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審決分類 審判 全部申し立て 特174条1項  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
管理番号 1343915
異議申立番号 異議2018-700202  
総通号数 226 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2018-10-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2018-03-06 
確定日 2018-08-30 
異議申立件数
事件の表示 特許第6192291号発明「らせんコア用無方向性電磁鋼板およびその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6192291号の請求項1?2に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6192291号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願は、平成24年12月21日の出願であって、平成29年8月18日に特許権の設定登録がされ、同年9月6日に特許掲載公報が発行され、その後、平成30年3月6日付けで請求項1?2に係る特許に対し、特許異議申立人であるJFEスチール株式会社(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年5月23日付けで当審から取消理由が通知され、同年7月24日付けで特許権者から意見書(以下、「意見書」という。)が提出されたものである。

第2 本件発明

本件特許の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明(以下、「本件発明1」?「本件発明2」といい、これらをまとめて「本件発明」という。)は、願書に添付された特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
質量%で、
C:0?0.01%、
Si:0.5?1.1%、
Al:0?0.7%、
Si+Al:0.6?1.1%、
Mn:0.05?0.6%
を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなり、金属組織がフェライト単相組織であり、前記フェライト相の平均結晶粒径が10?60μmであり、降伏応力YP:320MPa以下、引張強さTS:400MPa以下、降伏比YR(YP/TS):0.82以下、伸びEL:30?40%であることを特徴とするらせんコア用無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記請求項1に記載の成分組成を有する熱延板を冷延後、再結晶焼鈍する電磁鋼板の製造方法において、再結晶焼鈍を700?900℃の温度範囲で、かつ、次式で決められるLMPを17000?21000の範囲で行うことを特徴とする請求項1に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
LMP=T×(20+Log(t))
ここで、T:焼鈍温度(K)、t:焼鈍時間(時間)である。」

第3 取消理由の内容

本件発明について、平成30年5月23日付けで当審から特許権者に対して通知した取消理由の内容は以下のとおりである。

「本件特許の請求項1,2に係る発明は、下記のとおり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているとはいえない。



1 『不可避不純物』の定義について

(1)請求項1には『不可避不純物』という記載があるにもかかわらず、発明の詳細な説明には『不可避不純物』について、その定義を含め何らの記載はなく、【0013】に『その他の成分』として、質量%で『P:0.1%以下』,『S,N,O,Ti,Nb,V,Zr,Mg:0.01%以下』,『Ca,REM:約0.0005?0.005%』,『Cu,Sn,Sb,Ni,Cr,B:0.5%以下』の成分元素が記載されているのみで、『その他の成分』と『不可避不純物』との関係は不明である。

(2)それにもかかわらず、【0021】には、請求項1に明記されていない成分元素の『P:0.073%』を含有する無方向電磁鋼板が『第2実施例』として記載されているから、『P:0.073%』は、本件発明1にいう『不可避不純物』に該当すると解する他ない。

(3)他方、【0013】に『その他の成分』として記載されたBの含有量の上限値は0.5%とされているにもかかわらず、特許権者は、審査段階における平成29年3月13日付け意見書において『B:0.0001?0.0030%』は請求項1にいう『不可避不純物』には該当しない旨の主張をしている。

(4)ここで、前記(1)のとおり、発明の詳細な説明には『不可避不純物』について、その定義を含め何らの記載はないところ、『不可避不純物』について一般的には次のように解される。
『『不可避不純物』とは、鉄鋼材料分野において慣用的な用語であり、その意味するところは、おおむね、所望する鉄鋼材料としての最終製品を得るまでの製造過程において、意図して導入するまでもなく鉄鋼材料中に存在することが、自明であり、鉄鋼製品の特性に必ずしも悪影響を及ぼさないため、存在するままにされている不純物ということができ』る(平成17年(行ケ)第10608号) あるいは、
『不可避不純物とは、おおむね、金属製品において、原料中に存在したり、製造工程において不可避的に混入するもので、本来は不要なものであるが、微量であり、金属製品の特性に悪影響を及ぼさないため、許容されている不純物ということができる。』(平成18年(ワ)第6162号)

