• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C07B
審判 全部申し立て 2項進歩性  C07B
審判 全部申し立て 5項1、2号及び6項 請求の範囲の記載不備  C07B
審判 全部申し立て 特36 条4項詳細な説明の記載不備  C07B
管理番号 1079774
異議申立番号 異議2000-70927  
総通号数 44 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1992-01-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2000-03-06 
確定日 2003-07-07 
異議申立件数
事件の表示 特許第2945693号「液相フッ素置換」の特許に対する特許異議の申立てについてした平成14年2月5日付け取消決定に対し、東京高等裁判所において決定取消の判決(平成14年(行ケ)313号、平成15年2月25日判決言渡)があったので、さらに審理したうえ、次のとおり決定する。 
結論 特許第2945693号の請求項1~13に係る特許を維持する。 
理由 1.手続の経緯
本件特許第2945693号の請求項1~13に係る発明の出願は、平成1年9月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理1988年9月28日、米国)を国際出願日とする特許出願であって、平成11年6月25日にその特許権の設定登録がなされ、その後、異議申立人宮崎厚より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知され、その指定期間内に訂正請求がなされ(該訂正請求は、平成15年5月30日付けで取り下げられた。)、平成14年2月5日付けで「訂正を認める。特許第2945693号の請求項1~13に係る特許を取り消す。」旨の取消決定がなされたものである。
これに対して、本件特許の特許権者により、当該取消決定の取消しを求める訴えが東京高等裁判所に提起された(平成14年(行ケ)第313号)後訂正審判の請求がなされ、当審で同請求を訂正2002-39216号事件として審理したところ、「特許第2945693号に係る明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決がなされ、平成15年2月25日に東京高等裁判所において、「特許庁が異議2000-70927号事件について平成14年2月5日にした決定を全部取り消す。」との判決の言渡しがあった。

2.本件発明
本件の請求項1~13に係る発明(以下、「本件発明1~13」という。)は、上記訂正審判の訂正審決により確定した訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1~13に記載された次のとおりのものである。
「【請求項1】a.水素含有化合物を、液状のパーフルオロカーボン、完全ハロゲン置換されているクロロフルオロカーボンまたはクロロフルオロエーテル媒体中に、この媒体を撹拌しながら入れ、結果として、該水素含有化合物を該液状媒体内に溶解もしくは分散させ;
b.フッ素ガスと希釈ガスとの混合物(ここで、ガス混合物中のフッ素濃度が10~40%である)を該媒体中に導入して、該水素含有化合物をフッ素置換し(該置換に際し、気体区域中の該液状のパーフルオロカーボン、完全ハロゲン置換されているクロロフルオロカーボンまたはクロロフルオロエーテル媒体およびフッ素が可燃性混合物を形成しないように該フッ素を希釈し、そして該液状媒体内に存在する水素含有化合物の水素原子の全てをフッ素で置換するのに必要な化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入する);そして
c.該液状媒体に導入された水素含有化合物が完全フッ素置換されるまで、工程bの条件下での該媒体中へのフッ素ガスの導入を続けてフッ素置換を継続する;
ことを含む液相完全フッ素置換のための方法。
【請求項2】該完全ハロゲン置換されているクロロフルオロカーボンが1,1,2-トリクロロトリフルオロエタンである請求の範囲1の方法。
【請求項3】該完全ハロゲン置換されているクロロフルオロエーテルが完全ハロゲン置換されているクロロフルオロポリエーテルである請求の範囲1の方法。
【請求項4】該完全ハロゲン置換されているクロロフルオロエーテルが(CF2Cl)2CFOCF2OCF(CF2Cl)2、またはCF2ClCF2OCF2OCF2CF2Clである請求の範囲3の方法。
【請求項5】該液状媒体が該フッ素置換により完全フッ素置換されている生成物と同じである請求の範囲1の方法。
【請求項6】該水素含有化合物を最初に溶媒に溶解し、次いで溶液状で該液状媒体中に導入する請求の範囲1の方法。
【請求項7】該フッ素置換をフッ化水素捕集剤の存在下行う請求の範囲1の方法。
【請求項8】該フッ化水素補集剤がフッ化ナトリウムである請求の範囲7の方法。
【請求項9】該フッ素置換のガス状生成物を、フッ化水素捕集剤を含有している床を通して循環させた後、これを該フッ素置換用反応槽に再導入する請求の範囲1の方法。
【請求項10】該液状媒体の沸点未満の温度であるが、副生成物のフッ化水素を該反応槽から除去するのに充分に高い温度で、該フッ素置換反応をフッ化水素捕集剤なしで行う請求の範囲1の方法。
【請求項11】フッ素ガスを、紫外光で照射することなく液状媒体中に導入し、そしてフッ素の導入を紫外光で照射することなく継続する請求の範囲1の方法。
【請求項12】a)水素含有化合物を、液状のパーフルオロカーボン、完全ハロゲン置換されているクロロフルオロカーボンまたはクロロフルオロエーテル媒体中に、この媒体を撹拌しながら入れ、結果として、該水素含有化合物を該液状媒体内に溶解もしくは分散させ;
b)フッ素ガスと希釈ガスとの混合物を該媒体中に導入して、該水素含有化合物をフッ素置換し(該置換に際し、気体区域中の該液状のパーフルオロカーボン、完全ハロゲン置換されているクロロフルオロカーボンまたはクロロフルオロエーテル媒体およびフッ素が可燃性混合物を形成しないように該フッ素を希釈し、そして該液状媒体内に存在する水素含有化合物の水素原子の全てをフッ素で置換するのに必要な化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入し、そして該ガス混合物のフッ素含有量が10%~40%である);
c)該フッ素置換反応を-40℃~150℃の温度に保持し;
d)該フッ素置換中、該水素含有化合物をフッ化水素捕集剤と接触させ(該水素含有化合物に対するフッ化水素補集剤の量が、フッ素置換中に生成してくるフッ化水素と反応するのに充分である);そして
e)該液状媒体に導入された水素含有化合物が完全フッ素置換されるまで、工程b、cおよびdの条件下で該媒体中へのフッ素ガスの導入を続けてフッ素置換を継続する;
ことを含む液相完全フッ素置換のための方法。
【請求項13】ガス出口流中のフッ素濃度が2~4%の間である請求の範囲12の方法。」

