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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性 無効としない H01M
審判 全部無効 4項(5項) 請求の範囲の記載不備 無効としない H01M
審判 全部無効 特36 条4項詳細な説明の記載不備 無効としない H01M
管理番号 1135481
審判番号 無効2004-35146  
総通号数 78 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 1990-02-26 
種別 無効の審決 
審判請求日 2004-03-19 
確定日 2006-04-21 
事件の表示 上記当事者間の特許第2701347号発明「非水電解液二次電池」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 I.手続の経緯
特許出願(特願昭63-209288号) 昭和63年 8月23日
特許登録 平成 9年10月 3日
特許異議申立(ユアサコーポレーション) 平成10年 7月16日
特許異議申立(千葉茂雄) 平成10年 7月21日
特許異議申立(新神戸電機株式会社) 平成10年 7月21日
訂正請求書 平成11年 4月26日
特許異議決定 平成11年12月14日
無効審判請求 平成16年 3月19日
答弁書 平成16年 6月 7日
口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成16年 8月20日
口頭審理陳述要領書(請求人) 平成16年 8月27日
口頭審理(特許庁審判廷) 平成16年 8月27日
上申書(被請求人) 平成16年 9月27日
上申書(請求人) 平成16年10月28日
上申書(被請求人) 平成16年11月 1日
上申書(被請求人) 平成16年12月17日


II.本件発明
本件発明に係る特許については、平成11年04月26日付け訂正請求がなされ、これを認容する平成11年12月14日付け特許異議決定がなされているから、訂正後の請求項1に係る発明は、平成11年04月26日付け訂正請求書に添付された全文訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものであると認める(以下、「本件発明」という)。
「リチウム複合酸化物を正極活物質として用いた正極活物質層を帯状正極集電体の両面にそれぞれ形成することにより構成した帯状正極と、炭素質材料を負極活物質として用いた負極活物質層を帯状負極集電体の両面にそれぞれ形成することにより構成した帯状負極とをそれぞれ具備し、前記帯状正極と前記帯状負極とを帯状セパレータを介して積層した状態で多数回巻回することにより前記帯状正極と前記帯状負極との間にセパレータが介在している渦巻型の巻回体を構成するようにした非水電解液二次電池において、前記帯状正極において前記正極集電体の両面にそれぞれ形成されている一対の正極活物質層の膜厚和Aが80〜250μmの範囲にあり、前記帯状負極において前記負極集電体の両面にそれぞれ形成されている一対の負極活物質層の膜厚和Bが80〜250μmの範囲にあり、前記正極活物質層の膜厚和Aの前記負極活物質層の膜厚和Bに対する比A/Bが0.6〜1.5の範囲にあり、前記正極活物質層の膜厚和Aと前記負極活物質層の膜厚和Bとの膜厚総和(A+B)が250〜500μmの範囲にあることを特徴とする非水電解液二次電池。」

III.請求人の主張及び証拠方法
1.請求人の主張
請求人は、本件発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とするとの審決を求め、無効理由として、審判請求書において、次のとおり主張している。
(1)無効理由1(進歩性):本件発明は、甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に該当するものである。
なお、請求人の具体的な主張は、下記「V.2.請求人の進歩性に関する主張に対して」の項に記載のとおりである。
(2)無効理由2(記載不備):本件特許明細書は、その特許請求の範囲及び発明の詳細な説明が記載不備であるから、特許法第36条第3項及び第4項に違反するものである。
なお、請求人の具体的な主張は、下記「V.3.無効理由2(記載不備)について」の項に記載のとおりである。

