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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A63B
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A63B
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A63B
管理番号 1385473
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-07-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-12-11 
確定日 2022-04-11 
事件の表示 上記当事者間の特許第3598508号発明「屋内のネット等の吊張体の吊張り方法、及びその装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第3598508号の請求項4に係る発明についての特許を無効とする。 特許第3598508号の請求項1〜3に係る発明についての審判請求は、成り立たない。 審判費用は、その4分の3を請求人の負担とし、4分の1を被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第3598508号に係る出願(特願2004−101282号)は、平成16年3月3日(優先権主張平成15年7月17日)に出願され、その特許権の設定登録は平成16年9月24日にされ、その後、請求人テイエヌネット株式会社(以下、「請求人」という。)から無効審判が請求されたものである。

以下、請求以後の経緯を整理して示す。
令和1年12月11日 無効審判請求及び甲第1〜5号証提出(請求人)
令和2年 1月16日 上申書提出(請求人)
同年 3月19日 答弁書提出(被請求人)
同年 3月25日 上申書提出(被請求人)
同年 6月 9日 審尋
同年 6月26日 回答書提出及び乙第1〜4号証の2提出(被請
求人)(以下「被請求人回答書」という。)
同年 6月29日 回答書提出(請求人)(以下「請求人回答書」
という。)
令和2年10月27日 審決の予告

なお、審決の予告に対する応答はなかったが、令和3年1月28日及び同年2月5日に、請求人より、上申書が提出された。


第2 本件発明
本件特許の特許請求の範囲の請求項1乃至4に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1乃至4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」乃至「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。
「【請求項1】
体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画、球技における防球用として吊張体を吊張り、又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく、ウインチを用いてウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動することで、吊り上げワイヤーの他端側に設けられた吊張体を吊張りする屋内のネット等の吊張り方法において、前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーにウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを、吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段であらかじめ調整した後、吊り上げワイヤーを移動してネット等の吊張体を吊張りすることを特徴とする屋内のネット等の吊張り方法。
【請求項2】
体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画、球技における防球用として吊張体を吊張り、又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく、円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤーと、該ウインチワイヤーを緊張した状態で移動するウインチと、前記ウインチワイヤーに一端側を連結し、他端側にネット等の吊張体の設けられた吊り上げワイヤーとから構成された屋内のネット等の吊張り装置において、前記吊張体、又は/ 及び吊り上げワイヤーの他端側には、前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整するための調整手段が設けられていることを特徴とする屋内のネット等の吊張り装置。
【請求項3】
前記調整手段が、吊張体に設けられたワイヤー挿通体と、該ワイヤー挿通体吊り上げワイヤーストッパーとから構成されている請求項2に記載の屋内のネット等の吊張り装置。
【請求項4 】
前記ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく水平移動体が設けられている請求項2、又は3に記載の屋内のネット等の吊張り装置。」


第3 請求人の主張の概要及び提出した証拠方法
請求人は、特許第3598508号発明の特許請求の範囲の請求項1乃至請求項4に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求めている。

請求人の主張の概要は以下のとおりである、
1 無効理由1(明確性
(1)本件発明1及び2
ア 調整手段による調整方法が明確でないこと
本件特許明細書の【0037】の記載から、本件発明1及び2の調整手段が調整する「高さ方向の距離に対応した長さ」は、本件図面の図1に記載されているL1、L2に相当する。
しかしながら、上記「高さ方向の距離に対応した長さ」は、円弧状の天井の形状に起因する各吊り上げワイヤーの取り付け位置の高さの差であるため、本件発明では、吊り上げワイヤーの取り付け位置自体を変更しない限り、その高さの差は不変である。
つまり、調整手段が、吊り上げワイヤーの取り付け位置の高さの差である「高さ方向の距離に対応した長さ」を長くしたり、短くしたりという事項は特許請求の範囲に記載されておらず、本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を考慮しても、調整手段が「高さ方向の距離に対応した長さ」をどのように調整するのかを理解することはできない。(審判請求書31頁5行〜32頁23行)

本件特許明細書の段落0037には、「天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤー9bのウインチワイヤー7への取り付け位置と、それぞれの吊り上げワイヤー9a…のウインチワイヤー7への取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さ(L1、L2)」と記載されている。
このように、「高さ方向の距離に対応した長さ」の直後に括弧書きで「L1、L2」と記載されていることから、「高さ方向の距離に対応した長さ」が、各吊り上げワイヤーのウインチワイヤーに対する取り付け位置の高低差の長さ「L1、L2」を示すものであると思料する。
そして、各吊り上げワイヤーのウインチワイヤーに対する取り付け位置の高低差自体を長くしたり、短くしたりという事項は特許請求の範囲に記載されておらず、また、本件明細書などを考慮しても、当該各吊り上げワイヤーのウインチワイヤーに対する取り付け位置の高低差をどのように調整するのかは明確でないと思料する。
仮に、「高さ方向の距離に対応した長さ」が「吊り上げワイヤー」のうちのいずれかの長さであるとした場合には、「高さ方向の距離に対応した長さ」が「吊り上げワイヤー」のうちのどの部分であるかについては一切記載されていないため、当該「吊り上げワイヤー」の部分を特定することはできないと思料する。(請求人回答書5頁25行〜7頁5行)

イ 調整手段の具体的構成が明確でないこと
請求項1、2において、調整手段の構成を具体的に記載しているのは、「前記吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側には、・・・調整手段が設けられている」の部分のみである。
すなわち、請求項1、2では、単に、調整手段の設置位置が記載されているだけであり、「高さ方向の距離に対応した長さ」を調整するための具体的な構成が一切記載されていない。
したがって、請求項1、2には上記段落0017に記載されている「吊り上げワイヤーを移動することで、ネット等の吊張体は、上部側を円弧状の天井に沿って吊り張りされ、下部側を床面に水平状態として吊り張りされることとなる」という作用を奏するための具体的な構成は何ら記載されておらず、当業者が実施するのに十分な程度に明確に記載されていない。
よって、本件発明1、2は明確でない。
調整手段を特定するために本件明細書及び本件図面を考慮したとしても、調整手段については、少なくとも2つ目の態様(以下、「第2の態様」という。)である「係止体」については、段落0058のみに「例えば、吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、」と記載されているだけであり、「係止体」の持つ意味を考慮しても、「係止体」は物(吊り上げワイヤー)と物(吊張体)とを係り合って止めるための存在の意味しか導き出せず、その言葉の意味に何らかの調整を行うという要素はなく、「係止体」の具体例として挙げられている「クリップ」についても、小型の挟み金具」を意味するものと解釈することはできるが、同様に、その言葉の意味に何らかの調整を行うという要素はないことから、調整手段の第2の態様においては、「係止体により吊り上げワイヤーと吊張体とを係止すること」と、「吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能」との技術的な関係は明確ではない。
以上のとおり、調整手段については、明細書及び図面の記載を考慮しても、少なくとも第2の態様についてはやはりその作用を奏するための具体的構成が明確に記載されていないので、請求項1、2に記載の調整手段の内容を一義的に特定することはできない。(審判請求書19頁19行〜20頁16行、32頁24行〜34頁21行)
次に、「調整手段の構造も、本件発明の技術分野の当業者にとって周知のものといえる」という合議体の暫定的心証については、調整手段が周知といえるかどうかは、調整手段の具体的構成が特定されることが前提となって判断されるものと思料する。
つまり、調整手段が具体的にどのような構成であるかを特定した後に、その特定された構成と同様の構造が本件特許の出願当初、当業者にとって周知であるかどうか判断されるべきである。
なお、「本件発明1の『高さ方向の距離に対応した長さ』が吊り上げワイヤーにおけるどこの部分を指すのかが不明であるところ、『調整手段』の態様に応じて、『高さ方向の距離に対応した長さ』が異なる部分を意味するのであるとすれば、本件発明1の『高さ方向の距離に対応した長さ』が吊り上げワイヤーのどの部分を特定するものであるのかが明確であるとはいえない。」という合議体の暫定的心証については異論はない。(請求人回答書2頁12行〜5頁24行)

(2)本件発明4
ア 水平移動体の具体的構成が明確でないこと
本件特許の水平移動体について、請求項4には、単に、「平行移動体が、ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく設けられる」ことしか記載されておらず、その「平行状態に設ける」ための具体的な構成が一切記載されておらず、当業者が実施するのに十分な程度に明確に記載されていない。(審判請求書34頁22行〜35頁5行)

2 無効理由2(サポート要件)
(1)本件発明1及び2
ア 調整手段について
本件明細書【0008】〜【0010】から、本件発明の課題は、「円弧状の天井からネット体を吊張する場合に、吊り上げワイヤーの微調整が簡易で、且つ安全に行え、メンテナンスの面でも安全に作業できること」である。
上記の本件発明の課題を解決するため、すなわち、円弧状の天井の形状に合わせて吊張体(ネット体)を吊張りするためには、天頂部付近において吊張体を、他の部分と比べて上方(天井側に)まで引き上げる手段が必要となる。
しかしながら、請求項1の調整手段については、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた」のように、設置位置のみを特定した調整手段が包括的に記載されているだけである。
また、請求項2の調整手段についても同様に、「前記吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側には、・・・調整手段が設けられている」のように、設置位置のみを特定した調整手段が包括的に記載されているだけである。
したがって、請求項1、2においては、本件発明の課題を解決するための手段が反映されておらず、出願時の技術常識に照らしても、請求項1、2に記載された本件発明1、2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定するサポート要件を満たしていないことは明らかである。(審判請求書)35頁11行〜36頁末行)
本件特許の請求項1、2のうち、「高さ方向の距離に対応した長さを調整」の部分は機能的記載であり、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」という課題を解決するための手段は具体的に記載されていない。
また、「前記吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」の部分は単に調整手段の設置場所を示すものであり、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」という課題の解決とは直接的な関連性は無い。つまり、「前記吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に調整手段を設置することは、「円弧状の天井を有する屋内を複数に区画する」という課題を直接的に解決するものではない。
このように、請求項1、2における調整手段は、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」課題を直接的に解決する手段として重要な構成要素であるのにもかかわらず、請求項1、2には、調整手段について機能的記載および課題の解決に関連しない記載しかされておらず、課題を解決するための直接的な手段が一切反映されていない。
以上のとおり、本件特許の請求項1、2には、本件特許明細書の記載および図面から課題を解決するための具体的構成が反映されておらず、本件発明は、本件特許明細書の記載および図面の範囲を超えて特定されることになるので、サポート要件違反が生じると思料するものである。(請求人回答書7頁10行〜10頁1行)

イ 調整手段の設置位置について
本件発明1、2の調整手段の設置位置は、以下の(a)〜(c)の3パターンがある。
(a)吊張体に設けられている。
(b)吊り上げワイヤーの他端側に設けられている。
(c)吊張体及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられている。
調整手段の第1の態様では、吊り上げワイヤー9の下端部に固定状態で設けられた球状のストッパー14と、該ストッパー14の上部側で、吊り上げワイヤー9に挿通して設けられた筒状体15と、ネット体12に設けられたリング状のワイヤー挿通体16とから構成される(段落0032)。
調整手段の第1の態様の構成要素のうち、ストッパー14、筒状体15は吊り上げワイヤー9の他端側に設けられ、ワイヤー挿通体16は吊張体(ネット体12)に設けられている。
したがって、第1の態様は、上記(C)に該当する。
次に、調整手段の第2の態様は、吊り上げワイヤー9に設けられた、ネッ卜体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)から構成される(段落0058)。
この第2の態様の唯一の構成要素である係止体は、吊り上げワイヤーの他端側に設けられる。
したがって、第2の態様は、上記(b)に該当する。
このように、調整手段は、(a)〜(c)のうち、発明の詳細な記載には(b)(c)しか記載されておらず、(a)は記載されていない。
したがって、本件発明1、2は、請求項に記載されている事項が、発明の詳細な説明中に記載も示唆もされていないので、特許法第36条第6項第1号に規定するサポート要件を満たしていないといえる。(審判請求書37頁1行〜38頁10行)

3 無効理由3(実施可能要件
(1)本件発明1及び2
ア 調整手段の第2の態様が実施可能でないこと
本件明細書には、調整手段の第2の態様として、【0058】の記載がある。
また、当該調整手段の作用としては、本件明細書に【0017】の記載がある。
これらの記載によれば、調整手段の第2の態様を説明するための記載は、単に、「吊り上げワイヤーと吊張体とを係り合って止めるための係止体を備える」ことしかなく、上記作用を奏するための具体的構成について明確に記載されていない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないことは明らかである。(審判請求書38頁16行〜39頁15行)

