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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B09B
管理番号 1418421
総通号数 38 
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2025-02-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2022-08-08 
確定日 2025-01-06 
事件の表示 特願2019-511400「炭素繊維複合材、炭素繊維複合材を組み込む媒体、及びこれらに関連する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 3月 1日国際公開、WO2018/037377、令和 1年12月 5日国内公表、特表2019-534774〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2017年(平成29年)8月24日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2016年8月26日(以下「優先日」という。) 米国(US)、2017年6月30日 米国(US))を出願日とする国際出願であって、令和3年9月2日付けの拒絶理由の通知に対して、同年12月7日に意見書及び補正書が提出されたが、令和4年4月12日付けで拒絶査定がされ(以下「原査定」ともいう。謄本送達は同年同月19日。)、これに対して令和4年8月8日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出されたものである。

第2 補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和4年8月8日にされた手続補正を却下する。

[理由]
1 手続補正の内容
令和4年8月8日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)は、特許請求の範囲の請求項1を、次のように補正するものである。下線は補正箇所を示す。

(1)本件補正前
「【請求項1】
1種以上の炭素繊維を、該炭素繊維に付与されたエポキシ樹脂マトリックスとともに含む、炭素繊維複合材添加剤であって、
1種以上の炭素繊維が、ポリアクリロニトリル(PAN)型炭素繊維を含み、エポキシ樹脂マトリックスが、熱可塑性樹脂の少なくとも1つを含む、炭素繊維複合材添加剤。」

(2)本件補正後
「【請求項1】
1種以上の炭素繊維を、該炭素繊維に付与されたエポキシ樹脂マトリックスとともに含む、炭素繊維複合材添加剤であって、
1種以上の炭素繊維が、ポリアクリロニトリル(PAN)型炭素繊維を含み、エポキシ樹脂マトリックスが、熱可塑性樹脂の少なくとも1つを含み、
1種以上の炭素繊維が、6メッシュを通る、炭素繊維複合材添加剤。」

2 本件補正の目的
本件補正は、請求項1の「1種以上の炭素繊維」について、本願の明細書の【0039】の「CCFCMの炭素繊維に付与されたエポキシ樹脂マトリックスを有する炭素繊維は、さらなる機械的スクリーニング又は同等の方法によって4つの粒径画分に区別することができ、例えば大きな粒子は、6メッシュを通るが10メッシュには残るものとし・・・」との記載及び【0040】の「・・・1つの例示的な態様において、組成物の体積割合による重量に対する混在型粒径画分は、6メッシュスクリーンを通って炭素繊維に付与されたエポキシ樹脂マトリックスを有するハンマーミリングした炭素繊維合計の約60.8%である。・・・」との記載に基いて「1種以上の炭素繊維が、6メッシュを通る」ことを限定するものである。
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下「本件補正発明」いう。)が特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか(いわゆる独立特許要件を満たすものであるか)について以下で検討する。

3 独立特許要件についての判断
(1)本件補正発明
本件補正発明1は、前記1(2)に記載したとおりのものである。

(2)引用文献等及びその記載事項
ア 引用文献等
(ア)原査定の拒絶理由で引用された文献
a 引用文献3:特開2003-238225号公報(拒絶理由の引用文献3)
b 周知文献:特開2013-142123号公報(拒絶理由中で挙げられた周知文献)

(イ)当審が追加した炭素繊維の技術常識を示す文献
a 参考文献1:三菱樹脂株式会社 深川 敏弘、「ピッチ系炭素繊維の現状と将来」、炭素繊維協会、)2012年7月20日、3頁
(URL:https://web.archive.org/web/20120620023508/http://www.carbonfiber.gr.jp:80/pdf/24th_seminar_Pitch.pdf)
b 参考文献2:佐藤公隆 外1名、「高性能ピッチ系炭素繊維の特性とその先進複合材料への展開」、繊維機械学会誌、Vol.45、No.5、1992年、39頁~51頁
(URL:https://web.archive.org/web/20181030131304id_/https://www.jstage.jst.go.jp/article/transjtmsj1972/45/5/45_5_P267/_pdf)

