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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B60R
管理番号 1144800
異議申立番号 異議2003-73874  
総通号数 83 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 1998-06-23 
種別 異議の決定 
異議申立日 2003-12-26 
確定日 2006-09-27 
異議申立件数
事件の表示 特許第3473301号「車両乗員の保護装置」の請求項1ないし8に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第3473301号の請求項1ないし8に係る特許を取り消す。 
理由 第1.手続の経緯
特許第3473301号の請求項1ないし8に係る発明についての出願は、平成 8年12月 9日に特許出願され、平成15年 9月19日にその発明について特許権の設定登録がなされ、その後、請求項1ないし8に係る発明の特許について、異議申立人吉成迪夫より特許異議の申立てがなされ、取消しの理由が通知された後、平成17年 8月 5日に異議意見書が提出されたものである。

第2.特許異議の申立てについての判断
1.本件の請求項1ないし8に係る発明
本件の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許明細書の特許請求の範囲請求項1ないし8に記載された次のとおりのものである。(以下、「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)

「【請求項1】 座席の乗員の肩部及び腹部をそれぞれ拘束するためのショルダーベルト部及びラップベルト部を有するシートベルト装置と、
車両の衝突時にシートベルトを巻き取ってシートベルトの張力を高めるプリテンショナ装置と、
該プリテンショナ装置のシートベルト巻き取り後にシートベルトを徐々に繰り出して乗員に加えられる衝撃を緩和する衝撃吸収装置と、
前記座席前方の車両部材に設けられたエアバッグ装置とを備え、
車両が衝突したときに、前記衝撃吸収装置によって衝撃が緩和されつつ前方に移動する乗員を前記エアバッグ装置によって受け止める車両乗員の保護装置であって、
前記衝撃吸収装置のシートベルト繰出し長さL2が前記プリテンショナ装置の巻取り長さL1よりも長いことを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項2】 請求項1において、前記プリテンショナ装置は前記シートベルト装置の前記ショルダーベルト部を巻き取るものであり、かつ、前記衝撃吸収装置は前記シートベルト装置の前記ショルダーベルト部を繰り出すものであることを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項3】 請求項2において、前記巻取り長さL1が80〜250mmであることを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項4】 請求項2において、車両乗員の保護装置は運転席用のものであり、前記長さL2が100〜400mmであることを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項5】 請求項2において、車両乗員の保護装置は助手席用のものであり、前記長さL2が100〜800mmであることを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項6】 請求項4又は5において、車両衝突時に前記座席の前方の車両部材に対し乗員が接近しても乗員が前記車両部材から離隔しているように前記長さL2が設定されていることを特徴とする車両乗員の保護装置。
【請求項7】 請求項1ないし6のいずれか1項において、前記エアバッグ装置はエアバッグを展開させるガス発生手段を備えており、前記プリテンショナ装置は、車両衝突時に該ガス発生手段の作動開始に先行してシートベルト巻き取りを開始することを特徴と
する車両乗員の保護装置。
【請求項8】 請求項1ないし7のいずれか1項において、前記衝撃吸収装置は前記シートベルト自体が伸長することによってシートベルトを徐々に繰出すものであることを特徴とする車両乗員の保護装置。」

2.甲各号証の記載事項
(1)異議申立人が甲第1号証として提出した刊行物である特開平5-170047号公報(以下、「引用例1」という。)には、車両衝突後のプリテンショナ装置作動後、所定時間経過後に、ガス発生手段でエアバックを展開させる構成の乗員保護装置が記載(段落【0009】〜【0016】参照)されており、特に、段落【0014】及び【0016】には以下の記載がある。
(a)「ステップS12においてはタイマが起動されて時間の計測が開始され、ステップS13においては該タイマが所定時間の経過を判定したか否かが検出される。前記所定時間が経過すれば、ステップS11においてエアバック駆動回路4が付勢され、エアバック装置4Aが点火される。これによりエアバックが展開する。その後、当該処理は終了する。」(段落【0014】)
(b)「衝突の場合には、プリテンショナ駆動手段15が付勢されると共にタイマ23が起動される。このタイマ23は、その起動から所定時間経過後にエアバック駆動手段14を付勢する。」(段落【0016】)

