系可塑剤を用いても可塑剤の移行が低減されたポリ塩化ビニル樹脂組成物を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前述の課題を解決するために本発明が用いた手段は、ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、DOTP(ジオクチルテレフタレート)とアジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるポリ塩化ビニル樹脂組成物とすることである。
また、これらのポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形することでポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシートが得られる。
【発明の効果】
【0008】
本発明のポリ塩化ビニル樹脂組成物は、ポリ塩化ビニル樹脂にフタル酸系可塑剤を添加しても可塑剤の移行が低減される。さらに本発明のポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形して得られる成形体に印刷や塗工、積層等の二次加工を行った際の密着不良等の不具合を防止することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について詳細を説明する。
ポリ塩化ビニル樹脂としては、例えばポリ塩化ビニル単独重合体、塩化ビニルモノマーと塩化ビニルモノマーと共重合可能な不飽和結合を有するモノマーとの共重合体、共重合体を含む塩化ビニル以外の他のポリマーに塩化ビニルを共重合させたグラフト共重合体等を使用することができる。なお、これらポリ塩化ビニル樹脂は単独で使用しても良いが、二種類以上を併用しても良い。さらに必要に応じ、ポリ塩化ビニル樹脂を塩素化しても良い。ポリ塩化ビニル樹脂を塩素化する方法としては特に限定されないが、例えば光塩素化方法、熱塩素化方法等が挙げられる。
【0010】
ポリ塩化ビニル樹脂の平均重合度としては、実質的に成形加工が可能であれば、特に制限されるものではないが、平均重合度500〜2000の範囲が好ましく、平均重合度700〜1500の範囲がさらに好ましい。平均重合度500未満では溶融時の粘度が低いため加工し難く、平均重合度2000を超える場合は溶融時の粘度が高いため加工し難くなる可能性がある。
【0011】
フタル酸系可塑剤は、例えば、DOP(ジ−2−エチルヘキシルフタレート)、DINP(ジイソノニルフタレート)、DIDP(ジイソデシルフタレート)、DOTP(ジオクチルテレフタレート)などを用いることができる。ここでフタル酸系可塑はオルト体だけなく、メタ体、パラ体も含む。すなわち、フタル酸系可塑剤にはオルト体のフタル酸エステル、メタ体のイソフタル酸エステル、パラ体のテレフタル酸エステルが含まれる。
【0012】
一方、REACH規制等の各種規制への対応として非フタル酸系可塑剤との用語が用いられることがある。これはDOP等のオルト体を「フタル酸系可塑剤」と位置付け、メタ、パラ置換体は「フタル酸系可塑剤」ではなく、「非フタル酸系可塑剤」として分類することがある。しかし、本発明においては、そのような意味での分類ではなく、置換基の位置に関わらずフタル酸のエステルとしての可塑剤をフタル酸系可塑剤とする。
【0013】
本発明で用いられるフタル酸系可塑剤は、DOP(ジ−2−エチルヘキシルフタレート)、DINP(ジイソノニルフタレート)、DIDP(ジイソデシルフタレート)、DOTP(ジオクチルテレフタレート)などが例示できる。
【0014】
REACH規制等の各種規制への対応を考慮すると、DOP、DBP、BBP以外のフタル酸系可塑剤を用いることが好ましい。具体的には、DOPと同様の加工性が得られる等との点からDOTPが好適に用いられる。さらに規制対象物質が追加される場合にはそれらの追加物質を以外のフタル酸系可塑剤が好ましい。
【0015】
フタル酸系可塑剤と共に用いられるポリエステル系可塑剤については、二塩基酸とグリコールの重縮合を基本構造とし、その両末端を一塩基酸または一価アルコールにより停止することにより分子量を800〜8000としたものを用いることができ、このような可塑剤としてアジピン酸系ポリエステル可塑剤を好ましく用いることができる。
ポリエステル系可塑剤は分子量が大きければフタル酸系可塑剤の移行を低減する効果が高く好ましい。一方、分子量が高くなると粘度が高くなる傾向があり、加工時に取り扱いにくくなる場合がある。分子量は600〜4000が好ましく、700〜3500がより好ましく、700〜3000がさらに好ましい。また、粘度としては100〜15000mPa・S/25℃が好ましく用いられ、100〜6000mPa・S/25℃がより好ましく、150〜5000mPa・S/25℃がさらに好ましい。
【0016】
フタル酸系可塑剤とポリエステル系可塑剤の添加比率は、フタル酸系可塑剤:ポリエステル系可塑剤=95:5〜5:95が好ましく、90:10〜40:60がより好ましく
、90:10〜50:50がさらに好ましい。