本件明細書の段落【0058】には「クリップを設けること」は記載されているものの、「クリップで止める位置を変えること」自体は、記載されておらず、他の本件特許明細書の記載および図面を参照しても、どこにも示されていない。
このことから、当然に、「クリップで止める位置を変えること」と「吊り上げワイヤーの長さを調整すること」との技術的関連も一切示されていない。
さらには、「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」という本件発明の課題を解決するために、複数の吊り上げワイヤーのうち、どの吊り上げワイヤーのどの部分をどれくらい調整するのかかが一切示されておらず、また、その吊り上げワイヤーの長さの調整量と、クリップの止める位置の変化量との関係も示されていない。
このように、係止体(クリップ)を用いた吊り上げワイヤーの長さの調整方法については、係止体を設けること以外に何ら本件特許明細書等に具体的に示されていないので、当業者が実際に【0058】の記載内容に基づいて調整手段の第2の態様を実施することは不可能であることは明らかである。
上記のとおり、被請求人は、他に何ら明確な根拠を示さず、単に「自明である」と主張しているだけであるから、答弁書の無効理由3(実施可能要件)における被請求人による主張は明らかに失当である。(請求人回答書10頁3行〜11頁13行)

イ 巻き取り式ウインチが実施可能でないこと
本件明細書及び図面等の記載内容を検討すると、…巻き取り式ウインチについては、単に段落0030において「ウインチの種類として巻き取り式ウインチが決定され得る」という記載に留まっており、巻き取り式ウインチが適用された場合の具体的な構成については何ら記載されていない。
すなわち、本件明細書等においては、本件発明1、2の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、本件発明1、2のウインチとして巻き取り式ウインチを実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていない。
このように、巻き取り式ウインチについては、段落0030において、単に巻き取り式ウインチを使用可能なことが記載されているのみであり、当該巻き取り式ウインチを使用した場合の本件発明全体の具体的構成について何ら記載されていない。
したがって、巻き取り式ウインチについては、本件発明1、2の発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が実施することができる程度に、発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されておらず、実施可能要件を明らかに満たしていない。(審判請求書21頁10〜18行、39頁16行〜40頁6行)
「巻き取り式ウインチ」が周知のものであって、当業者にとって、「巻き取り式ウインチ」のみの実施については可能であることに異論はない。
しかしながら、本件発明の実施を考えた場合、ウインチの形式を「エンドレスウインチ」から「巻き取り式ウインチ」に変更した場合、本件発明のその他の構成にどのような影響を与えるのかが明確でない。
つまり、ウインチの形式を「エンドレスウインチ」から「巻き取り式ウインチ」に変更した場合に、調整手段などの構成も併せて変更する必要があるのか否かが不明である。
そうすると、当業者は、「エンドレスウインチ」に代えて「巻き取り式ウインチ」を採用することはできるものの、本件発明のその他の構成を変更する必要があるのか無いのか、また、変更の必要がある場合、本件特許明細書の記載および図面を考慮しても、どのように他の構成を変更すべきかが明確でないので、本件発明の「ウインチ」が「巻き取り式ウインチ」の場合には実施することができないものと思料する。(請求人回答書11頁14行〜12頁20行)

(2)本件発明4
ア 水平移動体が実施可能でないこと
本件特許明細書の【0023】、【0055】、【0056】の記載から、発明の詳細な説明には、水平移動体が「レールを床面に対して水平状態に設け、該レールに沿って吊り上げワイヤーの設けられた滑車を移動することで、吊張体を吊張りするもの」であることが記載されている。
しかしながら、本件発明の水平移動体については、図面を用いた具体的な説明は一切なく、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が水平移動体について実施をすることができる程度に、発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されていないことは明らかである。
すなわち、発明の詳細な説明には、単に、「床面に対して水平なレールを設け、そのレールに沿って、吊り上げワイヤーの設けられた滑車が移動すること」が記載されているだけであり、そのレールを滑車が具体的にどのように移動するのか、又は、「吊り上げワイヤーの設けられた滑車」の具体的構成はどのようなものであるかが一切記載されていない。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、水平移動体について、本件発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないことは明らかである。(審判請求書40頁7行〜41頁16行)

4 無効理由4(進歩性
(1)本件発明1、2について
本件発明1、2は、甲第1号証、甲第2号証及び甲第3号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであ本件発明るから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書12頁9〜末行)
甲1発明は、円弧状にネットを吊り上げるように、停止具のウインチワイヤーへの固定位置を決定するものである。このように、本件発明1および甲1−1発明は、両発明ともに、ワイヤーに対して固定される部材(筒状体、停止具)の取り付け位置を調整して、「高さ方向の距離に対応した長さ」調整するものであり、調整対象は共通していると思料する。
本件発明1、甲1発明および甲第2号証に記載の幕体の昇降手段は、3つとも「ワイヤーに取り付けられた部材」(「筒状体」、「停止具」、「錘」)が、ワイヤーに移動自在に挿通された「リング状の部材」(「ワイヤー挿通体」、「連結管」、「リング」)に当接することにより、吊張体を吊り上げるという点で、構成が共通している。
本件発明1および甲1発明では、いずれも、ウインチワイヤーおよび吊り上げワイヤーは、それぞれが分離して設置されて独立して移動するわけではなく、一体に構成され、ウインチの巻回動作に応じて、実質的に1つのワイヤー状の部材として移動する。
そうすると、ウインチワイヤー側(甲1発明)から、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」(本件発明1)に調整手段の設置位置を変更しようとすることは、単に、1つのワイヤー状の部材および当該部材に近接している吊張体の中での設置位置の変更と考えることができる。
したがって、「調整手段の設置位置の相違」については、甲第2号証に記載の調整機構から着想を得て、単に1つのワイヤー状の部材の中で設置位置を変更することに過ぎないので、当業者は容易に想到し得ることであり、設計変更の範囲内であると思料する。(請求人回答書13頁2行〜16頁2行)

(2)本件発明3について
本件発明3は、甲第1号証、甲第2号証、甲第4号証及び甲第5号証に記載された発明に基づいて、出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきものである。(審判請求書12頁11〜末行)
本件発明3および甲1発明では、いずれも、ウインチワイヤーおよび吊り上げワイヤーは、それぞれが分離して設置されて独立して移動するわけではなく、一体に構成され、ウインチの巻回動作に応じて、実質的に1つのワイヤー状の部材として移動する。
そうすると、ウインチワイヤー側(甲1発明)から、「吊張体」および「吊り上げワイヤーの下端部」(本件発明3)に調整手段の設置位置を変更しようとすることは、単に、1つのワイヤー状の部材および当該部材に近接している吊張体の中での設置位置の変更と考えることができる。
したがって、「調整手段の設置位置の相違」については、甲第2号証に記載の調整機構から着想を得て、単に1つのワイヤー状の部材の中で設置位置を変更することに過ぎないので、当業者は容易に想到し得ることであり、設計変更の範囲内であると思料する。(請求人回答書19頁4行〜21頁8行)

5 証拠方法
請求人は、審判請求書に添付して甲第1号証乃至甲第5号証を提出した。
甲第1号証:特開2003−117046号公報
甲第2号証:特開平7−265553号公報
甲第3号証:特開平5−187134号公報
甲第4号証:特開平4−64829号公報
甲第5号証:特開平4−62326号公報
甲第6号証:通販モノタロウ,ダブルサルカン SS 大洋製器工業スイベル・サルカン【通販モノタロウ】 SS-101〜,[online],インターネット,<URL:https://www.monotaro.com/g/00954253/?t.q=%882%E6%82%E8%96%DF%82%B5>
甲第7号証:通販モノタロウ,スイベル・サルカンの販売特集【通販モノタロウ】,[online],インターネット,<URL:https://www.monotaro.com/k/store/スイベル・サルカン/>


第4 被請求人の主張及び提出した証拠方法
被請求人は、本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、との審決を求めている。
被請求人の主張の概要は以下のとおりである、
1 無効理由1について
(1)請求項1及び請求項2
ア 「高さ方向の距離に対応した長さ」の意義(請求項1の構成要件D、請求項2の構成要件L)
(ア)「高さ方向の距離に対応した長さ」について、本件明細書の【0037】、【図1】、【図2】には、
「L1、L2」が、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤー9bのウインチワイヤー7への取り付け位置と、それぞれの吊り上げワイヤー9aのウインチワイヤー7への取り付け位置との高さ方向の距離に対応して調整すべき吊り上げワイヤーの長さであることが示されている。
また、本件明細書の【0058】には、「吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、」と記載されている。
したがって、本件明細書の記載および図面を考慮すれば、構成要件Dの「高さ方向の距離に対応した長さ」とは、高さ方向の距離に対応した吊り上げワイヤーの長さを意味することは明確である。
高さ方向の距離に対応した吊り上げワイヤーの長さを調整することにより、ウインチを作動させると、吊り上げワイヤーと連結しているネットは、天頂部に近いものから先に(順番に)吊り上がり、円弧上の天井部の形状に合わせてネットを吊り上げることが可能となる(【0042】)。
(答弁書4頁15行〜6頁3行)

(イ)「高さ方向の距離に対応した長さ」とは、各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さである。
本件発明1および2では、「天頂部に近い吊り上げワイヤー9bより順次…ネット体12を上方に持ち上げる」という動作を実現するために、(天頂部の吊り上げワイヤー以外の)各吊り上げワイヤーの長さを、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くして余らせておく、という構成を採用し、天頂部の吊り上げワイヤーが先に吊り上がり、その他の吊り上げワイヤーは、余りの長さが短いものから順に吊り上がるように構成することで、 吊り上げワイヤーの長さの調整を「吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段」により調整可能とすることにより、従来の装置の課題であった「調整作業(特にウインチワイヤー設置後に行う微調整) は天井側で行わなければならず、クレーン車等を屋内に用いて行う必要があり、コストの面で高くなるとともに、その調整作業そのものが煩雑となるという」課題を解決するものである。
具体的には、余らせる分の長さを「筒状体15」や「係止体(クリップ)」等の「調整手段」を用いて調整することにより、ネットを吊り上げるタイミングを自在に変えることが可能となるようにしており、余らせておく分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)になるようあらかじめ調整手段により調整しておくことにより、円弧上の天井部の形状に合わせてネットを吊り上げることを可能とするものである。
これが、構成要件Dおよび構成要件Lの「高さ方向の距離に対応した長さを、吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段であらかじめ調整し」の意義である。
本件明細書の【0040】に記載されているように「天頂部の吊り上げワイヤー9bが、先ず上方に移動することとなる」のに対し、「他のそれぞれの吊り上げワイヤー9aは、ネット体12に設けられたワイヤー挿通体16内を筒状体15で調整されたそれぞれの距離(L1、L2)まで移動」するのは、各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さが、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ長くなるようにあらかじめ調整されているからである。
各吊り上げワイヤーの長さの調整をせず、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さちょうどとしていたら、天頂部の吊り上げワイヤーと同じように、ウインチを作動させると同時に一斉に吊り上がってしまう。
各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さが、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ長くなるようにあらかじめ調整しておくこと、については【図1】、【図2】にも示されている。
以上のとおり、本件発明は、(天頂部の吊り上げワイヤー以外の)各吊り上げワイヤーのうち、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さを、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ余分に長くなるようあらかじめ「筒状体」や「係止体(クリップ)」等の調整手段により調整しておくことにより、ネットを吊り上げるタイミングをずらし(天頂部に近いものから順番に吊り上げる)、円弧上の天井部の形状に合わせてネットを吊り上げることを可能とするものである。
以上説明したとおり、本件明細書の【0037】【0040】【0041】【図1】【図2】【図5】の記載をみれば、「高さ方向の距離に対応した長さ」とは、吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを意味することを当業者は理解することができるので、第三者の利益が不当に害されることはなく、明確性要件違反には当たらない。(被請求人回答書2頁14行〜6頁10行)

イ 「調整手段」の具体的構成が明確に記載されていること(請求項1の構成要件D、請求項2の構成要件L)
(ア)「高さ方向の距離に対応した長さ」、すなわち高さ方向の距離に対応して調整すべき吊り上げワイヤーの長さ(L1、L2)を調整するための具体的な構成として、本件明細書の【0037】【0040】【0041】【0042】には、ワイヤー挿通体16と筒状体15を用いる方法が実施例として開示されている。
また、請求項1の構成要件Dは「高さ方向の距離に対応した長さを、吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段であらかじめ調整」であり、文言上、ワイヤー挿通体16と筒状体15を用いる方法に限定されるものではない。
本件明細書の【0057】には本発明の調整手段がワイヤー挿通体と筒状体を用いる方法に限定されるものではないことが記載され、【0058】には、その他の構成が具体的に記載されている。
請求人は、【0058】に記載されているクリップ等の係止体を用いた調整が不明確であるかのように主張するが、【0058】の記載が、吊り上げワイヤーとネットをクリップで係止して連結するにあたり、吊り上げワイヤーをクリップで止める位置を変えることで、吊り上げワイヤーの長さを調整することを意味することは自明である。
したがって、本件明細書および図面には、構成要件Dの「調整手段」の具体的構成が明確に記載されている。
以上のとおり、特許請求の範囲の記載、本件明細書の記載および図面をみれば、当業者は、「高さ方向の距離に対応した長さ」が何を意味し、これをどのように調整するのか、また「調整手段」の具体的構成を容易に理解することができるので、第三者の利益が不当に害されることはなく、明確性要件違反には当たらない。(答弁書6頁4行〜8頁1行)