(2)同じく、甲第2号証として提出した刊行物である特開平7-309207号公報(以下、「引用例2」という。)には、以下の記載がある。(但し、アンダーラインは当審で付加。以下同じ。)
(a)「【産業上の利用分野】本発明は車両の急減速時等に乗員拘束用ウエビングを巻き取る巻取軸のウエビング引出方向への回転を阻止してウエビングの引出を阻止するウエビング巻取装置に用いられ、車両の急減速時にピストンの移動力をワイヤによって伝達して巻取軸を回転させウエビングを乗員拘束方向へ緊張させるプリテンショナーに関する。」(段落【0001】)
(b)「【発明が解決しようとする課題】ところで、このようなプリテンショナー(ウエビング巻取装置)では、車両の急減速時に巻取軸のウエビング引出方向回転を阻止してウエビングの引き出しを阻止できるのみならずウエビングを乗員に密着させることができるため、高い乗員拘束性能が得られるが、プリテンショナーが作動してウエビングが乗員に密着された後にウエビングに作用する乗員の慣性移動力(エネルギー)を何らかの手段によって吸収させると、更に一層高い乗員拘束性能が得られることが考えられる。」(段落【0006】)
(c)「この場合、前述の如き従来のプリテンショナー(ウエビング巻取装置)では、一旦プリテンショナーが作動してウエビングが乗員に密着された後には、ロックセンサが作動して巻取軸のウエビング引出方向への回転が阻止されるため、乗員を確実に拘束することができるものの、その後はウエビングを引き出すことはできず、乗員の慣性移動力(エネルギー)はそのままウエビングに作用してウエビングによってのみ吸収される。したがって、更に一層高い乗員拘束性能を得るためには、プリテンショナー作動後のエネルギー吸収という点において更なる改善の余地があった。」(段落【0007】)
(d)「本発明は上記事実を考慮し、車両の急減速時にウエビングを強制的に緊張させて乗員に密着させるという本来の機能を確実に維持しつつ、ウエビングが乗員に密着された後の乗員の慣性移動力(エネルギー)を吸収して更に一層高い乗員拘束性能を得ることができるプリテンショナーを得ることが目的である。」(段落【0008】)
(e)「【作用】上記構成のプリテンショナーでは、プリテンショナー作動時すなわち車両の急減速時には、ピストンが移動されこの移動力がワイヤを介して巻取軸に伝達されて巻取軸がウエビング巻取方向へ回転され、ウエビングが乗員拘束方向へ強制的に緊張されて乗員に密着される。
・・・中略・・・
このように、本発明に係るプリテンショナーでは、車両の急減速時にウエビングを強制的に緊張させて乗員に密着させるという本来の機能を確実に維持しつつ、ウエビングが乗員に密着された後の乗員の慣性移動力(エネルギー)を吸収して更に一層高い乗員拘束性能を得ることができる。」(段落【0010】〜【0014】)
(f)「【実施例】図2には、本発明の実施例に係るプリテンショナー10が備えられたウエビング巻取装置12が斜視図にて示されている。
・・・・・・
ウエビング巻取装置12では、車両のセンターピラーに固定されるプレート14と、このプレート14の両側から直角に屈曲され互いに平行とされた一対の脚板16を備えている。脚板16は、巻取軸18を回転可能に軸支している。この巻取軸18には、乗員装着用のウエビング20の先端が係止され、ウエビング20が層状に巻き取られている。巻取軸18の端部は一方の脚板16の外側へ延出されてクラッチ部22に達している。」(段落【0015】〜【0016】)
(g)「次に、上記のように構成された本実施例の作用を説明する。上記構成のプリテンショナー10では、プリテンショナー作動時すなわち車両が急減速状態に至ると、ガスジェネレータが着火して多量のガスが発生し、この多量のガスがベース26内を介してシリンダ24のピストン28の背面側へ流入する。これにより、シリンダ24内に配置されたピストン28がワイヤ30と共に初期位置(図1に実線にて示す位置)からシリンダ24の上方へ移動される。なお、このピストン28の上方移動の際には、ラチェット32が歯36を乗り越えることによりピストン28の移動は支障無く行われる。」(段落【0029】)
(h)「ピストン28が図1に二点鎖線にて示す如く移動されると、この移動力がワイヤ30によって伝達され、クラッチ部22を介して巻取軸18に伝達される。これにより、巻取軸18がウエビング巻取方向へ強制的に回転されて、ウエビング20が乗員拘束方向へ強制的に緊張されて乗員に密着される。」(段落【0030】)
(i)「また、ピストン28が移動されると、これに伴って、ワイヤ30に連結されたギヤ38が回転される。ギヤ38が回転すると、この回転力はピニオン40、シャフト62及びピニオン60によってギヤ部58へ伝達され、ギヤ38の回転に同期して回転プレート54が回転される。このため、当初はロックセンサ46のパウル48の先端部に解除切欠部56が対向する状態となっていた回転プレート54は、解除切欠部56以外の周囲壁に対向する状態となる。このため、ロックセンサ46(パウル48)は、回転プレート54に阻まれて回転輪44に係合できず、作動が制限される。すなわち、この状態では、ロックセンサ46は回転輪44に係合できないため巻取軸18のウエビング引出方向回転を阻止することがなく、巻取軸18はウエビング引出方向への回転が可能となる。」(段落【0031】)
(j)「したがって、ピストン28が図1に二点鎖線にて示す如く移動し巻取軸18がウエビング巻取方向へ回転されてウエビング20が乗員に密着された後には、ウエビング20に作用する乗員の慣性移動力(エネルギー)によって巻取軸18がウエビング引出方向へ回転され、これにより、巻取軸18に連係するワイヤ30すなわちピストン28が再び初期位置へ復帰移動される。ここで、ピストン28の上方移動位置(図1に二点鎖線にて示す位置)から初期位置への復帰移動の際には、ラチェット32が歯36に係合しており、ピストン28の移動が制限される。ピストン28に作用する移動力(換言すれば、ウエビング20に作用する乗員の慣性移動力)が所定値を越えると、ラチェット32が係合する歯36が順次剪断され、これにより、初期位置へ復帰移動するピストン28の移動力(ウエビングに作用する乗員の慣性移動力)が順次吸収される。」(段落【0032】)
(k)「乗員の慣性移動力(初期位置へ復帰移動するピストン28の移動力)が吸収されピストン28が再び初期位置に達すると、ギヤ38に同期して回転する回転プレート54が回転されて解除切欠部56がロックセンサ46のパウル48に対向する状態となり、ロックセンサ46(パウル48)は回転輪44に係合可能となる。すなわち、回転プレート54によるロックセンサ46の作動の制限が解除される。したがって、慣性力でセンサブラケット50の小径孔内からその外側へ昇り上がるボール52に押圧されてパウル48が揺動し、回転輪44と係合して回転輪44のウエビング引出方向回転が阻止される。これにより、乗員の慣性力でウエビング20が引き出されて回転する巻取軸18に対して、回転輪44が回転遅れを生じることになり、ロックプレートが移動されて内歯ラチェットホイルと噛み合い巻取軸18のウエビング引出方向回転が阻止され、ウエビング20の引出が阻止されて乗員はウエビング20による拘束状態となる。」(段落【0033】)
(l)「このように、本実施例に係るプリテンショナー10では、車両の急減速時にウエビング20を強制的に緊張させて乗員に密着させるという本来の機能を確実に維持しつつ、ウエビング20が乗員に密着された後の乗員の慣性移動力(エネルギー)を吸収して更に一層高い乗員拘束性能を得ることができる。」(段落【0034】)
(m)「【発明の効果】以上説明した如く本発明に係るプリテンショナーでは、車両の急減速時にウエビングを強制的に緊張させて乗員に密着させるという本来の機能を確実に維持しつつ、ウエビングが乗員に密着された後の乗員の慣性移動力(エネルギー)を吸収して更に一層高い乗員拘束性能を得ることができるという優れた効果を有している。」(段落【0036】)