フタル酸系可塑剤は安価でポリ塩化ビニル樹脂に添加した際の加工性も良く、これにポリエステル系可塑剤を併用することで可塑剤の移行を低減することができる。
【0017】
可塑剤の添加量はポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対して10〜80重量部が好ましい。可塑剤の添加量が80重量部を超えると加工中にプレートアウトを生じやすくなり、10重量部よりも少ないと加工が困難になる可能性がある。可塑剤の添加量は10〜40重量部がより好ましく、20〜35重量部がさらに好ましく、適度な柔軟性と延伸性を有するとともにべた付きや加工中でのプレートアウトがないとの点で優れる。
【0018】
ここでREACH規制等に対応してDOP等のオルト体のフタル酸エステルを用いずに、パラ体のDOTPを用いた場合、DOPよりも可塑剤のブリードが大きくなることがあった。そこで、DOTPとポリエステル系可塑剤を併用して添加することで可塑剤の移行を低減させることが可能となる。これにより、DOTPとポリエステル系可塑剤を添加したポリ塩化ビニル樹脂組成物をフィルムやシートに成形すると、ブリードが少なく、特に印刷、表面処理、粘着加工等の二次加工を行っても、印刷層、表面処理層、粘着層等への可塑剤の移行が少なく、これらの層が剥離するといった不具合を低減することができる。
【0019】
フタル酸系可塑剤とポリエステル系可塑剤を併用して可塑剤の移行を低減する効果は、溶媒にポリ塩化ビニル樹脂系組成物を加工したシートを浸漬させ、そのシートを乾燥後の重量減で評価することができる。これにより印刷、表面処理、粘着加工等の二次加工による可塑剤の移行性を評価することができる。
【0020】
上記の溶媒としては水やヘキサンを用いることができ、使用する印刷や表面処理等に用いる溶媒に応じて選択することができる。非極性の有機溶媒を用いる際にはヘキサンやデカリンにより評価を行うことができる。フタル酸系可塑剤とポリエステル系可塑剤を併用することで、ヘキサン等への可塑剤の移行が低減される。特に、単独でDOTPを用いるとヘキサン等への可塑剤の移行が大きいが、DOTPとポリエステル系可塑剤を併用することでヘキサン等への可塑剤の移行を大幅に低減することが可能となる。
【0021】
また、フタル酸系可塑剤、ポリエステル系可塑剤以外の他の可塑剤をさらに添加しても良い。DOA(ジ−2−エチルヘキシルアジペート)、DIDA(ジイソデシルアジペート)などのアジピン酸エステル系可塑剤、DOS(ジ−2−エチルヘキシルセバケート)などのセバシン酸エステル系可塑剤、DOZ(ジ−2−エチルヘキシルアゼレート)などのアゼライン酸エステル系可塑剤といった脂肪族二塩基酸エステル系可塑剤、リン酸トリクレジル、リン酸トリキシレニル、リン酸クレジルジフェニル、リン酸トリス(イソプロピル化フェニル)、リン酸トリス(ジクロロプロピル)等などのリン酸エステル系可塑剤、エポキシ系可塑剤、スルホン酸エステル系可塑剤などが挙げられる。
【0022】
ポリ塩化ビニル樹脂組成物には、Ba系、Ca系、Zn系安定剤を用いることができ、これらを複合したBa/Zn系複合安定剤やCa/Zn系複合安定剤を用いることができる。より具体的には、ステアリン酸Ba等のBa系、Ca系、Zn系金属石鹸が好適に用いられる。さらに、スズ系安定剤やホスファイト、エポキシ化大豆油、βジケトン等を用いても良い。
【0023】
また、必要に応じて、紫外線吸収剤、光安定剤、紫外線遮蔽剤、帯電防止剤、難燃剤、増粘剤、界面活性剤、蛍光剤、架橋剤、衝撃改良剤など、一般的に樹脂に添加される他の配合剤を添加してもよい。
【0024】
ポリ塩化ビニル樹脂組成物は、ポリ塩化ビニル樹脂に可塑剤添加し、さらに必要に応じ安定剤等を添加して混合し溶融混練することで得られる。混合工程としては、機械撹拌力で混合する容器固定型と、容器を回転させ混合する容器回転型があるがどちらの方法を用いてもよい。容器固定型としてはヘンシェルミキサー等があり、容器回転型としてコンテナブレンダー等の公知の設備を用いることができる。
【0025】
混練工程としては、溶融混練が可能であればいずれの装置でも良くバンバリーミキサー、ニーダー、二本ロール機、押出機等の公知の設備を用いることができる。溶融混合後、直ちに成形してもよいし、溶融混合した後、一旦ペレット化し、その後成形してもよい。ここで、二本ロール機、押出機等は混練工程と成形を行う成形工程を兼ねることができる。
【0026】
ポリ塩化ビニル樹脂組成物を用いてフィルムやシートを製造する際の溶融賦形する工程はシート成形法を用いることができる。シート成形法として、得られたシートの厚み精度の点から、カレンダー成形法またはロール成形法が好ましく、さらにスピードの点からカレンダー成形法が好ましい。その他にも一般的なシート成形法により成形することができる。例えば押出成形法、プレス成形法などが挙げられる。
【0027】
また、ポリ塩化ビニル樹脂組成物は、ロール成形装置、カレンダー成形装置、一軸又は二軸押出装置、インフレーション成形装置、インジェクション成形装置、熱成形装置、スラッシュモールド装置、ペーストコーター装置、ディッピング成形装置等の公知の設備で種々の形状・形態に加工される。