イ 引用文献等の記載事項
(ア)本願の優先日前に公知となった引用文献3(前記ア(ア)a参照。)には、次の記載がある。
「【請求項1】硬化した炭素繊維強化熱硬化性樹脂を粉砕して製造した炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を、セメント材またはアスファルト材に含有させたことを特徴とする土木・建築用電磁波シールド材。」
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、例えばセメント材、アスファルト材等に好適に用いることができる軽量、高強度、かつ施工性に優れた土木・建築用電磁波シールド材に関する。」
「【0021】本発明に用いる炭素繊維としては、PAN系、ピッチ系いずれであっても差し支えないが、電磁波シールド性をより少ない量で発現させるためには、導電性に優れる、弾性率が400GPa以上のピッチ系炭素繊維が好ましい。また、セメント材の重さあたりの強度を向上させるという意味ではPAN系の高強度繊維、具体的な強度としては3MPa~7GPaの範囲が好ましい。
【0022】また、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の平均長さは3~50mmであることが電磁波シールド性、分散性、補強効果のバランス上好ましい。3mm未満ではセメント材あるいはアスファルト材中への分散性はよいものの、長さが短いために、所定の電磁波シールド性を得るためには、より多くの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を混入させる必要があり、コストが高くなる傾向がある。一方、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の平均長さが50mmを越えると、薄物の成型物や隙間へのモルタル充填が困難になるという、施工性上の課題が生じる。なお、本発明の炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の平均長さとは、文字通り、任意に抽出した50片の炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の差し渡し長さを算術平均した値であるが、後述する、粉砕装置のパンチングメタルや、篩い装置のメッシュ、篩の大きさで代用しても差し支えない。具体的には、20mmのふるいを通過し、10mmの篩を通過しなかった粉砕片の平均長さは、15mmということにする。また、施工した後においては、セメント材中から砕くなどして50片取り出した炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の差し渡し長さを算術平均しても差し支えない。」
「【0027】本発明に用いる炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の好ましい熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン樹脂などである。特に、エポキシ樹脂はセメントとの接着性が良好なため、最も好ましい樹脂である。
【0028】なお、射出成形品などで実用化されている炭素繊維強化熱可塑性樹脂を粉砕加工して得られた炭素繊維強化樹脂片は、粉砕時の熱により熱可塑樹脂が融解するため、炭素繊維の断面が熱可塑樹脂で被覆されてしまって、導電パスを形成し難く、電磁波シールド性が十分に発現できないことがあるため、本発明の用途には不適である。」
「【0039】
【実施例】本発明のセメント材を実施例によって詳細に述べる。
【0040】まず、フィラメントワインド装置により、炭素繊維(強度4.9GPa、弾性率235GPa、比重1.8)束にエポキシ樹脂を含浸させて、オーブン中(120℃)で硬化させて製造した±15度積層構成の円筒体(繊維含有率55体積%、比重1.6、長さ800mm、半径40mm、肉厚7mm)を一軸剪断粉砕式の粉砕器で粉砕後、振動篩い機で分級し5種類の平均長さ(2mm、7mm、15mm、25mm、35mm)を有する炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を製造した。
【0041】粉砕片の大きさの最大長さは、粉砕機に取り付けるパンチングスクリーンよってほぼ決まり、本発明に用いたパンチングスクリーンは径35mmのものを用いた。粉砕に続いて、パンチングスクリーンを通過した炭素繊維強化熱硬化性樹脂片は、振動篩い機によって分級した。振動篩い機に取り付けた篩網の目開きは3mm、12mm、18mm、32mmとした。本製造に置いて、パンチングスクリーン径は35mmであったが、差し渡し長さが35mm以上の粉砕片がパンチングスクリーンを通過しており、平均長さ35mmの粉砕片を得ることができた。
