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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 A61K 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 A61K |
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管理番号 | 1285931 |
審判番号 | 不服2011-16629 |
総通号数 | 173 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2014-05-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2011-08-02 |
確定日 | 2014-03-19 |
事件の表示 | 特願2001-585794「糖尿病発症を予防または遅延させるためのゾヌリンのペプチドアンタゴニストの使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成13年11月29日国際公開、WO01/89551、平成15年11月18日国内公表、特表2003-534287〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、平成13年3月21日(パリ条約による優先権主張 2000年5月19日,米国)を国際出願日とする出願であって、審査請求とともに平成19年10月17日付けで手続補正がなされたが、拒絶理由通知に対し応答が無く、平成23年4月5日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成23年8月2日に拒絶査定不服審判が請求され、その審判請求と同時に平成23年8月2日付けで手続補正がなさたものであり、その後、前置報告書を用いた審尋に対し、応答が無かったものである。 第2 平成23年8月2日付けの手続補正についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 平成23年8月2日付けの手続補正(以下、「本件補正」ともいう。)を却下する。 [理由] (1)本件補正の概要 本件補正は、特許請求の範囲の請求項1について、 補正前(平成19年10月17日付け手続補正書参照)の 「【請求項1】 糖尿病発症を予防または遅延させるための組成物であって、該組成物は、薬学的に有効量のゾヌリンのペプチドアンタゴニストを含み、ここで該ペプチドアンタゴニストは、閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない、組成物。」から、 補正後の 「【請求項1】 糖尿病発症を予防または遅延させるための組成物であって、該組成物は、薬学的に有効量のペプチドアンタゴニストを含み、該ペプチドアンタゴニストは、8?40アミノ酸長であり、かつ配列番号15に記載のアミノ酸配列を含み、ここで該ペプチドは、回腸への腸管送達のための経口投与組成物として投与されることを特徴とする、組成物。」(下線は、原文のとおり) とする補正を含むものである。 この補正前後の発明特定事項を対比すると、 (イ)「ペプチドアンタゴニスト」について、「ゾヌリン」との限定を省き、 (ロ)「ペプチドアンタゴニスト」について、「8?40アミノ酸長であり、かつ配列番号15に記載のアミノ酸配列を含み」との限定を付し、 (ハ)「ペプチドアンタゴニスト」について、「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」との限定を省き、 (ニ)ペプチドについて、「回腸への腸管送達のための経口投与組成物として投与される」との限定を付したものと認められる。 (2)補正の適否 本件補正は、特許法第17条の2第1項第4号において準用する同法第121条第1項の拒絶査定不服審判を請求する場合において、その審判の請求と同時になされたものであるところ、(i)同法第17条の2第3項において、「特許請求の範囲・・について補正をするときは、」「誤訳訂正書を提出してする場合を除き、願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(第三十6条の2第2項の外国語書面出願にあつては、同条第四項の規定により明細書、特許請求の範囲及び図面とみなされた同条第二項に規定する外国語書面の翻訳文(誤訳訂正書を提出して明細書、特許請求の範囲又は図面について補正をした場合にあつては、翻訳文又は当該補正後の明細書、特許請求の範囲若しくは図面)」(以下、「当初明細書等」という。)「に記載した事項の範囲内においてしなければならない」とされていて、また、(ii)同法第17条の2第4項において、同条第1項第4号に掲げる場合において特許請求の範囲についてする補正は、同項第1号乃至第4号に掲げる事項(請求項の削除、特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明りようでない記載の釈明)を目的とするものに限るとされているので、それらの規定を満たすか検討する。 