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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1378735
異議申立番号 異議2020-700923  
総通号数 263 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-11-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-11-30 
確定日 2021-08-26 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6704540号発明「メタルマスク材料及びその製造方法とメタルマスク」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6704540号の明細書及び図面を訂正請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり,訂正後の請求項〔6,7,10?14〕について訂正することを認める。 特許第6704540号の請求項1?14に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6704540号(請求項の数14。以下,「本件特許」という。)は,2019年(令和1年)9月27日(優先権主張:平成30年9月27日,6件)を国際出願日とする特許出願(特願2019-559127号)に係るものであって,令和2年5月14日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和2年6月3日である。)。
その後,令和2年11月30日に,本件特許の請求項1?14に係る特許に対して,特許異議申立人である遠藤楓実(以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。

令和2年11月30日 特許異議申立書
令和3年 2月15日付け 取消理由通知書
4月16日 意見書,訂正請求書
4月19日 上申書(申立人)
5月12日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
6月14日 意見書(申立人)

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和3年4月16日提出の訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の明細書及び図面を上記訂正請求書に添付された訂正明細書及び図面のとおり,訂正後の請求項6,7及び10?14について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。

(1)訂正事項1
明細書の【0083】に「H_(w111)の式」と記載されているのを,「Hillの式」に訂正する。

(2)訂正事項2
図面の図9にグラフ縦軸の名称として「r_(max)」と記載されているのを,「r」に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の【0096】の表5