【0042】次いで、これら5種類の平均長さの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を、回転式のセメントミキサーで混練してセメント材を成形した。セメント材の組成はJIS R5201に記載に従い、各水準で一定とした。具体的にはセメント材に普通ポルトランドセメントを用い、骨材に標準砂を用いて、セメント:骨材=1:2になるように調整したものであり、水/セメント比は0.65である。
【0043】ここで平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を(A)、平均径7mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を(B)、平均径15mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を(C)、平均径25mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を(D)、平均径35mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を(E)とする。
実施例1
JIS R 5201に規定されたセメント組成に炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(C)をセメント対比10重量%混入して、フロー値を測定した。フロー値はセメント材の流動性を評価する試験である。練り混ぜはJIS R 5201を参考とした。ます水を入れた練り混ぜ機を低速で始動させ、パドルを回転させながら30秒間に規定量のセメントを入れる。練り混ぜを続けながら次の30秒間で規定量の標準砂を入れる。練り混ぜを続けながら次の30秒間で所定量の炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を入れる。引き続き60秒間練り混ぜた後、20秒間休止する。休止の間にさじで練り鉢およびパドルに付着したモルタルをかき落とす。さらに、練り鉢の底のモルタルをかき上げるように2、3回かき混ぜる。休止が終わったら再び始動させ120秒間練り混ぜる。練り混ぜが終わったら練り鉢を練り混ぜ機から外し、さじで10回かき混ぜて、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を混入したセメント材の混合物を得た。この混合物を用いてフロー試験を行った。試験方法はJIS R 5201に従った。その結果を表1に記す。
【0044】さらに、本セメント材を200mm×200mm×10mmの型枠に注型し、24時間自然養生した後、20℃×2週間の水中養生を行い電磁波シールド性測定(電磁波シールド性の測定方法は透過法と呼ばれる方法で、サンプルに電磁波(周波数は500MHz)を入射させ、サンプルを透過した電磁波を検出することによって測定する方法である)を、JIS R 5201に準じて3点曲げ試験を、それぞれ行い、表1の電磁波シールド性と曲げ強度を得た。
実施例2
実施例1と同一のセメント材を、厚さ20mmに成形し、電磁波シールド性測定を行った。結果は表1に示す通り、厚みに比例してシールド性が向上した。
実施例3、4
実施例1において、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(C)のセメント対比混入量を、5重量%(実施例3)、15重量%(実施例4)とした他は、実施例1と同様にして、フロー試験、電磁波シールド性測定、曲げ試験を行った。結果は表1に示す。フロー値は、混入量が増加するに従い低下する傾向にあるが、15重量%でも施工可能なレベルであった。
実施例5、6、7、8
実施例1において、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(C)の代わりに、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)(実施例5)、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(B)(実施例6)、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(D)(実施例7)、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(E)(実施例8)とした以外は、実施例1と同様にして、フロー試験、電磁波シールド性測定、曲げ試験を行った。結果は表1に示す。」
「【0048】
【表1】