当初明細書等には、「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」についての説明はあるが、一般的な「ペプチドアンタゴニスト」について説明するものではない(後記の「第3 1.記載不備について」も参照)。また、「8?40アミノ酸長であり、かつ配列番号15に記載のアミノ酸配列を含み」((ロ)の特定事項)との限定を勘案しても、それらは配列の一部を限定するにすぎないから、一般的な「ペプチドアンタゴニスト」が「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」であると解すべき理由もない。そうすると、(イ),(ハ)の補正を含む本件補正は、新たな技術事項を導入するものであり、当初明細書等に記載されたものではない。 ちなみに、上記(イ),(ハ)の補正については、特定事項を省いたことにより拡張したものと認められるので、特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当しないし、同第1号(請求項の削除)、3号(誤記の訂正)、4号(明瞭でない記載の釈明)のいずれにも該当しないことも明らかである。 (3)むすび したがって、本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第3項に違反するものであり、特許法第159条第1項において読み替えて準用する特許法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 平成23年8月2日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1?8に係る発明は、平成19年10月17日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項により特定されるとおりのものであり、そのうち請求項1に係る発明(以下、同項記載の発明を「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。 「【請求項1】 糖尿病発症を予防または遅延させるための組成物であって、該組成物は、薬学的に有効量のゾヌリンのペプチドアンタゴニストを含み、ここで該ペプチドアンタゴニストは、閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない、組成物。」 1.記載不備について (1)原査定の理由 原査定の理由とされたのは、平成22年9月8日付け拒絶理由通知書に記載した理由であり、その理由として、「2.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」(なお、「36条第4項」が、平成14年法律第24号による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)第36条第4項を指すことは、本願の出願年からみて明らかである。)ことが挙げられていて、「記」として、請求項1?8(全請求項)に対し、次の点が指摘されている。 「一般に、所望の性質を特定することのみで、その性質を有する物質自体を把握することは困難であるため、化学構造等の有効成分を得るための手がかりが記載されていない明細書は、発明の実施に必要な有効成分の入手過程において、無数の化合物を製造、スクリーニングして、当該性質を有するか否かを確認するという当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤を求めるものであり、当業者が発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないものと判断される。 これを本願明細書についてみると、【0016】には、請求項2に示される各配列番号で表されるアミノ酸配列からなるペプチドアンタゴニストが、本願でいう「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」という性質を有するものであることが記載されているものの、これらの物質以外の、上記所望の性質を有する物質を得るための構造等の手がかりが記載されておらず、かつ、それが出願時に当業者に推認できたものとも認められないので、上記物質以外の請求項に包含される有効成分を当業者が理解できず、発明の実施にあたり、無数の物質を製造、スクリーニングして確認するという当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤を求めるものである。 したがって、本願の発明の詳細な説明には、上記請求項に係る発明について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められない。」 (2)当審の判断 本願明細書を検討すると、「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」ところの「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」として具体的に製造されその効果が確認されたものは、配列番号15で示されるアミノ酸配列からなるペプチドだけである。