2.証拠方法と証拠の記載事項
請求人は、証拠方法として、無効審判請求書に添付して甲第1号証乃至甲第10号証を、口頭審理陳述要領書に添付して甲第11号証乃至甲第15号証を、また口頭審理後に提出された上申書に添付して甲第16号証乃至甲第31号証をそれぞれ提出している。
そして、請求人が提出した証拠方法とその主な証拠の記載事項は、次のとおりである。
2-1.審判請求時に提出された証拠
(1)甲第1号証:特開昭62-90863号公報
(1a)「(1)構成要素として少なくとも、正、負電極、セパレーター、非水電解液からなる二次電池であって、下記I及び/又は下記IIを正、負いずれか一方の極の活物質として用いることを特徴とする二次電池。
I:層状構造を有し、一般式
AxMyNzO2(但しAはアルカリ金属から選ばれた少なくとも一種であり、Mは遷移金属であり、NはAl,In,Snの群から選ばれた少なくとも一種を表わし、x,y,zは各々0.05≦x≦1.10、0.85≦y≦1.00、0.001≦z≦0.10の数を表わす。)
で示される複合酸化物。
II:BET法比表面積A(m2/g)が0.1<A<100の範囲で、かつX線回折における結晶厚みLc(Å)と真密度ρ(g/cm3)の値が下記条件1.70<ρ<2.18かつ10<Lc<120ρ-189を満たす範囲にある炭素質材料のn-ドープ体。」(特許請求の範囲)
(1b)「実施例1
アントラセン油をAr雰囲気下で室温より5℃、1分で昇温し、1200℃で1時間焼成炭化した。この炭素質材料のBET表面積、X線回折から得られる・・・真密度はそれぞれ・・・であった。この試料をボールミル粉砕した平均粒径2μの粉末1重量部をニトリルゴム(比誘電率17.3)のメチルエチルケトン溶液(2wt%濃度)2.5重量部と混合し塗工液とし、10μmの銅箔1cm×5cmの表面に75μmの厚みに製膜した。
これをSUSネットにはさみ、第1図に示す電池の負極とした。
一方、炭酸リチウム1.05モル、酸化コバルト1.90モル、酸化第2スズ0.084モルを混合し、・・・Li1.03Co0.95Sn0.042O2の組成を有する複合酸化物を得た。この複合酸化物をボールミルで平均3μmに粉砕した後、・・・15μmアルミ箔1cm×5cmの片面に100μmの膜厚に塗布した。
これをSUSネットではさんだものを正極とし、0.6モル濃度のLiClO4プロピレンカーボネート溶液を電解液として電池評価を行った。
セパレーターとして、ポリエチレン微多孔膜35μmを用いた。」(第9頁右上欄第10行〜左下欄第19行)
(1c)第18頁第8表の「実施例40」には、負極活物質が「ピッチコークス」である例が記載されている。
(1d)「従来より非水系電池は高エネルギー密度、小型軽量といった性能面では優れているものの、水系電池に比べ出力特性に難点があり、広く一般に用いられるまでに至っていない。特に出力特性が要求される二次電池の分野ではこの欠点が実用化を妨げている一つの要因となっている。
非水系電池が出力特性に劣る原因は水系電解液の場合イオン電導度が高く、・・・非水系の場合・・・低いイオン電導度しか有していないことに起因する。
かかる問題点を解決する一つの方法として電極面積を大きくすること、即ち薄膜、大面積電極を用いることが考えられる。
前記方法は、かかる薄膜、大面積電極を得るのに特に好ましい方法である。」(第7頁右上欄第18行〜左下欄第13行)
(1e)「更に要すれば、集電体、端子、絶縁板等の部品を用いて電池が構成される。又、電池の構造としては、特に限定されるものではないが、正極、負極、更に要すればセパレーターを単層又は複層としたペーパー型電池、積層型電池、又は正極、負極、更に要すればセパレーターをロール状に巻いた円筒状電池等の形態が一例として挙げられる。」(第8頁右下欄第20行〜第9頁第7行)
(2)甲第2号証:特開昭63-121264号公報
(2a)「本発明で用いられる電極活物質は特に限定されるものではないが、一例を示せば、・・・(中略)・・・Li(1-x)CoO2、Li(1-x)・NiO2、・・・(中略)・・・等の無機化合物、フッ化カーボン、グラファイト、・・・(中略)・・・等の炭素材料、ポリアセチレン、ポリ-p-フェニレン等の導電性高分子等が挙げられる。」(第2頁右下欄第5行〜第14行)、
(2b)「電池の構造としては、特に限定されるものではないが、・・・(中略)・・・正極、負極、更に要すればセパレーターをロール状に巻いた円筒状電池等の形態が一例として挙げられる。」(第3頁右上欄第11行〜第16行)、
(2c)「[実施例]
以下、実施例、比較例により本発明を更に詳しく説明する。
実験例1
粒子径70μmのカーボンブラック粉末(略)1重量部をポリアクリロニトリル(重量平均分子量10万)のDMF溶液(10wt%濃度)10重量部と混合し、塗工液を調製した。この塗工液を厚さ10μmの銅箔10cm×1000cmの両面に片面2μmの厚みで塗膜した。(中略)
実施例1
平均粒径2μmのLi1.03Co0.95Sn0.042O2粉末1重量部に対し、平均粒径5μmのグラファイト・・・(中略)・・・塗工液とした。実験例2で得られた導電性被覆アルミ箔19μmを基材としてこの塗工液を片面に塗布乾燥し、100μmの膜厚を有する電極を得た。この電極製膜体から1cm×5cmを切り出し正極とした。
市販の石油系ニードルコークス・・・(中略)・・・塗工液とした。実験例1で得られた導電性被覆銅箔14μmを基材としてこの塗工液を塗布乾燥し、60μmの膜厚を有する電極を得た。この電極製膜体から1cm×5cmを切り出し負極とした。電解液として0.6M LiClO4プロピレンカーボネートを用い第1図に示す電池を組立てた。」(第3頁右上欄第20行〜右下欄第19行)
(3)甲第3号証:「リチウムイオン二次電池の話」西美緒著、1997年5月20日第1版発行、表紙、第37頁〜第57頁、奥付けの写し
(3a)「電池性能の重要な尺度の一つとしてエネルギー密度という数値が使われる。電池の持つエネルギー(放電容量(Ah)と電池電圧(V)を掛けた値。単位はWh)を電池重量または電池体積で割った数値で表し、前者を重量エネルギー密度、後者を体積エネルギー密度と呼ぶ。通常、それぞれの値を重量1kg、体積1dm3当たりの数値に換算し、Wh/kg、Wh/dm3で表している。同じエネルギー(Wh)を有する電池を比較すると、体積エネルギー密度が大きい電池ほど小型化でき、重量エネルギー密度が大きければ軽い電池になる。」(第12頁第1行〜第9行)
(3b)リチウムイオン二次電池の負極用炭素質材料に関する記述があり、理論容量密度(放電容量理論値)に関しては、黒鉛の理論容量密度が、黒鉛1g当たり372mAhであると記載されている(第43頁下から4行〜2行)。コークス(ソフト・カーボン)については、熱処理温度(HTT)により、理論容量密度が約160〜約210mAh/gの間で大きく変わることが記載されている(第47頁の図6.6)。更に、フルフリルアルコール樹脂焼成炭(ハード・カーボン)についても、HTTにより、理論容量密度が、約200mAh/gから300mAh/gを超える値まで変動することが記載されている(第53頁の図6.9)。
(4)甲第4号証:「新版 電気化学便覧」昭和51年9月30日発行、表紙、第677頁、奥付けの写し
(4a)「電池の容量は必ずしも正負両極板が同時に放電終止電圧に達するものではないから、いずれか一方の極板が特に優れていても容量の増大にはあまり意味がない。したがって、両極板が同一性能をもつよう設計することは望ましい」(第677頁第2行〜第4行)
(4b)「放電容量に影響する極板形状には極板厚さと表面積の2因子がある。極板の表面積が同一であっても極板厚が相違すれば単位面積あたりの容量は低下する。」(第677頁第14行〜第15行)
(5)甲第5号証:特開昭61-296652号公報
(5a)「実施例1
厚みが10μm、縦4cm、横125cmの銅箔(重量4.5g)の両面にポリアセチレンスラリーを塗布し、・・・膜厚100μに製膜したものを負極とした。
一方、厚みが10μm、縦4cm、横125cmのアルミ箔(重量1.4g)の両面に、参考例で得られたポリアセチレンスラリーに粉末グラファイト混合したスラリー・・・を塗布し、減圧乾燥して125μmに製膜したものを正極とした。・・・セパレーターとして厚さ40μmのポリエチレン微多孔膜・・・を用い、第1図に示す構造のうず巻き型電池を作成した。」(第3頁右上欄第2行〜第18行)
(6)甲第6号証:特開昭61-77255号公報
(6a)「帯状亜鉛負極と帯状正極とをセパレータを介して巻回した渦巻形電極体を備えた電池であって、亜鉛負極が孔あき金属板の集電体の両面に亜鉛活物質層を具備し、前記集電体を中心にして前記電極体の外面側に位置する亜鉛活物質層の厚みをその反対側の亜鉛活物質層の厚みの1.2〜1.5倍であることを特徴とする円筒形アルカリ亜鉛蓄電池。」(特許請求の範囲)
(7)甲第7号証:特開昭62-272472号公報
(7a)「実施例
図中の1は、電極群である。この電極群1は、負極2及び正極3をポリプロピレン製セパレータ4を介して該負極2が外側に位置するように渦巻状に巻回した構造になっており、・・・つまり、負極2は第2図に示すように負極リード5を有する集電体としてのニッケルエキスパンドメタル6の一方の面に厚さ0.18mm、幅37mm、長さ130mmの帯状のリチウム金属7aを、・・・他方の面に同厚さ、同幅で長さが90mmのリチウム金属7bを夫々圧着した構造になっている。」(第2頁左下欄下から第4行〜右下欄第10行の実施例の項)
(8)甲第8号証:特開昭53-838号公報
(8a)「酸化亜鉛、亜鉛・・・およびフッ素樹脂からなる混合物シートを集電体表面に設けた可撓性を有するシート状亜鉛極と、ニッケル酸化物を導電剤と共に集電体表面に設けた可撓性を有するシート状ニッケル極と、このシート状ニッケル極と前記シート状亜鉛極との間に介在させた耐アルカリ性不織布にポリビニルアルコールとホウ酸との混合物を塗布乾燥して得たセパレータと、これらを渦巻状に巻いてアルカリ電解液と共に収納した円筒缶とで構成したことを特徴とするニッケル-亜鉛蓄電池。」(第1頁左欄特許請求の範囲)
(8b)「銀線をリード線としてスポットウエルドしたイクスパンデットメタルの両面に配置した後、再びロールにかけて接着し、幅3.5cmに切断して亜鉛極とした。ニッケル極としては、・・・ニッケル金網両面にカルボニルニッケルを焼結させたシンター体シートにNi(OH)2を含浸させたものを使用し、・・・電池容量としては約1300〜1500mAHのものを用意した。(中略)
そして、これらを第1図で説明したように渦巻状に巻いて円柱状電極体とし、これを第2図のように円筒缶に入れて電池を構成した。」(第4頁左上欄第4行〜右上欄第2行)
(9-1)甲第9号証の1:本請求人による実験成績証明書
本審判請求人が、本件特許明細書の実施例の記載に基づき、本件特許発明の数値範囲内で様々な膜厚の正極及び負極を作製し、これらを角型容器に収納した場合に、本件特許発明の一効果である「割れが発生しない」か否かを確認した実験報告書である。
(9-2)甲第9号証の2:甲第9号証の1の訳文(省略)
(10)甲第10号証:特開昭63-121248号公報
(10a)「二次電池の分野では従来より鉛電池、ニッケル-カドミ電池が用いられてきたが両者共、小型軽量化という点で大きな問題点を有している。かかる観点から、非水系二次電池が非常に注目されてきているが、未だ実用化に至っていない。その理由の一つは該二次電池に用いる負極活物質でサイクル性、自己放電特性等の実用物性を満足するものが見出されていない点にある。」(第1頁右欄第7行〜第14行)
(10b)「前述の如く、ドーピングを利用した炭素質材料活物質は本来期待されている性能は未だに実用的な観点からは実現されていないのが現状である。」(第2頁右下欄第14行〜第17行)
(10c)「この炭素繊維を・・・SUS製ボールを用いて1時間回転式ボールミル粉砕し、・・・粉粒体を得た。・・・該粉粒体1重量部をニトリルゴム(比誘電率17.3)のメチルエチルケトン溶液(2wt%濃度)2.5重量部と混合し塗工液とし、10μmの銅箔1cm×5cmの表面に75μmの厚みに製膜した。この製膜体をSUSネットにはさみ、第1図に示す電池の負極とした。・・・一方、1cm×5cm×0.1cmのシート状に成形したLiCoO2をSUSネットではさんだものを正極とし、LiClO4の0.6Mプロピレンカーボネート溶液を電解液として電池評価を行った。」(第9頁左上欄第14行〜右上欄第12行)

2-2.口頭審理時に提出された証拠
(11)甲第11号証:「電池及び蓄電池」田川博 表紙、第192頁〜第203頁及び奥付けの写し 昭和28年11月25日初版発行
(12)甲第12号証:「リチウムイオン二次電池の話」目次、1997年5月20日第1版発行、第12頁〜第25頁及び第42頁〜第43頁の写し
(13)甲第13号証:「電池の知識」槇尾年正 表紙、第234頁〜第267頁及び第362頁〜第367頁及び奥付けの写し 昭和6年5月28日発行
(14)甲第14号証:請求人による2004年7月12日付実験成績証明書
(15)甲第15号証:請求人による2004年7月12日付電解液比較実験報告

2-3.口頭審理後に提出された証拠
(16)甲第16号証:特開昭63-121265号公報
(17)甲第17号証:特開昭58-209864号公報
(18)甲第18号証:特開昭63-202850号公報
(19)甲第19号証:特開昭61-116756号公報
(20)甲第20号証:特開昭61-133562号公報
(21)甲第21号証:特開昭61-135071号公報
(22)甲第22号証:特開昭60-1769号公報
(23)甲第23号証:特開昭60-84775号公報
(24)甲第24号証:特開昭60―225375号公報
(25)甲第25号証:特開昭59-173974号公報
(26)甲第26号証:特開昭59-173975号公報
(27)甲第27号証:特開昭54-11430号公報
(28)甲第28号証:「エレクトロニク・セラミクス」82年冬号(発行年 1982年)第61〜65頁
(29)甲第29号証:「電気学会絶縁材料研究会資料」(発行年1985年)、第99〜107頁
(30)甲第30号証:「エレクトロニクス」昭和62年12月号 第38〜44頁
(31)甲第31号証:「豊田中央研究所R&Dレビュー」Vol.22 No.3(1987年10月)第1〜12頁
なお、これら証拠の主なものは、鉛蓄電池とは異なる「インターカレーションタイプの非水電解液二次電池」に関するものであり、そして、その提出の主な趣旨は、下記「V.2.」に示す請求人の主張する「技術常識(i)乃至技術常識(vi)を裏付けようとするためである。

IV.被請求人の反論と証拠方法
1.被請求人の反論
被請求人は、本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め、本件発明についての特許には、請求人が主張するような無効理由は存在しないと主張している。
そして、被請求人は、証拠方法として、口頭審理後に提出された上申書に添付して参考資料1乃至参考資料4を提出している。

2.証拠方法と証拠の記載事項
被請求人が提出した参考資料1乃至参考資料4は、次のとおりである。
(1)参考資料1:被請求人従業員作成に係る陳述書
開発の経緯を説明するもの。
(2)参考資料2:被請求人従業員作成に係る陳述書
(i)ピッチコークス以外の他の炭素質材料を用いたSONY製品の具体例(ii)角形電池のSONY製品の例に関するもの。
(3)参考資料3:実験報告書
負極材料として、グラファイトを用いた場合のクラック発生実験に関するもの。
(4)参考資料4:被請求人従業員作成に係る陳述書(平成16年11月1日付け上申書によって差し替えられたもの)
本件特許出願当時及び現在において、「ピッチコークス」といえば一定の性質のものにほぼ限定されており、一般的に入手可能であったことを説明するもの。