(イ)本願の優先日前に公知となった周知文献(前記ア(ア)b参照。)には、次の記載がある。
「【0002】
繊維強化プラスティック(FRP)は、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂や、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等の熱可塑性樹脂のマトリックス樹脂と、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維等の繊維強化材とからなる繊維強化複合材料である。繊維強化プラスティックは、軽量で且つ強度特性に優れるため、近年、航空宇宙産業分野から一般産業分野に至るまで、幅広い分野において利用され、航空機分野においては、繊維強化プラスティックの適用部位が拡大している。これに伴い繊維強化プラスティックに対する機械特性向上の要求も高まっている。
【0003】
繊維強化プラスティックは、強化繊維に樹脂組成物を含浸させたプリプレグを中間材料として用いて製造されることが多い。プリプレグには優れた室温保存安定性が要求される。繊維強化プラスティックが航空機分野で使用される場合、プリプレグは、マトリックス樹脂として成形自由度の高いエポキシ樹脂を炭素繊維に含浸させて製造する場合が多い。一般的にエポキシ樹脂硬化物は靱性に乏しく、脆い。そのため、エポキシ樹脂をマトリックス樹脂とした繊維強化複合材料は、耐衝撃性、層間靭性などで、機械特性向上の要求を満足していない。さらに繊維強化プラスティックには、高温高湿度条件においても機械物性が低下しない耐熱性・耐湿熱性の改善も要求される。
【0004】
これらの問題を解決する方法として、特許文献1~5には、エポキシ樹脂に熱可塑性樹脂をブレンドすることで、エポキシ樹脂に靱性を付与する方法が開示されている。これらの方法はエポキシ樹脂の靱性を向上させることができるが、室温においてエポキシ樹脂と硬化剤との硬化反応が徐々に進行することを抑制することが出来ない。そのため、得られるプリプレグは保存安定性が悪く、経時的にタック性やドレープ性が低下する。さらに、硬化反応が過度に進行したプリプレグを用いて作製された繊維強化複合材料は、多くのボイドが発生する等の欠陥を内在し、コンポジット構造体の機械物性を著しく低下させる。また、高温高湿度条件における機械物性の低下を抑制することが困難である。」
「【0007】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決し、耐衝撃性や層間靱性などの機械特性や耐湿熱性特性に優れる繊維強化複合材料を作製でき、保存安定性に優れるプリプレグ、及びその製造方法を提供することにある。」
「【0028】
(2-1)強化繊維基材
1次プリプレグの強化繊維基材シートに用いられる強化繊維としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、ポリエステル繊維、セラミック繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維、金属繊維、鉱物繊維、岩石繊維及びスラッグ繊維などを使用できる。これらの強化繊維の中でも、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維が好ましく、比強度、比弾性率が良好で軽量かつ高強度の繊維強化複合材料が得られる炭素繊維がより好ましく、引張強度に優れるポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維が特に好ましい。
【0029】
強化繊維にPAN系炭素繊維を用いる場合、その引張り弾性率は、170~600GPaであることが好ましく、220~450GPaであることが特に好ましい。また、引張強度は3920MPa(400kgf/mm2)以上であることが好ましい。このような炭素繊維を用いることにより、コンポジットの機械的性質を向上できる。」
「【0045】
(2-2-3)熱可塑性樹脂
エポキシ樹脂組成物[A]は、少なくともエポキシ樹脂可溶性熱可塑性樹脂を含有する。更にエポキシ樹脂不溶性熱可塑性樹脂を含有することが好ましい。エポキシ樹脂組成物[A]に含有されるエポキシ樹脂可溶性熱可塑性樹脂やエポキシ樹脂不溶性熱可塑性樹脂は、従来公知のものを用いることができる。
【0046】
エポキシ樹脂可溶性熱可塑性樹脂とは、エポキシ樹脂に一部又は全部が加熱等により溶解し得る熱可塑性樹脂である。エポキシ樹脂不溶性熱可塑性樹脂とは、加熱などの処理を施しても、エポキシ樹脂に溶解しない熱可塑性樹脂である。熱可塑性樹脂がエポキシ樹脂に溶解しないとは、熱可塑性樹脂をエポキシ樹脂中に投入し、一般的なコンポジット成形時の処理温度である100~190℃で攪拌した場合に、粒子の大きさが変化しない場合をいう。
【0047】
熱可塑性樹脂を含有することにより、エポキシ樹脂組成物[A]に靱性を付与し、得られるコンポジットの耐衝撃性を向上させることができる。
【0048】
エポキシ樹脂可溶性熱可塑性樹脂は、エポキシ樹脂組成物[A]の硬化過程でエポキシ樹脂に溶解し、エポキシ樹脂組成物[A]の粘度を増加させることができる。これにより、硬化過程に生じる粘度低下によるエポキシ樹脂組成物[A]のフローを防止することができる。」