【0028】
本発明のポリ塩化ビニル樹脂組成物の用途としては、特に限定されないが、例えばシート、床材、壁紙、フィルム、化粧フィルム、粘着テープ、衣服用生地、容器、パイプ、玩具等が挙げられる。
【実施例】
【0029】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0030】
実施例および比較例には以下の材料を用いた。
ポリ塩化ビニル樹脂A1:ポリ塩化ビニル樹脂 平均重合度 1000
フタル酸系可塑剤B1:DOTP
フタル酸系可塑剤B2:ジ−2−エチルヘキシルフタレート(DOP)
フタル酸系可塑剤B3:DINP
ポリエステル系可塑剤C1:アジピン酸系ポリエステル可塑剤 粘度:150mPa・S/25℃
ポリエステル系可塑剤C2:アジピン酸系ポリエステル可塑剤 粘度:1200mPa・S/25℃
ポリエステル系可塑剤C3:アジピン酸系ポリエステル可塑剤 粘度:1800mPa・S/25℃
ポリエステル系可塑剤C4:アジピン酸系ポリエステル可塑剤 粘度:4500mPa・S/25℃
安定剤D1:Ba/Zn系金属石鹸
【0031】
表1に示す如くの配合物を、180℃に設定した二本ロールにて、厚さ200μmのシートを成形した。また表1、表2における配合単位は重量部である。
【0032】
<可塑剤移行性>
表1に記載した実施例、比較例のシートを秤量瓶に入れ、溶媒としてヘキサンで1時間、浸漬させた(23℃60%)。秤量瓶からシートを取り出し、23℃60%環境下で24hr乾燥しシート重量を測定した。シートの重量減少率は以下の計算式で算出し、可塑剤移行性の試験結果とした。
(シートの重量減少率)=(浸漬前のシート重量÷浸漬後のシート重量)/(浸漬前のシート重量)×100
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
実施例1と比較例1を比較すると、シートからのヘキサンへの抽出率はDOPにポリエステル系可塑剤を併用することで低下していた。同様に実施例2と比較例2、実施例3と比較例3を比較するとDOTP、DINPにポリエステル系可塑剤を併用することでヘキサン抽出率が低下している。ヘキサンへの抽出物は、秤量瓶のヘキサンを蒸発させ残留物のFT−IR測定によりDOP、DOTP、DINPであった。
【0037】
以上、比較例のようにDOP、DINP、DOTP等のフタル酸系可塑剤を単独で用いるより、実施例のようにアジピン酸系ポリエステル可塑剤を併用することでフタル酸系エステルの移行を低減させることができた。
また、比較例1と比較例2よりDOTP(5.45%)はDOP(1.95%)よりも単独の使用時に重量減が大きく、移行性において劣ると考えられる。しかし、実施例2において、DOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=75:25とすることでシートの重量減は2.55%まで低減され、DOP(1.95%)と同程度まで移行性を低減させることができる。さらにDOTP:アジピン酸系ポリエステル可塑剤=50:50とすることでシートの重量減は0.22%まで低減されDOP(1.95%)よりも移行性が大幅に低減される。
【0038】
したがって、REACH規制等においてDOPの使用が制限される場合に、DOTPを用いてアジピン酸系ポリエステル可塑剤等とポリエステル系可塑剤を併用するこことでDOTPの移行性をDOP単独と同程度以下に低減させることが可能となる。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリ塩化ビニル樹脂100重量部に対し可塑剤を10重量部以上40重量部以下含み、前記可塑剤がDOTP(ジオクチルテレフタレート)と粘度が1200mPa・S/25℃〜15000mPa・S/25℃であるアジピン酸系ポリエステル可塑剤とを含み、前記DOTP(ジオクチルテレフタレート)と前記アジピン酸系ポリエステル可塑剤の添加比率が75:25〜50:50であるポリ塩化ビニル樹脂組成物。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
請求項1に記載のポリ塩化ビニル樹脂組成物を成形してなるポリ塩化ビニル樹脂製フィルムまたはシート。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-03-14 
出願番号 P2015-155123
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C08L)
P 1 651・ 537- YAA (C08L)
P 1 651・ 121- YAA (C08L)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 近野 光知
特許庁審判官 土橋 敬介
橋本 栄和
登録日 2020-01-15 
登録番号 6646377
権利者 ロンシール工業株式会社
発明の名称 ポリ塩化ビニル樹脂組成物およびフィルム  

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