3.特許異議申立ての理由の概要
特許異議申立人は、証拠として本願出願前に頒布されたことが明らかな刊行物である甲第1~4号証を提示して、訂正前の本件請求項1、2、5、7、8、11、12に係る発明は甲第1号証に記載された発明であるから、また訂正前の本件請求項1、5、7、8、11、12に係る発明は甲第2号証に記載された発明であるから、訂正前の本件請求項1、2、5、7、8、11、12に係る発明は特許法第29条第1項第3号に該当し、特許法第29条第1項の規定に違反して特許されたものであり、また、訂正前の本件請求項1~8、10~13に係る発明は甲第1~4号証に記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、さらに、訂正前本件請求項1~13に係る発明について、本件明細書の記載が不備であるから、特許法第36条第3項又は第4項の規定に違反してなされたものであり、したがって、訂正前の請求項1~13に係る発明の特許は取り消されるべき旨、主張している。

4.取消理由通知の概要
訂正前の請求項1、5、7、8、11、12に係る発明は、下記刊行物1に記載された発明であるから、訂正前の請求項1、5、7、8、11、12に係る発明の特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してなされたものであり、また、訂正前の請求項1~13に係る発明は、下記刊行物1~4に記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、訂正前の請求項1~13に係る発明の特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、訂正前の請求項1~13に係る発明の特許は取り消されるべきである、というものである。

5.各引用刊行物に記載された事項
甲第1~4号証及び刊行物1~4は以下のとおりである。
刊行物1:米国特許第3455954号明細書(特許異議申立人が提出し た甲第2号証)
刊行物2:特開昭63-211247号公報(同甲第1号証)
刊行物3:特開昭61-186338号公報(同甲第3号証)
刊行物4:特開昭55-145628号公報(同甲第4号証)