を,以下のとおり訂正する。


(4)訂正事項4
明細書の【0162】の表15

を,以下のとおり訂正する。

(5)訂正事項5
図面の図11

を,以下のとおり訂正する。

(6)一群の請求項について
訂正事項1?5に係る訂正は,いずれも願書に添付した明細書又は図面を訂正するものであるが,このうち,訂正事項1,2は,本件訂正前の請求項6に関係する訂正であり,また,訂正事項3?5は,本件訂正前の請求項7に関係する訂正である。
そして,本件訂正前の請求項6,7及び10?14について,請求項10?14はいずれも,請求項6,7を引用する関係にあるから,請求項6,7及び10?14は一群の請求項である。
よって,訂正事項1?5に係る訂正は,本件訂正前の請求項6,7及び10?14に関係する訂正であって,本件訂正は,明細書又は図面の訂正に係る請求項を含む上記一群の請求項の全てについて行われている。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
訂正事項1に係る訂正は,訂正前の明細書の【0083】における「H_(w111)の式」との記載を,「Hillの式」とするものである。
訂正前の明細書の【0083】における「H_(w111)の式」との記載については,本件特許の国際出願日における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面(以下,「出願当初明細書等」という。)の【0083】に,「Hillの式」と記載されていたところ,令和2年4月2日提出の手続補正書により補正する際に,「Hillの式」との記載を,誤って「H_(w111)の式」と補正したものである。
この訂正は,このようにして誤って補正された「H_(w111)の式」との記載を,単に,元々の記載である「Hillの式」に戻すものであるから,誤記の訂正を目的とするものに該当する。
また,出願当初明細書等には,上記のとおり,【0083】に「Hillの式」と記載されているから,この訂正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の図面の図9におけるグラフ縦軸の名称について,「r_(max)」との記載を,「r」とするものである。
訂正前の明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「訂正前の明細書等」という。)には,「【図9】各製造例に関し,メタルマスク材料の表面から7.0μmまでの深さと,{200}面の積分強度I_(200)に対する{111}面の積分強度I_(111)の比r(r=I_(111)/I_(200))との関係を示すグラフである。」(【0016】)との記載があり,当該記載によれば,訂正前の図面の図9におけるグラフ縦軸の名称である「r_(max)」との記載は,訂正前の明細書等の記載との関係で誤りであることが明らかである。
そして,上記で訂正前の明細書等の記載について検討したところによれば,訂正前の図面の図9におけるグラフ縦軸の名称については,訂正前の明細書等の記載全体から,「r」との正しい記載が自明な事項として定まるといえる。
以上のとおりであるから,訂正前の図面の図9におけるグラフ縦軸の名称について,「r_(max)」との記載が誤りで訂正後の「r」との記載が正しいことが,訂正前の明細書等の記載又は当業者の技術常識から明らかで,当業者であればそのことに気づいて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるといえる。
したがって,訂正事項2に係る訂正は,誤記の訂正を目的とするものに該当する。
また,出願当初明細書等には,上記で指摘した記載(【0016】)と同じ記載(【0016】)があるから,この訂正は,出願当初明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正事項3に係る訂正は,明細書の【0096】の表5における,試料No.a?dのr(1),r(2),r(3)の各数値と,試料No.eのr(1),r(2)の各数値について,小数点第4位以下又は第3位以下を四捨五入した数値とし,また,試料No.eのr(3)の「1.099269」との数値を,「0.95」とするものである。
イ 上記アの訂正のうち,前者の訂正については,訂正前の明細書の【0095】,【0097】に記載される,r(1),r(2),r(3)をそれぞれ含む,(4-1)式,(4-2)式,(4-3)式の有効数字を考慮して,小数点第4位以下又は第3位以下を四捨五入した数値とするものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
ウ また,上記アの訂正のうち,後者の訂正については,試料No.eのr(3)は,「r(3)={I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}」で表されるものであるから,1を超える「1.099269」との数値は,それ自体で誤りであることが明らかである。
そして,特許権者が保有し,出願当初明細書等及び訂正前の明細書等の記載の根拠とされたと解される,試料No.eのI_(111),I_(200),I_(220),I_(311)の実測データ(この実測データは,同明細書等に記載された試料No.eのr(1),r(2)の各数値と整合する。)に基づいて,r(3)を正しく計算すると,「0.95」(小数点第3位以下を四捨五入)となる。
以上によれば,上記アの訂正のうち,後者の訂正については,試料No.eのr(3)に関し,「1.099269」との誤った数値を,特許権者が保有し,出願当初明細書等及び訂正前の明細書等の記載の根拠とされたと解される,試料No.eの実測データに基づいて正しく計算した「0.95」(小数点第3位以下を四捨五入)とするものであるから,誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
エ また,上記アの訂正は,上記ウの事情を考慮すると,出願当初明細書等又は訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
ア 訂正事項4に係る訂正は,明細書の【0162】の表15における,試料No.1?6のr(1),r(2)の各数値について,小数点第4位以下又は第3位以下を四捨五入した数値とし,また,試料No.1?6のr(3)の「0.890803」,「1.126192」,「1.12740」,「1.12783」,「1.128332」,「1.128636」との数値を,それぞれ,「0.91」,「0.93」,「0.94」,「0.95」,「0.96」,「0.96」とするものである。
イ 上記アの訂正のうち,前者の訂正については,訂正前の明細書の【0095】,【0097】に記載される,r(1),r(2)をそれぞれ含む,(4-1)式,(4-2)式の有効数字を考慮して,小数点第4位以下又は第3位以下を四捨五入した数値とするものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
ウ また,上記アの訂正のうち,後者の訂正については,試料No.2?6のr(3)は,「r(3)={I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}」で表されるものであるから,1を超える「1.126192」,「1.12740」,「1.12783」,「1.128332」,「1.128636」との数値は,いずれも,それ自体で誤りであることが明らかである。
そして,特許権者が保有し,出願当初明細書等及び訂正前の明細書等の記載の根拠とされたと解される,試料No.1?6のI_(111),I_(200),I_(220),I_(311)の実測データ(これらの実測データは,同明細書等に記載された試料No.1?6のr(1),r(2)の各数値と整合する。)に基づいて,r(3)が1以下である試料No.1も含めて,改めてr(3)を正しく計算すると,それぞれ,「0.91」,「0.93」,「0.94」,「0.95」,「0.96」,「0.96」(いずれも,小数点第3位以下を四捨五入)となる。
以上によれば,上記アの訂正のうち,後者の訂正については,試料No.1?6のr(3)に関し,それぞれ,「0.890803」,「1.126192」,「1.12740」,「1.12783」,「1.128332」,「1.128636」との誤った数値を,特許権者が保有し,出願当初明細書等及び訂正前の明細書等の記載の根拠とされたと解される,試料No.1?6の実測データに基づいてそれぞれ正しく計算した「0.91」,「0.93」,「0.94」,「0.95」,「0.96」,「0.96」(小数点第3位以下を四捨五入)とするものであるから,誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
エ また,上記アの訂正は,上記ウの事情を考慮すると,出願当初明細書等又は訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(5)訂正事項5について
訂正事項5に係る訂正は,訂正前の図面の図11(C)について,表5に示される試料No.dと試料No.eのプロット位置を変更するものである。
この訂正は,訂正事項3に係る訂正に伴い,試料No.dと試料No.eのプロット位置を正しい位置に変更するものであるから,誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。
また,この訂正は,訂正事項3に係る訂正と同様,出願当初明細書等又は訂正前の明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(6)独立特許要件について
本件においては,訂正前の全ての請求項1?14について特許異議の申立てがされているので,特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。