(ウ)本願の優先日前に公知となった参考文献1(前記ア(イ)a参照。)の3頁には、次の記載がある。




(エ)本願の優先日前に公知となった参考文献2(前記ア(イ)b参照。)の41頁の図3及び同42頁の表2には、次の記載がある。





(3)引用文献3に記載された発明
引用文献3(前記(2)イ(ア)参照。)の【0043】及び【0044】には、「実施例5」として、JIS R 5201に規定されたセメント組成に、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)を、セメント対比10重量%混入して、セメント材の流動性を評価する試験であるフロー値を測定したこと、すなわち、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)を、セメント剤の添加剤として用いたことが記載されている。
そして、同【0043】の「平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片」「(A)」に着目し、【0040】及び【0041】の記載を参酌すれば、引用文献3には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。

(引用発明)
「JIS R 5201に規定されたセメントに添加される、平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)であって、
フィラメントワインド装置により、炭素繊維(強度4.9GPa、弾性率235GPa、比重1.8)束にエポキシ樹脂を含浸させて、オーブン中(120℃)で硬化させて製造した±15度積層構成の円筒体(繊維含有率55体積%、比重1.6、長さ800mm、半径40mm、肉厚7mm)を一軸剪断粉砕式の粉砕器で粉砕後、振動篩い機で分級し5種類の平均長さ(2mm、7mm、15mm、25mm、35mm)を有する炭素繊維強化熱硬化性樹脂片としたものであって、
パンチングスクリーンは径35mmのものを用い、振動篩い機に取り付けた篩網の目開きは3mm、12mm、18mm、32mmとし、粉砕に続いて、パンチングスクリーンを通過した炭素繊維強化熱硬化性樹脂片は、振動篩い機によって分級したものである、
JIS R 5201に規定されたセメントに添加される、平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)。」

(4)本件補正発明と引用発明との対比、判断
ア 対比
本件補正発明と引用発明とを対比すると、引用発明の「炭素繊維」は、本件補正発明の「1種以上の炭素繊維」に相当する。
また、引用発明の「エポキシ樹脂」は、それ自体で炭素繊維強化熱硬化性樹脂の母材を構成するものであるから、本件補正発明の「エポキシ樹脂マトリックス」に相当する。
また、引用発明の「JIS R 5201に規定されたセメントに添加される、平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)」は、炭素繊維と樹脂の複合材であって、セメントに添加されるものであるから、本件補正発明の「炭素繊維複合材添加剤」に相当する。
さらに、本件補正発明の6メッシュとは、1インチ(25.4mm)の間に6つの目が入ることを意味するものであって、ミリメートル換算すると、目開きが25.4/6≒4.2mmであることを意味する。そして、引用発明の「JIS R 5201に規定されたセメントに添加される、平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)」は、振動篩い機に取り付けた、目開きが3mmの篩網で分級されたものであるから、本件補正発明の「6メッシュを通る」を充足する。
してみると、両者の一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「1種以上の炭素繊維を、該炭素繊維に付与されたエポキシ樹脂マトリックスとともに含む、炭素繊維複合材添加剤であって、
1種以上の炭素繊維が、6メッシュを通る、炭素繊維複合材添加剤。」

<相違点1>
1種以上の炭素繊維が、本件補正発明は「ポリアクリロニトリル(PAN)型炭素繊維を含」むのに対し、引用発明は、定かでない点。

<相違点2>
エポキシ樹脂マトリックスが、本件補正発明は「熱可塑性樹脂の少なくとも1つを含」むのに対し、引用発明は「エポキシ樹脂」であって、熱可塑性樹脂を含むものではない点。

イ 判断
まず、相違点1について検討する。
引用発明の「炭素繊維(強度4.9GPa、弾性率235GPa、比重1.8)」は、その物性からみて、PAN型である蓋然性が高い。
すなわち、参考文献1(前記(2)イ(ウ)参照。)には、ピッチ系炭素繊維の引張強度は1000~4000MPa(=1~4GPa)未満であり、PAN系炭素繊維の引張強度は3400~6400MPa(=2.4~6.4GPa)程度であることが記載され、参考文献2(前記(2)イ(エ)参照。)には、PAN系炭素繊維は、引張強度250~700kgf/mm2(=2.5~6.9GPa)程度であり、ピッチ系炭素繊維は、引張強度200~400kgf/mm2(=2.0~3.9GPa)程度であること、及びピッチ系炭素繊維の引張強度は比較的低く、<380kgf/mm2(=<3.7GPa)程度であることが記載されている。これらの記載によれば、ピッチ系炭素繊維の引っ張り強度は4Gpa以下程度であることから、強度が4.9GPaである引用発明の「炭素繊維(強度4.9GPa、弾性率235GPa、比重1.8)」は、PAN型である蓋然性が高い。そうすると、相違点1は実質的な相違点ではない。
仮に、引用発明の炭素繊維がPAN型でないとしても、引用発明を認定した引用文献3の【0021】には、炭素繊維について、PAN系、ピッチ系いずれであっても差し支えないが、電磁波シールド性をより少ない量で発現させるためにピッチ系炭素繊維が好ましく、セメント材の重さあたりの強度を向上させる意味ではPAN系の高強度繊維が好ましいと記載されており、添加後のセメント材の強度を考慮して、PAN系の高強度繊維を採用することは、当業者が容易になし得たことである。