刊行物1には、
1-イ:第1欄下から2行~2欄6行には、環状フッ素化カーボネートの製造例として、1,2-ジフルオロ-1,2-ジメチルエチレンカーボネートをフッ素ガスで直接フッ素化して1,2-ジフルオロ-1,2-ビス(トリフルオロメチル)エチレンカーボネートを製造する点が記載されている。
1-ロ:「溶媒または懸濁媒体として作用する不活性な希釈媒体を用いてもよい」(第3欄4行~5行)と記載されている。
1-ハ:第3欄11行~16行には、フッ素-不活性液体状の媒体としてペルフルオロオクタン、ペルフルオロヘキサンの如きペルフルオロ化ハイドロカーボン;ペルフルオロシクロヘキサン;ペルフルオロブチルフランの如きペルフルオロ環状エーテル;トリスペルフルオロ(n-ブチル)アミンの如きペルフルオロ第三アミン等が使用できる点が記載されている。
1-ニ:第2欄下から7行~第3欄3行には、フッ素ガスは、窒素ガスまたは他の不活性ガスにより希釈され、その濃度は0.1~40%とするのが好ましい点、100%フッ素がガス気流、つまり希釈していないフッ素を大いに注意を払い、ゆっくり添加する点が記載されている。
1-ホ:「フッ素ガス量は、少なくとも化学量論量となるに充分な時間、
フッ素ガスを反応系中に導入され、通常の場合には、過剰のフッ素が供給される」(第2欄51~53行)と記載されている。

刊行物2には、
2-イ:「(1)一般式:CR1R2R3R4(式中R1は、炭素原子1~10個のペルフルオルアルキル又は炭素原子2~10個のペルフルオルアルキルエーテルであり、R2およびR3は互いに同じか別異にして、ふっ素、炭素原子1~10個のペルフルオルアルキル又は炭素原子2~10個のペルフルオルアルキルエーテルであり、R4は、ふっ素又は、随意ふっ素以外のハロゲン原子を含む炭素原子2~10個のフルオルアルキルであり、或はR1およびR3は一緒になって、鎖中酸素原子1~2個を随意含む炭素原子2~10個の二価ペルフルオルアルキルを形成しうる)の化合物を製造するに際し、元素状ふっ素と少なくとも部分ハロゲン化せるエーテル化合物とを、ペルフルオルポリエーテルよりなる反応溶媒および出発物質の水素原子1個当たり1~10モル範囲量のアルカリ金属ふっ化物の存在下、20~150℃の範囲の温度で反応させることを包含する方法。」(特許請求の範囲第1項)と記載され、また「(3)元素状フッ素が不活性ガスで希釈されている」(特許請求の範囲第3項)と記載されている。
2-ロ:「本発明の方法は、不活性ガスで希釈した気体F2を、出発物質とアルカリふっ化物を含むペルフルオルポリエーテルよりなる液相に供給することにある。F2は、不活性ガス好ましくはN2若しくはアルゴンに関し概ね20~30%量で存在する。」(第3頁右上欄下から10行~5行)と記載されている。
2-ハ:第3頁右下欄19行~第4頁右上欄1行の例1には、FomblinRY04中に3Nl/hrのF2と3Nl/hrのN2の混合物を送入し、溶液を飽和させ、次いで9時間にわたりフッ素化される化合物を1ml/hrの割合で供給し、完全フッ素置換された化合物を得る点が記載されている。
2-ニ:第5頁の例6(比較テスト)には、例1のFomblinRY04の代わりに1,1,2-トリクロルトリフルオロエタンを用いる点が記載されている

刊行物3には、
3-イ:「本発明のPFCは、以下の液相フッ素化方法によって、部分的フッ素化あるいは非フッ素化化合物から合成される。
(a)フッ素化は不活性な液状媒体中で-75℃から+100℃で実施される。
(b)不活性な液状媒体は、F-へキサン(FC-72)および/又は1,1,2-トリクロロ-1,1,2-トリフルオロエタン(F-113)である。
(c)無希釈あるいは希釈(分子状)フッ素(F2)が用いられる。
(d)中間体炭素ラジカルが相互に反応するよりもF2と反応するよう、F2は(反応中)常時化学量論的に過剰に維持される。
(e)フッ素化すべき化合物は、それが溶媒によって急速に希釈され、その濃度がF2に比して低く保たれるよう、また有効な熱分散が生じるよう、激しく攪拌しながら徐々に、計量導入される。」(第5頁右上欄3~20行)
と記載されている。
3-ロ:「窒素、ヘリウム、アルゴンのような不活性ガスで希釈されたフッ素ガスはまたこの方法においても用いることができる。」(第6頁右上欄4~7行)と記載されている。
3-ハ:第8頁左下欄14行~同右下欄の3行の実施例8には、F113中の2-エチルオクタハイドロベンゾフランの溶液を、フッ素で飽和したFC-72の反応媒体中にポンプ装入することが記載されている。