(5)以上によれば、前記(4)にあるとおりの『不可避不純物』についての一般的な解釈を踏まえたとしても、請求項1の『不可避不純物』として許容される元素の種類と、その含有量がいかなるものであると認識すれば、前記(2),(3)とも矛盾することなく、請求項1に係る発明を認定することができるのかが明らかではない。

(6)したがって、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2に係る発明は、いずれも明確であるとはいえない。

2 Al含有量の上限値(質量%で0.7%)について

請求項1には、Si,Al及びSi+Alの含有量について、『Si:0.5?1.1%』,『Al:0?0.7%』,『Si+Al:0.6?1.1%』と特定されている。
しかし、この特定では、Alの含有量が上限値の0.7%である場合、Siの含有量が下限値の0.5%であっても、両者の合計(Si+Al)は1.2%となって、上限値の1.1%を超えることになるから、上記3つの特定事項は、互いに内容的に整合しないものである。
したがって、請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2に係る発明は明確であるとはいえない。」

第4 申立理由の概要

申立人の主張する申立理由の概要は以下のとおりであり、いずれの理由も取消理由として採用していない。

1 申立理由1

請求項1に係る特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

2 申立理由2

請求項1,2に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

3 申立理由3

請求項1,2に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、取り消されるべきものである。

第5 当審の判断

1 取消理由通知に記載した取消理由について

(1)「不可避不純物」の定義について

ア 本件発明における「不可避不純物」に関し、特許権者は、意見書において、以下のとおり主張している。
「本件特許明細書の段落【0013】の記載は、『その他の成分』として、請求項1で特定したC、Si、Al、Mn以外の元素であって、不可避不純物として含有される可能性のある元素や、周知技術の適用の結果として含有の可能性のある元素について、それぞれ発明の課題達成に影響を与えない含有量の目安を説明したもので、『その他の成分』と『不可避不純物』との関係が問題になるようなものではない。」(第4頁第14?19行)
「第2実施例で鋼塊に含有されるPが不可避不純物であることと、審査段階において、引用文献5の『B:0.0001?0.0030%』が添加したものであると主張したことにより、本件特許発明1の『不可避不純物』が不明確になるものではない。
不純物であるかどうかは含有量だけで決まるものではなく、その元素の持つ機能を意識的に利用するかどうかも考慮する必要がある。」(第5頁第6?11行)
「引用文献5において、Bは発明の課題達成のために欠くことのできない元素であるため、意識的に含有させるようにしたものであり、Bの含有量に関わらず『不可避不純物』ではないといえる。これに対し、本件特許発明1において、Bは発明の課題達成のために欠くことのできない元素ではなく、不可避不純物元素として鋼板に含まれているものである。Pも同様に発明の課題達成のために欠くことのできない元素ではなく、不可避不純物元素として鋼板に含まれているものである。」(第5頁下から第5行?第6頁第1行)

イ 前記アによれば、本件発明における「不可避不純物」とは、発明の課題を解決するために、その機能を意識的に利用する必要がある不可欠の成分元素には該当しない一方、発明の課題解決に悪影響を与えない程度に不可避的に含有される可能性のある元素を意味するものと解される。
そして、このように解すると、本件発明におけるBとPはいずれも「不可避不純物」に該当するものと認められる。

ウ 以上のとおり、本件発明における「不可避不純物」の定義が明らかとなり、BとPがいずれも「不可避不純物」に該当することも明らかとなったから、取消理由通知の「1 『不可避不純物』の定義について」に記載した取消理由は解消した。