その他、本願明細書には、次の様な記載もある。 (a)「【0016】 (IV.ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト) ゾヌリンのペプチドアンタゴニストは、1998年8月3日に出願された、米国特許出願番号第09/127,815号(これは、その全体において本明細書中で参考として援用されており、これは、第WO00/07609号に対応する)において最初に同定され、そして記載された。上記のペプチドアンタゴニストは、ZOTレセプターに結合するが、しかし、哺乳動物の固い結合を開くことを生理学的に調節するようには機能しない。ペプチドアンタゴニストは、ZOTおよびZOTレセプターに対するゾヌリンの結合を競合的に阻害し、それによって哺乳動物の固い結合を開くことを生理学的に調節する、ZOTおよびゾヌリンの能力を阻害する。」(段落【0016】) (b)「【0024】 本発明において使用されるゾヌリンの特定のペプチドアンタゴニストは、ここでは重要ではない。上記のペプチドアンタゴニストの例として、以下からなる群より選択されるアミノ酸配列を含有しているペプチドが挙げられる:配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号7、配列番号8、配列番号9、配列番号10、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号14、配列番号15、配列番号16、配列番号17、配列番号18、配列番号19、配列番号20、配列番号21、配列番号22、配列番号23、および配列番号24。 【0025】 ペプチドアンタゴニストの大きさは、本発明にとっては重要ではない。一般的には、ペプチドアンタゴニストの大きさは、8?110アミノ酸まで、好ましくは、8?40アミノ酸の範囲であり、より好ましくは、8アミノ酸である。 【0026】 このペプチドアンタゴニストは、High Perfiemance Liquid Chromatography of Peptides and Proteins:Separetion Analysis and Conformation、Mantら編、C.R.C.Press(1991)に記載されているような周知の技術、およびペプチド合成装置(例えば、Symphony(Protein Technologies,Inc))を使用して、または組換えDNA技術を使用することによって(すなわち、ここでは、ペプチドをコードするヌクレオチド配列が適切な発現ベクター(例えば、E.coliまたは酵母の発現ベクター)中に挿入され、それぞれの宿主細胞中で発現され、そして周知の技術を使用してそれらから精製される)化学的に合成され、かつ精製され得る。」(段落【0024】?【0026】) (c)「【0034】 (実施例1) (ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト) ZOT(ヒトの腸管のゾヌリン(ゾヌリンi)およびヒトの心臓のゾヌリン(ゾヌリンh)は全て腸管(Fasanoら、Gastroenterology,112:839(1997);Fasanoら、J.Clin.Invest.,96:710(1995))および内皮のtjに対して作用し、そして3個全てが、腸管内でのZOTレセプターの分布と一致する(Fasanoら(1997)前出;およびFasanoら(1995)前出))同様の局所的な効果を有する(Fasanoら(1997)前出)ので、1998年8月3日に出願された米国特許出願番号第09/127,815号においては、これらの3個分子は、同じレセプター結合部位と相互作用すると仮定された。従って、腸管のtjの調節に関係するレセプター-リガンド相互作用の絶対的な構造要件に関する知見を提供するために、ZOTおよびヒトのゾヌリンの一次アミノ酸構造の比較を、本明細書中で行った。これらの分子のN末端の分析によって、以下の共通のモチーフ(図1中で四角で囲んだアミノ酸残基8?15)を明らかにした:非極性(腸管についてはGly、脳についてはVal)、可変、非極性、可変、非極性、極性、可変、極性(Gly)。8位のGly、12位のVal、および13位のGlnは、全て、ZOT、ゾヌリンi、およびゾヌリンhにおいて高度に保存されている(図1を参照のこと)。これは、腸管内でのレセプター結合機能について重要であると考えられる。これらを確認するために、合成の8ペプチドである、Gly Gly Val Leu Val Gln Pro Gly(配列番号15)(FZI/0と命名し、そしてヒトの胎児のゾヌリンiのアミノ酸残基8?15に対応している)を化学的に合成した。 【0035】 次に、上記のようにUssingチャンバー中に固定したウサギの回腸を、100μgのFZI/0(配列番号15)、100μgのFZI/1(配列番号29)、1.0μgの6×His-ZOT(1998年8月3日に出願された、米国特許出願番号第09/127,815号の実施例1に記載されているように得た)、1.0μgのゾヌリンi(1998年8月3日に出願された、米国特許出願番号第09/127,815号の実施例3に記載されているように得た)、または1.0μgのゾヌリンh(1998年8月3日に出願された、米国特許出願番号第09/127,815号の実施例3に記載されているように得た)の単独で暴露したか;あるいは、100μgのFZI/0またはFZI/1に20分間予め暴露し、その時点で、1.0μgの6×His-ZOT、1.0μgのゾヌリンi、または1.0μgのゾヌリンhを添加した。