刊行物4には、
4-イ:特許請求の範囲第1~3項には、アリールオキシ化合物をハロゲン化炭化水素等の不活性な媒体中でフッ素ガスを用いてフッ素化してアリールオキシ化合物にフッ素を導入するフッ素化方法が記載されている。
4-ロ:第2頁右下欄下から3行~第3頁左上欄12行には、不活性な媒体として、ハロゲン化炭化水素(クロロ炭化水素、クロロフルオロ炭化水素、パーフルオロ炭化水素など)、エーテル類(パーフルオロエーテル類など)、パーフルオロトリブチルアミン等が記載されている。
4-ハ:「本発明は・・・不活性な媒体中においてアリールオキシ化合物をフッ素ガスにより直接フッ素化してモノフッ素化を行なう方法に関する」
(第1頁右下欄8~12行)と記載され、また「アリールオキシ化合物のモノフッ素化を特に選択的に行うことができ」(第2頁右上欄11~12行)
と記載されている。

6.対比・判断
(1)本件発明1について
(ア)特許法第29条第1項について
刊行物1には、1,2-ジフルオロー1,2-ジメチルエチレンカーボネートをフッ素ガスでフッ素化して1,2-ジフルオロー1,2-ビス(トリフルオロメチル)エチレンカーボネートを製造すること(上記記載1-イ参照)、溶媒または懸濁媒体として作用する不活性な希釈媒体を用いること(上記記載1-ロ参照)が記載されており、本件発明1と刊行物1に記載の方法を対比する。
刊行物1の「1,2-ジフルオロー1,2-ジメチルエチレンカーボネート」は本件発明1の水素含有化合物に相当し、「1,2-ジフルオロー1,2-ビス(トリフルオロメチル)エチレンカーボネート」は、本件発明1の水素含有化合物の水素原子の全てがフッ素置換された生成物に相当するものであって、両者は液状媒体中に水素含有化合物を溶解もしくは分散させ、該液状媒体内にフッ素ガスを導入することによる液相完全フッ素置換方法に関するものである。
まず液状媒体についてみると、刊行物1にはペルフルオロ化ハイドロカーボン、ペルフルオロブチルフランのようなペルフルオロ環状エーテル、ペルフルオロ第三アミンが例示され(上記記載1-ハ参照)、接頭語ペルとパーは同意語であるから、刊行物1の「ペルフルオロ化ハイドロカーボン」は本件発明1の「パーフルオロカーボン」に相当し、刊行物1の液体媒体がペルフルオロ化ハイドロカーボンであるものについては、本件発明1における液状媒体と重複している。
また、フッ素ガスについてみると、本件発明1はフッ素ガスと希釈ガスとの混合物で、ガス混合物中のフッ素濃度が10~40%であるのに対し、刊行物1には、フッ素ガスは窒素ガスまたは他の不活性ガスにより希釈され、その濃度は0.1~40%とするのが好ましい(上記記載1-ニ参照)と記載されており、希釈ガスで希釈されたフッ素濃度が10~40%のフッ素ガスを使用する点においても両者は重複している。
そうしてみると、両者は「水素含有化合物を液状の特定の媒体中に溶解若しくは分散させ、特定の液状媒体中で水素含有化合物の水素原子の全てをフッ素ガスと希釈ガスとの混合物であるガス混合物中のフッ素濃度が10~40%の希釈フッ素ガスにより、フッ素置換する液相完全フッ素置換方法である点で一致しているが、本件発明1の方法は、(A)フッ素置換に際し、気体区域中の該特定の液状媒体およびフッ素が可燃性混合物を形成しないように該フッ素を希釈すること、及び(B)液状媒体内に存在する水素含有化合物の水素原子の全てをフッ素で置換するのに必要な化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入し、液状媒体に導入された水素含有化合物が完全フッ素置換されるまで、工程bの条件下で(つまり液状媒体内に存在する水素含有化合物の水素原子の全てをフッ素で置換するのに必要な化学量論的過剰量の割合で)の該媒体中へのフッ素ガスの導入を続けて、フッ素置換を継続すること、の構成を特定しているのに対し、刊行物1に記載の方法にはそれらの構成について記載がない点で相違している。
これらの構成(A)、(B)の有無の相違についてさらに検討する。
構成(A)についてみると、「フッ素置換に際し、気体区域中の該特定の液状媒体およびフッ素が可燃性混合物を形成しないように該フッ素ガスを希釈する」は、具体的にフッ素ガスをどのようにして希釈するのかその技術的な手段は明りょうではないが、本件特許公報の第4頁左欄45行~同頁右欄5行に、フッ素ガスは窒素の如き不活性ガスで希釈し、フッ素濃度が10~40%のときうまく働く旨記載され、また、特許異議意見書の第5頁の8~10行に「本件特許発明に従い、フッ素ガスと希釈ガスを特定の液状媒体に導入する段階を採用すれば、液相上の蒸気を安全に可燃性限界未満に維持できる」旨記載されていることを参酌すれば、特定の液状媒体に導入するフッ素ガスを窒素の如き不活性の希釈ガスでガス濃度10~40%希釈したフッ素ガスを選択して用いることにより達成できるものと解される。そして、刊行物1にはフッ素ガスは窒素ガスまたは他の不活性ガスにより希釈され、その濃度は0.1~40%とするのが好ましいこと及び100%の希釈していないフッ素を用いる際は大いに注意を払い、ゆっくり添加すると記載されていることからみれば、フッ素ガスをある程度に希釈して用いれば安全であることも示されており、しかも本件発明1と同様な濃度範囲に希釈したガスを用いているのであるから、刊行物1の液相完全フッ素置換方法においても、気体区域中に可燃性混合物は形成されず安全であると解される。 してみれば、両者はフッ素を希釈して可燃性混合物を形成しないようにする点において実質的に差異はない。