3 まとめ
上記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書2号及び3号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。

第3 本件発明
前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1?14に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?14に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
質量%にて,Ni:35.0?37.0%,Co:0.00?0.50%を含有し,残部がFe及び不純物からなり,
板厚が5.00μm以上50.00μm以下であるメタルマスク材料であって,
一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下であることを特徴とするメタルマスク材料。
【請求項2】
更に,質量%にて,C:0.05%以下,Ca:0.0005%以下を含有することを特徴とする,請求項1に記載のメタルマスク材料。
【請求項3】
前記不純物は,Si:0.30%以下,Mn:0.70%以下,Al:0.01%以下,Mg:0.0005%以下,P:0.030%以下,S:0.015%以下に制限されることを特徴とする,請求項1又は2に記載のメタルマスク材料。
【請求項4】
表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔が下記(1-1)式および(1-2)式を満足することを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
ΔD≦0.00030・・・(1-1)
ΔD=|D_(M)-D_(L)|・・・(1-2)
但し,上記式中のD_(M)及びD_(L)の定義は,下記の通りである。
D_(M):斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔(単位:nm);
D_(L):{111}面の格子面間隔の基準値(単位:nm)又はバルクの平均の格子定数から算出される{111}面の平均格子面間隔(単位:nm)
【請求項5】
下記(2-1)式を満足することを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
【数1】

但し,上記式中のH_(W111)は,斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅であり,tはメタルマスク材料の板厚(μm)である。
【請求項6】
下記(3-1)式又は(3-2)式のいずれかを満足することを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
r_(max)<9.5・・・(3-1)
r_(max)≧20 ・・・(3-2)
r=I_(111)/I_(200)・・(3-3)
但し,I_(111)は,斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度;
I_(200)は,斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{200}面の積分強度;
r_(max)は,(3-3)式で定義される積分強度比の最大値である。
【請求項7】
下記(4-1)式?(4-3)式を満足することを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
0.385≦I_(200)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-1)
I_(311)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}≦0.08・・・(4-2)
0.93≦{I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-3)
但し,上記式中のI_(200)は,集中法X線回折によって得られる{200}面の回折強度であり,I_(111)は{111}面の回折強度であり,I_(220)は{220}面の回折強度であり,I_(311)は前記{311}面の回折強度である。
【請求項8】
X線応力測定法を用いて残留応力を測定した際に算出される誤差が,下記(5-1)式を満足することを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
σ≦α+β×R+γ×R^(2)・・・(5-1)
但し,α=211.1;β=5.355;γ=0.034886;上記式中のRは,前記X線応力測定法を用いて測定された残留応力値であり,σは前記X線応力測定法を用いて残留応力値を測定した際に算出される誤差である。
【請求項9】
X線応力測定法を用いて応力を測定した時に,前記メタルマスク材料の面法線と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と,前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))との関係が下記(6-5)式で表され,且つ前記(6-5)式の係数であるb,c,d,eが下記(6-1)式?(6-4)式を満たすことを特徴とする,請求項1?3のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
b/I≦0.09・・・(6-1)
0.02≦|c|・・・(6-2)
d/I≦12・・・(6-3)
2≧|e|/I・・・(6-4)
2θ=a+b×sin^(2)Ψ+c×sin(d×sin^(2)Ψ+e)・・・(6-5)
但し,I=(z×t^(3))/12
t:板厚(μm)
z:0.000768
【請求項10】
オージェ電子分光法により測定された酸化皮膜厚が4.5nm以下であることを特徴とする,請求項4?9のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
【請求項11】
0.2%耐力が330MPa以上850MPa以下であることを特徴とする,請求項4?10のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
【請求項12】
圧延方向と直角方向の平均算術表面粗さRaが0.02μm以上0.10μm以下であることを特徴とする,請求項4?11のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料。
【請求項13】
請求項1?3のうちいずれか1項に記載の組成を有する合金を溶製する工程と,
前記溶製された合金から鋼片を得る工程と,
前記鋼片を熱間圧延して巻取ることにより熱間圧延板を得る巻取工程と,
前記巻取工程後に前記熱間圧延板に対して冷間圧延と焼鈍とを少なくとも1回ずつ交互に行うことによって板厚5.00?50.00μmの鋼箔を得る工程と,
テンションアニール工程とを含み,
前記テンションアニール工程は最終圧延工程後に行われ,最終圧延工程での圧下率は30.0%以上95.0%以下であって,前記テンションアニール工程は焼鈍温度が300?900℃であって,還元雰囲気で行われることを特徴とする,請求項1?12のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料の製造方法。
【請求項14】
請求項1?12のうちいずれか1項に記載のメタルマスク材料を用いたことを特徴とする,メタルマスク。