次いで、ΔRtを、上記ように算出した。結果を、図2に示す。 【0036】 図2に示すように、FZI/0は、Rtにおいてはいかなる有意な変化をも誘導しなかった(ネガティブコントロールと比較して、0.5%)(黒バーを参照のこと)。対照的に、ZFI/0での20分間の予備処理は、Rtに対するZOT、ゾヌリンi、およびゾヌリンhの効果を、それぞれ、75%、97%、および100%減少させた(白バーを参照のこと)。また図2に示されるように、この阻害効果は、8位のGly、12位のVal、および13位のGly(ゾヌリンに対して言及されるような)をゾヌリンbの対応するアミノ酸残基(それぞれ、Val、Gly、およびArg、配列番号30を参照のこと)で変更することによって化学的に合成された第二の合成ペプチド(FZI/配列番号29)が使用される場合には、完全に除去された(影をつけたバーを参照のこと)。」(段落【0034】?【0036】) (d)「【0037】 上記の結果は、ZOTのN末端の残基8?15間にわたる領域および標的レセプターに結合のために重要なゾヌリンのファミリーでが存在すること、および8位、12位、および13位のアミノ酸残基がこの結合の組織特異性を決定することを実証する。」(段落【0037】) これらの記載について検討すると、段落【0024】では、特定の配列番号が示されているが、段落【0025】では、「ペプチドアンタゴニストの大きさは、本発明にとっては重要ではない。一般的には、ペプチドアンタゴニストの大きさは、8?110アミノ酸まで、好ましくは、8?40アミノ酸の範囲であり、より好ましくは、8アミノ酸である。」とされ、段落【0037】では、「上記の結果は、ZOTのN末端の残基8?15間にわたる領域および標的レセプターに結合のために重要なゾヌリンのファミリーでが存在すること、および8位、12位、および13位のアミノ酸残基がこの結合の組織特異性を決定することを実証する。」とされている。 しかし、(i)少なくとも8?110アミノ酸と極めて広範囲の大きさのものが対象となるものであるとされている。また、(ii)本願明細書の記載及び出願時の技術常識を参酌しても、N末端の残基8と15との間にある領域とゾヌリンのアンタゴニスト活性との関係が明確とはいえない、即ち、図2によれば、Rtの変化から、配列番号15がアンタゴニスト活性を有し、その8位、12位、13位を他のアミノ酸に置きかえた配列番号29ではアンタゴニスト活性を示さないことが一応示唆されているとしたとしても、それ以外の改変したものがアンタゴニスト活性を示すか示さないのかは実証されていないし、図1がその実証をしていると理解することもできず、ちなみに、図1の四角に囲んだ領域では、腸または心臓のゾヌリンの配列が配列番号15のFZI/0の配列と位がGlyで一致しているが、12位、13ではヒト成人腸において存在しないのであるから、高度に一致していると解する理由は不明であるし、(iii)N末端の残基8と15との間にある領域以外の部分が、アンタゴニスト活性を示すか否かに影響を与えないと言える理由も不明であるし、また(iv)ゾヌリンのアンタゴニストであれば、必ず「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」との特性を有すると理解できる理由も示されていない。 そうであるから、本願発明を実施するためには、上記無数に存在するペプチド群を製造・入手し、それらの中から所望の性質(ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト活性を有し、閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しないもの)を有するか否かを確認し、選択しなければならず、当業者に過度の試行錯誤を求めるものである。 してみると、発明の詳細な説明には、「閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない」ところの「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」が、当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものとはいえず、また、本願発明で特定する範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。 ところで、請求人(出願人)は、平成22年9月8日付け拒絶理由通知に対し応答していないし、また、審判請求理由において、「補正後の本願発明には、特定の配列番号(当審注:配列番号15)に規定されていますので、ご指摘は解消しました。」と主張しているものの、前記「第2」で検討したように、その補正(審判請求時の補正)は補正却下の決定がされているので、その主張は勘案すべきものではない。 