(イ)上記ア(イ)で述べたとおり、「高さ方向の距離に対応した長さ」とは、吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを意味する。
「高さ方向の距離に対応した長さ」は、調整手段が「筒状体」であっても「係止体(クリップ)」であっても変わらず、調整の対象は同じであるから、調整手段の態様に応じて「高さ方向の距離に対応した長さ」が異なることにより不明確となるということはない。
a 「係止体」を用いた「調整手段」について
建設現場では、「ワイヤーロープを玉掛けができるよう輪っか加工する際、ワイヤーを留めるのに用いるU字形のボルト」である「ワイヤークリップ」が一般に使用されている(乙1)。
「ワイヤロープの締付けに用いる鍛造製ワイヤクリップ」は、1966年8月1日にJIS規格が制定され(乙2の1、乙2の2)、ネットの施工工事を含む建設工事現場向けに一般に販売されている(乙3の1、乙3の2)。
「ワイヤークリップ」は、建設現場では「クリップ」と略されている(乙1)。
「クリップ」の使用方法は、次の図および写真のように、ワイヤーロープを吊り上げる対象物である吊張体に通して、折り返し、折り返した分とロープの力がかかる側とを重ねて、クリップで締め付けて留める。(乙2の1)
ワイヤーの折り返し位置を変えることにより、ワイヤーの力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さを容易に調整することができる。
クリップは脱着自在であるから、何度でも微調整が可能である。
以上のとおり、建設現場において、「クリップ」とはワイヤークリップのことを指し、その使用方法についても周知慣用である。
したがって、【0040】【0041】【図1】【図2】【図5】の記載を踏まえて、本件明細書【0058】の「吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり」との記載をみれば、当業者は、吊り上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより、吊り上げワイヤー9のうち、吊り上げるときに力がかかる部分の長さを調整する構成を導き出すことができる。

b 「筒状体」を用いる場合と「係止体(クリップ)」を用いる場合とで、「高さ方向の距離に対応した長さ」の意義(調整する対象)は異ならないこと
「筒状体」を用いた吊り上げワイヤーの長さ調整については、2つの筒状体15の間隔を調整することにより『長さ』を調整する機能を奏する。
「高さ方向の距離に対応した長さ」は、上記のとおり、吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さのことを意味する。
「係止体(クリップ)」を用いた吊り上げワイヤーの長さ調整については、上記(ア)で述べたとおり、吊り上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより、「高さ方向の距離に対応した長さ」すなわち、吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを調整するものである。
「筒状体」も「係止体(クリップ)」も、いずれも、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くして余らせておく分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)となるよう、あらかじめ調整しておくための手段であり、調整する対象は同じである。
したがって、調整手段の態様に応じて「高さ方向の距離に対応した長さ」が異なるがゆえに「高さ方向の距離に対応した長さ」の意義が不明確となるということはない。

c 「調整手段」のうち、「筒状体」を用いた具体的な構成については、本件明細書の【0037】【0040】【0041】【0042】【図5】に明記されている。

d また、「調整手段」のうち、「係止体」を用いた構成については、【0058】に「吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり」との記載があるのみであるが、上記のとおり、建設現場におけるワイヤークリップの使用が周知慣用であることから、【0040】【0041】【図1】【図2】【図5】の記載を踏まえて【0058】の記載をみれば、当業者は、吊上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより吊り上げワイヤー9の実質的な長さ(吊り上げるときに力がかかる部分の長さ)を調整する構成を導き出すことができる。

e さらに、図1および図2も「調整手段」の実施例を示すものである。
図2は、【0041】に記載されている「筒状体15」の代わりに、「ストッパー14」を「調整手段」として用いる方法である。
この【0041】記載と【図1】【図2】の記載をみれば、当業者は、各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」になるようにストッパー14を設ける方法(ストッパー14がワイヤー挿通体16に当接するとネットが吊り上がる)を導き出すことができる。

f したがって、本件明細書には、「調整手段」の具体的な構成が複数示されている。なお、特許請求の範囲の記載において「調整手段」の構成についての限定はなく、上記に挙げた構成に限られない(【0057】も参照。)。たとえば、吊り上げワイヤーの他端側にチェーンなどの連結材を設けて、吊り上げワイヤーの実質的な長さを長くすることも考えられる。(被請求人回答書6頁11行〜11頁15行)

(2)請求項4の「水平移動体」の具体的構成が明確に記載されていること
請求項4の「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」設けられた「水平移動体」の具体的構成について、本件明細書には、【0054】〜【0056】に記載されている。
「水平移動体」の具体的構成として、床面に対して水平状態にレールを設けて、当該レールに沿って滑車を設け、滑車に沿ってウインチワイヤー7を移動させる構成が記載されている。
したがって、本件明細書には、請求項4の「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」設けられた「水平移動体」の具体的構成について明確に記載されている。(答弁書8頁2〜末行)

2 無効理由2について
(1)請求項1及び請求項2
ア 「調整手段」について(請求項1の構成要件D、請求項2の構成要件Lについて)
(ア)本件明細書には、高さ方向の距離に対応して調整すべき吊り上げワイヤーの長さ(L1、L2)を調整するための「調整手段」の具体的な構成として、本件明細書の【0037】【0040】【0041】には、ワイヤー挿通体16と筒状体15を用いる方法が実施例として開示されている。
また、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に設けられた「調整手段」のその他の態様として、【0058】に記載されている。
したがって、請求項1の構成要件D「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段」について、上記のとおり本件明細書の発明の詳細な説明に記載されており、これらの記載により、当業者は、本件発明の課題を解決できると認識できるものであるから、サポート要件に適合する。
本件明細書の【0058】には、調整手段が「吊張体に設けられている構成」について明記されていており、これにより、当業者は、本件発明の課題を解決できると認識できるものであるから、サポート要件に適合する。(答弁書9頁1行〜10頁末行)

(イ)本件発明は、(天頂部の吊り上げワイヤー以外の)各吊り上げワイヤーのうち、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さを、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ余分に長くなるようあらかじめ「筒状体」や「係止体(クリップ)」等の調整手段により調整しておくことにより、 ネットを吊り上げるタイミングをずらし(天頂部に近いものから順番に吊り上げる)、円弧上の天井部の形状に合わせてネットを吊り上げることを可能とするものである。
本件明細書の【0040】に記載されているように「天頂部の吊り上げワイヤー9bが、先ず上方に移動することとなる」のに対し、「他のそれぞれの吊り上げワイヤー9aは、ネット体12に設けられたワイヤー挿通体16内を筒状体15で調整されたそれぞれの距離(L1、L2)まで移動」するのは、各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さが、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ長くなるようにあらかじめ調整されているからであり、各吊り上げワイヤーの長さの調整をせず、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さちょうどとしていたら、天頂部の吊り上げワイヤーと同じように、ウインチを作動させると同時に一斉に吊り上がってしまう。
各吊り上げワイヤーにおける、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さが、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ長くなるようにあらかじめ調整しておくこと、については【図1】、【図2】にも示されている。
また、「係止体(クリップ)」を用いる場合については、建設現場におけるワイヤークリップの使用が周知慣用であることから、【0040】【0041】【図1】【図2】【図5】の記載を踏まえて本件明細書【0058】の記載をみれば、 当業者は、吊り上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより、各吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを、「高さ方向の距離に対応した長さ」に調整する構成を導き出すことができる。
以上のとおり、本件明細書【0037】【0040】【0041】【図5】には、高さ方向の距離に対応して調整すべき吊り上げワイヤーの長さが、各吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さであること、およびこれを「筒状体」を用いて調整する方法が記載されている。
また、本件明細書【0058】には、吊り上げワイヤーのうちの、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さについて、「係止体(クリップ)」を用いて調整する方法が記載されている。
この【0041】記載と【図1】【図2】の記載をみれば、当業者は、 各吊り上げワイヤーのネットを吊り上げる際に力がかかる部分のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」になるようにストッパー14を設ける方法(ストッパー14がワイヤー挿通体16に当接するとネットが吊り上がる)を導き出すことができる。
そして、これらの記載をみれば、当業者は、(天頂部の吊り上げワイヤー以外の)各吊り上げワイヤーのうち、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さを、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも、「高さ方向の距離に対応した長さ」(L1、L2)分だけ余分に長くなるようあらかじめ「筒状体」や「係止体(クリップ)」等の調整手段により調整しておくことにより、ネットを吊り上げるタイミングをずらし(天頂部に近いものから順番に吊り上げる)、円弧上の天井部の形状に合わせてネットを吊り上げることを可能とするものであることを理解することができる。
よって、本件明細書には、本件発明の課題を解決する手段が記載されている。(被請求人回答書11頁16行〜15頁16行)

3 無効理由3について
(1)本件発明1及び2
ア 調整手段の第2の態様が実施可能でないこと
(ア)本件明細書には、「高さ方向の距離に対応した長さ」、すなわち高さ方向の距離に対応して調整すべき吊り上げワイヤーの長さを調整することにより、ネット等の吊張体を円弧上の天井部に沿って吊り上げることを可能とするネット吊張り装置の施工やメンテナンス等を容易に行えるようにすることが記載されている。
【0058】の記載が、吊り上げワイヤーとネットをクリップで係止して連結するにあたり、吊り上げワイヤーをクリップで止める位置を変えることで、吊り上げワイヤーの長さを調整することを意味することは自明である。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、調整手段の第2の態様についても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている。(答弁書11頁2〜19行)
(イ)本件明細書の【0037】【0040】【0041】【図1】【図2】【図5】の記載によれば、「高さ方向の距離に対応した長さ」とは、ネットを吊り上げる際に力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを意味する。
また、「係止体(クリップ)」を用いた吊り上げワイヤーの長さ調整については、吊り上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより、吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」となるよう調整するものである。
したがって、「クリップ」によって、吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さが、「高さ方向の距離に対応した長さ」に調整されることになる。
建設現場において、「クリップ」とはワイヤークリップのことを指し、ワイヤーロープを吊り上げる対象物である吊張体に通して、折り返し、折り返した分とロープの力がかかる側とを重ねて、クリップで締め付けて留めるという「クリップ」の使用方法は、周知慣用である。
また、ワイヤーロープの折り返し位置を変えることにより、ロープの力がかかる部分(吊り上げ機能を果たす部分)の長さを容易に調整することができる(乙4の1、乙4の2)。
したがって、本件明細書【0058】の「吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり」との記載をみれば、
当業者は、吊り上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより、吊り上げワイヤーにおける、吊り上げるときに力がかかる部分の長さ(吊り上げ機能を果たす部分)のうち、ネットを床面まで下ろすのに必要な長さよりも長くなっている部分の長さを、「高さ方向の距離に対応した長さ」に調整する構成を導き出すことができる。(被請求人回答書15頁17行〜17頁8行)

イ 巻き取り式ウインチが実施可能でないこと
本件明細書の【0016】、【0030】、【0039】及び【0040】に記載されているように、本件発明におけるウインチの役割は、円弧上の天井に沿って設けられたウインチワイヤーをエンドレス状態または「一定距離を前後移動」させることにより、ウインチワイヤーに連結している吊り上げワイヤーを上下に移動させることにある。この「一定距離を前後移動」するというのが、巻き取り式ウインチを用いた場合のウインチワイヤーの動きである。
また、【背景技術】として、【0003】に記載されているとおり(下線は被請求人が付した。)、巻き取り式ウインチを用いてネットを吊り上げる方法は周知であった。
本件明細書の記載をみれば、当業者は、巻き取り式ウインチを用いて吊り上げワイヤーを上下に移動させる構成により、本件発明を実施することが可能である。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明には、巻き取り式ウインチを用いた態様についても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されている。(答弁書11頁20行〜12頁20行)

(2)本件発明4
ア 水平移動体が実施可能でないこと
請求項4に係る発明は、水平に吊り上げることを前提としており(【0056】)、同発明によれば、ネットを円弧上に吊り上げることはできず、課題を解決することができないので、請求項4の「水平移動体」が実施可能要件を満たさないという請求人の主張については争わない。
請求項4に係る発明は、本件発明1ないし3(請求項1ないし3に係る発明)とは関係がない発明である。(答弁書12頁21〜末行)