次に、相違点2について検討する。
引用発明の「エポキシ樹脂」について、引用発明を認定した引用文献3の【0027】には、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の好ましい熱硬化性樹脂としては、セメントとの接着性が良好なため、エポキシ樹脂が最も好ましい樹脂であることが記載され、同【0028】には、炭素繊維強化熱可塑性樹脂を粉砕加工して得られた炭素繊維強化樹脂片(当審注:樹脂マトリックスは、エポキシ樹脂に熱可塑性樹脂を添加したものではなく、全量熱可塑性樹脂の場合と考えられる。)は、粉砕時の熱により熱可塑性樹脂が融解し、電磁波シールド性が十分に発現できないことがあるため、本発明の用途には不適であることが記載されている。
この点について、周知文献(前記(2)イ(イ)参照。)の【0003】~【0004】には、従来の繊維強化プラスティックについて、マトリックス樹脂としてエポキシ樹脂を炭素繊維に含浸させた場合、エポキシ樹脂硬化物は靱性に乏しく脆いが、熱可塑性樹脂をブレンドするとエポキシ樹脂の靱性を向上させることができること、及び、熱可塑性樹脂をブレンドすると、得られるプリプレグの保存安定性が悪いという問題があったことが記載されている。そこで、周知文献では、同【0045】に、エポキシ樹脂組成物に、エポキシ樹脂可溶性熱可塑性樹脂と、エポキシ樹脂不溶性熱可塑性樹脂を含有させることが好ましいことが記載され、同【0047】には、熱可塑性樹脂を含有することにより、エポキシ樹脂組成物[A]に靱性を付与し、得られるコンポジットの耐衝撃性を向上させることができることが記載されている。
すなわち、炭素繊維複合材に用いられるエポキシ樹脂の靱性の乏しさや脆さを補うために、熱可塑性樹脂をブレンドすることは周知技術であって、熱可塑性樹脂を含むエポキシ樹脂マトリックスを用いた炭素繊維複合材は、利点や欠点があるものの、本件出願前に世の中に大量に存在していたということができる。
そうすると、引用発明において、電磁波シールド性または重さあたりの強度が損なわれない程度に熱可塑性樹脂を含むエポキシ樹脂を用いることは当業者が容易になし得たことである。

ウ 効果
エポキシ樹脂マトリックスが熱可塑性樹脂を含む効果について、本願の明細書の【0030】には「幾つかの例においてCCFCMは、ポリアクリロニトリル(PAN)型の炭素繊維、熱可塑性樹脂、及びエポキシ樹脂を、CCFCM合計重量による様々な割合で含むが、CCFCMはさらに、ガラス繊維、アルミニウム、及び/又はチタンを含むことができる。」と記載され、同【0032】には「幾つかの例ではエポキシ樹脂マトリックスが、熱可塑性樹脂、例えばポリエーテルスルホン及びポリアミドを含む。」と記載されるように、熱可塑性樹脂を含むエポキシ樹脂マトリックスは、単にエポキシ樹脂マトリックスの一例として示されるのみであり、また、実施例において、熱可塑性樹脂を含むものと含まないものとの対比等は何らなされておらず、当該特定が何らかの効果を生じることも示されていない。
そうすると、本件補正発明において、エポキシ樹脂マトリックスが熱可塑性樹脂を含む効果は、前記イで検討したとおり、エポキシ樹脂の靱性の乏しさや脆さを補う程度のものであって、前記周知文献等からみて顕著なものではない。

エ まとめ
したがって、本件補正発明は、引用発明、引用文献3及び周知文献に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