V.当審の判断
1.無効理由1(進歩性)について
(1-1)甲第1号証に記載の発明
請求人は、本件発明と対比する主要な証拠として、甲第1号証又は甲第2号証を引用しているが、これら証拠は、「非水電解液二次電池」に係る極めて類似の証拠であるから、甲第1号証を採用して、以下本件発明と対比することとする。
甲第1号証の上記(1a)には、「構成要素として少なくとも、正、負電極、セパレーター、非水電解液からなる二次電池であって、下記I及び/又は下記IIを正、負いずれか一方の極の活物質として用いることを特徴とする二次電池。
I:層状構造を有し、一般式
AxMyNzO2(但しAはアルカリ金属から選ばれた少なくとも一種であり、Mは遷移金属であり、NはAl,In,Snの群から選ばれた少なくとも一種を表わし、x,y,zは各々0.05≦x≦1.10、0.85≦y≦1.00、0.001≦z≦0.10の数を表わす。)
で示される複合酸化物。
II:BET法比表面積A(m2/g)が0.1<A<100の範囲で、かつX線回折における結晶厚みLc(Å)と真密度ρ(g/cm3)の値が下記条件1.70<ρ<2.18かつ10<Lc<120ρ-189を満たす範囲にある炭素質材料のn-ドープ体。」と記載され、この二次電池の具体例に関する上記(1b)には、「炭素質材料」を10μmの銅箔1cm×5cmの表面に75μmの厚みに製膜して第1図に示す電池の負極としたこと、また「Li1.03Co0.95Sn0.042O2の組成を有する複合酸化物」を15μmアルミ箔1cm×5cmの片面に100μmの膜厚に塗布して正極としたこと、そして、0.6モル濃度のLiClO4プロピレンカーボネート溶液を電解液としたことが記載されている。また、甲第1号証の第1図には、正極と負極との間にセパレータが介在している渦巻型ではない二次電池の構造が図示されているから、これら記載を本件発明の記載ぶりに則って整理すると、甲第1号証には、
「Li1.03Co0.95Sn0.042O2の組成を有する複合酸化物を正極活物質として用いた正極活物質層をアルミ箔1cm×5cmの片面に形成することにより構成した正極と、炭素質材料を負極活物質として用いた負極活物質層を銅箔1cm×5cmの表面に形成することにより構成した負極とをそれぞれ具備し、前記正極と前記負極との間にセパレータが介在している非水電解液二次電池において、前記正極において正極活物質層の膜厚が100μmであり、前記負極において負極活物質層の膜厚75μmであることを特徴とする非水電解液二次電池」
という発明(以下、「甲1発明」という)が記載されていると云える。

(1-2)本件発明との対比
そこで、本件発明と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「Li1.03Co0.95Sn0.042O2の組成を有する複合酸化物」は、本件発明の「リチウム複合酸化物」に相当するが、甲1発明の「銅箔1cm×5cm」や「アルミ箔1cm×5cm」は、本件発明の「帯状負極集電体」や「帯状正極集電体」と云えるものではなく、甲第1号証の第1図の具体的な二次電池の構造も、帯状集電体を巻回した渦巻型と云えるものではないから、両者は、「リチウム複合酸化物を正極活物質として用いた正極活物質層を正極集電体に形成することにより構成した正極と、炭素質材料を負極活物質として用いた負極活物質層を負極集電体に形成することにより構成した負極とをそれぞれ具備し、前記正極と前記負極との間にセパレータが介在している非水電解液二次電池」という点で一致し、次の点で相違していると云える。
(イ)本件発明は、渦巻型の巻回体を構成するようにした「非水電解液二次電池」であり、そのために帯状正極集電体と帯状負極集電体を具備するのに対し、甲1発明は、渦巻型の巻回体を構成するようなものではなく、正極集電体や負極集電体も帯状とはいえない点
(ロ)本件発明では、渦巻型の巻回体において、正極活物質層と負極活物質層が帯状正極集電体と帯状負極集電体の両面にそれぞれ形成されていると共に、その膜厚について「帯状正極において正極集電体の両面にそれぞれ形成されている一対の正極活物質層の膜厚和Aが80〜250μmの範囲にあり、帯状負極において負極集電体の両面にそれぞれ形成されている一対の負極活物質層の膜厚和Bが80〜250μmの範囲にあり、正極活物質層の膜厚和Aの負極活物質層の膜厚和Bに対する比A/Bが0.6〜1.5の範囲にあり、正極活物質層の膜厚和Aと負極活物質層の膜厚和Bとの膜厚総和(A+B)が250〜500μmの範囲にある」と規定されているのに対し、甲1発明では、正極活物質層と負極活物質層が正極集電体と負極集電体の両面にそれぞれ形成されているわけではないし、その膜厚についても、正極活物質層の膜厚が100μm、負極活物質層の膜厚が75μmと限定されているにすぎない点

(1-3)相違点についての判断
次に、これら相違点について検討するに、先ず、本件発明の課題や上記相違点(イ)及び(ロ)の構成の技術的な意味及びその効果について、平成11年04月26日付け訂正請求によって訂正された特許明細書の記載を改めて検討すると、訂正後の特許明細書には、次のような記載がある。
(a)「〔発明が解決しようとする課題〕
しかしながら、負極に炭素質材料を用いたかかる非水電解液二次電池は、負極にリチウム金属を用いた非水電解液二次電池やニッケルカドミウム二次電池に比較して、エネルギー密度が小さいという欠点を持っていた。
本発明の課題は、負極活物質として炭素質材料を用いても、エネルギー密度の高い非水電解液二次電池を得ることにある。」(特許公報第3欄第33行乃至第40行)
(b)「以上の第1表、第2表、第5図および第6図から、本発明における非水電解液二次電池を構成する正極および負極活物質の膜厚和AおよびBに関して、以下に述べるような条件が満たされれば、エネルギー密度の大きい二次電池が得られることがわかる。即ち、正極活物質層の膜厚和Aと負極活物質層の膜厚和Bとがそれぞれ80〜250μm、正極活物質層の負極活物質層に対する膜厚比A/Bが0.6〜1.5、正極活物質層と負極活物質層との膜厚総和(A+B)が250〜500μmの条件が満たされれば、最新のニッケルカドミウム二次電池のエネルギー密度140WH/Lを有する非水電解液二次電池を得ることができる。」(特許公報第8欄第30行乃至第44行に該当する訂正明細書)
(c)「なお、正および負極活物質層の膜厚和AおよびBに関して上述のような条件が満たされると、AおよびB共に250μmを超えることがないので、渦巻型巻回体14をつくる工程中に、活物質が集電体から剥離したりクラックを生じたりする不具合もなくなる。」(特許公報第8欄第45行乃至第49行)
(d)第1表には、負極膜厚和、正極膜厚和及び電極全長に関する32種類の組合せ例が記載されている。
(e)「〔発明の効果〕
本発明は、リチウム複合酸化物を正極活物質として、また炭素質材料を負極活物質としてそれぞれ用いると共に、帯状正極および帯状負極の両面にそれぞれ形成されている一対の正極および負極活物質層の膜厚和AおよびBに所定の条件を満足させるようにしたものである。従って、本発明によれば、最新のニッケルカドミニウム二次電池のエネルギー密度140WH/Lよりも大きいエネルギー密度を有する非水電解液二次電池を提供することができる。また正極および負極をセパレータと共に渦巻状に巻回して巻回体を作る際に、活性物質の割れや集電体からの剥離を防止することができる。このため、此種の非水電解液二次電池について従来から知られている優れたサイクル寿命特性に加えて、大きなエネルギー密度を有する非水電解液二次電池を提供することができる。」(特許公報第9欄)
以上の上記(a)の記載によれば、本件発明の解決すべき主な課題は、負極活物質として炭素質材料を、正極活物質としてリチウム複合酸化物をそれぞれ用いた「非水電解液二次電池」(以下、「リチウムイオン非水系二次電池」という)のエネルギー密度の改善であり、そして、上記(b)乃至(e)の記載によれば、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成は、その課題を解決するための手段であると云える。
すなわち、本件発明は、上記相違点(イ)でいう渦巻型の巻回体の構成を採用すると共に、その巻回体において、上記相違点(ロ)でいう正・負極の両面に塗布する活物質層の膜厚を最適化することによって、その製作工程において発生しやすい活物質の集電体からの剥離やクラックという問題点を解決すると共に、ニッケルカドミニウム二次電池のエネルギー密度140WH/Lよりも大きいエネルギー密度を有する「リチウムイオン非水系二次電池」に関するものであると認められる。
ここで、本件発明の上記相違点(イ)でいう「渦巻型」を採用した動機や上記相違点(ロ)でいう活物質層の膜厚を最適化した動機についてさらに検討すると、「渦巻型」の採用の動機については、本件特許明細書に特に記載されているわけではないが、本件発明のような「非水系二次電池」を開発する場合には、甲第1号証の上記(1d)に「非水系電池が出力特性に劣る原因は水系電解液の場合イオン電導度が高く、・・・非水系の場合・・・低いイオン電導度しか有していないことに起因する。」と記載されている「非水系電解液の低いイオン電導度」という課題の解決が必須であることは自明の事項であるから、本件発明は、この課題を「渦巻型」の採用によって解決したものであると認められる。
もっとも、非水系電解液の上記課題のみならずその解決方法については、甲第1号証の上記(1d)に「かかる問題点を解決する一つの方法として電極面積を大きくすること、即ち薄膜、大面積電極を用いることが考えられる。」と記載されているから、その解決方法は「電極面積を大きくする」という限りでは周知の事項と云えるものであるが、本件発明は、この「電極面積を大きくする」という解決方法の具体的な手段として、「渦巻型」を採用した(電池1本当たりの電極全長を長くする)ものであると認められる。
そして、この「渦巻型」の採用の動機については、被請求人が提出した参考資料1の「陳述書」の「当社における「電池」開発の歴史」の項の記載内容(第2頁及び第3頁)及びその補足のための平成16年12月17日付け上申書、また、ソニー(株)のリチウムイオン非水系二次電池の開発経緯等を紹介した西 美緒著「リチウムイオン二次電池の話」(甲第3号証及び甲第12号証と同じ本件出願日以降に公知となった文献)の「非水電解液の問題点は、水酸化カリウム水溶液のような水溶液系電解液に比べてイオン伝導率が1桁以上低いということである。そのために、・・・電池を図5.5のようなジェリー・ロール構造にして電極面積を大きくしている。そうすることによって電流密度が小さくなるので、インピーダンスを下げることができる。」(第67頁及び第68頁)という記載内容及び「箔(これが集電体になる)の厚さは、アルミニウム20μm、銅10μmで、活物質のコーティングの厚さは片面につき100μm程度である。従って、電極の全体の厚さは200μmくらいで、ニッケル/カドミウム二次電池などに比べると非常に薄い。こうすることによって、電池1本当たりの電極を長くできるのである。・・・これは、非水電解液のイオン伝導率が低いので、電極面積を大きくすることによって電流密度を下げ、電圧降下を抑えるための施策である。」(第91頁乃至第93頁)という記載内容によっても裏付けられていると云える。
次に、上記相違点(ロ)でいう活物質層の膜厚を最適化した動機についてみると、容量(体積)が一定の電池缶内に正・負極活物質を詰め込む非水系二次電池の場合には、非水系電解液の上記解決手段(渦巻型)は、一方では電池容量に寄与しない集電体(金属箔)やセパレータの相対的な体積比率を高めることになるために、結果としてその活物質量の相対的な体積比率の減少による電池容量の低下や活物質層の剥離という新たな問題点を発生させることになるので、本件発明は、この電池容量(エネルギー密度)の低下や活物質層の剥離という問題点を集電体の両面に活物質を塗布すると共にその塗布した正・負極活物質層の膜厚を最適化するという本件発明の上記相違点(ロ)の構成によって解決したものであると認められる。
そして、この点については、本件特許明細書の第1表に示す32種類のデータをみると、これら具体例の中でその電極全長が比較的長い例が本件発明の実施例というものではなく、また電極全長が長い(電極面積が大きい)方がエネルギー密度が高いというものでもなく、電極全長との兼ね合いにおいてその正・負極活物質層の膜厚が最適値である具体例がエネルギー密度の高い本件発明の実施例であるという実験結果からも窺い知ることができると云える。
そうすると、本件発明は、上記相違点(イ)の構成によって非水系電解液のイオン電導度の問題点を解決する一方、この相違点(イ)の構成に伴う電池容量(エネルギー密度)の低下という問題点や活物質層の剥離という問題点を上記相違点(ロ)の構成によって解決したものであるから、本件発明の上記相違点(イ)の構成と上記相違点(ロ)の構成とは、密接に関連した一体不可分な関係にあると云うべきである。
そこで、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)については、このような観点から、以下、特に上記相違点(ロ)について、審判請求時に提出された甲第2号証乃至甲第10号証を検討する。