第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件特許の請求項1?14に係る特許は,下記(1)?(9)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,下記(10)の甲第1号証?甲第13号証(以下,単に「甲1」等という。)である。
(1)申立理由1(明確性要件)
本件発明1?14については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条4号に該当する。
(2)申立理由2(実施可能要件)
本件発明1?14については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条4号に該当する。
(3)申立理由3(サポート要件)
本件発明1?14については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条4号に該当する。
(4)申立理由4-1(新規性)
本件発明1?11及び14は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?11及び14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(5)申立理由4-2(新規性)
本件発明1?11及び14は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?11及び14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(6)申立理由4-3(新規性)
本件発明1?12及び14は,甲3に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?12及び14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(7)申立理由5-1(進歩性)
本件発明1?14は,甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(8)申立理由5-2(進歩性)
本件発明1?14は,甲2に記載された発明並びに甲1及び3?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(9)申立理由5-3(進歩性)
本件発明1?14は,甲3に記載された発明並びに甲1,2及び4?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?14に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(10)証拠方法
・甲1 特許第5382257号公報
・甲2 特開平7-62495号公報
・甲3 国際公開第2018/043641号
・甲4 特開2016-148111号公報
・甲5 特開平5-214492号公報
・甲6 'Structural modifications of thin magnetic Permalloy films induced by ion implantation and thermal annealing: A comparison', Acta Materialia, 2014, vol.74, p.278-284
・甲7 特開2003-183774号公報
・甲8 特開2010-214447号公報
・甲9 特開2002-194577号公報
・甲10 'THERMAL EXPANSION MEASUREMENTS IN Fe-BASE INVAR ALLOYS', Physica B+C EUROPHYSICS JOURNAL, 1983, Vol.119B, p.78-83
・甲11 「カリティ新版X線回折要論」,株式会社アグネ,1980年6月20日,p.256-294
・甲12 「蛍光X線元素分析装置」,公益財団法人南信州・飯田産業センター,[2020年11月17日検索],インターネット
・甲13 特開2014-101543号公報

2 上申書(申立人),意見書(申立人)とともに提出された証拠方法
・甲14 特開2004-58601号公報
・甲15 社団法人日本金属学会,「改訂4版 金属データブック」,丸善株式会社,平成16年2月29日,p.334-335
・甲16 「カリティ新版X線回折要論」,株式会社アグネ,1980年6月20日,p.98-132

3 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)取消理由1(明確性要件)
上記1の申立理由1(明確性要件)(うち,「H_(w111)の式」に関するもの,{111}面の平均格子面間隔に関するもの,入射角と入射深さとの関係に関するもの,各結晶面の回折強度に関するもの)と同旨
(2)取消理由2(実施可能要件)
上記1の申立理由2(実施可能要件)(うち,{111}面の平均格子面間隔に関するもの,入射角と入射深さとの関係に関するもの)と同旨

第5 当審の判断
以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。
なお,申立理由1(明確性要件),申立理由2(実施可能要件),申立理由3(サポート要件)については,特許異議申立書に記載の各「申立理由」に付された番号を枝番として使用する。
(例えば,申立理由1(明確性要件)については,特許異議申立書38?46頁に記載の「(4-2)申立理由1 請求項4の記載について」に付された番号である「1」を枝番として使用し,申立理由1-1(明確性要件)と表記する。)