(3)同じく、甲第3号証として提出した刊行物である特開平8-216834号公報(以下、「引用例3」という。)には、車両緊急時に安全ベルトの弛みを巻き取るベルトテンショナが開示され、特に、その巻取長について、140〜205mmとする点が開示されている(段落【0099】参照)。

(4)同じく、甲第4号証として提出した刊行物である実願平5-74557号(実開平7-40310号)のCDーROM(以下、「引用例4」という。)には、ウエビング自体の破断ないし伸長によって衝撃吸収するシートベルトが開示されている(段落【0002】参照)。

(5)同じく、甲第5号証として提出した刊行物である実願昭57-163016号(実開昭58-108856号)のマイクロフィルム(以下、「引用例5」という。)には、衝突時のエネルギを吸収するリトラクタが開示され、特に、第8頁第10〜11行には、「ウエビング20の引出しを停止し人体が車体に衝き当るのを防止している」と記載されている。
また、「人体の慣性によりさらに大きな荷重がウエビングにかかるが・・・ベロー4を軸方向に塑性変形させつつこの荷重を吸収して人体に加わるシヨツクを和らげることになる。」(明細書第7頁第19行〜第8頁第6行)と記載されている。

(6)同じく、甲第6号証として提出した刊行物である特開昭46-7710号公報(以下、「引用例6」という。)には、トーションバーの変形によって、衝撃を吸収する構成(周知技術)が開示されている。

(7)同じく、甲第7号証として提出した刊行物である特開昭50-55029号公報(以下、「引用例7」という。)には、変形部材の変形によって、シートベルトの衝撃を吸収する構成(周知技術)が開示されている。