(審判請求時に提出された証拠の検討)
甲第2号証は、甲第1号証と極めて類似の「非水電解液二次電池」に係る証拠であるから、甲第1号証と同様、本件発明の上記相違点(ロ)の構成について何ら示唆するものではない。
甲第3号証は、その刊行日が「1997年5月20日」であるから、本件出願日である1988年8月23日以降に頒布されたものであり、また、この証拠に記載の内容が本件出願前に知られたものであるとする他の証拠も見当たらないから、この証拠に記載の「リチウムイオン非水系二次電池」に係る事実や技術水準に関する内容は、基本的には、本件出願日前に公知であったとは云えないものである。特に、甲第3号証の第37頁の図5.5には、リチウムイオン非水系二次電池の巻き構造のジェリー・ロール・タイプが図示されているが、この図は、1995年の刊行物から出典されたものであると明記されているから、本件出願日前に公知であったとは云えない。もっとも、甲第3号証の上記(3a)の「電池性能の重要な尺度の一つとしてエネルギー密度という数値が使われる。電池の持つエネルギー(放電容量(Ah)と電池電圧を(V)を掛けた値。単位はWh)を電池重量または電池体積で割った数値で表し、前者を重量エネルギー密度、後者を体積エネルギー密度と呼ぶ。通常、それぞれの値を重量1kg、体積1dm3当たりの数値に換算し、Wh/kg、Wh/dm3で表している。同じエネルギー(Wh)を有する電池を比較すると、体積エネルギー密度が大きい電池ほど小型化でき、重量エネルギー密度が大きければ軽い電池になる。」という記載内容は、電池の一般的な事項であるから、本件出願前に既に公知の事項であると認められるが、この内容自体が本件発明の上記相違点(ロ)の構成を示唆するものではない。
甲第4号証の上記(4b)には、本件発明とその負極・正極の材料や電池の構造等が大きく相違する「鉛蓄電池」に関し、「放電容量に影響する極板形状には極板厚さと表面積の2因子がある。極板の表面積が同一であっても極板厚が相違すれば単位面積あたりの容量は低下する。」という一般的な記載が見られるだけであり、炭素質材料を負極活物質とし、リチウム複合酸化物を正極活物質とする「リチウムイオン非水系二次電池」のエネルギー密度の向上策や本件発明の上記相違点(ロ)の具体的な構成を示唆する記載は見当たらない。
甲第5号証には、共役二重結合を主鎖とする電導性高分子化合物を正極、負極の活物質として少なくともいずれか一方に用いた「非水系うず巻き型二次電池」が記載されているが、この非水系二次電池は、正・負極の両面に「電導性高分子化合物」を塗布したものであるから、甲1発明や本件発明のような負極活物質として「炭素質材料」を塗布する「リチウムイオン非水系二次電池」と全く異なるタイプの電池である。このタイプの非水系二次電池は、甲第1号証にも従来の電池の一つとして特開昭56-136469号公報を引用して紹介されているものであるが、甲第1号証に「かかる導電性高分子を用いた二次電池も、不安定性・・・等の問題点が未解決で未だ実用化に至っていない。」(第2頁右上欄第17行〜左下欄第3行)と記載されているように、未だ実用化に至っていない電池であり、そもそも、炭素質材料を負極活物質とする甲1発明や本件発明の「リチウムイオン非水系二次電池」は、甲第5号証や甲第1号証に記載されている導電性高分子化合物を活物質とする従来の電池を改善して新たに開発された非水系二次電池であるから、甲1発明は、甲第5号証に記載の二次電池を阻害していることは明らかである。加えて、甲第5号証に記載の非水系二次電池は、未だ実用化に至っていないのであるから、甲1発明の実用化の上で特段有用な教示を与えるものでもない。甲第5号証に記載の具体例にも、負極の膜厚が100μm、正極の膜厚が125μmと個々に記載されているだけであり、その正極と負極の膜厚の総和も、本件発明の「250〜500μm」という範囲を満足するものではない。そして、この証拠に専ら記載の「非水系うず巻き型二次電池」は、セパレーターに関する問題点を微多孔性高分子薄膜を用いて解決したという内容のものであるから、この証拠にも、本件発明でいう渦巻型の採用の動機や活物質層の膜厚の最適化の動機について教示する何らの示唆も見当たらない。
してみると、この証拠にも、本件発明の特に上記相違点(ロ)の構成を示唆する記載は見当たらないと云うべきである。
甲第6号証には、帯状の正・負両極をセパレータを介して巻回してなる渦巻形電極体を備えた「円筒形アルカリ亜鉛蓄電池」が記載されているが、この「円筒形アルカリ亜鉛蓄電池」は、負極活物質として亜鉛を用いる「水系二次電池」であるから、本件発明のような「非水系二次電池」ではない。また、この証拠に専ら記載の内容は、亜鉛負極が孔あき金属板である集電体の両面に亜鉛活物質層を設けた「渦巻形アルカリ亜鉛蓄電池」では、外面側に位置する負極活物質層が主として劣化減容してその負極に形状変化が生じるために、その解決策として、亜鉛負極の外面側に位置する亜鉛活物質層の厚みをその反対側の亜鉛活物質層の厚みの1.2〜1.5倍にしたというものであるから、この証拠にも、本件発明でいう渦巻型の採用の動機や活物質層の膜厚の最適化の動機については何ら示唆されていないと云える。また、この証拠に記載の「渦巻形アルカリ亜鉛蓄電池」では、その実施例に「ローラにより・・・7種の厚みのシートを作成した。これらのシートを・・・孔径1.5mmφの透孔を開孔率22%で設けた幅40mm長さ200mm厚さ0.08mmの鉄板(負極集電体)の両面に圧着して全体の厚みを0.70mmとしてこれを乾燥させて第1図に示すような亜鉛負極を作製した。」(第2頁右上欄第12行〜第19行)と記載されているように、その作製の仕方や膜厚も、本件発明のものと相違していることが明らかである。
してみると、この証拠にも、本件発明の上記相違点(ロ)の構成を示唆する記載は見当たらないと云える。
甲第7号証には、リチウム等の軽金属を負極活物質とする「渦巻型非水溶媒二次電池」が記載されているが、このタイプの「渦巻型非水溶媒二次電池」は、その具体例から明らかなように、ニッケルエキスパンドメタルの両面にそれぞれリチウム金属板を圧着した構造の、本件特許明細書に「従来の技術」の一例として紹介されている「リチウム金属非水系二次電池」であるから、本件発明の「リチウムイオン非水系二次電池」とそのタイプが全く相違する電池である。そして、その作製の仕方も、リチウム等の軽金属製板をエキスパンドメタルのような孔あき集電体の両面に圧着して電極体を作製するものであるから、本件発明のような帯状の集電体(孔空きではない)にペースト状の活物質を塗布して活物質層を形成する作製法と相違しているものである。また、このリチウム金属非水系電池は、その集電体の両面にリチウム金属板を圧着して取り付けたものであるから、本件発明の実施例でいう粒状物で形成する「活物質層」を有するものではなく、したがって、その膜厚等も本件発明のものと相違していると云える。
してみると、この証拠にも、本件発明の上記相違点(ロ)の構成を示唆するような記載は見当たらない。
甲第8号証には、亜鉛を負極活物質とし酸化ニッケルを正極活物質とすると共にアルカリ液を電解質とする「渦巻型水系ニッケル-亜鉛蓄電池」が記載されているが、この「渦巻型水系ニッケル-亜鉛蓄電池」も、「水系二次電池」であるから、本件発明のような「非水系二次電池」ではない。そして、この証拠に専ら記載の内容は、ニッケル-亜鉛蓄電池の小形円筒化に関するものであり、ニッケル-カドミウム蓄電池のような、いわゆるシート状の両電極体を渦巻状に巻いて円柱状に成形した電池構造では、そのセパレータや電極にかかる歪みによって劣化の促進という問題が発生するために、亜鉛極とニッケル極をそれぞれ可撓性を有するシート状に形成することによってこの劣化という問題を解決したというものである。また、その可撓性を有するシートの作製の仕方についても、亜鉛極については「酸化亜鉛粉、亜鉛粉・・・からなる混合物にフッ素樹脂ディスパージョン水溶液を加え、これを捏ねて餅状としたものをロールにて0.2〜0.7mmに圧延してシート状にする。・・・次にこの混合物シートを集電体(銀、銀メッキした銅、ニッケル等の金網、イクスパンデットメタルもしくはパンチドメタル)の両面に例えばロールにて圧着し、厚さ0.2〜2mmのシートとする。」(第2頁右上欄第11行〜左下欄第6行)と記載され、ニッケル極についても「ニッケル極(陽極)としてはニッケル酸化物を導電剤と共に集電体表面に設けた可撓性を有するシート状のものを使用する。即ち、ニッケルシンター体にニッケル水酸化物を含浸させて得られるシート状電極あるいは集電体(ニッケルもしくはニッケルメッキした網、イクスパンデットメタル、パンチドメタル)にニッケル酸化物(・・・)と黒鉛粉末との混合物にバインダを添加した合剤を均一に薄く圧着した厚さ0.5〜2mmの可撓性を有するシート状電極を用いる。」(第2頁右下欄第16行〜第3頁左上欄第6行)と記載されているから、この記載の作製の仕方によれば、活物質を予め可撓性を有するシート状に成形した後孔あき集電体に圧着するというものであるから、本件発明の実施例のような金属箔状の集電体にペースト状の活物質を塗布するものと相違していることは明らかである。また、この証拠には、渦巻状に巻いて電池を小形化する際のシート状電極体の可撓性の問題について言及されているだけであり、そこに記載の活物質層の膜厚も本件発明の上記相違点(ロ)でいう条件を満足するものでないばかりか、そもそも、この証拠にも、前示のような本件発明でいう渦巻型の採用の動機や活物質層の膜厚の最適化の動機について教示する何らの示唆も見当たらない。
してみると、この証拠にも、本件発明の上記相違点(ロ)の構成を示唆するような記載は見当たらないと云うべきである。
甲第9号証は、実験成績証明書であるから、進歩性に関する証拠ではない。また、甲第10号証は、甲第1号証及び甲第2号証と類似の「炭素質材料二次電池」に係る証拠であるから、本件発明の上記相違点(ロ)に係る構成について示唆するものではない。