1 取消理由1(明確性要件),取消理由2(実施可能要件)
(1)「H_(w111)の式」に関するもの(申立理由1-4(明確性要件))
ア 令和3年2月15日付けの取消理由通知書では,図10は,r_(max)と反り量の関係を示すものであり,請求項6における(3-1)式及び(3-2)式で表されるr_(max)の範囲を導出するのに用いられたものであるところ,本件明細書には,図10について,「試料a,b,c,dのr_(max)値と反り量との関係をH_(w111)の式で近似した」(【0083】)と記載されているが,H_(w111)は,「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅」(【0066】)であり,関数や曲線ではないから,「H_(w111)の式で近似した」とは,どのような意味であるのか不明であり,そのような「H_(w111)の式で近似」することにより得られた図10を用いて導出された,請求項6における(3-1)式及び(3-2)式で表されるr_(max)の範囲は,その意味が不明であるから,本件発明6及び10?14は明確ではない旨,指摘した。
イ これに対して,前記第2のとおり,本件訂正により,明細書の【0083】における「H_(w111)の式」との記載が,「Hillの式」とされた結果,その意味が明確にされたから,本件発明6及び10?14について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。
ウ 申立人は,「Hillの式」がどのような式であるのか不明であると主張する(意見書(申立人)6頁)。
しかしながら,「Hillの式」が,主に生化学で用いられる式であり,ヘモグロビンへの酸素の結合に関する協同効果を説明する経験式として導入された式であって,材料の技術分野においても適用できるものであることは,当業者に広く知られたことである。
よって,申立人の主張は採用できない。

(2){111}面の平均格子面間隔に関するもの(申立理由1-5(明確性要件),申立理由2-5(実施可能要件))
ア 上記取消理由通知書では,請求項4には,メタルマスク材料における「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」について記載されているところ,請求項4が引用する請求項1には,メタルマスク材料の「板厚が5.00μm以上50.00μm以下である」と記載されているため,少なくとも,板厚が5.00μm以上7.11μm未満の場合には,「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」を算出することはできないから,請求項4において,「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」について特定することの意味が不明であり,本件発明4及び10?14は明確ではない旨,指摘した。
また,上記取消理由通知書では,請求項1を引用する請求項5における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅」,同請求項6における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度」,同「{200}面の積分強度」についても同様であり,本件発明5,6及び10?14は明確ではない旨,指摘した。
さらに,上記取消理由通知書では,本件発明4?6及び10?14において,少なくとも,メタルマスク材料の板厚が5.00μm以上7.11μm未満の場合については,上記と同様の理由により,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨,指摘した。
以下,検討する。
イ 本件発明1に係るメタルマスク材料は,「板厚が5.00μm以上50.00μm以下」のものであるが,本件発明1を引用する本件発明4においては,「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」について特定されていることから,本件発明4に係るメタルマスク材料は,「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」について特定することが可能な程度の「板厚」を有するものに限定されていると解される。
また,本件発明5における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅」,本件発明6における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度」,同「{200}面の積分強度」についても,同様である。
よって,本件発明4?6及び10?14は,明確である。
以上によれば,本件発明4?6及び10?14について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。
ウ 特許権者は,請求項4に記載される「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」とは,表面下1.45μmから深くても7.11μmまでの領域であれば,どの範囲で{111}面の平均格子面間隔を測定してもよいという意味であると主張する(意見書7頁)。
しかしながら,請求項4に,「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」と明記されている以上,そのように理解することは困難である。
よって,特許権者の主張は採用できない。
エ また,本件発明4?6及び10?14について,上記イと同様の理由により,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
以上によれば,本件発明4?6及び10?14について,上記の点に関する実施可能要件違反は解消した。