4 無効理由4(進歩性
(1)本件発明1
本件発明1(方法の発明)と本件発明2(物の発明)とは、方法の発明であるか、物の発明であるかが異なるのみで、その他の構成については実質的に同じである。
請求人の主張も、本件発明1と本件発明2とで実質的に同じであり、相違点の認定および相違点の判断に関する主張は、全く同じである。
したがって、下記の本件発明2に関する主張、特に、相違点の認定および相違点3’についての判断についての主張は、本件発明1についてもそのまま当てはまる。(答弁書21頁5〜10行)

(2)本件発明2
ア [相違点3’]
本件発明2は、「前記吊張体、又は/ 及び吊り上げワイヤーの他端側に、高さ方向の距離に対応した吊り上げワイヤーの長さを調整するための調整手段」を設けることにより、各吊張体が吊り上がるタイミングを変えている(各吊り上げワイヤーは同時に吊り上がる)のに対し、甲1−2発明は、吊り上げワイヤーと連結している「連結管」と「高さ方向の距離に応じてウインチワイヤーに固定された停止具」を用いることにより、各吊り上げワイヤーが吊り上がるタイミングを変えている点で相違する。
本件発明2と甲1発明とは、ネット等の吊張体を円弧上に吊り上げることを目的とする点において共通するが、次のとおり、ネット等の吊張体を円弧上に吊り上げるための構成も動作も全く異なる。
(構成の違い)
相違点3’の認定において述べたとおり、本件発明2は、各吊り上げワイヤーの長さを調整するという構成を採用している。
これに対し、甲1−2発明では、吊り上げワイヤーの長さを調整することはしていない。甲1発明では、吊り上げワイヤーと連結している「連結管」と「高さ方向の距離に応じてウインチワイヤーに固定された停止具」を用いる構成を採用している。
このように、相違点3’に係る構成は、吊り上げワイヤーやウインチワイヤーというネット吊張り装置としての基本部分に係る構成の違いであり、請求人が主張するような、部材の取り付け位置についての設計的事項とは言い得ない。
(動作の違い)
甲1発明では、吊り上げワイヤー6bと連結している連結管7、およびウインチワイヤー5に設けられた停止具9を用いて、吊り上げワイヤー6bを上方に移動させるタイミングを変えることにより、ネットを円弧上に吊り上げるのに対し、
本件発明2では、吊り上げワイヤーを上方に移動させるタイミングを変えるのではなく、吊り上げワイヤー9bの長さを調整してネットが吊り上がるタイミングを変えることにより、ネットを円弧上に吊り上げるものである。
このように、相違点3’は、本件発明2と甲1−2発明とで、ネットを円弧上に吊り上げるための動作を全く異にするという結果をもたらすものである。
したがって、相違点3’に係る構成は、部材の取り付け位置についての単なる設計変更とは言い得ない。

イ 甲第2号証を副引用例とする主張について
甲第2号証に記載された発明は、「昇降コードの長さに対応した値を示す設定値とこの設定値の前に設定されている既設定値との差の正、負によって上記モータの回転方向を決定し、上記差の大きさに対応した回転数だけ上記モータを回転させる昇降制御器」であり(【請求項1】)、各昇降コードの昇降位置を、昇降制御器で設定しておくことにより電気信号を用いて制御するものであり、本件発明とは、吊張体の吊り上げ方法を全く異にするものである。
したがって、甲第2号証には、上記相違点3’に係る構成が記載されておらず、甲1発明に、甲第2号証に記載の事項を適用しても本件発明には想到しない。

ウ 甲第3号証を副引用例とする主張について
甲第3号証に記載された発明は、「任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部との間に、高さ方向の距離の差が生じる」こと、およびネットを「円弧上」に吊り張りすることを前提としていない(これは、甲第3号証に記載された発明の目的に反する。)。
そのため、上記相違点3’に係る構成、すなわち「前記吊張体、又は/ 及び吊り上げワイヤーの他端側に、高さ方向の距離に対応した吊り上げワイヤーの長さを調整するための調整手段」については、記載も示唆もない。
したがって、甲第3号証には、上記相違点3’に係る構成が記載されておらず、甲1−2発明に、甲第3号証に記載の事項を適用しても本件発明には想到しない。
(答弁書13頁11行〜21頁3行)

(3)本件発明3
本件発明3について、請求人は、甲第1号証に、甲第2号証ないし甲第5号証に記載の事項を適用することによる進歩性欠如するが、本件発明3は、本件発明2の従属項であるところ、上記のとおり、そもそも本件発明2が進歩性を有するので、本件発明3も進歩性を有する。(答弁書22頁11行〜23頁16行)

5 証拠方法
被請求人は、被請求人回答書に添付して乙第1号証乃至乙第4号証の2を提出した。
乙第1号証:アールアイ株式会社,「建設・クレーン現場などの用語集」,[online],[2020年6月16日検索],インターネット<URL:https://r-i.jp/glossary/kana_wa/wa/002804.html>
乙第2号証の1:日本規格協会 JSA Group Webdesk,「JIS B 2809:2018 ワイヤグリップ U-bolt wire rope grips」,[online],[2020年6月19日検索],インターネット<URL:https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0090/index/?bunsyo_id=JIS+B+2809%3A2018>
乙第2号証の2:大綱株式会社,「クリップ」,[online],[2020年6月19日検索],インターネット<URL:https://www.wirerope.co.jp/assets/pdf/products/others/clip.pdf>
乙第3号証の1:大嘉産業株式会社,「仮設資材 ワイヤークリップ」,[online],[2020年6月16日検索],インターネット<URL:http://www.daika.co.jp/kasetsu/products/0417.html>
乙第3号証の2:株式会社 清水金物店,「ステン ワイヤークリップ」,[online],[2020年6月16日検索],インターネット<URL:http://www.shimizu-net.biz/1530susclip1.html>
乙第4号証の1:雲南市加茂文化ホール ラメール ブログ,「大ホールのワイヤー交換工事を行いました DSC05200」,[online],2015年1月31日公開,[2020年6月19日検索],インターネット<URL:http://www.lamer-unnan.com/blog/2260/attachment/dsc05200>
乙第4号証の2:雲南市加茂文化ホール ラメール ブログ,「大ホールのワイヤー交換工事を行いました DSC05199」,[online],2015年1月31日公開,[2020年6月18日検索],インターネット<URL:http://www.lamer-unnan.com/blog/2260/attachment/dsc05199>


第5 無効理由に対する当審の判断
1 無効理由1(明確性要件)について
(1)本件発明1乃至4について
ア 「高さ方向の距離に対応した長さ」について
(ア)本件特許請求の範囲の請求項1の「前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを、」との記載によれば、本件発明1に規定されている「高さ方向の距離に対応した長さ」が、「吊り上げワイヤーのうち」の長さであることが特定されていることからすれば、「高さ方向の距離」に対応した「吊り上げワイヤー」「長さ」を意味するものであることは文理上明らかであるから、ここでの「高さ方向の距離に対応した長さ」が、請求人が主張するように、本件特許図面の【図1】に示された天頂部と各吊り上げ滑車3との高さ方向の距離であるL1、L2そのものを意味するものではないことは明らかである。
(イ)本件特許明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)には、「【0037】 上記装置1を使用する際は、先ずそれぞれの吊り上げワイヤー9…の他端側をネット体12…をそれぞれ取り付ける。その後、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤー9bのウインチワイヤー7への取り付け位置と、それぞれの吊り上げワイヤー9a…のウインチワイヤー7への取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さ(L1、L2)を調整してその距離を一対の筒状体15で決定する。」、「【0040】 そして、ウインチワイヤー7に連結具8を介して連結された吊り上げワイヤー9…のうち、天頂部の吊り上げワイヤー9bが、先ず上方に移動することとなる。この際、他のそれぞれの吊り上げワイヤー9aは、ネット体12に設けられたワイヤー挿通体16内を筒状体15で調整されたそれぞれの距離(L1、L2)まで移動する。」、「【0041】 それぞれの吊り上げワイヤー9aが調整されたそれぞれの距離(L1、L2)移動した後、天頂部に近い吊り上げワイヤー9b(当審注:「9a」の誤記と認める。)より順次ワイヤー挿通体16部分で筒状体15が停止し、ネット体12を上方に持ち上げることとなる。」と記載されているように、一対の筒状体を用いて「高さ方向の距離に対応した長さ」を調整していること、当該筒状体を用いて調整された長さの分吊り上げワイヤーが移動した後に、天頂部に近い吊り上げワイヤー9aによりネット体12が上方に持ち上げられるのであるから、ここでの「長さ方向の距離に対応した長さ」を調整する対象は、吊り上げワイヤー9aの部分の長さであって、「天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤー9bのウインチワイヤー7への取り付け位置と、それぞれの吊り上げワイヤー9a…のウインチワイヤー7への取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さ(L1、L2)」自体でないことが理解できる。
(ウ)このように、本件特許請求の範囲の請求項1においては、「前記吊り上げワイヤーのうち」との記載から、「高さ方向の距離に対応した長さ」が、「吊り上げワイヤー」の「長さ」を意味するものであり、また、「うち」であるので、「全長」を指すものではないこと、すなわち「高さ方向の距離に対応した長さ」が、「吊り上げワイヤー」の部分を指すものといえるから、本件特許発明1の「高さ方向の距離に対応した長さ」との記載が不明確とまではいえない。
本件発明2及び本件発明2を引用する本件発明3及び本件発明4の「高さ方向の距離に対応した長さ」についても、同様に、天頂部と各吊り上げ滑車3との高さ方向の距離であるL1、L2自体を意味するものではなく、「吊り上げワイヤー」の一部分の長さのことであることは明らかであるから、不明確とまではいえない。

(2)本件発明1及び2について
ア 「調整手段」の具体的構成について
本件発明1においては、「調整手段」が「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に設けられるものであることが特定されており、また、「高さ方向の距離に対応した長さを…調整手段であらかじめ調整し」と特定されていることから、「調整手段」が、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能を有する手段であることが特定されている。
そして、「調整手段」の具体的構成が発明特定事項において特定されなくても、当該調整手段が奏する機能として、吊り上げワイヤーの長さを調整することが特定されていれば、本件発明1の構成を理解し得ることに照らせば、本件発明1が、第三者に不測の不利益を負わせるほど不明確なものとまではいえない。
なお、請求人は、調整手段について、請求項1及び2には、課題を解決するための手段として具体的な構成が明確に記載されておらず、本件特許明細書の記載を考慮してもその構成を明確に特定することができないと主張している。
そこで検討するに、本件特許請求の範囲の請求項には、「調整手段」の具体的構成は特定されていないところ、本件特許明細書等の【0037】並びに【図4】及び【図5】を参酌すると、「調整手段」の一実施例として「一対の筒状体15」が記載され、当該記載によれば、「高さ方向の距離に対応した長さ」は、一対の筒状体15の間隔を調整することにより調整されるものと理解できる。
また、同【0058】には「例えば、吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、ネット体12に、吊り上げワイヤー9の係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、又簡易にネット体12にワイヤー挿通体16を設け、吊り上げワイヤー9の下端部に球状のストッパー14を設けることで調整することも可能である。」と、「調整手段」の一実施例として「係止体」が記載され、当該記載によれば「高さ方向の距離に対応した長さ」を、「吊り上げワイヤー9またはネット体12に設けた係止体」で調整されることが理解でき、当該調整手段が吊り上げワイヤー9またはネット体12に設けた係止体の位置を調整することにより「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されるものと理解できる。

(ア)「調整手段」が「一対の筒状体15」の場合
上記のとおり、本件特許明細書等の【0037】を参酌すれば、一対の筒状体15の間隔を調整することにより「高さ方向の距離に対応した長さ」は、調整されるものと理解できるものの、「一対の筒状体15」の間隔を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」がどのようにして調整されるのか、そのメカニズムまでは、本件特許明細書等には、明示されていない。
また、上記(1)アのとおり、「高さ方向の距離に対応した長さ」が「吊り上げワイヤー」の長さであることは理解できるものの、一対の筒状体15の「間隔」を調整することと、「吊り上げワイヤー」の長さを調整することとの関連性は、本件特許明細書等には明示的に記載はされていない。
しかしながら、吊り上げワイヤーに設けた一対の筒状体15と吊張体に設けたワイヤー挿通体とにより、吊り上げワイヤーと吊張体とが係合されることは、本件明細書等の図4から理解し得ることからすれば、吊り上げワイヤーに一対の筒状体15を設けた場合には、そのうちの天井部に近い一方の筒状体15と、吊張体の天井部に最も近い位置に設けられたワイヤー挿通体とが係合することにより、吊張体がワイヤーと係合して吊り上げられることとなることが明らかであるといえることに照らせば、天井部に近い筒状体15を設ける位置を調整することで、ワイヤーの「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることが、当業者であれば理解することができる。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」は、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能としては明確であって、かつ「調整手段」として「一対の筒状体15」がどのように機能するのかも本件特許明細書の記載から理解し得るのであることからすれば、特許請求の範囲において、調整手段の具体的構成が特定されていないことをもって、不明確といえるものでもない。