(8)同じく、甲第8号証として提出した刊行物である特開平8-127313号公報(以下、「引用例8」という。)には、以下の記載がある。
(a)「【産業上の利用分野】本発明はシートベルト巻取装置に係り、特に乗員の移動を拘束する際に乗員へ加わる衝撃エネルギーを吸収するようにしたシートベルト巻取装置に関する。」(段落【0001】)
(b)「【作用】本発明によれば、前記リールシャフト支持開口の内周縁に前記ロック手段と噛合可能な歯部を形成したリング状部材で構成し、このリング状部材を前記ベースフレームの取付開口に所定の係合手段を介装させて嵌着し、前記係合手段は前記ロック手段により前記リールシャフトのウェビング引き出し方向が阻止された際に、前記ロック手段から伝達される回転阻止反力が所定値を越えた場合に、その一部がせん断切除され、あるいは圧潰しによって塑性変形し、前記リング状部材が前記取付開口に対して所定のウェビング張力を保持しながら前記ウェビング引き出し方向に回動するようにしたことにより、衝突時等にウェビングの引き出しが急激にロックされた場合にも、その直後にウェビングに一定の荷重を保持させた状態で、ウェビングの伸び出しを許容でき、シートベルトを装着している乗員に作用する衝撃力を緩和することができる。」(段落【0016】)
(c)「・・・さらにウェビングWに大きな引き出し力が作用すると、EAギヤ11を回転しようとする回転反力の荷重も増大し、しきい値の規定荷重に達すると、EAギヤ11の押圧部23が当接している凸形潰ししろ20をせん断(押圧部23の形状によっては圧潰し)するようにしてEAギヤ11が回動し始める。EAギヤ11はEA荷重として一定値のウェビング引張力を保持しながら、ウェビング伸び出し方向に回転する(図6(c)参照)。」(段落【0032】)
(d)「押圧部23でベースフレーム10の段差部12に形成された凸形潰ししろ20をせん断(圧潰し)するようにしてEAギヤ11が回動するが、ベースフレーム10開口周縁に形成された凸形潰ししろ20を全長にわたり、切除あるいは圧し潰した状態(位置Xd)で凸形潰ししろ20の形成されていない段差12a(図3(a)参照)に当接する。これによりEAギヤ11は回動が抑止され、EA動作は完了する。その後、リールシャフト102でのウェビングWの巻き締まり等の伸びを含めて僅かにウェビングWの伸び出しがあり、ウェビングW張力は増加することになる。」(段落【0033】)
(e)「(第2実施例)以下、第2実施例としてのEAギヤ及びEAワイヤの構成について図8及び図9を参照して説明する。本実施例で使用されているEAギヤ41は、第1実施例で説明したEAギヤ11と同様にベースフレーム10の側壁10a、10bに形成された取付開口10c、10dの周縁に形成された3箇所の切欠21位置に対応して形成された位置決め爪部22によりベースフレーム10と一体化できるようになっている。さらに、ベースフレーム10の取付開口10c、10d内に嵌合されるEAギヤ41部分の外周縁に沿ってワイヤ収容溝42が形成されている。また、ワイヤ収容溝42の一部には図9(a)に示したようにウェビング引き抜き抵抗線材としての細径鋼線からなるEAワイヤ43の端部43aが定着されている。EAワイヤ43は端部43aからベースフレーム10内を下方に導かれ、側壁10a、10b間に架設された線材引き出し阻止部材としての2本のクランクピン44、45の間に倣ってクランクされ、所定のワイヤ長をとって他端が自由端を構成している。ワイヤ長さはリールシャフト102が2回転する程度のウェビング伸び出し量が可能な程度に設定されている。」(段落【0035】)
(f)「EAワイヤ43は、一端がEAギヤ41のワイヤ収容溝42に定着される一方、ほぼ鋼線直径程度の離れをあけて架設されたクランクピン44、45の間に沿って曲がるようにクランクされている。また、同図(b)に示したようにベースフレーム10の両方の側壁10a、10bに接するように掛け渡されている。このように鋼線であるEAワイヤ43を狭い間隔のクランクピン44、45間を鋭角にクランクさせると、EAワイヤ43には許容弾性変形以上の変形が加わる。このため、EAギヤ41が矢印A方向に回転してEAワイヤ43をワイヤ収容溝42に巻き付けるように動作すると、クランクピン44、45間をEAワイヤ43が引き抜かれて通過する際に、EAギヤ41の矢印A方向への回転を抑止しようとする大きな引き抜き抵抗力が生じる。このように、EAギヤ41がウェビングの急激に引き出され、リールシャフト(図示せず)が急激に回転すると、EAギヤ41がEAワイヤ43の引き抜き抵抗を受けてEA動作をとることができる。」(段落【0036】)