(2)Al含有量の上限値(質量%で0.7%)について

ア 本件発明におけるAl含有量について、特許権者は、意見書において、以下のとおり主張している。なお、「・・・」は記載の省略を表す(以下同様)。
「請求項1における・・・規定は・・・『Si:0.5?1.1%』と、『Al:0?0.7%』と、『Si+Al:0.6?1.1%』の3条件を同時に満足することを条件とするものであり、それ以外の解釈の余地はないものである。
そうすると、Alの含有範囲に『Si+Al:0.6?1.1%』の条件を満たすことができない範囲が存在しても、その範囲はAlの含有範囲から除かれていることは明白であるから、上記規定に何ら不都合はないものである。」(第7頁第1?10行)

イ 前記アの3条件を満たすAlとSiの含有範囲は、Alの含有範囲を「0?0.6%」としても変わりがなく、Alの含有範囲として「0.6?0.7%」の範囲を敢えて特定することに合理的根拠を見いだすことはできないものの、前記アの主張のとおり、規定自体に不明確な点はないから、取消理由通知の「2 Al含有量の上限値(質量%で0.7%)について」に記載した取消理由には、理由がない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

(1)申立理由1について

ア 申立人は、平成28年9月16日付け手続補正による補正は、請求項1におけるSiとAlの合計含有量について、質量%(以下、「%」と略記する。)で「Si+Al:0.3?2.5%」であったのを「Si+Al:0.6?1.1%」とし、Siの含有量について、「Si:0.1?2.0%」であったのを「Si:0.5?1.1%」とする補正を含むから、本件特許の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「当初明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものではなく、特許法第17条の2第3項の規定に違反する旨、主張する(異議申立書の第4頁第12行?第7頁第6行)。

イ 前記主張について検討すると、当初明細書等の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0009】
・・・
<成分組成>
本発明の無方向性電磁鋼板の成分組成の限定理由について説明する。以下で含有量の%は、質量%を意味する。」
「【0011】
(Si+Al:0.3?2.5%)
SiとAlは上記の作用の他に、降伏応力YPや引張強さTSなどの機械的強度を高め、降伏比YR(YP/TS)にも影響を与える。図1?3に、フェライト粒の平均結晶粒径が20μmである場合の、SiとAlの合計添加量(Si+Al)とYP、TS、YRとの関係を示す。
後述するが、良好なヘリカル加工性を持つには、YP、TS、YRがそれぞれ320MPa以下、400MPa以下、0.82以下を満足することが必要である。これらの条件を満足させるSi+Al量は、図1?3の場合、YPでは1.8%以下、TSでは1.1%以下、YRでは0.6%以上である。
このように、良好なヘリカル加工性を得るにはSi+Al量には適正な範囲があることが確認されたので、フェライト粒の平均結晶粒径が他の場合についても、さらに検討した結果、Si+Alを0.3?2.5%の範囲にするとよいことが確認された。より好ましいSi+Alの範囲は0.5?1.5%であり、更に好ましくは0.5?1.0%である。」
「【0014】
<鋼板組織>
本発明の鋼板の組織は、未再結晶組織を含まないフェライト単相組織とし、その平均粒径を10μm?60μmとする。未再結晶組織を含んだり、平均粒径が10μm未満だったりすると、鉄損が劣化し、YP、TS、YRも上昇する。60μmより大きくなると、ヘリカル加工性が劣化する。更に打ち抜きの際、端面のダレも大きくなる。好ましくは10?30μmである。」

ウ 前記イの記載によれば、当初明細書等の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。

(ア)SiとAlは、降伏応力YPや引張強さTSなどの機械的強度を高め、降伏比YR(YP/TS)にも影響を与えるため、まず、フェライト粒の平均結晶粒径が20μmである場合について、SiとAlの合計添加量(Si+Al)とYP、TS、YRとの関係を調べたところ、図1?3の結果が得られた。この結果によれば、良好なヘリカル加工性に必要なYP≦320MPa、TS≦400MPa、YR≦0.82を同時に満たすためには、Si+Alを0.6%以上1.1%以下にする必要があることが分かった(【0009】,【0011】)。

(イ)次に、フェライト粒の平均結晶粒径が他の場合についても、さらに検討した結果、Si+Alを0.3?2.5%の範囲にすればよいことが確認され、より好ましい範囲は0.5?1.5%であり、更に好ましい範囲は0.5?1.0%であることも確認された(【0009】,【0011】)。