(イ−1)「調整手段」が「ネット体に設けた係止体」の場合
上記のとおり、本件特許明細書等の【0058】を参酌すれば、「ネット体に設けた係止体」の位置を調整することにより「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることが記載されているものの、「ネット体に設けた係止体」の位置を調整することと、「高さ方向の距離に対応した長さ」の調整することとの関連性は、本件特許明細書等には、明示されていない。
しかしながら、「ネット体に設けた係止体」が、吊り上げワイヤーに係止するところ、「ネット体に設けた係止体」が吊り上げワイヤーに係止する位置を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることは、当業者にとって明らかといえるものである。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」は、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能としては明確であって、「調整手段」が「ネット体に設けた係止体」の場合であっても、不明確といえるものでもない。

(イ−2)「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の場合
上記のとおり、本件特許明細書等の【0058】を参酌すれば、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の位置を調整することにより「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されるものと解され、係止体の位置により、ウインチワイヤーとの取り付け位置から係止体までの吊り上げワイヤーの長さが調整されることは理解できるものの、「高さ方向の距離に対応した長さ」が「吊り上げワイヤー」のどの部分を指すものなのかは、本件特許明細書等には、明示されていないから、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の位置を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」がどのようにして調整されるのか、そのメカニズムまでは、本件特許明細書等には、明示されていない。
そして、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」について、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する係止体の場合と、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合とで、以下、検討する。
a 「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する係止体の場合、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が吊張体の天井部に最も近い部分と係止するところ、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」を設ける位置を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることは、当業者にとって明らかといえるものである。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」は、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能としては明確であって、「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」であって、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する場合であっても、不明確といえるものでもない。
b 「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合について、被請求人は、乙第1〜第4号証の2を提示し、建設現場では、「ワイヤーロープを玉掛けができるよう輪っか加工する際、ワイヤーを留めるのに用いるU字形のボルト」である「ワイヤークリップ」が一般に使用され、「ワイヤロープの締付けに用いる鍛造製ワイヤクリップ」は、1966年8月1日にJIS規格が制定され、ネットの施工工事を含む建設工事現場向けに一般に販売され、「ワイヤークリップ」は、建設現場では「クリップ」と略され、「クリップ」の使用方法は、ワイヤーロープを吊り上げる対象物である吊張体に通して、折り返し、折り返した分とロープの力がかかる側とを重ねて、クリップで締め付けて留めるもので、建設現場において、「クリップ」とはワイヤークリップのことを指し、その使用方法についても周知慣用である、と主張する。
また、被請求人は、「『係止体』を用いた構成については、吊上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより吊り上げワイヤー9の実質的な長さ(吊り上げるときに力がかかる部分の長さ)を調整する構成を導き出すことができる」、と主張する。
そこで、各乙号証をみると、乙第1号証には、「ワイヤークリップ ワイヤーロープを玉掛けができるよう輪っか加工する際、ワイヤーを留めるのに用いるU字形のボルト」と記載され、乙第2号証の1には、「ワイヤロープの締付けに用いる鍛造性ワイヤグリップについての規定。」と記載され、乙第2号証の2乃至乙第3号証の2には、折り返したロープ同士をクリップで止める方法が図示され、また、乙第4号証の1及びの2には、折り返したロープ同士をクリップで止める方法の画像が示され、いずれのものも、ワイヤー同士を留めるためのものと認められる。
そして、前記被請求人の主張に照らせば、本件発明においては、上記各乙号証に開示されている技術を用いることで、ネット体12を通して折り返された吊り上げワイヤー12の留める位置を調整することにより、吊り上げワイヤー9のネット体12までの長さが調整できることが理解できる。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」は、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能としては明確であって、「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」であって、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合であっても、不明確といえるものでもない。

(ウ)以上、上記(ア)、(イ−1)及び(イー2)の検討より、本件発明1及び2において、「調整手段」が、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能を有する手段であることが特定されていることから、本件発明1が不明確なものとなるとはいえない。
そして、本件特許明細書等に記載の「調整手段」の実施例であるところの「一対の筒状体15」及び「係止体」について、「高さ方向の距離に対応した長さ」を調整するためのメカニズムは、当業者にとって自明といえることから、「調整手段」の具体的構成が不明確であるとまではいえない。
本件発明2の「調整手段」についても同様に、不明確といえるものではない。

(3)本件発明4について
本件発明4は本件発明2を直接的または間接的に引用しているところ、本件発明2には、「円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤー」と特定されていることからすると、本件発明4においても、ウインチワイヤーは円弧状の天井に沿って設けられているから、床面に対して円弧状に設けられている本件発明2を前提としているものであると認められる。
これに対し、本件発明4の「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」との特定事項からは、ウインチワイヤーは床面と平行な一直線状に設けられるものであると認められる。
してみると、本件発明4は、「前記ウインチワイヤーを」と本件発明2を引用しつつ、「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」と特定しており、本件発明4が引用する本件発明2の「円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤー」との特定と整合するものではないから、両者は技術的に矛盾し、その結果、本件発明4は明確とはいえない。
また、本件特許明細書等には、本件発明4に関連する記載として「【0054】 また、上記実施例では、ウインチワイヤー7を天井2に設けられた複数の滑車5を介して略円弧状に移動させたが、本発明において、ウインチワイヤー7の移動手段はこれに限定されるものでない。」、「【0055】 例えば、円弧状の天井2に沿ってレールを設け、該レールに沿って吊り上げワイヤー9の設けられた滑車を移動することで、ネット体12を吊張りすることも可能である。この際も、吊り上げワイヤー9の下端側に調整手段を設けることで、ネット体12の吊張りを調整することができる。」、「【0056】 また、上記場合のレールにおいて、レールを床面に対して水平状態に設けることで、吊張体を水平移動することもできる。この際も、ウインチ10の数が複数の場合、調整手段を設けることでウインチ10での調整をすることなく容易に吊張体を移動することができる。」と、ウインチワイヤーを天井に設けられた複数の滑車を介して略円弧状に移動させていたところ、吊り上げワイヤーの設けられた滑車を床面に対して水平に設けられたレールに沿って移動させることで吊張体を移動させることが記載されている。
同記載からは、本件特許明細書等に記載されたウインチワイヤーは、床面に対して水平に設けられたレールに沿って設けられていると解さざるを得ないことから、床面に対して平行状態に設けるべく水平移動体が設けられている本件発明4は、「前記ウインチワイヤー」と本件発明2の「円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤー」を引用しつつ、本件発明4において「前記ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」との特定は、本件特許明細書等を参酌してもどのような構成を特定しているのか技術的に不明である。
また、本件発明4は本件発明2を引用しているところ、「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」と特定しているところからして、吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置も、床面に対して平行状態であって、各取り付け位置の高さ方向の距離の差はないものと認められるところ、「前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整する」と特定されており、調整する対象である高さ方向の距離の差が存在しないとすれば、「前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整する」がどのような構成を特定しているのか不明なものと言わざるを得ない。
以上のとおりであるから、本件特許発明4は、明確でない。

(4)無効理由1についてのまとめ
以上(1)及び(2)において検討したとおり、本件発明1及び2は、不明確とはいえないから、本件特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たす。
したがって、請求人が主張する無効理由1によっては、同法第123条第1項第4号の規定に違反するものとして請求項1及び2に係る特許を無効とすることはできない。
また、(3)に記載したとおり、本件発明4は明確でないから、本件特許請求の範囲の請求項4の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。
したがって、請求項4に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効理由1によって、無効とすべきものである。

2 無効理由2(サポート要件)について
(1)本件発明1及び2について
ア 課題を解決する手段「吊張体を天井部まで引き上げる手段」について
上記第3 2(1)アのとおり、請求人は、天頂部付近において吊張体を、他の部分と比べて上方(天井部)まで引き上げる手段が必要、と主張する。
しかしながら、本件発明1を特定している請求項1には、「前記吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」には、「任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準置となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整するための調整手段」が特定されており、当該「高さ方向の距離に対応した長さ」だけ、基準となる吊り上げワイヤーに対し他の吊り上げワイヤーによる吊張体の吊り上げ高さが低くなるように調整されるのであるから、課題を解決する手段「吊張体を天井部まで引き上げる手段」が反映されているといえる。
してみると、本件発明1には、吊張体を天頂部付近まで吊り上げる手段が特定されているといえるから、請求人の主張する課題を解決する手段である吊張体を他の部分と比べて上方(天井側)まで引き上げる手段が反映されていないとの主張は、前提を欠くものというほかない。
したがって、当該理由によっては、請求項1に係る特許を無効とすることはできない。
本件発明2についても、請求人は、同様の理由を主張しているが、当該請求人の主張する理由によっては、請求項2に係る特許を無効とすることはできない。

イ 課題を解決する手段「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する手段」について
上記第3 2(1)アのとおり、請求人は、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」課題を解決する手段が反映されていない、と主張する。
しかしながら、本件発明1を特定する請求項1には、「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画、球技における防球用として吊張体を吊張り、又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく、ウインチを用いてウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動することで、吊り上げワイヤーの他端側に設けられた吊張体を吊張りする屋内のネット等の吊張り方法」と記載されていることに照らせば、本件発明1は「ウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動することで、吊り上げワイヤーの他端側に設けられた吊張体を吊張ることにより、吊張体で体育館等の円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」ものであることが理解できる。
そして、本件特許明細書等の【0006】に、「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画するため、又は球技における防球用としてネットを吊張りするために、略円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤーと、一端側が前記ウインチワイヤーに連結体を介して連結された吊り上げワイヤーと、ウインチワイヤーを移動するためのウインチと、吊り上げワイヤーの他端側に連結されたネット体とからなり、しかも連結体がウインチワイヤーに沿って天頂部との距離に応じて移動するように構成されている装置が考えられた(特許文献1参照。)。」と記載されているように「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」手段は本件特許に係る出願の出願前に既に公知の手段であることに照らせば、本件発明1の「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画、球技における防球用として吊張体を吊張り、又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく、ウインチを用いてウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動することで、吊り上げワイヤーの他端側に設けられた吊張体を吊張りする屋内のネット等の吊張り方法」が、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」ことができることを理解することができるものというべきである。
してみると、本件発明1には、「円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画する」手段が反映されているといえるから、請求人の主張する当該理由によっては、請求項1に係る特許を無効とすることはできない。
本件発明2についても、請求人は、同様の理由を主張しているが、当該請求人の主張する理由によっては、請求項2に係る特許を無効とすることはできない。

ウ 課題「吊り上げワイヤーの微調整が簡易で、且つ安全に行え、メンテナンスの面でも安全に作業できること」を解決する手段について
本件発明が解決しようとする課題は、本件特許明細書に記載の「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内を複数に区画するため、略円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤーと、一端側が前記ウインチワイヤーに連結された吊り上げワイヤーと、ウインチワイヤーを移動するためのウインチと、吊り上げワイヤーの他端側に連結されたネット体とからなるネット吊張り装置において、吊り上げワイヤーの微調整が簡易で、且つ安全に行え、メンテナンスの面でも安全に作業できること」(【0002】乃至【0010】参照。)と認める。
これに対し、本件発明1においては、「調整手段」が「吊張体」又は/及び「吊り上げワイヤーの他端側」に設けられるものであることが特定されており、また、「高さ方向の距離に対応した長さを…調整手段であらかじめ調整し」と特定されていることから、「調整手段」が、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能を有する手段であることが特定されている。
してみると、本件発明1には、吊り上げワイヤーの長さを調整する機能を有する手段である「調整手段」が「吊張体」又は/及び「吊り上げワイヤーの他端側」に設けられるものであることが特定されているといえから、当該特定によれば、本件発明1が吊り上げワイヤーの微調整作業及びメンテナンスが安全に行えることは明らかであるから、本件発明1の課題「吊り上げワイヤーの微調整が簡易で、且つ安全に行え、メンテナンスの面でも安全に作業できること」を解決する手段が反映されているといえる。
したがって、請求人の主張する当該理由によっては、請求項1に係る特許を無効とすることはできない。
本件発明2についても、請求人は、同様の理由を主張しているが、当該請求人の主張する理由によっては、請求項2に係る特許を無効とすることはできない。