しかし、構成(B)についてみると、刊行物1には、「フッ素ガス量は、少なくとも化学量論量となるに充分な時間、フッ素ガスを反応系中に導入され、通常の場合には、過剰のフッ素が供給される」(上記記載1-ホ参照)と記載され、刊行物1の液相完全フッ素置換方法は、水素含有化合物が完全フッ素置換されるまで特定液状媒体中に特定濃度の希釈フッ素ガスを導入し続け、フッ素ガスの使用量が最終的に合計で化学量論的過剰量になるまで希釈フッ素ガスを導入してフッ素置換反応を継続するものであるのに対し、本件発明1の液相完全フッ素置換方法は、液状媒体内に存在する導入された水素含有化合物に対して常に化学量論的過剰量の割合のフッ素ガスを導入し続けるものであるから、上記構成(B)の点で上記刊行物1に記載の液相完全フッ素置換方法とは明らかに相違し、本件発明1は刊行物1に記載された発明ではない。

次に、刊行物2には不活性ガスで希釈した元素状フッ素とハロゲン化せるエーテル化合物とを、ペルフルオルポリエーテル(本件発明1の液状媒体とは異なる)よりなる反応溶媒中でアルカリ金属フッ素化物の存在下に反応させてフッ素化する方法が記載され(上記記載2-イ参照)、さらに液相に供給するフッ素ガス濃度について、20~30%量であることが記載され(上記記載2-ロ参照)、具体的には例1として、FomblinRY04(ペルフルオルポリエーテル)中に、3NI/hrのF2と3NI/hrのN2の混合物(フッ素濃度は50%)を送入し、溶液を飽和させ、次いで9時間にわたりフッ素化される化合物をlml/hrの割合で供給する(上記記載2-参照)と記載されており、フッ素ガスを導入して飽和させた媒体中にフッ素化する化合物を導入し続けて反応を行う方法が示されているにすぎない。ここで、本件発明1と刊行物2に記載の方法を対比すると、刊行物2のものが、フッ素ガス濃度について、20~30%量で用いるとしても、フッ素ガスを導入して飽和させた媒体中にフッ素化する化合物を導入し続けて反応を行う方法であるのに対して、本件発明1の液相完全フッ素置換方法は液状媒体の種類の点及び液状媒体内に存在する導入された水素含有化合物に対して常に化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入し続ける上記構成(B)の点で刊行物2に記載の液相完全フッ素置換方法とは明らかに相違している。
また、刊行物2の例6(比較テスト)には、例1のFomblinRY04の代わりに1,1,2-トリクロルトリフルオロエタン(本件発明1のクロロフルオロカーボンに相当する)を用いること(上記記載2-ニ参照)が記載されているけれど、例6で引用する例1の方法は上記のようにフッ素濃度が50%で、フッ素ガスを導入して飽和させた媒体中にフッ素化する化合物を導入し続けて反応を行う方法であるから、例6(比較例)に記載の方法も本件訂正発明1の液相完全フッ素置換方法とは構成(A)及び(B)の点で明らかに相違し、本件発明1は刊行物2に記載された発明ではない。