(口頭審理時に提出された証拠の検討)
審判請求人は、口頭審理時にも甲第11号証乃至甲第15号証を提出しているから、これら証拠のうち、進歩性に関係する甲第11号証乃至甲第13号証について検討するに、甲第11号証及び甲第13号証には、鉛蓄電池に係る一般的な事項が記載されているだけであり、その内容は、甲第4号証と同様である。また、甲第12号証は、本件出願日以降に頒布された甲第3号証と同じ刊行物であるから、基本的には、この証拠に記載されている「リチウムイオン非水系二次電池」に係る事実や技術水準に関する内容は、本件出願日前に公知であったとは云えないものである。
してみると、甲第11号証乃至甲第13号証にも、本件発明でいう渦巻型の採用の動機や活物質層の膜厚の最適化の動機について教示する何らの示唆も見当たらないし、上記相違点(ロ)の構成を示唆するような記載も見当たらないと云える。

(1-4)小括
以上のとおり、甲第2号証乃至甲第8号証及び甲第10号証乃至甲第13号証には、本件発明でいう渦巻型の採用の動機や活物質層の膜厚の最適化の動機について教示する示唆は見当たらないし、特に、上記相違点(ロ)の構成を具体的に示唆するような記載も見当たらないから、本件発明の上記相違点(イ)及び相違点(ロ)の構成は、甲第2号証乃至甲第8号証及び甲第10号証乃至甲第13号証の記載からでは当業者といえど容易に想到することはできないと云うべきである。
したがって、本件発明は、甲第1号証乃至甲第8号証及び甲第10号証乃至甲第13号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。

2.請求人の進歩性に関する主張に対して
(1)請求人の主張の概要と技術常識
請求人は、口頭審理後の上申書において、口頭審理の結果を踏まえ、審判請求書及び口頭審理陳述要領書の主張を整理して、本件発明の進歩性に関し、要するところ、本件発明の上記相違点(ロ)に係る構成(膜厚に関する四つのパラメータ)は、次に示す電池に関する技術常識(i)〜(vi)から当業者が容易に想到することができたものであると主張している。
(i)理論容量は、活物質の量に比例する。
(ii)活物質の量は、面積が一定であれば、厚さに比例する。
(iii)一定体積の容器であれば、中に存在する活物質の量が多いほど理論的なエネルギー密度は大きくなる。
(iv)とはいっても、正極及び負極の活物質の量の電気化学的反応的なバランスが取れていないと、反応に関与する無駄な活物質が存在することになるので、正負極の当量比が1に近いほど、理論的なエネルギー密度は高くなる。
(v)膜厚が厚くなりすぎると、極板に割れ(クラック)が生じる。
(vi)理論容量や理論的なエネルギー密度が同一であっても、膜厚が厚くなり過ぎると、実容量が低下する。
また、請求人は、上記技術常識について、技術常識(ii)は、数学的に自明事項であるので説明を要しないところである。技術常識(i)、(iii)及び(iv)はファラデーの法則から理論的に導かれる事項である。また、技術常識(v)及び(vi)は、経験的に導かれる事項であると説明すると共に、鉛蓄電池に関する証拠以外のインターカレーション型非水電解液二次電池に関する多くの証拠を口頭審理後の上申書に添付して提出して、電池の上記技術常識(i)〜(vi)は、鉛蓄電池以外の本件発明に係る非水電解液二次電池(インターカレーション型非水電解液二次電池)にも適用されることが明らかであるから、甲第1号証及び甲第2号証に本件発明の解決課題が明記されているか否かに関わらず、当該課題は、技術常識であるから、甲第1号証及び甲第2号証に「記載されているに等しい事項」であるとも主張している。
そこで、請求人の技術常識(i)〜(vi)に基づく主張について、以下検討する。