(g)「ここで、図10を参照してEAワイヤ43の引き抜き抵抗によって得られるEAメカニズムについて説明する。同図(a)はシートベルト巻取装置における通常のウェビング引き出し、巻き取り動作状態を示した状態説明図である。この状態では歯部13とメインパウル111とが噛合状態にないため、リールシャフト102は自由に巻き取り、引き出し方向に回転することができる。したがってEAギヤ41はまったく回転動作を示さないため、EAワイヤ43も不動状態にある(着目点P1位置参照)。」(段落【0037】)
(h)「ここで、図6(c)の説明で述べたように、ウェビングWに大きな引き出し力が作用し、EAギヤ41を矢印A方向に回転しようとする回転反力荷重が増大し、EAギヤ41の回転を抑止していたEAギヤ41とベースフレーム10の側壁10a、10b部分の周縁部分との摩擦嵌合が解かれる。そして図8(b)に示したようにEAギヤ41が回動し始める。これと同時にEAワイヤ43はリールシャフト102の回動角度に応じて所定量だけワイヤ収容溝42に巻回されていく(着目点P1→P2)。このとき前述したようにEAワイヤ43は、過度の屈曲が加えられながらクランクピン44、45の間を通過する。このため、一定の抵抗荷重としてのEA荷重が作用しながら、ウェビングWの伸び出し動作が生じることになる。そして、ウェビングWの許容伸び出し量分だけリールシャフト102が回動してウェビングWが引き出されると、EAワイヤ43の先端に取り付けられているストッパ48がクランクピン44、45に当接してウェビングWのそれ以上の引き出しが抑止される。」(段落【0038】)
(i)「本実施例によれば、使用するEAワイヤの材質等によりEA荷重を定量的に精度良く設定できるとともに、加工手間が少なくて済むため、装置全体のコストダウンにつながるという利点がある。」(段落【0039】)
(j)「ここで、図12及び図13を参照して本変形例によるEAメカニズムについて説明する。第2実施例と同様にウェビングWが急激に引き出されると、ウェビングWを巻回していたリールシャフト(図示せず)も急回転し、このリールシャフトに回動可能に支持されていたパウル(図示せず)が支持軸回りに回動してEAギヤ41の歯部に噛合してリールシャフトの回転がロックされる。さらにウェビング引張荷重が所定の入力値まで達すると、図13に示したようにEAギヤ41の回動を阻止していたせん断ピン63が破断し、EAギヤ41が回転してEAワイヤ43をワイヤ巻き付け溝に沿って巻き上げる。そのときEAワイヤ43は中間位置がクランクピン61、62により仮固定されているため、EAワイヤ43がこのクランクピン位置を通過する際に、所定のストロークにわたり(図13中、EA区間に相当)、ほぼ一定値となるようなEA荷重をウェビング引き出し抵抗として得ることができる。」(段落【0041】)
(k)「このようにEA荷重のコントロールができると、たとえば、シートベルト装置とエアバッグ装置とを装備する車種において、図15に示したようにウェビングWの引き出しに応じてEA荷重(EA1)が得られている過程で、エアバッグ装置のエアバッグが完全展開したら、エアバッグで乗員の前方への移動の抗力を有効に負担させるために、抗力が発生する前傾位置でEA荷重をΔEAだけ低減させる(EA1→EA2)ように、EAワイヤ43の荷重発生形状を設定することが好ましい。」(段落【0044】)
(l)「【発明の効果】以上の説明から明らかなように、本発明によれば、フレームロック機構を備えたシートベルト巻取装置において、ウェビングの引き出しロック機構にEA部材を組み込んだので、安価な部品構成で確実なEA効果を得ることができるという効果を奏する。」(段落【0047】)