(ウ)本件発明では、鋼板の組織は、未再結晶組織を含まないフェライト単相組織とし、その平均粒径を10μm?60μmとする必要がある(【0014】)。

エ 前記ウによれば、前記ウ(イ)の「フェライト粒の平均結晶粒径が他の場合」は、フェライト粒の平均結晶粒径が10μm?60μmの範囲である場合(前記ウ(ウ))を意味すると認められるから、当初明細書等の発明の詳細な説明には、フェライト粒の平均結晶粒径が10μm?60μmの場合について、良好なヘリカル加工性を確保するために必要なSi+Alの範囲は「0.3?2.5%」であり、より好ましい範囲は「0.5?1.5%」であり、更に好ましい範囲は「0.5?1.0%」であることが記載されているものと認められる。
そして、フェライト粒の平均結晶粒径が20μmである場合に良好なヘリカル加工性を確保するために必要なSi+Alの範囲とされる「0.6?1.1%」は、上記の「より好ましい範囲」とされる「0.5?1.5%」に包含されるから、上記の「より好ましい範囲」に対し、その下限値及び上限値を、より狭い範囲の「0.6?1.1%」と限定する補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、請求項1におけるSiとAlの合計含有量を「Si+Al:0.6?1.1%」とする補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第17条の2第3項の規定に適合する。

オ また、当初明細書等には、Siの含有量について、「最適な範囲は0.1?2.0%であり、好ましくは0.5?1.0%である。」(【0009】)と、好ましい下限値が「0.5%」であることが記載され、Alの含有量については、「Alの範囲を0?0.7%とする。好ましくは0?0.3%である。」(【0010】)と、含有量が0%の場合も記載されているから、請求項1におけるSiの含有量の下限値を「0.1%」から「0.5%」に補正するとともに、請求項1におけるSiとAlの合計含有量を「Si+Al:0.6?1.1%」とする補正に伴い、これと整合するように、Siの含有量の上限値を「2.0%」から「1.1%」とする補正も、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるとはいえない。
したがって、請求項1におけるSiの含有量を「Si:0.5?1.1%」とする補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第17条の2第3項の規定に適合する。

カ 以上のとおりであるから、前記アの申立人の主張は根拠を欠くものであり、これを採用することはできない。

(2)申立理由2について

ア 申立人は、本件発明では「伸びEL:30?40%」であることが特定されているにもかかわらず、本件特許の発明の詳細な説明の記載には、このような範囲の伸びELを得るためにどのようにすべきかについて、一切の記載がなく、その結果、当業者が本件発明を実施しようとした場合、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を要することになるから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない旨、主張する(異議申立書の第7頁第8行?第9頁第24行)。

イ 前記主張について検討すると、本件特許の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。
「【0005】
本発明は、鋼板の成分組成と組織制御により、降伏応力YP、引張強さTS、降伏比YR(YP/TS)、伸びELの機械的特性をヘリカル加工に適した特性範囲とし、同時に低い鉄損を満足したものである。
・・・」
「【0018】
<製造方法>
本発明の無方向電磁鋼板の製造方法は下記の通りである。
先に示した鋼組成を有するスラブに対して熱間圧延を施し、酸洗、冷間圧延を施し、その後再結晶のための仕上げ焼鈍を施す。仕上げ焼鈍以外は一般的な無方向性電磁鋼板の製造方法で製造できる。仕上げ焼鈍は結晶粒径の均一化のために連続焼鈍で行うことが好ましく、鋼板組織を粒径10?60μmのフェライト単相とするため、温度は700?900℃とする。ただしバッチ焼鈍も可能であり、その場合、次式で決められるLMPを17000?21000の範囲に制御することで、最適な結晶粒径を得ることができる。
LMP=T×(20+Log(t))
ここで、T:焼鈍温度(K)、t:焼鈍時間(時間)である。
・・・」