(2)技術常識に基づく請求人の主張に対して
(2-1)技術常識(i)乃至(iv)に基づく主張に対して
請求人は、要するところ、本件発明に係る電池における電気化学反応は、ファラデーの法則に従うものであるから、ファラデーの法則に基づいて理論的に導かれる上記技術常識(i)乃至(iv)は、本件発明に係る電池にも適用される。また、本件発明に係る電池が属する「インターカレーション型非水電解液二次電池」に関する文献、例えば甲第20号証、甲第23号証及び甲第31号証にも、前記技術常識に関連した記述が存在するから、本件発明に係る電池は、ファラデーの法則に従うことは明らかである。加えて、ファラデーの法則に基づく上記技術常識は、鉛蓄電池を含めた他の電池同様、本件発明に係る電池にも適用されることも明白であるから、本件発明の特に上記相違点(ロ)は、ファラデーの法則に基づく上記技術常識(i)乃至(iv)に基づいて当業者が容易に想到することができたものであると主張している。
しかしながら、請求人が主張する上記技術常識(i)乃至(iv)は、文献等に具体的に記載された内容ではなく、請求人が鉛蓄電池に代表される電池一般に適用される「ファラデーの法則」の活物質量と理論容量との関係を本件特許明細書に記載の32種類の具体例のデータを参酌しつつ、これら32種類の具体例にも当てはまるように抽象的に表現しただけの、いわば後付け的な内容であると認められるから、このような上記技術常識(i)乃至(iv)をもって、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成の進歩性を直截的に判断することは基本的には必ずしも妥当なことではないと云うべきである。
また、鉛蓄電池等に適用される「ファラデーの法則」自体が電池一般の活物質と理論容量との関係を理論的に定めたものであることは否定するものではないが、実際の各種タイプの電池を開発する場合には、そのエネルギー密度等電池容量がファラデーの法則に基づいた理論値どおりのものとならないことも技術常識である。そして、このような実状は、例えば、甲第1号証の「従来の技術」の項に記載されている「特に、・・・二次電池正極はLi金属を負極として用いた場合4V以上の起電力を有し、しかも理論的エネルギー密度(正極活物質当り)は1,100WHr/kg以上という驚異的な値を有しているにも拘らず、実際に充放電に利用し得る割合は低く、理論値には程遠いエネルギー密度しか得られない。」(第2頁右上欄)という内容からも明らかである。したがって、実用的な各種電池を実際に開発する場合には、ファラデーの法則から理論的に予想することができない電池個々の課題を解決しなければならないために、実用的な電池の開発、特に電池のエネルギー密度の向上の開発が「遅々としたものである」(甲第3号証の第13頁参照)という状況であることも周知の事実である。
而して、本件発明は、このような電池開発の背景の下、理論値どおりのエネルギー密度が得られないと甲第1号証で紹介された「従来の電池」をその負極活物質に炭素質材料を選択して新たに開発された「リチウムイオン非水系二次電池」(甲1発明)に関し、さらにその実用化のために、前示のとおり、ファラデーの法則から導くことや予想することもできないような、いわゆるリチウムイオン非水系二次電池における非水系電解液の持つ低いイオン電導度という課題や、さらには一定容積の電池缶内における集電体やセパレータの占める体積比率の上昇に伴う電池容量の低下という課題を本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)という一体不可分な構成によって解決したものであると認められる。
してみると、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)に係る課題やその解決手段である具体的な構成は、そもそもファラデーの法則から理論的に導くことや予想することもできないものであるから、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成は、上記技術常識(i)乃至(iv)に基づいて当業者が容易に想到することができたものとすることはできない。
したがって、請求人の上記主張は、その前提において失当である。
(2-2)技術常識(v)に対して
請求人は、この技術常識(v)について、要するところ、本件発明に係る電池と同一構成(正負極が同一)の電池が記載されている甲第16号証には、円筒型電池を組み立てた場合、活物質の剥離が起こることが記載されている。具体的には、第7頁左下欄8〜13行に「円筒型電池を組み立てた場合巻回工程において活物質の剥離が起こる等のトラブル発生を示唆しており、この様な問題を解決することは極めて重要である」との課題の下、「本発明者らは導電性塗膜で被覆すると剥離による電極性能の低下が全く発生しないことを見出した」と記載されている。更に、実施例において、厚さ75μmの負極(ニードルコークスが活物質)について、導電性塗膜をしたもの(実施例1)としないもの(比較例1)では、前者では活物質の剥離が認められなかったのに対し、後者では活物質の剥離が認められたことが記載されている(特に第1表)。このように、膜厚が厚くなり過ぎると、巻回した場合に極板に割れ(クラック)や剥離を起こすことは、本件特許発明に係る電池と同一構成(正負極が同一)の電池(クラック)においてすら知られていた事項であると主張している。
しかしながら、請求人が引用する甲第16号証の実施例1には、「実験例3で調製した塗工液を実験例1の導電性塗膜で被覆した銅箔集電体にロールコーターを用いて・・・塗工し、厚み75μmの製膜体電極を得た。」と記載され、一方、実験例1には、「この塗工液を厚さ10μmの銅箔幅30cm長さ100mにグラビアコーターで塗工し、片面当りの厚さが2μmの塗膜を有する銅箔を得た。」(第10頁右上欄)と記載されている。そして、導電性塗膜の膜厚についても、「塗膜体の膜厚は0.5μm以上、50μm以下が好ましい。」(第7頁右下欄第14行〜第15行)と記載されているから、これら記載によれば、甲第16号証に記載されている活物質層の剥離は、導電性塗膜の形成に係る方策によって防止されているものであるから、本件発明のような膜厚の最適化による剥離防止策とは何ら関連性がないと云うべきである。また、この活物質層の剥離については、甲第2号証にも「結合剤にアクリロニトリル重合体もしくはその共重合体を用いた導電性塗膜」に係る方策によって防止することが記載されているから、本件出願日前の「リチウムイオン非水系二次電池」における活物質層の剥離に関する技術常識は、甲第2号証及び甲第16号証に記載されているような「導電性塗膜」に係る内容のものと云うべきである。
してみると、リチウムイオン非水系二次電池や渦巻型のリチウムイオン非水系二次電池において「膜厚が厚くなりすぎると、極板に割れ(クラック)が生じる。」という技術常識(v)が活物質層の剥離やその対策に関する技術常識であるとする根拠が見当たらないから、請求人の上記主張は、その前提において失当である。
(2-3)技術常識(vi)に対して
請求人は、この技術常識(vi)については、経験的に導かれる事項であると説明しているが、本件発明のような「リチウムイオン非水系二次電池」は本件出願前には未だ実用化されておらず、公知文献等も乏しい状況の中で、請求人がいう「経験」とはどのようなものであるか必ずしも明らかではないから、「理論容量や理論的なエネルギー密度が同一であっても、膜厚が厚くなり過ぎると、実容量が低下する。」という内容が特にリチウムイオン非水系二次電池においても技術常識であるとするためにはその具体的な根拠に欠けると云うべきである。
また、請求人は、この技術常識(vi)に関し、「インターカレーション型非水電解液二次電池であれ、当該電池以外の鉛蓄電池であれ、実容量は、電池の利用率(即ち、理論的に存在する活物質の内、どの程度の活物質が実際の電気化学反応に関与できたかの指標となるパラメータ)で決まる。この電池の利用率を左右するのが、活物質層内への反応物質(電解液中の反応物質)の出入りの容易性、即ち、層内部に存在する活物質への反応物質の接触が容易であるか否か、ということである。」と主張している。
しかしながら、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成やその構成に至る動機は、前示のとおり、電池のファラデーの法則から理論的に導かれたものではないし、同様に理論的な利用率から導かれたものでもないから、請求人の上記主張は、その前提において失当である。
さらに、請求人は、「更に「膜厚が厚くなり過ぎると良くないこと」の裏返しとして、(同一体積であれば)表面積が大きい方がよいこと又はこれに関連した事項が記載された文献もある。」とも主張している。
しかしながら、本件発明において、その電極の表面積を大きくする動機は、前示のとおり、非水系電解液の持つ低いイオン電導度という課題を解決するためであるから、活物質層の膜厚とは直截的な関係にない。また、活物質層の膜厚の最適化も、前示のとおり、電極の表面積を大きくすることに伴って発生する電池容量(エネルギー密度)の低下という課題を解決したものである。そして、本件発明では、特許明細書の第1表のデータから明らかなように、その電極全長が長い(電極面積が大きい)方が良いというものではない(電極表面積が比較的大きい例は実施例とされていない)から、「表面積が大きい方がよい」と断定する請求人の上記主張は、その前提において失当である。