(3)入射角と入射深さとの関係に関するもの(申立理由1-6(明確性要件),申立理由2-6(実施可能要件))
ア 上記取消理由通知書では,本件明細書に記載されている入射角と入射深さとの関係(表2,表3)は,斜角入射X線回折法の場合の関係ではなく,集中法の場合の関係であると考える余地があるため,請求項4?6における「表面下1.45μmから7.11μmまでの」入射深さは,集中法の場合に4.0°?20.0°の入射角で実現される入射深さであると考える余地があるから,請求項4?6における「斜角入射X線回折法によって得られる」との記載と矛盾し,本件発明4?6及び10?14は明確ではない旨,指摘した。
また,上記取消理由通知書では,本件発明4?6及び10?14において,上記と同様の理由により,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨,指摘した。
以下,検討する。
イ(ア)本件発明4は,「斜角入射X線回折法によって得られる」「表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔」について特定するものであるところ,その記載自体の意味は,明確である。
(イ)また,本件明細書には,斜角入射X線回折法における,X線の試料表面に対する入射角と試料表面からの入射深さとの関係について,以下の記載がある。
「前記厚さ方向の{111}面の格子面間隔,{111}面の積分強度I_(111,){200}面の積分強度I_(200)の測定は,斜角入射X線回折法により行った。
尚,前記X線回折装置の対陰極はCoであり,測定時の管電圧及び電流はそれぞれ40kV及び135mAとした。また,斜角入射X線回折法は,リガク製SmartLabの平行ビーム光学系を用いて行い,入射X線の光軸が試料の表面に対して角度(θ)0.2°,0.4°,0.6°,0.8°,1.0°,2.0°,3.0°,4.0°,5.0°,6.0°,8.0°,10.0°,12.0°,15.0°,20.0°のそれぞれになるようにX線を試料の表面に入射させた際における,前記試料へのX線質量吸収係数を計算し,算出されたX線質量吸収係数を表面垂直方向の侵入深さを換算した。入射側に5.0°のソーラースリット,受光側にソーラースリット5.0°を設置し,平行スリットアナライザー(PSA)なし,受光スリット1(RS1)=受光スリット2(RS2)=1.0mmとして測定した。その結果を表3及び図9に示す。」(【0078】)


」(表3)
上記記載によれば,本件発明4における「斜角入射X線回折法」による「表面下1.45μmから7.11μm」との入射深さは,入射角に基づいて算出されたものと解されるところ,両者の関係が表3に示されており,「1.45μm」,「7.11μm」との入射深さは,それぞれ,「4.0°」,「20.0°」との入射角に対応したものであることが理解できる。
そして,申立人の主張にかかわらず,斜角入射X線回折法による入射深さが,入射角に基づいて正しく算出されているのであれば,表3に示される斜角入射X線回折法における入射角と入射深さとの正しい関係に基づいて,本件発明4において,「斜角入射X線回折法」による「表面下1.45μmから7.11μm」との入射深さが正しく特定されていることになるから,何ら矛盾はなく,本件発明4は明確であるといえる。
また,仮に,申立人が主張するように,入射角に基づいて斜角入射X線回折法による入射深さを算出する際に,X線の試料表面に対する入射角と出射角を同一の値としている点で,誤りがあるとしても,本件発明4における「斜角入射X線回折法」による「表面下1.45μmから7.11μm」との入射深さの意味内容は,表3に示される入射角と入射深さとの特定の関係を前提としたものとして,理解することが可能であり,不明確なものとはいえない。
(ウ)以上のとおり,いずれにしろ,本件発明4における「斜角入射X線回折法」による「表面下1.45μmから7.11μm」との入射深さは,表3に示される入射角との関係で,明確に定まるものである。
(エ)また,本件発明5における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅」,本件発明6における「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度」,「斜角入射X線回折法によって得られる,表面下1.45μmから7.11μmまでの{200}面の積分強度」についても,同様である。
(オ)よって,本件発明4?6及び10?14は,明確である。
以上によれば,本件発明4?6及び10?14について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。
ウ また,本件発明4?6及び10?14について,上記イと同様の理由により,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
以上によれば,本件発明4?6及び10?14について,上記の点に関する実施可能要件違反は解消した。

(4)各結晶面の回折強度に関するもの(申立理由1-7(明確性要件))
ア 上記取消理由通知書では,請求項7に記載される(4-3)式について,当該式に含まれるI_(111),I_(200),I_(220),I_(311)は,いずれも,集中法X線回折によって得られる各結晶面の回折強度であるため,負の値をとることはないから,(4-3)式の右辺の値が1を超えることはないと解されるが,本件明細書の表5及び表15には,(4-3)式の右辺の値に対応する「r(3)」が1を超える場合が記載されているため,上記(4-3)式の意味が不明であるから,本件発明7及び10?14は明確ではない旨,指摘した。
イ これに対して,前記第2のとおり,本件訂正により,明細書の【0096】の表5,【0162】の表15における各試料のr(3)の数値が,正しく計算した数値とされた結果,上記(4-3)式の意味が明確にされたから,本件発明7及び10?14について,上記の点に関する明確性要件違反は解消した。

(5)したがって,取消理由1(明確性要件),取消理由2(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項4?7及び10?14に係る特許を取り消すことはできない。