したがって、本願発明については、本願の発明の詳細な説明には、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められないから、特許法第36条第4項の規定を満たしていないものである。 2.進歩性(29条第2項違反)について (1)引用例 原査定の拒絶理由に引用された本願優先権主張日前の刊行物である 国際公開第00/07609号(以下、「引用例1」という。)と、 「TAMMARA, L.W. et al.,Gastroenterology,2000年 4月,Vol.118, Issue 4, Part 1,p.A603」(以下、「引用例2」という。) には、次のような記載がある。なお、いずれの引用例も英文であるため翻訳文で示し、下線は当審で付した。 [引用例1] (1-i)「請求項1. 配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4、配列番号5、配列番号6、配列番号7、配列番号8、配列番号9、配列番号10、配列番号11、配列番号12、配列番号13、配列番号14、配列番号15、配列番号16、配列番号17、配列番号18、配列番号19、配列番号20、配列番号21、配列番号22、配列番号23、配列番号24および配列番号35からなる群から選ばれるアミノ酸配列を含んでなるゾヌリンのペプチドアンタゴニストであって、閉鎖帯毒素受容体に結合するが、しかしヒト密着結合の開放を生理学的に調整はしないペプチドアンタゴニスト。」(第55頁2?13行参照) (1-ii)「発明の分野 本発明は、ゾヌリン(zonulin) のペプチドアンタゴニスト、ならびにその使用方法に関する。該ペプチドアンタゴニストは、閉鎖帯受容体に結合するが、しかしヒト密着結合の開放(open)を生理学的に調整はしない。」(第1頁7?12行参照) (1-iii)「 発明の背景 1.腸密着結合の機能および調整 密着結合(”tj”)または閉鎖帯(以後「ZO」と呼ぶ)は、吸収および分泌上皮の顕著な特徴の一つである・・・(後略)。」(第1頁13?18行参照) (1-iv)「本発明において、ゾヌリンのペプチドアンタゴニストが初めて同定された。上記のペプチドアンタゴニストは、ZOT受容体に結合するが、ヒト密着結合の開放を生理学的に調整するために機能はしない。ペプチドアンタゴニストは、ZOTおよびゾヌリンのZOT受容体への結合を競合的に抑制し、これにより、ヒト密着結合の開放を生理学的に調整するためのZOTおよびゾヌリンの能力を抑制する。 発明の要約 本発明の目的はゾヌリンのペプチドアンタゴニストを同定することである。 本発明の他の目的は、該ペプチドアンタゴニストを合成および精製することである。 本発明のさらに別の目的は、上記のペプチドアンタゴニストを胃腸炎症の処置における抗炎症剤として使用することである。 本発明のさらに別の目的は、血液脳関門の損傷を抑制するための上記のペプチドアンタゴニストの使用である。」(第8頁16行?末8行参照) (1-v)「この目的には、ペプチドアンタゴニストは、小腸デリバリーのための経口投与組成物として投与できる。このような小腸デリバリーのための経口投与組成物は、当該技術分野では周知であり、一般に耐胃酸性錠剤またはカプセルを含んでなる」(第13頁12?17行参照) (1-vi)「実施例4 ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト ZOT、ヒト腸ゾヌリン(ゾヌリン_(i) )およびヒト心臓ゾヌリン(ゾヌリン_(h) )がすべて腸(Fasano et al., Gastroenterology, 112:839 (1997);Fasano et al., J. Clin. Invest., 96:710 (1995);および図1?5)および内皮tj上に作用し、またこれらすべての3種が、腸内のZOT受容体分布と一致する〔Fasano et al.(1995)、上記;およびFasano et al.(1997)、上記〕同じ領域効果〔Fasano et al.(1997)、上記;および図1?5〕を有する場合には、本発明において、これらの3分子が同じ受容体結合部位と相互作用することを前提とした。従って、ZOTおよびヒトゾヌリンの一次アミノ酸構造の比較を、腸tjの調節に関与する受容体-リガンド相互作用の絶対的な構造要件に関する洞察を得るために実施した。これらの分子のN末端の分析は、以下の共通モチーフ(図7中で囲んだアミノ酸残基8?15):非極性(腸に対してはGly、脳に対してはVal)、変動、非極性、変動、非極性、極性、変動、極性(Gly)を明らかにした。8位のGly、12位のVal、13位のGlnのすべては、ZOT、ゾヌリン_(i) 、ゾヌリン_(h) 中で高度に保存され(図7参照)、これは腸内の受容体結合機能に対して重要と考えられる。これを確認するために、合成オクタペプチドGly Gly Val Leu Val Gln Pro Gly(配列番号15)(FZI/0と呼ばれ、またヒト胎児ゾヌリン_(i) のアミノ酸残基8?15に相当)を化学的に合成した。 