(3)小括
以上のとおり、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の一体不可分な構成は、上記技術常識(i)乃至(vi)基づいて当業者が容易に想到することができたとすることはできない。請求人が主張する技術常識からは、活物質の量は多い方がよく、正・負極の活物質の量はバランスしている方がよく、正・負極の活物質層の厚みも適当な厚さにした方がよいと一般論で云えるにすぎない(活物質の量は表面積と厚みの積であり、本件特許明細書の表1からも、一定体積(容積)の二次電池においては、表面積(電極全長に比例)と厚みとは関数関係にあるから、活物質の量も厚みと単なる比例関係ではない関数関係にあり、活物質の量と厚みとを独立させて最適値を求めることは不可能である)。本件発明のリチウムイオン非水系二次電池において、具体的に活物質の量や正・負極の活物質層の厚みをどのようにすればエネルギー密度が向上するかは請求人がいう上記技術常識を参酌しても不明というしかなく、本件発明が厚みをパラメータとして選択して実験することにより、正・負極の活物質層の最適範囲の厚みを特定してエネルギー密度を向上させたことに進歩性は認められると云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(4)被請求人の主張についての請求人の主な反論に対して
請求人は、被請求人の主張について、主に次のとおり反論しているから、これら反論についても、以下検討する。
(4-1)被請求人の「ロール状に巻いた円筒状電池において、どのような問題が発生し、これをどのように克服し、またエネルギー密度を最大にするためにどのような工夫が必要になるのか、といった本件特許発明の課題自体が記載されていないことはいうまでもない。」という主張に対して、請求人は、「まず、発生する問題(課題)は大きく二つである。一つ目が、エネルギー密度を高めるという課題であり、二つ目が、クラック発生防止という課題である。前者については、前記のように当業界の常識であり、二つ目に関しても、当業界の常識であることに加え甲第16号証に明記されている事項である。したがって、これら課題は、甲第1号証及び甲第2号証中に「記載されているに等しい事項」といえる。次に、「どのように克服し、またエネルギー密度を最大にするためにどのような工夫が必要になるのか」という解決手段に関しても話は単純である。エネルギー密度を高めるために、正極と負極の活物質の量をバランスを保ちながらできるだけ多くすると共に、利用率が下がらないようにかつクラックが発生しないように厚みを調整したという技術常識的な解決手段である」と反論している。
しかしながら、電池におけるエネルギー密度の向上という一般的な課題は、各種電池に共通するものであるとしても、各種電池の開発においてそのエネルギー密度の向上に関する課題やその解決策は、各種電池毎に異なるものであるから、その開発において重要なことはどのような課題をどのような工夫によって解決したかという点である。
而して、本件発明は、前示のとおり、上記相違点(イ)の構成によって非水系電解液のイオン電導度の問題点を解決する一方、この相違点(イ)の構成に伴う電池容量(エネルギー密度)の低下という問題点や活物質層の剥離という問題点を上記相違点(ロ)の構成によって解決したものであり、その具体的な解決手段も、請求人が反論するような「正極と負極の活物質の量をバランスを保ちながらできるだけ多く」とか「クラックが発生しないように厚みを調整」という抽象的なものでないことは云うまでもないことである。
したがって、請求人の上記主張は、抽象的でかつ根拠に欠けるものであるから、採用することができない。
(4-2)請求人は、上記(4-1)に関し、また「ところで、表面積を大きくすると集電体等の体積も大きくなるので、その結果、容器内に挿入可能な活物質の量が減少するという問題がある。しかしながら、この問題は、インターカレーションタイプ非水電解液二次電池を含めた電池一般に関する甲第31号証に記載されているように周知事項である。即ち、当該文献には、体積エネルギー密度に影響する要因として、活物質/集電体容量比を挙げており(第1頁の表1)、集電体の体積が大きくなると活物質量が低減し体積エネルギー密度を低下させる旨の記載が存在する。したがって、このような常識、即ち、集電体等の体積をも考慮した上で、正極と負極の活物質の量をバランスを保ちながらできるだけ多くするということに、技術の飛躍的進歩を目指す特許制度が求める進歩性などあろう筈がない」と反論している。
しかしながら、請求人が引用する甲第31号証に記載された「活物質/集電体容量比」は、マンガン乾電池や鉛蓄電池等の電池性能に影響する要因の一つとして単に個別に挙げられているだけであるから、その内容に具体性がないばかりか、甲第31号証には、炭素質材料を負極活物質とする「リチウムイオン非水系二次電池」に関する記載は一切ない。また、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成の動機についても一切記載されていないから、本件発明の正・負極活物質層の膜厚の最適化やその具体的な最適値等が甲第31号証から教示されるはずもないと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張も、抽象的でかつ根拠に欠けるものであるから、採用することができない。
(4-3)被請求人の「甲第1号証及び甲第2号証には、本件発明の構成である正負極活物質の集電体への両面塗布が記載されていない。」という主張に対して、請求人は、「前記の技術常識に照らして考えれば、集電体の両面に設けた方が、厚さが小さくなる分利用率が向上すると共に、集電体が占める体積を減少させることが可能になる結果より多くの活物質が容器内に挿入可能となるので、全体として体積エネルギー密度が向上することは自明である。このような理由から、出願前から多くの電池で集電体の両面塗布が行われている訳である(例えば、甲第5号証〜甲第8号証)。特に、甲第5号証は、本件特許発明に係る電池が属する巻回型インターカレーション型非水電解液二次電池であり、当該証拠中には、両面塗布が明記されているから、「正負極活物質の集電体への両面塗布」という点も当業者が容易に想到することができたことである」と反論している。
しかしながら、本件発明は、単に集電体の両面に活物質を塗布すればよいというものではなく、本件発明における活物質の両面塗布は、前示のとおり、非水系電解液のイオン電導度の問題点を上記相違点(イ)の構成によって解決する中で、この解決に伴って新たに発生した電池容量(エネルギー密度)の低下という問題点を電池缶内の活物質量に限りがあるという制約の下、如何に実用化に見合う活物質量とこれに基づくエネルギー密度を確保するかという観点からなされたものである。
しかるに、甲第5号証乃至甲第8号証には、このような観点に関する記載がないことは前示のとおりである。また、甲第5号証には、渦巻型二次電池においてその活物質を集電体の両面に塗布する具体例が記載されているが、その具体例においては単に個々の膜厚値が記載されているだけであり、両面に塗布された活物質層の膜厚とエネルギー密度との関係については何ら記載されておらず、この証拠によって活物質層の膜厚を最適化することが動機付けられるものでもないから、本件発明の上記相違点(ロ)の構成は、甲第5号証の記載から当業者が容易に想到することができたとすることはできない。甲第6号証及び甲第8号証にも、活物質を両面塗布する水系二次電池が記載されているが、これら証拠に記載の水系二次電池では、イオン電導度の良い「水系電解液」を使用するものであるから、本件発明のような非水系電解液のイオン電導度の問題が発生するはずはないし、また、この問題の解決に伴って新たに発生する電池容量(エネルギー密度)の低下という問題を解決する必要もないことは云うまでもないことである。そして、これら証拠にも、本件発明の上記相違点(イ)及び(ロ)の構成の動機について示唆する記載も見当たらないから、これら証拠によって活物質層の膜厚を最適化することが動機付けられるものでもなく、したがって、本件発明の上記相違点(ロ)の構成は、甲第6号証及び甲第8号証の記載から当業者が容易に想到することができたとすることはできない。
さらに、甲第7号証には、その電池構造に渦巻型を採用した非水系二次電池が記載されているが、この非水系二次電池は、前示のとおり、電極の両面にリチウム金属板を圧着させる「リチウム金属二次電池」であり、本件発明のような集電体の両面に塗布された上記活物質層を有するものではないから、この証拠によっても正・負極活物質層の膜厚を最適化することが動機付けられるものでもなく、したがって、本件発明の上記相違点(ロ)の構成は、甲第7号証の記載から当業者が容易に想到することができたとすることもできない。
してみると、正・負極活物質を集電体の両面に単に塗布するというだけの場合はともかくも、本件発明の上記相違点(ロ)の構成は、そのような場合ではなく、エネルギー密度の向上をねらって活物質の両面塗布を行うと共にその活物質層の膜厚の最適化を行ったものであるから、請求人の引用する上記証拠の記載から当業者が容易に想到することができたとすることはできない。
したがって、請求人の上記主張も、採用することができない。