請求人は、令和3年2月5日に提出した上申書において、本件特許発明は、下記「作用効果1」および「作用効果2」を奏するための構成を備えていないと主張する。
「作用効果1」
「調整手段が高さ方向の距離に対応した長さを調幣することにより吊張体を円弧状の天井に沿って吊り張りでき、ネット体の吊張り、収納時において故障、トラブルの発生を少なくし、吊張体を床面側に吊り下ろすのみでメンテナンス等が容易に行え、室内に施工する場合の施工時間の短縮、施工工程の短縮を図ることができる。」
「作用効果2」
「調整手段が吊張体の上部側の吊り上げワイヤーをフリーの状態とし、吊張体の吊り張りする位置よりさらに上方に移動することにより、吊張体を折り畳むように天井側に移動して円弧状の天井に沿って収納することができるので、屋内の区画をより多目的にでき、使用範囲広げることができる。このとき、調整手段は、吊張体の折り畳み状態(上下方向の幅、折り畳む回数等)を調整することができる。」
しかしながら、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット体の吊張り、収納時において故障、トラブルの発生が従来の装置に比し少なく」という作用効果は、本件特許明細書等の【0024】に記載されているように、体育館等の屋内のネット等の吊張り装置が、天井部分の移動をウインチワイヤーのみで行うものであることにより奏されるものであるところ、本件特許発明1には、「ウインチを用いてウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動すること」と特定されているのであるから、本件特許発明1は、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット体の吊張り、収納時において故障、トラブルの発生が従来の装置に比し少なく」との作用効果を奏するための構成を備えているといえる。
また、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット等の吊張体を床面側に吊り下ろすのみでメンテナンス等が容易に行えることとなる」という作用効果は、本件特許明細書等の【0025】に記載されているように、調整手段がネット等の吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの下端(床面)側に設けられていることにより奏されるものであるところ、本件特許発明1には、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段」と特定されているのであるから、本件特許発明1は、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット等の吊張体を床面側に吊り下ろすのみでメンテナンス等が容易に行えることとなる」との作用効果を奏するための構成を備えているといえる。
そして、本件特許発明が、本件特許明細書等に記載されたすべての作用効果を奏するための構成を備えていなければならないわけでもないから、請求人の主張する上記作用効果2における「屋内の区画をより多目的にでき、使用範囲広げることができる」という作用効果を奏するための構成を、本件特許発明1が備えていないからといって、本件特許発明1が、発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえない。
よって、請求人の主張は採用できない。

(2)無効理由2についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1及び2は、本件特許明細書等の発明の詳細な説明に記載したものであるから、本件特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たす。
したがって、請求人の主張する無効理由2によっては、請求項1及び2に係る特許は、特許法第123条第1項第4号の規定に違反するものとして無効とすることはできない。

3 無効理由3(実施可能要件)について
(1)本件発明1及び2について
ア 「調整手段の第2の態様(係止体)」について
本件発明1の「前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーにウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを、吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側に設けられた調整手段であらかじめ調整した」との特定事項、及び本件発明2の「前記吊張体、又は/ 及び吊り上げワイヤーの他端側には、前記吊り上げワイヤーのうち、任意の吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーのウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを調整するための調整手段」との特定事項より、「調整手段」は、「吊り上げワイヤー」のうち、「高さ方向の距離に対応した長さ」を調整するものと解される。
そして、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0058】には、「例えば、吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、ネット体12に、吊り上げワイヤー9の係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、又簡易にネット体12にワイヤー挿通体16を設け、吊り上げワイヤー9の下端部に球状のストッパー14を設けることで調整することも可能である。」と記載され、本件発明1の「調整手段」の実施態様である「係止体」について、「ネット体に設けた係止体」と「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の2つの態様が記載されている。

(ア−1)「調整手段」が「ネット体に設けた係止体」の場合
本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0058】の「ネット体12に、吊り上げワイヤー9の係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり」との記載を参酌すれば、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、「ネット体に設けた係止体」の吊り上げワイヤーに係止する位置を調整することにより、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることが理解でき、上記1(2)ア(イ−1)で検討したとおり、「ネット体に設けた係止体」が、吊り上げワイヤーに係止するところ、「ネット体に設けた係止体」が吊り上げワイヤーに係止する位置を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることは、当業者にとって明らかといえるものであるから、本件特許発明1の「調整手段」が「ネット体に設けた係止体」の場合について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、本件発明1及び2を、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものといえる。

(ア−2)「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の場合
本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0058】の「吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、」との記載を参酌すれば、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の吊り上げワイヤーに設ける位置を調整することにより、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることが理解でき、そして、係止体の位置により、ウインチワイヤーとの取り付け位置から係止体までの吊り上げワイヤーの長さが調整されることが理解できるところ、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」について、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する係止体の場合と、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合とで、以下、検討する。
a 「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する係止体の場合、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が吊張体の天井部に最も近い部分と係止するところ、「吊り上げワイヤーに設けた係止体」を設ける位置を調整することで、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることは、当業者にとって明らかといえるものである。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」であって、吊り上げワイヤーと吊張体とを係止する場合について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、本件発明1及び2を、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものといえる。
b 「吊り上げワイヤーに設けた係止体」が、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合について、被請求人は、上記1(2)ア(イ−2)bのとおり、建設現場において、「クリップ」とはワイヤークリップのことを指し、その使用方法についても周知慣用である、と主張する。
また、被請求人は、「『係止体』を用いた構成については、吊上げワイヤー9をネット体12に通して折り返し、クリップで締め付けて留めることにより吊り上げワイヤー9の実質的な長さ(吊り上げるときに力がかかる部分の長さ)を調整する構成を導き出すことができる」、と主張する。
そして、上記1(2)ア(イ−2)bのとおり、各乙号証のいずれのものも、ワイヤー同士を留めるためのものと認められる。
そして、前記被請求人の主張に照らせば、本件発明においては、上記各乙号証に開示されている技術を用いることで、ネット体12を通して折り返された吊り上げワイヤー12の留める位置を調整することにより、吊り上げワイヤー9のネット体12までの長さが調整できることが理解できる。
そうすると、本件特許発明1の「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」であって、吊り上げワイヤー自体を係止する係止体の場合について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、本件発明1及び2を、当業者が容易に実施できる程度に記載されているものといえる。

(ア−3)以上、(ア−1)及び(ア−2)の検討より、本件発明1の「調整手段」が「吊り上げワイヤーに設けた係止体」の場合について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明から、「高さ方向の距離に対応した長さ」が調整されることが理解できるのであるから、本件特許発明1の「調整手段」について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。

(イ)また、本件発明2も、同様の理由により、当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。

請求人は、令和3年2月5日に提出した上申書において、第2の態様について実施しようとすると、円弧状の天井部から隙間なくネットを吊り下げられるように、各吊り上げワイヤーにおける係止体を適切な位置となるように何度も付け替えたり、吊り上げワイヤーの長さを変えたりして、本件特許発明に係る装置を製造する過程において何度も試行錯誤を重ねなくてはならず、本件特許発明は実施可能要件を満たしていないというべき、と主張する。
しかしながら、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、その【0032】に「上記調整手段は、吊り上げワイヤー9の下端部に固定状態で設けられた球状のストッパー14と、該ストッパー14の上部側で、吊り上げワイヤー9に挿通して設けられた筒状体15と、ネット体12に設けられたリング状のワイヤー挿通体16とから構成されている。」及び【0058】に「例えば、吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、ネット体12に、吊り上げワイヤー9の係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、又簡易にネット体12にワイヤー挿通体16を設け、吊り上げワイヤー9の下端部に球状のストッパー14を設けることで調整することも可能である。」と調整手段を吊り上げワイヤーの下端部に設けることが記載されているのであって、以て、本件特許明細書等の【0025】及び【0045】に記載されている「メンテナンスが容易に行える」との作用効果を奏するのであるから、本件特許発明を実施するにあたり、当業者に過度の試行錯誤を強いるものとはいえない。
よって、請求人の主張は採用できない。

また、請求人は、本件特許発明の第2の実施例は、上記作用効果1および作用効果2を奏するための構成が当業者が実施可能な程度に記載されているとはいえないと主張する。
しかしながら、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット体の吊張り、収納時において故障、トラブルの発生が従来の装置に比し少なく」という作用効果は、本件特許明細書等の【0024】に記載されているように、体育館等の屋内のネット等の吊張り装置が、天井部分の移動をウインチワイヤーのみで行うものであることにより奏されるものであるところ、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0030】に「屋内のネット吊張り装置1は、体育館等の屋内の天井2の枠等に設けられ、且つ下方側に吊り上げ滑車3の取り付けられた複数の支持具4…と、該支持具4の上方側に一対設けられた滑車5…と、該滑車5…間に設けられたウインチワイヤー7と、該ウインチワイヤー7とを移動するウインチ10(図中ではエンドレスウインチを使用。尚、ウインチ10の種類はエンドレスウインチに限定されるものでなく、巻き取り式ウインチ等、使用する屋内の大きさ、設置位置等により自在に決定されるものである。)と、連結具8を介して一端側を前記ウインチワイヤー7に連結し、且つ吊り上げ滑車3に巻回された吊り上げワイヤー9と、該吊り上げワイヤー9の他端側に設けられた吊張体としてのネット体12とから構成されている。」とウインチワイヤーをウインチのみで移動させることが記載されているのであるから、本件特許明細書等は、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット体の吊張り、収納時において故障、トラブルの発生が従来の装置に比し少なく」との作用効果を奏するよう、当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。
また、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット等の吊張体を床面側に吊り下ろすのみでメンテナンス等が容易に行えることとなる」という作用効果は、本件特許明細書等の【0025】に記載されているように、調整手段がネット等の吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの下端(床面)側に設けられていることにより奏されるものであるところ、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0032】に「上記調整手段は、吊り上げワイヤー9の下端部に固定状態で設けられた球状のストッパー14と、該ストッパー14の上部側で、吊り上げワイヤー9に挿通して設けられた筒状体15と、ネット体12に設けられたリング状のワイヤー挿通体16とから構成されている。」及び【0058】に「例えば、吊り上げワイヤー9に、ネット体12への係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、ネット体12に、吊り上げワイヤー9の係止体(例えば、着脱自在なクリップ等)を設けることで、吊り上げワイヤー9の長さ調整を行うことも可能であり、又簡易にネット体12にワイヤー挿通体16を設け、吊り上げワイヤー9の下端部に球状のストッパー14を設けることで調整することも可能である。」と調整手段を吊り上げワイヤーの下端部に設けることが記載されているのであるから、本件特許明細書等は、請求人の主張する上記作用効果1における「ネット等の吊張体を床面側に吊り下ろすのみでメンテナンス等が容易に行えることとなる」との作用効果を奏するよう、当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。
また、請求人の主張する上記作用効果2における「屋内の区画をより多目的にでき、使用範囲広げることができる」という作用効果は、本件特許明細書等の【0027】に記載されているように、ネット等の吊張体の上部側の吊り上げワイヤーをフリーにすることにより奏されるものであるところ、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0044】に「また、ネット体12を一次的に収納する場合は、筒状体15を吊り上げワイヤー9に対してフリーの状態にした後、ウインチ10を作動してウインチワイヤー7を吊り上げワイヤー9が上方に移動する方向に移動し、吊り上げワイヤー9の端部のストッパー14がワイヤー挿通体16を順次重ねながら押し上げることで、ネット体12を吊張りする位置よりさらに上方に移動して、円弧状の天井2に沿って折り畳んだ状態で収納する(図7参照)。」と吊り上げワイヤーと筒状体とをフリーにすることが記載されているのであるから、本件特許明細書等は、請求人の主張する上記作用効果2における「屋内の区画をより多目的にでき、使用範囲広げることができる」との作用効果を奏するよう、当業者が容易に実施できる程度に記載されているといえる。
よって、請求人の主張は採用できない。

イ 「巻き取り式ウインチ」について
請求人は、「ウインチ」の形式として「巻き取り式ウインチ」を採用した場合、本件発明のその他の構成を変更する必要があるのか無いのか、また、変更の必要がある場合、どのように他の構成を変更すべきかが明確でないから、本件発明の「ウインチ」が「巻き取り式ウインチ」の場合には実施することができない、と主張する。
しかしながら、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の【0039】には、「ウインチワイヤー7がエンドレス状態(又は、一定距離を前後移動)で天井2の円弧に沿って滑車5…間を移動する」と記載され、「エンドレス状態」と「一定距離を前後移動」とが、「又は」との記載により、択一的に記載されていることから、「エンドレス状態」との記載は、エンドレスウインチの動作態様であって、「一定距離を前後移動」との記載は、「巻き取り式ウインチ」の場合の動作態様と認められる。
また、エンドレスウインチも巻き取り式ウインチも、ウインチワイヤーを移動する機能を有するウインチであるところ、ウインチがいずれのものであっても、吊り上げワイヤーの一端側が連結されたウインチワイヤーを移動させることができることは明らかであるのだから、いずれかのウインチを採用することを妨げる理由はない。
したがって、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、巻き取り式ウインチを用いた態様についても、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