(イ)特許法第29条第2項について
本件発明1は、フッ素が特定の液状媒体の可燃限界以下となるようにフッ素を希釈し、希釈したフッ素ガスを水素含有化合物の水素原子の全てを置換するに必要な化学量論的過剰で導入し、水素含有化合物全てが該液状媒体に導入され、そしてフッ素置換されるまで継続するという穏やかな条件によって、フッ素置換された分子上の化学的官能基を保存することを可能とし、高い収率で純粋な形状で生成物を得るというものである。
これに対し、刊行物1及び2には液状媒体内に存在する導入された水素含有化合物に対して常に化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入し続けるというフッ素ガスの導入方法とフッ素置換された分子上の化学的官能基を保存することを可能とし、高い収率で純粋な形状で生成物が得られることとの関連については記載も示唆もされていない。

そして、刊行物3には、本件発明1に記載の液状媒体と同じである不活性な液状媒体中で希釈フッ素を用い、フッ素は反応中、常時化学量論的に過剰に維持し、フッ素化すべき化合物を、その濃度がF2に比して低く保たれるよう、また有効な熱分散が生じるよう、激しく攪拌しながら徐々に、導入する液相完全フッ素置換方法が記載され(上記記載3-イ、ロ参照)また、具体的な方法として、実施例8にF113(1,1,2-トリクロロー1,1,2-トリフルオロエタン)中の2-エチルオクタハイドロベンゾフラン(フッ素化される化合物)の溶液を、フッ素で飽和したFC-72(F-へキサン)の反応媒体中にポンプ装入すること(上記記載3-ハ参照)が記載されているにすぎない。
刊行物3には、フッ素は反応中、常時化学量論的に過剰に維持する点が記載されているが、これは単にフッ素化反応においてフッ素化剤の量を過剰にしておくという一般的な化学量論的なことを意味するものであり、かつ刊行物3のフッ素化すべき材料をフッ素に比し低く保つように徐々に導入するとの記載からみれば、液状媒体内に存在する水素含有化合物に対して常に化学量論的過剰量の割合でフッ素ガスを導入し続けることを具体的に示唆するものではなく、しかも、上記構成(B)の特定のフッ素ガスの導入方法とフッ素置換された分子上の化学的官能基を保存することを可能とし、高い収率で純粋な形状で生成物を得られることとの関連については記載も示唆もない。

また、刊行物4には、本件発明1の液体媒体に包含される不活性な媒体中でアリールオキシ化合物をフッ素ガスにより直接フッ素化する方法が記載されている(上記記載4-イ、ロ)がモノフッ素化を特に選択的に行う方法に関する(上記記載4-ハ参照)ものであって、完全フッ素置換方法については記載も示唆もされていない。

してみると、刊行物1~4のいずれにも、フッ素置換された分子上の化学的官能基を保存することを可能とし、高い収率で純粋な形状で生成物を得るために、本件発明1の構成(B)を採用する点については記載も示唆もされていないから、本件発明1が、これらの各刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず、これらの刊行物1~4の記載を合わせて考慮しても、上記構成(B)の点を導き出すことはできない。
そして、本件発明1は特定液状媒体を使用することと上記構成(A)及び(B)を備えることにより、穏やかな条件によってフッ素置換された分子上の化学的官能基を保存することが可能となり、幅広い種類の水素含有化合物がこの液相フッ素置換を用いて完全フッ素置換でき、より高い収率およびより純粋な形状で得られるという、明細書記載の効果(本件特許公報第3頁左欄11~29行参照)を奏するものであると認められる。
したがって、本件発明1は上記刊行物1~4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(2)本件発明2~11について
本件発明2~11はいずれも本件発明1を引用しており、それを技術的に限定した発明であるから、本件発明2~11は上記本件発明1と同様の理由により、刊行物1、2に記載された発明であるとも、刊行物1~4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(3)本件発明12及び13について
本件発明12は本件発明1を構成する特定事項をその主たる特定事項として含む発明であり、本件発明13は本件発明12を引用し、それを技術的に限定した発明であるから、本件発明12及び13は上記本件発明1と同様の理由により、刊行物1、2に記載された発明であるとも、刊行物1~4に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