2 申立理由1(明確性要件),申立理由2(実施可能要件)(上記1の取消理由1(明確性要件),取消理由2(実施可能要件)以外のもの)
(1)申立理由1-1(明確性要件),申立理由2-1(実施可能要件)
ア 申立人は,請求項4におけるD_(L)の候補は,合計で5つ存在しているが,これらの候補が同一の値となるとはいえないから,D_(L)の値は一義的に決まらず,また,5つの候補の各々についても,値は一義的に決まらないと主張する。
しかしながら,D_(L)に5つの候補が存在するとしても,本件発明4において,それらのいずれかについて(1-1)式及び(1-2)式を満たせば足りるといえる。なお,D_(L)は,{111}面の格子面間隔に関するものであり,試料が決まれば,ほぼ一定の値に決まると考えられる。
また,5つの候補の各々についても,いずれも,当業者に広く知られたものであり,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すれば,どのような値となるかは,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,D_(L)の第1の候補({111}面の格子面間隔の基準値(単位:nm))は,異なる平均格子面間隔及び反り量を有する複数の試料が存在することを前提としているが,第三者の実施形態に係る試料が1種類の場合,図3のような近似曲線を描くことができず,D_(L)を算出することができないと主張する。
しかしながら,D_(L)の第1の候補については,複数の試料を用いてD_(L)を算出すればよいことが明らかであるところ,試料が1種類の場合には,D_(L)の第1の候補については,採用することができないというにすぎない。
よって,申立人の主張は採用できない。

ウ 申立人は,D_(L)の第2-1の候補(Nelson-Riley関数を用いて算出された値)について,本件明細書【0050】に記載されるように,X線回折の集中法により測定した入射角度(2θ)からNelson-Riley関数の値を算出し,得られた値をx座標に,Braggの回折条件から得られた{111}面の平均格子面間隔をy座標にしてプロットし,最小二乗法によって得られる直線のy切片の値を求めることによって,{111}面の平均格子面間隔が算出されるが,本件明細書【0049】には,集中法を用いたX線回折法では,{111}面の回折パターンを直接観測できないと記載されており,X線回折の集中法によっては,{111}面の平均格子面間隔を算出できないのであれば,最小二乗法によって得られる直線のy切片の値を求めることもできないと主張する。
しかしながら,本件明細書【0049】に記載されるように,集中法を用いたX線回折法では,{111}面の回折パターンを直接観測できないからこそ,集中法を用いたX線回折法を用いて,メタルマスク材料を構成する合金のバルクの平均の格子定数を測定し,【0050】に記載の算出方法で,バルクの平均の格子定数から{111}面の平均格子面間隔を算出するとしているものと解される。そして,その内容については,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すれば,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

エ 申立人は,D_(L)の第2-2の候補(Rietvelt法を用いて算出された値),第2-3の候補(非特許文献1等の文献値を用いて算出された値),第2-4の候補(ヴェガード則を用いて算出された値)について,いずれも,本件明細書には,その詳細について開示も示唆もないから,当業者といえども,過度な試行錯誤なく算出することはできないと主張する。
しかしながら,D_(L)の第2-2?2-4の候補については,いずれも,当業者に広く知られたものであり,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すれば,どのように算出すればよいかは,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(2)申立理由1-2(明確性要件),申立理由2-2(実施可能要件)
申立人は,図7のとおり,{111}面におけるX線回折ピークの高さは方向に応じて変化するため,請求項5における半値幅も方向に応じて変化するところ,本件明細書には,どの方向において{111}面におけるX線回折ピークを測定するのか,開示も示唆もないと主張する。
しかしながら,当業者であれば,{111}面におけるX線回折ピークを測定するのに適した方向を適宜選択して測定できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(3)申立理由1-3(明確性要件),申立理由2-3(実施可能要件)
申立人は,図7のとおり,{111}面におけるX線回折ピークの高さは方向に応じて変化するため,請求項6における積分強度も方向に応じて変化するところ,本件明細書には,どの方向において{111}面におけるX線回折ピークを測定するのか,開示も示唆もないと主張する。
しかしながら,当業者であれば,{111}面におけるX線回折ピークを測定するのに適した方向を適宜選択して測定できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(4)申立理由1-4(明確性要件),申立理由2-4(実施可能要件)
ア 申立人は,請求項6における(3-2)式では,r_(max)の上限が規定されていないと主張する。
しかしながら,r_(max)は,{200}面に対する{111}面の(X線回折ピークの)積分強度比であるから,その上限は,技術常識に基づいて自ずと定まる。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,請求項6における(3-1)式を満たしているのは,試料eのみであり,また,(3-1)式を満たしている試料における最小のr_(max)は,72.76447(試料d), 同最大のr_(max)は,78.74973(試料c)であり,本件明細書には,r_(max)の値を調整するための具体的な方法について,開示も示唆もないと主張する。
しかしながら,本件明細書には,「反り量が5.0mm以下」である本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法について記載されており(【0136】?【0141】),当業者であれば,過度の試行錯誤なく,本件発明1に係るメタルマスク材料を製造することができる。
そして,r_(max)は,上記「反り量」と関連するものであり,r_(max)を調整するには,多少の試行錯誤により,上記製造方法において,製造条件を適宜調整すればよいことは,明らかである。
この点,本件明細書に,「冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。」(【0141】)と記載されているとおりである(なお,本件発明6は,第3実施形態に対応する。)。
よって,申立人の主張は採用できない。