ウ 前記イの記載に接した当業者であれば、本件発明は、鋼板の成分組成と組織制御によって、降伏応力YP、引張強さTS、降伏比YR(YP/TS)、及び、伸びELの機械的特性をヘリカル加工に適した特性範囲とし、同時に低い鉄損を満足したものであって(【0005】)、このうち、「鋼板の成分組成」については、請求項1に「C:0?0.01%、 Si:0.5?1.1%、 Al:0?0.7%、 Si+Al:0.6?1.1%、 Mn:0.05?0.6%を含有し、残部Feおよび不可避不純物からな」ると記載されるとおりに、C,Si,Al,Mn,Feの各成分を調製すればよく、他方、「鋼板の」「組織制御」については、仕上げ焼鈍以外は一般的な無方向性電磁鋼板の製造方法を用いることができるところ、仕上げ焼鈍については、連続焼鈍が好ましいがバッチ焼鈍も可能であり、焼鈍の条件は、焼鈍温度(T)を700?900℃とした上で、LMP=T×(20+Log(t))(T:焼鈍温度(K)、t:焼鈍時間(時間))が17000?21000の範囲となるように、焼鈍温度(T)と焼鈍時間(t)を制御すればよいことを理解できる(【0018】)。
以上のとおり、本件特許の発明の詳細な説明には、「伸びEL」を「30?40%」にすることも含め、本件発明を実施するために必要となる「鋼板の成分組成」の調製方法、並びに、「鋼板の」「組織制御」のために必要な仕上げ焼鈍の手段及び条件について、指針となるべき具体的な記載がされているから、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

エ したがって、前記アの申立人の主張は根拠を欠くものであり、これを採用することはできない。

(3)申立理由3について

ア 申立理由3について、申立人は、以下の旨、主張する。

(ア)本件特許の発明の詳細な説明の表1(【0020】)に記載された実施例1の全ての発明例(A1,A5?A7,A11,A12)を参照しても非常に限られた成分組成が記載されているのみであるから、本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない(異議申立書第9頁第25行?第11頁第5行)。

(イ)本件特許の発明の詳細な説明の【0018】によれば、本件発明2で特定される「次式で決められるLMPを17000?21000の範囲で行うこと」は、「バッチ焼鈍」の場合に限られ、「連続焼鈍」の場合には該当しないから、「連続焼鈍」を行っている実施例1は、本件発明2の実施例に該当しない。
また、実施例2は、鋳塊の成分として、質量%で「P:0.073%」を含有しているが、本件発明2が引用する本件発明1では「P」は成分として特定されておらず、また、審査段階において、特許権者は本件発明は「B」を特に添加していないと主張しているところ、「P」についても同様であると考えられるから、成分元素として「P」を含有する実施例2は、本件発明2の実施例に該当しない。
したがって、発明の詳細な説明には、本件発明2の実施例は存在しないから、本件発明2の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない(異議申立書の第11頁第6行?第13頁第8行)。

イ 前記ア(ア)の主張について検討する。

(ア)Cの含有量の範囲については、本件発明では、「C:0?0.01%」と特定されているところ、本件特許の発明の詳細な説明には、「Cは鉄損を劣化させ、磁気時効の原因にもなる有害な元素なので、上限を0.01%とし、下限を0%とする。」(【0009】)と記載され、実施例1(【0019】?【0020】【表1】)には、Cの含有量を、それぞれ、0.002%(A7,A11),0.003%(A5,A6),0.008%(A1)とした例が記載されている。
そして、本件発明の下限値である0%と実施例1の下限値の0.002%(A7,A11)との間、及び、本件発明の上限値である0.01%と実施例1の上限値である0.008%(A1)との間において、Cの与える影響が大きく変化する特段の事情は認められず、また、実施例1の0.003%(A5,A6)と0.008%(A1)との間についても同様であると認められるから、本件発明の「C:0?0.01%」という含有量は、発明の詳細な説明に記載されたものであると認められる。