(4)本件の特許出願が平成6年法改正前の特許法第36条第3項または第4項に規定する要件を満たしていないとする下記(ア)~(ウ)の点について
(ア)パーフルオロカーボンには実施例70として記載の「Fluorinert FC-75」(3M Coroporation;パーフルオロ(2-n-ブチルテトラヒドロフラン)およびパーフルオロ(2-n-プロピルテトラヒドロフラン)の混合物:実施例70の記載参照)は含まれず、訂正前の本件発明1~13の技術手段が不明であるから、訂正前の本件発明1~13の構成の記載に不備があるとする点。
本件発明1には「クロロフルオロカーボン」または「クロロフルオロエーテル」とを分けて記載されていることからみれば、その「エーテル」に相当する記載を省いた片方に相当する「パーフルオロカーボン」なる記載にはエーテル結合を包含するものは除かれており、フッ素と炭素のみを有する化合物を意味するものと解するのが一般的である。本件特許公報の第3頁左欄24~27行に「他の完全ハロゲン置換されている・・・パーフルオロカーボン類、例えば実施例70に記述するFluorinert FC-75も使用できる。」と記載されているが、これはあくまで、「パーフルオロカーボン類」がパーフルオロ(2-n-ブチルテトラヒドロフラン)およびパーフルオロ(2-n-プロピルテトラヒドロフラン)を含むことを示しているもので、「パーフルオロカーボン」それ自体についての記載ではないから別に矛盾するものでもない。
そして、実施例70に液状媒体としてパーフルオロ(2-n-ブチルテトラヒドロフラン)およびパーフルオロ(2-n-プロピルテトラヒドロフラン)が記載されているとしても、それは単に、実施例以外のものが実施例として記載されているにすぎず、本件発明1~13の「パーフルオロカーボン」の意味がそのことによって不明りょうになるものとはいえない。

(イ)特許請求の範囲の「製品」(訂正前の請求項5)及び「溶液中の該液状媒体中に導入する」(訂正前の請求項6)の意味するものが不明りょうであるとする点。
訂正明細書の各請求項において該記載事項はそれぞれ「生成物」及び「溶液状で該液状媒体中に導入する」と記載されており、不明りょうな点は解消されている。

(ウ)明細書には紫外線光を用いた反応については全く記載がないのに対し、請求項1~13には紫外光線なしで反応を行うと特定されていないので不備であるとする点。
本件の明細書には「紫外線光なし」の特殊な環境条件でしか反応が起こらないと記載されているものではなく、単に紫外光線なしでも反応を行うことができることを示しているにすぎず、「紫外光線なしに反応を行う」こと自体が本件発明の構成に欠くことができない技術的事項(必須の構成要件)ではない。
そして、異議申立人は単に上記のような主張をしているのみで、本件発明1~10、12、13(なお、本件発明11には「紫外光を照射することなく」と特定されている。)がこの点を必須の構成要件とすることを裏付ける具体的な根拠は何も示されておらず、また、そのように解すべき理由も特に見当たらないので、特許請求の範囲に「紫外光線なしで反応を行う」との特定や詳細な説明の項に紫外線光を用いた反応例の記載がないからといって、直ちに特許法第36条第3項又は第4項違反としなければならない程の不備があるものとはいえない。

してみると、本件の特許出願が平成6年法改正前の特許法第36条第3項又は第4項に規定する要件を満たしていないとすることはできない。

7.むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1~13に係る特許を取り消すことができない。
また、他に本件発明1~13に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2002-02-05 
出願番号 特願平1-510887
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C07B)
P 1 651・ 121- Y (C07B)
P 1 651・ 534- Y (C07B)
P 1 651・ 531- Y (C07B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 井上 千弥子  
特許庁審判長 板橋 一隆
特許庁審判官 西川 和子
雨宮 弘治
井上 彌一
岩瀬 眞紀子
登録日 1999-06-25 
登録番号 特許第2945693号(P2945693)
権利者 エクスフルアー・リサーチ・コーポレーシヨン
発明の名称 液相フツ素置換  
代理人 小田島 平吉  
代理人 西森 浩司  
代理人 細田 芳徳  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