(2)本件発明4について
ア 水平移動体が実施可能でないこと
本件発明4の「水平移動体」につき、本件特許明細書等の発明の詳細な説明(特に、【0054】〜【0056】)には、吊り上げワイヤーの設けられた滑車を床面に対して水平に設けられたレールに沿って移動させることで吊張体を移動させることが記載されている。
してみると、本件発明4の「水平移動体」は、床面に対して水平に設けられたレールに沿って移動する「滑車」として、当業者が実施可能な程度に記載されているものと認められる。
しかし、上記1(2)アのとおり、本件発明4の「ウインチワイヤーを床面に対して平行状態に設けるべく」との特定は、本件発明4が引用する本件発明2の「円弧状の天井部に沿って設けられたウインチワイヤー」との特定と整合するものではないから、本件発明4は引用する本件発明2と技術的に矛盾し、明確とはいえないのであるから、本件発明4について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明に当業者が容易に実施できる程度に記載されているとはいえない。
よって、本件発明4について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施できる程度の記載されてはいない。

(3)無効理由3についてのまとめ
以上(1)及び(2)に記載したとおり、本件発明1及び2について、本件特許明細書等の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たした出願にされたものである。
したがって、請求項1及び2に係る特許は、請求人の主張する無効理由3によっては、特許法第123条第1項第4号に該当するものとして無効とすることはできない。
また、本件発明4について、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから、本件発明4に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない出願についてされたものである。
したがって、請求項4に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきものである。

4 無効理由4(進歩性)について
(1)本件発明1について
ア 各甲号証及び各甲号証記載の発明
(ア)甲第1号証
本件発明の優先日前の平成15年4月22日に頒布された甲第1号証(特開2003−117046号公報)には、には、次の事項が記載されている。(下線は審決で付した。以下同じ。)
a 「【請求項1】
体育館等の円弧状の天井部を有する屋内空間部を複数に区画するため、又は球技における防球用として使用するネットを吊張りするため、略円弧状の天井部に沿ってウインチワイヤーを常に緊張した状態で設け、該ウインチワイヤーを屋内空間部内に設けられたエンドレスウインチを用いて自動的に移動することで、前記ウインチワイヤーに一端側が連結され、他端側がネットに連結された複数の吊り上げワイヤーを移動してネットを天井部に沿って円弧状に吊張りすることを特徴とする屋内空間部のネット吊張り方法
。」
b 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、体育館等の大きな空間部を有し、天井部が略円弧状に形成された屋内空間部を、使用目的に応じて区画分けしたり、又は球技におけるに設けるネットの吊張りを確実に行うのに使用する屋内空間部のネット吊張り方法とその装置に関する。」
c 「【0013】
【作用】即ち、本発明は、体育館、屋根付き球場等の大きな空間のある屋内空間部をネットを用いて複数に区画したり、又は防球用として使用する際、円弧状の天井部にガイド体を介して設けたウインチワイヤーを常に緊張した状態でエンドレスウインチを用いて自動的に移動することで、ウインチワイヤーに一端側が連結され、他端側がネットに連結された複数の吊り上げワイヤーを上昇移動する。これにより、吊り上げワイヤーに連結されたネットを吊張りすることができる。
【0014】また、吊り上げワイヤーは、円弧の天頂部分のウインチワイヤーに一端側が連結された吊り上げワイヤーと、順次ウインチワイヤーに一端側が連結された他の吊り上げワイヤーとからなり、しかも、天頂部分で連結された吊り上げワイヤーは、一端側をウインチワイヤーに固定し、他の吊り上げワイヤーは、ウインチワイヤーに移動自在に挿通された連結管を介して固定され、該連結管は天頂部と他の吊り上げワイヤーの取り付け位置との高さ方向の距離に応じてウインチワイヤーに固定された停止具に当接することにより移動すべく構成されている。
【0015】このために、ネットを吊張りする場合、ウインチワイヤーを移動すると、先ず天頂部分のウインチワイヤーに一端側が連結された吊り上げワイヤーがウインチワイヤーを移動と同時に吊り上げられる。続いて、天頂部の近傍の次の吊り上げワイヤーは、天頂部と次の吊り上げワイヤーの取り付け位置との高さ方向の距離程ウインチワイヤーを連結管内で通過してウインチワイヤーに固定された停止具を連結管に当接した後、ウインチワイヤー移動に対応して吊り上げられることとなる。
【0016】このように、天頂部より順次距離のある次の吊り上げワイヤーが上記と同様にウインチワイヤーを連結管内で通過してウインチワイヤーに固定された停止具を連結管に当接した後、ウインチワイヤー移動に対応して順次吊り上げられることとなり、吊り上げワイヤーの他端側に連結されたネットが天井部に沿って円弧状に吊張りすることができることとなる。
【0017】また、吊り上げワイヤーの他端側は、ネットに設けられた取付リングを挿通し、ネットの下端部に連結されているために、ネットを吊張り後、さらにウインチワイヤーを移動することで、ネットは取付リング部分で折り畳まれながら天井部分に沿って円弧状に収納することができる。
【0018】このように、本発明は、円弧状の天井部を有する屋内空間部をスムーズにネットを吊張りして複数に区画することができ、また、その取扱も容易で、且つ円弧状の天井部を有するネットを効率よく吊張りすることができこととなる。」
d 「【0022】前記吊り上げワイヤー6は、連結管7を介してウインチワイヤー5に取り付けられ、天頂部分でウインチワイヤー5に連結されている吊り上げワイヤー6aのみ連結管7がウインチワイヤー5に固定(例えば、連結管7の前後に停止具9を設ける等)されている。他の吊り上げワイヤー6b…は、ウインチワイヤー5に移動自在に挿通された筒状の連結管7に取り付けられ、ウインチワイヤー5に固定された停止具9に当接することにより吊り上げワイヤー6bを上昇移動すべく構成されている。
【0023】前記停止具9のウインチワイヤー5への固定位置は、屋内空間部2の床面にネット10を載置した状態で、各吊り上げワイヤー6b…と天頂部との高さ方向の距離(L1、L2…))により決定される。即ち、天頂部分より順次円弧状にネット10は上昇移動し、吊張りすることが出来る。」
e 上記dの「他の吊り上げワイヤー6b…」、「吊り上げワイヤー6b」及び「各吊り上げワイヤー6b…」は、いずれも、「吊り上げワイヤー6a」とは異なる複数の吊り上げワイヤーを指すことは明らかであるから、以下、「吊り上げワイヤー6a」を単に「吊り上げワイヤー」と表記し、「他の吊り上げワイヤー6b…」、「吊り上げワイヤー6b」及び「各吊り上げワイヤー6b…」を「他の吊り上げワイヤー」と区別して表記し、両者を合わせて「複数の吊り上げワイヤー」という。

上記記載事項から、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1−1発明」という。)が記載されていると認められる。
「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内空間部を複数に区画するため、又は球技における防球用として使用するネットを吊張りするため、略円弧状の天井部に沿ってウインチワイヤーを常に緊張した状態で設け、該ウインチワイヤーを屋内空間部内に設けられたエンドレスウインチを用いて自動的に移動することで、前記ウインチワイヤーに一端側が連結され、他端側がネットに連結された複数の吊り上げワイヤーを移動してネットを天井部に沿って円弧状に吊張りする、屋内空間部のネット吊張り方法であって、
前記吊り上げワイヤーは、連結管を介してウインチワイヤーに取り付けられ、天頂部分でウインチワイヤーに連結されている吊り上げワイヤーのみ連結管がウインチワイヤーに固定され、他の吊り上げワイヤーは、ウインチワイヤーに移動自在に挿通された筒状の連結管に取り付けられ、ウインチワイヤーに固定された停止具に当接することにより他の吊り上げワイヤーを上昇移動すべく構成され、
前記停止具のウインチワイヤーへの固定位置は、屋内空間部の床面にネットを載置した状態で、他の吊り上げワイヤーと天頂部との高さ方向の距離(L1、L2)により決定され、天頂部分より順次円弧状にネットは上昇移動し、吊張りすることが出来る、屋内空間部のネット吊張り方法。」
また、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1−2発明」という。)が記載されている。
「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内空間部を複数に区画するため、又は球技における防球用として使用するネットを吊張りするため、
略円弧状の天井部に沿ってウインチワイヤーと、
屋内空間部内に設けられたエンドレスウインチと、
前記ウインチワイヤーに一端側が連結され、他端側がネットに連結された複数の吊り上げワイヤーとが設けられた屋内空間部のネット吊張り装置であって、
略円弧状の天井部に沿ってウインチワイヤーを常に緊張した状態で設け、該ウインチワイヤーをを用いて自動的に移動することで、前記ウインチワイヤーに一端側が連結され、他端側がネットに連結された複数の吊り上げワイヤーを移動してネットを屋内空間部内に設けられたエンドレスウインチ天井部に沿って円弧状に吊張りし、
前記吊り上げワイヤーは、連結管を介してウインチワイヤーに取り付けられ、天頂部分でウインチワイヤーに連結されている吊り上げワイヤーのみ連結管がウインチワイヤーに固定され、他の吊り上げワイヤーは、ウインチワイヤーに移動自在に挿通された筒状の連結管に取り付けられ、ウインチワイヤーに固定された停止具に当接することにより他の吊り上げワイヤーを上昇移動すべく構成され、
前記停止具のウインチワイヤーへの固定位置は、屋内空間部の床面にネットを載置した状態で、他の吊り上げワイヤーと天頂部との高さ方向の距離(L1、L2)により決定され、天頂部分より順次円弧状にネットは上昇移動し、吊張りすることが出来るものである、屋内空間部のネット吊張り装置。」

(イ)甲第2号証
本件発明の優先日前の平成7年10月17日に頒布された甲第2号証(特開平7−265553号公報)には、には、次の事項が記載されている。
「【0037】このように昇降ユニット3で昇降される6本の昇降コード31は、図1に示す幕体2に取り付けられたリング32に挿通されている。具体的には、図4に示すように、幕体2の裏面であって昇降コード31が吊り下げられる箇所に、複数のリング32が縦状に所定間隔で取り付けられ、これらのリング32に昇降コード31が挿通されている。そして、昇降コード31の最下端に錘33が取り付けられている。
【0038】リング32の内径は、錘33の外形よりも小さく設定されており、昇降コード31を引き上げると、錘33が最下位のリング32に引っ掛かるようになっている。これにより、昇降コード31を引き上げ、錘33を上昇させると、幕体2が下端部側から漸次まくり上がる。」

(ウ)甲第3号証
本件発明の優先日前の平成5年7月27日に頒布された甲第3号証(特開平5−187134号公報)には、には、次の事項が記載されている。
「【0010】
【作用】養生ネット昇降用ワイヤは他端を錘に取付けられていることにより緊張状態を維持する。養生ネット昇降用ワイヤの長さは建築物の高さに合せて適宜調節して養生ネットの上部フレームに取付ける。複数の巻上機を共通の駆動装置により駆動することにより養生ネット昇降用ワイヤを上下駆動し、養生ネットを昇降する。
【0011】
【実施例】以下添付図面を参照して本発明の一実施例について説明する。以下説明する実施例は、本発明を、特公昭57−40313号公報に示されるような、養生ゴンドラと突梁との間に養生ネットを張設し、養生ネットと建築物外壁面との間の空間内に作業ゴンドラを昇降させる方式において使用される養生ネットの昇降に適用したものである。なお、図2においては、説明の便宜上突梁に設けられた各シーブにおける各種ワイヤの巻回状態の図示を省略している。
【0012】図1および図2において、建築物1のパラペット6に固定された突梁2から吊環3a、3bを介してステージ吊下用外側ワイヤ4が、また吊環3a、3cを介してステージ吊下用内側ワイヤ5がそれぞれ吊下げられている。突梁2はパラペット6に沿って複数本取付けられており、各突梁2からワイヤ4、5がそれぞれ吊下げられ、これらのワイヤ4間には上部フレーム7に取付けられた養生ネット8が張設されている。各養生ネット8の両側縁部には適宜の箇所にリング9が取付けられており、これらのリング9の中にワイヤ4を挿通させることにより、各養生ネット8はワイヤ4を案内として昇降することができる。なお35は作業ゴンドラ吊下げ用ワイヤに用いる吊環である。
【0013】養生ネット8の上部フレーム7には、養生ネット昇降用ワイヤ10の一端がワイヤロック11およびターンバックル12を介して取付けられている。ワイヤロック11は、図3に拡大して示すように、台形の凹部11cを形成した箱形ブロック11a内に突出したピン11dを楔形ブロック11bの長穴11eに挿入するようにして楔形ブロック11bを箱形ブロック11aに嵌装したものであり、楔形ブロック11bを引上げた位置において養生ネット昇降用ワイヤ10をその所望の位置において凹所11c内に配置した後、楔形ブロック11bを上方からたたき込むことによりワイヤ10は楔形ブロック11bと箱形ブロック11aとの間に挾圧されてロックされる。
【0014】ワイヤロック11の下端部には養生ネット取付位置微調整用のターンバックル12が取付けられている。養生ネット昇降用ワイヤ10を養生ネットの上部フレーム7に取付ける際は、ワイヤ10のおおよその取付位置にワイヤロック11をロックした後ターンバックルを操作して微調整を行うことにより、各養生ネットが一線に揃うように、各上部フレーム7とワイヤロック11の取付位置との間の長さを調節する。
【0015】養生ネット昇降用ワイヤ10は突梁2のシーブ3d、3eを介して突梁2の後部に設けた巻上機13に巻回されている。巻上機13としては、たとえば特願平第209965号に記載されているようなワイヤ側面と接する両側面板を板バネで構成したエンドレスワインダー等が好適である。
【0016】養生ネット昇降用ワイヤ10の他端側は突梁2のシーブ3f(図2参照)を介して建築物1の外壁面10aに沿って吊下げられており、その先端部は錘14に取付けられている。