3.対比・判断
(1)本件発明1について
本件発明1と上記引用例2に記載された発明(以下、「引用発明」という。)とを対比するに、引用発明のプリテンショナーにあっても、そのシートベルト装置は、座席の乗員の肩部及び腹部をそれぞれ拘束するためのショルダーベルト部及びラップベルト部を有する車両乗員の保護装置と考えて何ら支障はない。
したがって、両者は、
[一致点]
「座席の乗員の肩部及び腹部をそれぞれ拘束するためのショルダーベルト部及びラップベルト部を有するシートベルト装置と、
車両の衝突時にシートベルトを巻き取ってシートベルトの張力を高めるプリテンショナ装置と、
該プリテンショナ装置のシートベルト巻き取り後にシートベルトを徐々に繰り出して乗員に加えられる衝撃を緩和する衝撃吸収装置と、
車両が衝突したときに、前記衝撃吸収装置によって衝撃が緩和されつつ前方に移動する乗員を受け止める車両乗員の保護装置。」
である点で一致し、以下の点で相違する。
[相違点1]
本件発明1は、座席前方の車両部材に設けられたエアバッグ装置を備え、前方に移動する乗員を前記エアバッグ装置によって受け止める車両乗員の保護装置であるのに対して、引用発明においては、当該エアバッグ装置を備えているか否か明らかでない点。
[相違点2]
本件発明1は、衝撃吸収装置のシートベルト繰出し長さL2がプリテンショナ装置の巻取り長さL1よりも長いのに対して、引用発明は、当該構成について明らかでない点。