3.無効理由2(記載不備)について
(2-1)特許請求の範囲の記載不備について
(イ)請求人は、「本件発明は、実施例での具体的データに基づくものであるが、実施例におけるデータは、厚さ以外の他の様々なファクタ(例えば、容器内容積、電極の大きさ、セパレーターの厚み、活物質の充填量・充填密度等)との有機的結合下で達成されたものであるにもかかわらず、実施例中の「活物質層の膜厚」に関連するファクタのみが本件発明の構成要件として盛り込まれ、それ以外のファクタが盛り込まれていないから、本件特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項を規定していない。」と主張している。
しかしながら、本件発明は、リチウムイオン非水系二次電池がニッケルカドミウム二次電池と比較してそのエネルギー密度が小さいという欠点を渦巻型の巻回体を構成すること、その正・負極活物質を集電体の両面に塗布すると共にその活物質層の膜厚を最適化することによって解決したものであるから、本件特許請求の範囲には、このような課題と課題を解決する手段との観点からみて、本件発明の必須の構成要件が記載されていることは明らかである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ロ)請求人は、「正極活物質層の膜厚だけでなく極板の表面積もエネルギー密度に関わる重要なファクタであったところ、正極活物質層の厚さだけしか構成要件として盛り込まれていないので、本件特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していない。」と主張している。
しかしながら、電極板の表面積は、本件発明の非水系電解液のイオン電導度の課題を解決する手段として重要なファクターであることは前示のとおりであるが、この電極板の表面積の点、具体的には電極面積を大きくするための具体的な手段は、特許請求の範囲に「渦巻型の巻回体を構成するようにした」と記載されている構成要件に該当するから、「発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していない。」と云うことはできない。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ハ)請求人は、「本件発明の効果を達成するための各極活物質層の各種膜厚に関する数値限定は、これら数値限定の根拠を示す実施例の記載によれば、活物質層の密度が正極3.6g/cm2、負極1.4g/cm3になるように圧縮され、しかも両面の活物質層の膜厚がほぼ同じになるように成形されたときの値であると理解しなければならない。なぜならば、例えば、甲第10号証に記載されているように、正極にLiCoO2を用い、負極に炭素材料を用いた非水電解液二次電池において、負極の炭素材料としてベンゼン炭素繊維を粉砕したものを用いた場合とアスファルトピッチを炭化して粉砕した炭素材料を用いた場合とでは、全く同じ製膜操作でも膜厚がそれぞれ75μm、108μmと大幅に異なることから、電池の体積エネルギー密度を決定するためには、本件発明の実施例に記載されているような活物質層の密度の限定も不可欠である。
してみると、本件発明は、活物質層の密度を構成要件としていないから、本件特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項を規定していない。」と主張している。
しかしながら、甲第10号証に記載のリチウムイオン非水系二次電池が負極の炭素質材料の選択によってその膜厚が異なるとしても、本件発明は、上記(イ)でも言及したとおり、エネルギー密度の改善を渦巻型の採用とその活物質層の膜厚の最適化によって解決したものであり、しかも、この解決手段は、負極の活物質が炭素質材料である限りにおいてその種類の違いに影響されるものではないから、本件発明の構成要件が甲第10号証に記載の結果に左右されるものではないと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ニ)請求人は、「本件発明は、「ピッチコークス」のみを構成要件とすべきであるが、特許請求の範囲には、「炭素質材料」を構成要件とすると記載されているから、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していない。すなわち、本件発明の実施例では、負極活物質としてピッチコークスのみが用いられているだけであるから、実施例の結果から得られた膜厚等の知見も、負極活物質としてピッチコークスを用いた場合に限ったものである。
してみると、あくまで特許請求の範囲で規定した膜厚等の規定は、「ピッチコークス」の場合にのみ当てはまるものというべきであり、理論容量密度が大きく相違する他の炭素質材料(例えばグラファイト)には適用されないといえるから、特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していない。」と主張している。
しかしながら、本件発明は、上記(イ)及び(ロ)でも言及したとおり、炭素質材料を負極活物質とする「リチウムイオン非水系二次電池」のエネルギー密度の改善を「渦巻型」の採用とその活物質層の膜厚の最適化によって解決したものであって、その炭素質材料の中から最適な材料を選択して解決したものではないから、炭素質材料をその実施例の「ピッチコークス」に限定する必要はないと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ホ)請求人は、「本件発明の膜厚和の計測時期が不明確であるから、本件発明の発明の構成に欠くことができない事項が不明確である。すなわち、負極の膜厚は、製造時(即ち充電前)と使用時では厚さが変わる性質を有するにもかかわらず、本件特許明細書には、どの時点の厚さであるのかについて定義付けするような記載が見当たらないから、特許請求の範囲における膜厚和に係る数値範囲の意義が不明確である。」と主張している。
しかしながら、本件発明の活物質層は、本件特許明細書の実施例によれば、ペースト状の活物質を集電体に塗布・乾燥した後ローラープレス機で圧縮成形して形成されるものであるから、このように製作された活物質層の膜厚和が製造時と使用時で不都合なほど変化するものではないと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、何ら根拠がなく採用することができない。
(ヘ)請求人は、「本件発明の「渦巻型」とは、巻貝や螺子(ねじ)のように、外側から内側に向かって円の半径が常に一定割合で小さくなるように旋回した筋状に巻いた曲線の形を意味し、「渦巻型の巻回体」とは円筒形に巻いた巻回体を意味すると解されるが、この「渦巻型の巻回体」に角型のものも含まれるのか明らかではない。角型電池も含まれるとすると、請求人が追試した結果によれば、本件発明の膜厚和の範囲内であっても、その膜厚和の大きいところで、電極の活物質層が剥離してクラックを生じることが確認されている(甲第9号証)。
してみると、本件発明は、その角型電池をも含む場合には本件発明の効果を奏しない態様を含むこととなるから、本件特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことができない事項をすべて記載しているとはいえない。」と主張している。
本件発明は、その「渦巻型の巻回体」が円筒形の巻回体に限られないことは、特許請求の範囲の記載及び本件発明の課題やその作用・効果等からみても明らかであると認められる。
また、請求人は、甲第9号証の実験結果を根拠に本件発明の膜厚和の範囲内で電極の活物質層が剥離してクラックが発生したと主張しているが、一方、被請求人が提出した参考資料3によれば、本件発明の膜厚和の範囲内で電極の活物質層が剥離しない角型電池が製作されることも事実である。そして、請求人の行った実験条件では偶々剥離が発生したまでのことであって、本件発明の活物質層の剥離は、活物質に混合する結着剤の割合を工夫するとか乾燥条件・圧縮成形条件を工夫する等の製作上の工夫を行えば角型電池の場合でも十分に回避することができると認められるから、本件発明について、上記「本件発明は、その角型電池をも含む場合には本件発明の効果を奏しない態様を含むこととなる。」とまでは云えないと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(2-2)発明の詳細な説明の記載不備について
(ト)請求人は、「本件特許明細書には、「電池の単位体積当たりの正極活物質及び負極活物質の量が適度に多く、かつ両活物質の量が所定割合(実施例の場合は約1)に近い程エネルギー密度が高いものになる」という技術常識といえることしか開示されていない。本件発明が技術常識以上の技術的意義を有するのであれば、それがどのような技術的意義であるかを本件特許明細書に明確に記載すべきであるが、そのような内容は記載されていない。」と主張している。
しかしながら、本件特許明細書には、本件発明の課題やその解決手段、さらには作用・効果が実施例や実験データによって裏付けられて明確に記載されているから、請求人の上記主張は、採用することができない。
(チ)請求人は、「本件特許明細書では負極活物質として無数の炭素質材料が挙げられているが、これらのすべてが使用可能という訳ではなく、ある特性を持ったもののみが本件発明との関係で使用可能であると理解される。しかしながら、炭素質材料に関する記載は本件特許明細書には一切なく、実施例で用いられた「ピッチコークス」についても、「粉砕したピッチコークス」と記載されているにすぎず、「ピッチコークス」の重要な特性、例えば理論容量密度又は製造方法や入手先について記載がないから、当業者は、本件発明の追試すらできず、当業者が期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行わなくてはならないから、本件特許明細書には、ピッチコークスについても実施可能に記載されていない。」と主張している。
しかしながら、本件出願日前でも、「ピッチコークス」は、被請求人の参考資料4を引用するまでもなく、一般に市販されていたものであるから、当業者であればこの「ピッチコークス」を容易に入手して追試が可能な状況にあったと認められる。
したがって、請求人の上記主張は、何ら根拠がなく採用することができない。
(リ)請求人は、「「ピッチコークス」以外の「炭素質材料」についても、本件特許明細書には、同様に実施可能に記載されていない。炭素質材料は、それぞれエネルギー密度が大きく相違する。例えば甲第3号証に記載されているように、炭素質材料の内、グラファイト(黒鉛)は、層間にリチウムをドープするとその距離が0.335nmから0.372nmに広がり、その後リチウムを脱ドープすると層間距離は再び0.335nmに戻る。これは、充放電とともに層間が伸縮を繰り返すというものであり、層間の伸縮の繰り返しは黒鉛結晶構造の破壊の原因となる。他方、同号証によれば、ハードカーボンは、リチウムが結晶子の層間にドープされても面間隔の拡大は起こらないから、本件発明がピッチコークスとは性質や挙動の異なる炭素質材料を使用する場合には、本件発明の効果を奏しうる条件(正極に関しては、活物質の原料の種類、焼成温度と時間、導電材の種類と添加量、結着剤の種類と添加量、集電体の幅と長さ、膜厚和、両面塗布の際の表裏の厚さ比、密度などを、負極に関しても、本件発明における活物質として用いうる材料の製造法や入手先、結着剤の種類と添加量、集電体の幅と長さ、膜厚和、両面塗布の際の表裏の厚さ比、密度など)を設定するために当業者が期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行わなくてはならない。
してみると、本件特許明細書には、ピッチコークス以外の「炭素質材料」についても実施可能に記載されていない。」と主張している。
しかしながら、本件発明は、前示のとおり、甲1発明のような「リチウムイオン非水系二次電池」のエネルギー密度をその炭素質材料の改良によって改善したものではなく、負極活物質が炭素質材料である限り(すなわちリチウムイオン非水系二次電池である限り)において、「渦巻型」の採用とその正・負極活物質層の膜厚を最適化することによって解決したものであるから、その炭素質材料を代表する具体例が少なくとも一例(ピッチコークス)特許明細書に記載されていれば当業者が容易に本件発明を実施することができたと云うべきである。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ヌ)請求人は、「本請求人は、「あくまで請求項で規定した膜厚等の規定は、ピッチコークスのみに当てはまるものであり、理論容量密度が大きく相違する他の炭素質材料(例えばグラファイト)には適用されない」(審判請求書第20頁10〜12行)、即ち、本件特許における数値範囲はピッチコークスのみに適用される数値範囲であり、ピッチコークス以外の他の炭素質材料においては、本件特許における数値範囲が特によいという結果にはならない(別の数値範囲で好適になる筈)と主張しているのである。そして、請求人は、甲第14号証で、グラファイトを用いて、本件特許の実施例と同様の手法で、膜厚の好適範囲を出してみたところ、本件特許における数値範囲とは異なった数値範囲が好適範囲となったことまで既に立証している。」と主張している。
しかしながら、請求人が根拠とする甲第14号証の実験条件をみると、その使用した電解液が「LB-10」であり、これに対し、本件特許明細書に記載された実施例は、その使用した電解液が「六フッ化リン酸リチウムを1モル/l溶解した炭酸プロピレンと1,2-ジメトキシエタンとを混合して得た電解液」(第5欄第39行乃至第41行)であるから、このような電解液が全く異なる甲第14号証の結果をもって本件発明がピッチコークス以外の炭素質材料に適用されないとすることはできない。被請求人が提出した参考資料2の添付資料によれば、本件発明の炭素質材料として、ピッチコークス以外のハードカーボンやグラファイトを使用した場合でも、ピッチコークスと同様の結果が得られることも事実であると認められる。
したがって、請求人の上記主張は、採用することができない。
(ル)請求人は、「本件発明の「渦巻型」には「角型」が含まれるとはいえないが、仮に「角型」が含まれるとした場合には、本件特許明細書には、その「角型」の電池について実施可能に記載されていない。すなわち、本請求人が追試した結果によれば、本件発明の膜厚和の範囲であっても、膜厚の大きいところで、電極の活物質層が剥離してクラックを生じることが確認されている(甲第9号証)。したがって、角型電池に適用した場合には、クラックを生じないための条件(正極に関しては、活物質の原料の種類、焼成温度と時間、導電材の種類と添加量、結着剤の種類と添加量、集電体の幅と長さ、膜厚和、両面塗布の際の表裏の厚さ比、密度などを、負極に関しても、本件発明における活物質として用いうる材料の製造法や入手先、結着剤の種類と添加量、集電体の幅と長さ、膜厚和、両面塗布の際の表裏の厚さ比、密度などを設定するために当業者が期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行わなくてはならない。
してみると、本件特許明細書には、「角型」の渦巻型電池についても実施可能に記載されていない。」と主張している。
しかしながら、角型電池の場合の活物質層の剥離については、上記(へ)で言及したとおりである。そして、請求人の上記主張は、不必要な条件まで過剰に列挙するものであり、また、これら多くの条件について知られていなければ剥離を防止することができないとする具体的な根拠にも欠けるものであるから、採用することができない。

VI.むすび
以上のとおり、本件発明についての特許は、請求人の主張する理由及び証拠方法によっては、無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担するものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2004-12-22 
結審通知日 2004-12-27 
審決日 2005-01-07 
出願番号 特願昭63-209288
審決分類 P 1 112・ 121- Y (H01M)
P 1 112・ 531- Y (H01M)
P 1 112・ 532- Y (H01M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 吉水 純子  
特許庁審判長 沼沢 幸雄
特許庁審判官 原 賢一
綿谷 晶廣
登録日 1997-10-03 
登録番号 特許第2701347号(P2701347)
発明の名称 非水電解液二次電池  
代理人 小川 信夫  
代理人 関山 和華子  
代理人 熊倉 禎男  
代理人 田中 伸一郎  
代理人 城山康文  
代理人 高石 秀樹  
代理人 束田 幸四郎  
代理人 市川 さつき  
代理人 津国 肇  
代理人 古田 啓昌  
代理人 伊藤 温  
代理人 渡辺 光  

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