(イ)Si,Al,Si+Alの含有量の範囲については、実施例1のいずれの発明例においても、Si:0.7%,Al:0%となっているが、前記「(1)申立理由1について」で検討したとおり、本件特許の発明の詳細な説明には、実施例1とは別に、本件発明で特定される「Si:0.5?1.1%」,「Al:0?0.7%」,「Si+Al:0.6?1.1%」の含有量の範囲を確認したことが記載されているものと認められる。

(ウ)Mnの含有量の範囲については、本件発明では、「Mn:0.05?0.6%」と特定されているところ、実施例1では、0.05%(A5),0.18%(A1,A6,A7,A11)の例が記載されており、本件特許の発明の詳細な説明には、「Mnは熱間加工性の改善や硫化物の粗大化にも効果があるため下限を0.05%とし、過剰な添加はコスト増になるため、Mnの範囲を0.05?0.6%とする。」(【0012】)と経済的理由から上限値を0.6%にする旨の記載があるから、本件発明の「Mn:0.05?0.6%」という含有量は、発明の詳細な説明に記載されたものであると認められる。

(エ)以上のとおりであるから、前記ア(ア)の申立人の主張は根拠を欠くものであり、これを採用することはできない。

ウ 前記ア(イ)の主張について検討する。

(ア)本件特許の発明の詳細な説明の【0018】の記載は、文言上、LMPによる焼鈍温度と焼鈍時間の限定がバッチ焼鈍に限ると解釈する余地はあるものの、連続焼鈍とバッチ焼鈍は、いずれも焼鈍を行う点において、その技術的意義に異なるところはなく、また、連続焼鈍を採用した実施例1における焼鈍条件の「850℃で30秒均熱」(実施例2の発明例B3の焼鈍温度,焼鈍時間と同一である。)に基づいて算出したLMPの値は20125となり17000?21000の範囲内であるから、本件特許の発明の詳細な説明の記載に接した当業者においては、LMPによる焼鈍温度と焼鈍時間の限定は、バッチ焼鈍に限られないものとして理解されるといえる。

(イ)また、本件発明の発明の詳細な説明に記載された実施例2では、鋳塊の成分として、本件発明で明示的には特定されていない「P」を「0.073%」含有しているが、前記1(1)で検討したとおり、0.073%のPは、本件発明の課題を達成する上で悪影響を及ぼすことのない「不可避不純物」に該当するものとして理解することができるから、実施例2が本件発明2の実施例に該当しないということはできない。
そして、実施例2では、LMPの値が17975(B1)?20842(B2)の範囲にあるB1?B4の発明例では、本件発明の課題を解決できる一方で、LMPの値が16541(b1),22813(b2)である比較例では、いずれも上記課題を解決できないことが確認されているから、本件発明の発明の詳細な説明には、LMPの値が17000?21000の範囲となる焼鈍温度と焼鈍時間で焼鈍を行うことで、本件発明のらせんコア用無方向性電磁鋼板を製造できることが記載されているものと認められる。

(ウ)以上のとおりであるから、前記ア(イ)の申立人の主張は根拠を欠くものであり、これを採用することはできない。

第6 結び

したがって、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議の申立理由によっては、請求項1,2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1,2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2018-08-20 
出願番号 特願2012-279995(P2012-279995)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C22C)
P 1 651・ 55- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 長谷山 健
▲辻▼ 弘輔
登録日 2017-08-18 
登録番号 特許第6192291号(P6192291)
権利者 新日鐵住金株式会社 澤藤電機株式会社
発明の名称 らせんコア用無方向性電磁鋼板およびその製造方法  
代理人 渡辺 望稔  
代理人 伊東 秀明  
代理人 蜂谷 浩久  
代理人 福地 律生  
代理人 三橋 史生  
代理人 三橋 真二  
代理人 三橋 真二  
代理人 青木 篤  
代理人 中村 朝幸  
代理人 中村 朝幸  
代理人 福地 律生  
代理人 齋藤 学  
代理人 齋藤 学  
代理人 青木 篤  

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