オ 請求人の主張
請求人は、審判請求書3頁5行~14行において「本願発明が引用文献に対し進歩性を有することは、令和3年12月7日付けの意見書に記載の通りです。・・・「1種以上の炭素繊維が、6メッシュを通る、」との構成について、引用文献は何ら開示も示唆もしておりません。」と主張し、令和3年12月7日付けの意見書において、概略、(ア)引用文献3は、PANが引用文献1よりも好ましい本発明との類似性が低い、ピッチまたはPANの差異は大きく看過できるものではない、(イ)引用文献3では、エポキシ樹脂が最も好ましい樹脂となっている、(ウ)引用文献3の実施例1-4では、サイズは「15mm」であり、本発明よりもはるかに大きい、(エ)目的(解決すべき課題)と技術分野が異なる、との主張をしている。
しかしながら、前記(ア)について、前記イで検討したとおり、引用発明の炭素繊維は、その物性からみて、PAN型である蓋然性が高いものであるし、そうでなかったとしても、炭素繊維としてPAN型のものを採用することは当業者が容易になし得たことである。
また、前記(イ)について、前記イで検討したとおり、熱可塑性樹脂を含むエポキシ樹脂マトリックスを用いた炭素繊維複合材は、本件出願前に世の中に大量に存在していたものであるから、引用発明の原料としてそのようなものを採用することに特段の困難性はない。
また、前記(ウ)について、前記アで検討したとおり、引用発明の「平均長さが2mmの炭素繊維強化熱硬化性樹脂片(A)」は、15mmではなく、6メッシュを通るものである。
また、前記(エ)について、本件補正発明は特に添加対象が特定されていない「炭素繊維複合材添加剤」であるから、請求人の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
したがって、請求人の主張は採用できない。

(5)独立特許要件についての判断のむすび
前記(4)で検討したとおり、本件補正発明は、引用発明、引用文献3及び周知文献に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4 補正の却下の決定のむすび
したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の決定の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は前記のとおり却下されたので、本願の請求項1~16に係る発明は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項1~16に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2の1(1)の【請求項1】に記載したとおりのものである。

2 原査定における拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、次の理由を含むものである。
「・・・
2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
・・・
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
●理由1(新規性)、理由2(進歩性)について
・・・
・請求項 1~6
・引用文献等 3
・備考
引用文献3には、請求項1より、硬化した炭素繊維強化熱硬化性樹脂を粉砕して製造した炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を、セメント材またはアスファルト材に含有させた土木・建築用電磁波シールド材に用いる、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片が記載されている。
引用文献3には、炭素繊維としては、PAN系、ピッチ系いずれであっても差し支えないこと([0021])、炭素繊維強化熱硬化性樹脂片の好ましい熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、ビニルエステル樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、ポリウレタン樹脂などであること([0027])についても記載されている。
また、引用文献3には、実施例において、フィラメントワインド装置により、炭素繊維(強度4.9GPa、弾性率235GPa、比重1.8)束にエポキシ樹脂を含浸させて、オーブン中(120℃)で硬化させて製造した±15度積層構成の円筒体(繊維含有率55体積%、比重1.6、長さ800mm、半径40mm、肉厚7mm)を一軸剪断粉砕式の粉砕器で粉砕後、振動篩い機で分級し5種類の平均長さ(2mm、7mm、15mm、25mm、35mm)を有する炭素繊維強化熱硬化性樹脂片を製造したことが記載されている([0040]、[0041])。
引用文献3に記載される「炭素繊維強化熱硬化性樹脂片」は、本願発明の「炭素繊維複合材添加剤」に相当する。
(後述する理由4も参照。)
・・・
<引用文献等一覧>
・・・
3.特開2003-238225号公報(主引例かつ周知技術を示す文献)
・・・」

3 引用文献の記載事項
引用文献の記載事項及び引用発明は、前記第2の[理由]の3(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記第2の[理由]の3(4)で検討した本件補正発明の「1種以上の炭素繊維が、6メッシュを通る」との限定を削除したものである。
そうすると、本願発明の発明特定事項を全て含み、さらに前記の限定を付加した本件補正発明が、前記第2の[理由]の3(4)に記載したとおり、引用発明、引用文献3及び周知文献に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用発明、引用文献3及び周知文献に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 門前 浩一
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2024-07-23 
結審通知日 2024-07-30 
審決日 2024-08-20 
出願番号 P2019-511400
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B09B)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 門前 浩一
特許庁審判官 関根 裕
弘實 由美子
発明の名称 炭素繊維複合材、炭素繊維複合材を組み込む媒体、及びこれらに関連する方法  
代理人 園田・小林弁理士法人  

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