次いで、上記のようにしてユシング室内に取り付けたラビット回腸を、FZI/0(配列番号15)100μg、FZI/1(配列番号34)100μg、6xHis-ZOT(実施例1に記載のようにして得られたもの)1.0μg、ゾヌリン_(i) (実施例3に記載のようにして得られたもの)1.0μgまたはゾヌリン_(h) (実施例3に記載のようにして得られたもの)1.0μgの単独に暴露;またはFZI/0またはFZI/1の100μgに20分間事前暴露し、その時点で6xHis-ZOT1.0μg、ゾヌリンi 1.0μg、またはゾヌリンh 1.0μgを加えた。ΔRtは上記の用にして算出した。その結果を図8に示す。 図8に示すように、FZI/0は、Rtにいかなる著しい変化も誘導しなかった(陰性対照と比較して0.5%)(黒棒参照)。反対に、FZI/0を用いる20分間の前処理は、ZOT、ゾヌリンi 、ゾヌリンh のRtへの効果をそれぞれ75%、97%および100%低下させた(白棒参照)。また、図8に示すように、第二の合成ペプチド(FZI/1)を、8位のGly、12位のVal、および13位のGlnに相当(ゾヌリン_(i) と呼ぶ)をゾヌリン_(b) の相応するアミノ酸残基(それぞれVal、GlyおよびArg)に変化させて化学合成して使用すると、この抑制効果は完全に除去される(斜線棒参照)。 上記の結果は、標的受容体に結合するために重要であり、そして、位置8、12、および13のアミノ酸残基がこの結合の組織特異性を決定するようなZOTおよびゾヌリンファミリーのN末端の残基8と15との間にある領域が存在することを証明している。」(第37頁7行?38頁末行参照) (1-vii)配列表として、「配列番号15についての情報 (i) 配列の特性 (A) 長さ :8アミノ酸 (B) タイプ :アミノ酸 (C) トポロジー:リニアー (ii) 分子タイプ :ペプチド (iii)仮説(HYPOTHETICAL) :無し (iv) 配列詳細: 配列番号15: Gly Gly Val Leu Val Gln Pro Gly 1 5 」(第45頁14?23行参照) [引用例2] 「ゾヌリン分泌の変化はBB/WORラットにおける糖尿病の発症に先行する」とのタイトルの下に、次の記載がある。 「背景:腸の透過性における変化は、糖尿病の発症に関連付けられた先行する生理的変化のいずれかであることが示されている。傍細胞輸送及び腸透過性は完全に解明されていないメカニズムによって細胞間のタイトジャンクション(TJ)によって規制されている。ゾヌリンとその原核アナログの閉鎖帯(zonula occuldcns)毒素(ZOT)は、変調TJによって腸の透過性を変化させることで生じる。 目的:腸のバリア機能のゾヌリン関連障害が糖尿病の病因に関与しているかどうかを確立する。 方法:年齢≧20日の糖尿病BB/WORラット(糖尿病が発生しやすい(DP)または糖尿病抵抗性(DR)のいずれか)を犠牲にし、その腸をUssingチャンバーにマウントし、組織抵抗(Rt)を記録した。ゾヌリンの管腔(luminal)分泌をELISA法によって決定した。 結果:50日歳までに、DRおよびDPラットの両方が同じようなRtを持っていたが、腔ゾヌリン(luminal Zonulin)は検出されなかった。 Rt(↓)とゾヌリン発現(↑)での逆の変化は、≧50で最初に観察され、慢性的な糖尿病の終点まで続いた(グラフを参照)(Open bars:DR:Filled bars:DPラット:>100日Filled bars:慢性糖尿病)。さらには、糖尿病へと進行していなかった糖尿病が発生しやすい動物のサブセットで、 Rtの変化とゾヌリン発現の変化は観察されなかった。透過性の変化は小腸に限られていて、それにゾヌリンサイトの反応は並行している。 結論:我々の結果は、腸の透過性の変化が糖尿病の発症に先行することを示している。我々は、ゾヌリンが、細胞間腸TJの内因性メディエーターとして、最終的に糖尿病をもたらす透水の変化を伴う最初の徴候を構成するだろうと提案する。」 (2)対比、判断 引用例1には、上記(1)[引用例1]での摘示事項、特に請求項1(摘示(1-i)参照)の「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」の記載や、そのペプチドアンタゴニストが小腸デリバリーのための経口投与組成物として投与できるなどとの記載(摘示(1-v)参照)からみて、組成物の形態で使用できること、そして、配列番号15のものが実施例で用いられていること(摘示(1-vi)参照)に鑑み、次の発明(以下「引用例1発明」という。)が開示されていると認められる。 <引用例1発明> 「配列番号15からなる群から選ばれるアミノ酸配列を含んでなる、ゾヌリンのペプチドアンタゴニストであって、閉鎖帯毒素受容体に結合するが、しかしヒト密着結合の開放を生理学的に調整はしないペプチドアンタゴニストを含む組成物。」 ここで、本願発明と引用例1発明を対比する。 