(エ)甲第4号証
本件発明の優先日前の平成4年2月28日に頒布された甲第1号証(特開平4−64829号公報)には、には、次の事項が記載されている。
「また、たくし上げ用ロープ6とカーテン本体1との関係の詳細は、第3図に示す通りである。すなわち、第3図は、カーテン本体1の背面を示す斜視図であり、この第3図に示すように、カーテン本体1の背面には、等間隔毎にリング1.4を有するリングテープ15が上下方向に取付けられており、このリング14に、たくし上げ用ロープ3が挿入され、その下端にTバー16が設けられている。そして、たくし上げ時に、たくし上げ用ロープ6が巻き上げられるに従い、そのTバー16にて、下方のリング14から順次係合してリング14を引き上げることにより、このリング14及びリングテープ15を介してカーテン本体1の対応部分を引上げるようになっている。」(4頁右上欄3〜16行)

(オ)甲第5号証
本件発明の優先日前の平成4年2月27日に頒布された甲第1号証(特開平4−62326号公報)には、には、次の事項が記載されている。
「また、たくし上げ用ロープ3とカーテン本体1との関係の詳細は、第3図に示す通りである。すなわち、第3図は、カーテン本体1の背面を示す斜視図であり、この第3図に示すように、カーテン本体1の背面には、等間隔毎にリング12を有するリングテープ13が上下方向に取付けられており、このリンク12に、たくし上げ用ロープ3か挿入され、その下端にTバー14が設けられている。そして、たくし上げ時に、たくし上げ用ロープ3が巻上げられるに従い、そのTバー14にて、下方のリンク12から順次係合してリング12を引上げることにより、このリング12及びリングテープ13を介してカーテン本体1の対応部分を引上げるようになっている。」(3頁右下欄3〜16行)

イ 対比
本件発明1と甲1−1発明とを対比する。
(ア)後者の「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内空間部」、「ネット」、「複数に区画」、「球技における防球用として使用するネット」、「吊張り」、「エンドレスウインチ」、「ウインチワイヤー」、「『ウインチワイヤーに一端側を連結され』、た『吊り上げワイヤー』」、「屋内のネット等の吊張り方法」は、それぞれ、前者の「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内」、「ネット等の吊張体」、「複数に区画」、「球技における防球用として吊張体」、「吊張り」、「ウインチ」、「ウインチワイヤー」、「ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤー」、「屋内のネット等の吊張り方法」に相当する。
(イ)後者の「吊り上げワイヤー」及び「他の吊り上げワイヤー」の他端側はネットに連結されているから、前者の「吊張体」と後者の「ネット」とは、「吊り上げワイヤーの他端側に設けられた」ものである点で共通する。
(ウ)後者の「ウインチワイヤー」は、「略円弧状の天井部に沿ってウインチワイヤーを常に緊張した状態で設け、該ウインチワイヤーを屋内空間部内に設けられたエンドレスウインチを用いて自動的に移動する」ものであるから、前者の「ウインチワイヤー」と後者の「ウインチワイヤー」とは、「ウインチを用いて」、「緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動」するものとの概念で共通する。
(エ)後者の「屋内空間部のネット吊張り方法」は、「『複数の吊り上げワイヤーを移動して』、『ネット』を『吊張りする』」ものであるから、前者の「屋内のネット等の吊張り方法」と後者の「屋内空間部のネット吊張り方法」とは、「吊り上げワイヤーを移動することで」、「吊張体を吊張りする」ものとの概念で共通する。

したがって、本件発明1と甲1−1発明とは、以下の一致点で一致し、以下の相違点で相違する。
<一致点>
「体育館等の円弧状の天井部を有する屋内をネット等の吊張体で複数に区画、球技における防球用として吊張体を吊張り、又はカゴ状の吊張体を吊張りするのに使用すべく、ウインチを用いてウインチワイヤーを緊張した状態で円弧状の天井部に沿って移動し、該ウインチワイヤーに一端側を連結された吊り上げワイヤーを移動することで、吊り上げワイヤーの他端側に設けられた吊張体を吊張りする屋内のネット等の吊張り方法。」

<相違点>
本件発明1では「前記吊り上げワイヤーのうち」、任意の吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置と、天頂部、又は天頂部に最も近接している基準となる吊り上げワイヤーにおけるウインチワイヤーとの取り付け位置との高さ方向の距離に対応した長さを、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に設けられた調整手段で調整するのに対し、甲1−1発明では、停止具のウインチワイヤーへの固定位置は、屋内空間部の床面にネットを載置した状態で、他の吊り上げワイヤーと天頂部との高さ方向の距離(L1、L2)により決定されるものである点。

ウ 相違点についての判断
上記<相違点>について、検討すると、調整する対象が、本件発明1は、「吊り上げワイヤーのうち」の一部であるのに対し、甲1−1発明は、ウインチワイヤーに固定された停止具の固定位置である点で明らかに相違し、調整する対象を「吊り上げワイヤーのうち」の一部から停止具の固定位置へと変更することが容易といえる理由はない。
また、上記ア(ア)cのとおり、甲1−1発明は、円弧状の天井部を有する屋内空間部をスムーズにネットを吊張りして複数に区画することができ、また、その取扱も容易で、且つ円弧状の天井部を有するネットを効率よく吊張りすることができるよう、吊り上げワイヤーは、ウインチワイヤーに移動自在に挿通された筒状の連結管を介してウインチワイヤーに取り付けられ、及びウインチワイヤーに固定された停止具に当接することにより吊り上げワイヤーを上昇移動すべく構成したのであるから、本件発明1のように、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に設けるよう設計変更することは、阻害要因があるといえる。
そして、甲第2号証に幕体2の最下端に設けられたリング32と昇降コード31の最下端に設けられた錘33からなる幕体2のまくり上がり位置調整機構が記載されているとしても、そもそも、甲1−1発明の連結管及び停止具は、ウインチワイヤーに設けられたものであり、吊張体を円弧状の天井部に合わせて吊張りできるように、各吊り上げワイヤーの吊り上げタイミングを調整しているものであるところ甲第2号証に記載された事項は、調整手段が取り付けられる位置が異なる上、目的も異なるものであるから、甲第2号証に記載された事項を甲1−1発明に適用することに動機付けがあるとはいえない。
また、甲第3号証にも、上記相違点に係る構成は記載されていない。

請求人は、本件発明1、甲1−1発明及び甲2発明のいずれも、「「ワイヤーに取り付けられた部材」(「筒状体」、「停止具」、「錘」)が、ワイヤーに移動自在に挿通された「リング状の部材」(「ワイヤー挿通体」、「連結管」、「リング」)に当接することにより、吊張体を吊り上げるという点で、構成が共通している」と主張する。
しかしながら、甲1−1発明の「停止具」は、「ウインチワイヤー」に設けられ、また、甲1−1発明の「連結管」は、ウインチワイヤーに挿通されたものであって、「吊り上げワイヤー」の本件発明1でいうところの「一端側」に設けられるものであるのに対し、甲2発明の「錘」及び「リング」は、昇降コードの端部、すなわち、本件発明1でいうところの「他端側」に設けられるものであるから、甲1−1発明と甲2発明の構成が共通しているとの請求人の主要は採用できない。
次に、請求人は、「本件発明1および甲1−1発明では、いずれも、ウインチワイヤーおよび吊り上げワイヤーは、それぞれが分離して設置されて独立して移動するわけではなく、一体に構成され、ウインチの巻回動作に応じて、実質的に1つのワイヤー状の部材として移動する。 そうすると、ウインチワイヤー側(甲1−1発明)から、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」(本件発明1)に調整手段の設置位置を変更しようとすることは、単に、1つのワイヤー状の部材および当該部材に近接している吊張体の中での設置位置の変更と考えることができる。」と主張するが、上記ア(ア)で認定したとおり、甲1−1発明において、停止具9のウインチワイヤー5への固定位置が位置決めされた後、連結管7と停止具9とが当接され、吊り上げワイヤーとウインチワイヤーとが一体として移動するのだから、吊り上げワイヤーとウインチワイヤーとが一体となった状態で停止具9の位置を移動させることは、明らかに不可能である。よって、請求人の主張は採用できない。

なお、請求人は、令和3年2月5日に提出した上申書において、甲第1号証及び甲第3号証から容易に発明できる旨、主張する。
しかしながら、上記のとおり、甲1−1発明は、吊り上げワイヤーは、ウインチワイヤーに移動自在に挿通された筒状の連結管を介してウインチワイヤーに取り付けられ、及びウインチワイヤーに固定された停止具に当接することにより吊り上げワイヤーを上昇移動すべく構成したのであるから、甲1−1発明に、甲第3号証に記載された事項を適用することにより、前記連結管及び停止具に加えて、吊り上げワイヤーの下端部に、さらに、取付位置微調整のための手段であるワイヤロック及びターンバックルを設ける必要性があるものとは認められない。
また、上記のとおり、甲第3号証に記載された事項は、調整手段が取り付けられる位置が異なる上、目的も異なるものであるから、甲1−1発明の連結管及び停止具からなる構成に替えて、甲第3号証に記載のワイヤロック及びターンバックルを適用する動機付けも見当たらない。
さらに、甲1−1発明は、上記のとおり、ウインチワイヤーに連結管を設けているのであるから、甲第3号証に記載された事項を適用し、本件発明1のように、「吊張体、又は/及び吊り上げワイヤーの他端側」に設けるよう設計変更することは、阻害要因があるといえる。
よって、請求人の主張は採用できない。

以上のことから、本件発明1は、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された事項から、当業者が容易に発明できたものとはいえない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の「屋内のネット等の吊張り方法」のカテゴリーを変更し、「屋内のネット等の吊張り装置」としたものであるから、上記「1 本件発明1について」の検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第1号証乃至甲第3号証に記載された事項から、当業者が容易に発明できたものとはいえない。

(3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明2の「屋内のネット等の吊張り方法」をさらに限定したものであるから、上記「1 本件発明1について」の検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第1号証乃至甲第5号証記載の発明から、当業者が容易に発明できたものとはいえない。

(4)無効理由4についてのまとめ
以上のとおりであるから、本件発明1乃至3は、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではなく、特許法第29条第2項の規定に違反してなされた出願にされたものではない。
したがって、請求人が主張する無効理由1によっては、同法第123条第1項第2号の規定に違反するものとして請求項1乃至3に係る特許を無効とすることはできない。


第6 むすび
以上のとおり、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明は明確であるから、本件発明1及び2に係る特許は、無効理由1により無効とすることはできない。
また、特許請求の範囲の請求項4に記載された発明は明確でないから、本件発明4に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効理由1により無効とすべきものである。
また、特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、無効理由2により無効とすることはできない。
また、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の記載は、請求項1及び2に記載された発明を当業者が容易に実施できる程度に記載したものであるから、本件発明1及び2に係る特許は、無効理由3により無効とすることはできない。
また、本件特許明細書等の発明の詳細な説明の記載は、請求項4に記載された発明を当業者が容易に実施できる程度に記載されておらず実施可能要件を満たさないから、本件発明4に係る特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効理由3により無効とすべきものである。
また、本件発明1乃至3に係る特許は、甲第1号証乃至甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易にすることができたものではなく、無効理由4により無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定において準用する民事訴訟法第61条の規定により、その4分の3を請求人の負担とし、4分の1を被請求人の負担とすべきものとする。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。
 
審理終結日 2021-03-09 
結審通知日 2021-03-17 
審決日 2021-04-06 
出願番号 P2004-101282
審決分類 P 1 113・ 537- ZC (A63B)
P 1 113・ 536- ZC (A63B)
P 1 113・ 121- ZC (A63B)
最終処分 03   一部成立
特許庁審判長 尾崎 淳史
特許庁審判官 藤本 義仁
藤田 年彦
登録日 2004-09-24 
登録番号 3598508
発明の名称 屋内のネット等の吊張体の吊張り方法、及びその装置  
代理人 沖 達也  
代理人 佐藤 大輔  
代理人 田中 成志  
代理人 藤本 正紀  
代理人 山田 徹  
代理人 橘 哲男  

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