[相違点の検討]
(イ)まず、上記相違点1について検討する。
上記引用例8に、「シートベルト装置とエアバッグ装置とを装備する車種において、・・・ウェビングWの引き出しに応じてEA荷重(EA1)が得られている過程で、エアバッグ装置のエアバッグが完全展開したら、エアバッグで乗員の前方への移動の抗力を有効に負担させる・・・」と記載されているように、シートベルトを徐々に繰り出して乗員に加えられる衝撃を緩和する衝撃吸収装置において、前方に移動する乗員をエアバッグ装置によって受け止める車両乗員の保護装置は、本件出願前に公知のものである。また、上記引用例1にも開示されているとおり、プリテンショナ装置及びエアバック装置を備えた乗員保護装置自体は周知技術と言えるものである。
そして、上記引用例8に記載のエアバッグ装置を、車両乗員の保護装置という共通の技術分野に属する上記引用発明の保護装置として適用することを妨げる事由はない。
したがって、上記相違点1に係る構成である「座席前方の車両部材に設けられたエアバッグ装置を備え、前方に移動する乗員を前記エアバッグ装置によって受け止める」構成とすることは、当業者ならば容易に想到できたことである。

(ロ)次に、上記相違点2について検討する。
そもそも、プリテンショナ装置の「巻取り長さL1」とは、精々、乗員の運転時姿勢が前傾姿勢であっても、これを正規の姿勢に戻し、かつ、シートベルトで乗員を強く拘束するまで巻取る長さに相当するものと考えられる。
一方、衝撃吸収装置の「シートベルト繰出し長さL2」は、身体にダメージを与えずに衝撃吸収を行うという効果を考慮すれば、可能な限り長く繰出した方が良いことは当然のことであって、具体的には、プリテンショナ装置によって乗員をシートベルトに強く拘束した位置から、前方に移動する乗員をエアバッグ装置によって受け止めるまで繰出す長さとなることは当業者であれば自明のことである。
そして、乗員をシートベルトに強く拘束した位置から、エアバッグ装置によって受け止めるまで繰出す長さの方が、乗員を正規の姿勢に戻し、かつ、シートベルトで強く拘束するまで巻取る長さよりも大きいことは、技術常識上明らかなことである。
したがって、上記相違点2に係る構成である「衝撃吸収装置のシートベルト繰出し長さL2がプリテンショナ装置の巻取り長さL1よりも長い」構成とすることは、衝撃吸収効果の観点から、当業者ならば当然に設定するべき事項である。
なお、上記L1及びL2については、特許権者にあっても、特許異議意見書において、「甲第8号証の装置において、『しきい値の規定荷重』以上の『ウエビングW(シートベルト)に作用する引き出し力』が作用すると、『シートベルト繰出し長さL2』が所定長さ以上になることは明らかです。さらに、プリテンショナ装置の『巻取り長さL1』を調整することは、技術常識です。」(前記意見書第7頁第7〜11行参照)と認めているところである。