引用例1発明の「配列番号15からなる群から選ばれるアミノ酸配列を含んでなる、ゾヌリンのペプチドアンタゴニストであって、閉鎖帯毒素受容体に結合するが、しかしヒト密着結合の開放を生理学的に調整はしないペプチドアンタゴニストを含む組成物」は、(a)経口投与とされ得ることから明らかなように、薬物学的に有効量でゾヌリンのペプチドアンタゴニストを含むものと認められること、また、(b)本願発明でも、ゾヌリンのペプチドアンタゴニストの具体例として「配列番号15からなる群から選ばれるアミノ酸配列を含んでなる」を実施例で説明していて、両者の配列番号15が、「Gly Gly Val Leu Val Gln Pro Gly」の8アミノ酸配列で一致していること、(c)「ヒト密着結合」と「哺乳動物の接着結合」は、表現が違うが同じことを指すと認められることから、本願発明の「ゾヌリンのペプチドアンタゴニストを含み、ここで該ペプチドアンタゴニストは、閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない、組成物」に相当することは明らかである。 してみると、両発明は、本願発明の表現を借りて表すと、 「薬学的に有効量の、配列番号15からなる群から選ばれるアミノ酸配列を含んでなる、ゾヌリンのペプチドアンタゴニストを含み、ここで該ペプチドアンタゴニストは、閉鎖帯毒素レセプターに結合するが、哺乳動物の接着結合の開きを生理学的に調節しない、組成物。」 で一致し、次の点で相違する。 <相違点> 組成物について、本願発明では「糖尿病発症を予防または遅延させるための組成物」と特定されているのに対し、引用例1発明ではそのように特定されていない点 そこで、この相違点について検討する。 引用例1では、「ゾヌリンのペプチドアンタゴニスト」を胃腸炎症の処置における抗炎症剤や、血液脳関門の損傷を抑制するために用いられることが記載されているものの、「糖尿病発症を予防または遅延させるため」に用いることは言及されていない。 しかし、ある薬剤を適用対象が異なる場合にも使用できるか(その薬効があるかどうか)を検討することは一般的に行われていることであり、当業者であれば、引用例1に記載された適用対象として明示されていない適用対象に対しても使用できるのではないかと当然に思うことである。 ここに、引用例2は、ゾヌリンが糖尿病の発症に先行することが指摘された、Tammara L. Watts、Alessio Fasano(両者は、本願発明及び引用例1の発明者)等による論文であり、「腸の透過性における変化は、糖尿病の発症に関連付けられた先行する生理的変化のいずれかであることが示されている。傍細胞輸送及び腸透過性は完全に解明されていないメカニズムによって細胞間のタイトジャンクション(TJ)によって規制されている。ゾヌリンとその原核アナログの閉鎖帯occuldcns毒素(ZOT)は、変調TJによって腸の透過性を変化させることで生じる。」との背景を前提に、糖尿病BB/WORラットと糖尿病抵抗性のあるラット(糖尿病が発生しやすい(DP)と糖尿病抵抗性(DR))を用いて、腸のバリア機能のゾヌリン関連障害が糖尿病の病因に関与しているかどうかを検討したもので、関与しているとの判断がされたものと認められる。 してみると、病因を取り除けば発症しないとの考えの下に、糖尿病の発症を抑えるためにゾヌリンの活性を抑えることが自ずと思い至ることであるから、ゾヌリンのアンタゴニストを用いることをその選択肢として想起することに格別の創意工夫が必要とは言えない。引用例1発明でゾヌリンのアンタゴニストが既に薬剤組成物として存在するのであるから、引用例2の記載に接すれば、そのゾヌリンのアンタゴニストを糖尿病発症を抑えるために用いることに、格別の創意工夫を要するものとは言えない。 本願明細書でも、透過率の減少とゾヌリンの増加を検討している点では、引用例2の手法と軌を一にしているし、本願明細書で確認している、糖尿病を発症しやすいラットを用いた図4の糖尿病発症の程度は、単に予想される結果を確認したに過ぎないものと言うべきである。 よって、本願発明は、引用例2に記載された技術事項と引用例1発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 3.むすび 以上のとおり、本願請求項1に係る発明は、その発明についての発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項の規定を満たしていないし、そして、当業者が容易に発明をすることができたものであり特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。 それゆえ、他の請求項について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2013-10-24 |
結審通知日 | 2013-10-25 |
審決日 | 2013-11-07 |
出願番号 | 特願2001-585794(P2001-585794) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(A61K)
P 1 8・ 572- Z (A61K) P 1 8・ 561- Z (A61K) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 安居 拓哉 |
特許庁審判長 |
川上 美秀 |
特許庁審判官 |
増山 淳子 渕野 留香 |
発明の名称 | 糖尿病発症を予防または遅延させるためのゾヌリンのペプチドアンタゴニストの使用方法 |
代理人 | 山本 秀策 |
代理人 | 森下 夏樹 |
代理人 | 安村 高明 |