(ハ)以上のとおり、本件発明1は、上記引用例2,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明1の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に「プリテンショナ装置はシートベルト装置のショルダーベルト部を巻き取るものであり、かつ、衝撃吸収装置はシートベルト装置のショルダーベルト部を繰り出すものである」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、上記引用例2の段落【0016】には、「ウエビング巻取装置12では、車両のセンターピラーに固定されるプレート14と、・・・を備えている」と記載されているから、上記引用発明のプリテンショナー10が、シートベルトのショルダーベルト部分を巻取り、或は、繰り出すものであることは明らかである。
したがって、本件発明2は、上記引用例2,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明2の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(3)本件発明3について
本件発明3は、本件発明2に「巻取り長さL1が80〜250mmである」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、上記引用例3の段落【0099】には、「・・・安全ベルト13は140〜205mm程度巻き取られ、テンショニングされる。」と記載されているから、上記引用例3の巻取り長さは、本件発明3の巻取り長さに包含されるものである。
さらに、上記(1)においても言及したとおり、「プリテンショナ装置の『巻取り長さL1』を調整することは、技術常識・・・」である。
したがって、本件発明3は、上記引用例2,3,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明3の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(4)本件発明4について
本件発明4は、本件発明2に「車両乗員の保護装置は運転席用のものであり、(繰り出し)長さL2が100〜400mmである」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、通常、3点式シートベルトは、車両前席(運転席或は助手席)に用いられるものであるから、本件発明4の構成のように、車両乗員の保護装置を運転席用に用いる点に何ら困難性はない。また、この場合に、(繰り出し)長さL2を100〜400mmとする点についても、本件発明3に関して述べた引用例3の上記記載からして何ら困難性はない。
さらに、上記(1)においても言及したとおり、「『シートベルト繰出し長さL2』が所定長さ以上になることは明らか・・・」なことである。
したがって、本件発明4は、上記引用例2,3,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明4の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(5)本件発明5について
本件発明5は、本件発明2に「車両乗員の保護装置は助手席用のものであり、(繰り出し)長さL2が100〜800mmである」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、通常、3点式シートベルトは、車両前席(運転席或は助手席)に用いられるものであるから、本件発明5の構成のように、車両乗員の保護装置を助手席用に用いる点に何ら困難性はない。また、この場合に、(繰り出し)長さL2を100〜800mmとする点についても、本件発明3に関して述べた引用例3の上記記載からして何ら困難性はない。
したがって、本件発明5は、上記引用例2,3,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明5の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(6)本件発明6について
本件発明6は、本件発明4又は5に「車両衝突時に座席の前方の車両部材に対し乗員が接近しても乗員が車両部材から離隔しているように(繰り出し)長さL2が設定されている」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、引用例5の第8頁第10〜11行に、「ウエビング20の引出しを停止し人体が車体に衝き当るのを防止している」と記載されているとおり、乗員が車両部材に衝き当ることのないように車両部材から離隔するべく(繰り出し)長さL2が設定されることは自明のことである。
したがって、本件発明6は、上記引用例2,3,5,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明6の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(7)本件発明7について
本件発明7は、本件発明1ないし6のいずれか1つに「エアバッグ装置はエアバッグを展開させるガス発生手段を備えており、プリテンショナ装置は、車両衝突時に該ガス発生手段の作動開始に先行してシートベルト巻き取りを開始する」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、「ガス発生手段」に関しては、引用例1の段落【0014】に、「・・・エアバック装置4Aが点火される。これによりエアバックが展開する。・・・」と記載され、また、「プリテンショナ装置」の作動タイミングについては、引用例1の段落【0016】に「衝突の場合には、プリテンショナ駆動手段15が付勢されると共にタイマ23が起動される。このタイマ23は、その起動から所定時間経過後にエアバック駆動手段14を付勢する。」と記載されているとおり、上記特定事項はこの種車両乗員の保護装置における常套手段である。
したがって、本件発明7は、上記引用例1,2,3,5,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明7の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

(8)本件発明8について
本件発明8は、本件発明1ないし7のいずれか1つに「衝撃吸収装置はシートベルト自体が伸長することによってシートベルトを徐々に繰出すものである」との発明特定事項を附加するものである。
しかしながら、引用例2の段落【0007】に「乗員の慣性移動力(エネルギー)は・・・ウエビングによってのみ吸収される。」と記載され、また、引用例4の段落【0002】に「ウエビングに衝撃荷重が加わると・・・縫糸3が縫着基端部5から縫着先端部6に向って順次破断して衝撃荷重を吸収する・・・吸収できなかった衝撃荷重をウエビング自体で吸収する・・・」と記載されているとおり、上記特定事項はこの種車両乗員の保護装置における常套手段である。
したがって、本件発明8は、上記引用例1,2,3,4,5,8に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであり、本件発明8の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

4.まとめ
以上のとおり、本件発明1ないし8は、上記甲第1号証ないし甲第5号証,甲第8号証に記載された各発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、本件発明1ないし8の特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。
したがって、本件発明1ないし8についての特許は、平成15年改正前の特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2005-11-22 
出願番号 特願平8-328399
審決分類 P 1 651・ 121- Z (B60R)
最終処分 取消  
前審関与審査官 大谷 謙仁  
特許庁審判長 大野 覚美
特許庁審判官 永安 真
見目 省二
登録日 2003-09-19 
登録番号 特許第3473301号(P3473301)
権利者 タカタ株式会社
発明の名称 車両乗員の保護装置  
代理人 重野 剛  

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