(5)申立理由2-7(実施可能要件)
申立人は,本件明細書【0049】には,集中法を用いたX線回折法では,{111}面の回折パターンを直接観測できないと記載されており,X線回折の集中法によっては,請求項7における{111}面の回折強度を測定できないと主張する。
しかしながら,例えば,甲2では,{111}面のX線回折強度が得られており(【0029】等),集中法を用いたX線回折法では{111}面の回折パターンを直接観測できないとしても,技術常識を参酌すれば,どのようにすれば{111}面のX線回折強度が得られるのか,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(6)申立理由1-8(明確性要件),申立理由2-8(実施可能要件)
ア 申立人は,請求項8における誤差σは,測定点数nの値に応じて変化すると考えられるが,本件明細書には,測定点数nの具体的な値が記載も示唆もされていないと主張する。
しかしながら,測定点数nの値については,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すれば,どのように設定すればよいかは,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,本件明細書には,図13における,誤差σが7MPaより大きく,曲線の左下の範囲(申立書68頁の図13のハッチングの範囲)には,実施例が存在しないから,どのような方法によれば,ハッチングの範囲に含まれるものを製造することができるのか,判然としないと主張する。
しかしながら,本件明細書には,「反り量が5.0mm以下」である本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法について記載されており(【0136】?【0141】),当業者であれば,過度の試行錯誤なく,本件発明1に係るメタルマスク材料を製造することができる。
そして,(5-1)式は,上記「反り量」と関連するものであり,ハッチングの範囲に含まれるものを製造するには,過度の試行錯誤なく,上記製造方法において,製造条件を適宜調整すればよいことは,明らかである。
この点,本件明細書に,「冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。」(【0141】)と記載されているとおりである(なお,本件発明8は,第5実施形態に対応する。)。
よって,申立人の主張は採用できない。

(7)申立理由1-9(明確性要件),申立理由2-9(実施可能要件)
申立人は,請求項9における(6-5)式の近似曲線のパラメータa?eを算出する方法について,本件明細書には,近似曲線は最小二乗法によって求めると記載されているのみであり(【0131】),具体的な算出方法が記載されていないと主張する。
しかしながら,近似曲線については,本件明細書の記載及び技術常識を参酌すれば,どのように算出すればよいかは,当業者であれば理解できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(8)申立理由2-10(実施可能要件)
申立人は,本件明細書には,本件発明1の範囲のうち,本件発明1の要件を満たすが,本件発明4?9の要件を満たさない範囲等については,メタルマスク材料を製造するための具体的な条件に関し,記載も示唆もないと主張する。
しかしながら,本件明細書には,「反り量が5.0mm以下」である本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法について記載されており(【0136】?【0141】),当業者であれば,過度の試行錯誤なく,本件発明1に係るメタルマスク材料を製造することができる。
そして,本件発明1の範囲のうち,本件発明1の要件を満たすが,本件発明4?9の要件を満たさない範囲等に含まれるものを製造するには,過度の試行錯誤なく,上記製造方法において,製造条件を適宜調整すればよいことは,明らかである。
この点,本件明細書に,「冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。」(【0141】)と記載されているとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

(9)申立理由2-11(実施可能要件)
申立人は,本件明細書には,本件発明1の範囲のうち,「5.00μm以上25.00μm未満」,「30.00μm超50.00μm以下」については,メタルマスク材料を製造するための具体的な条件に関し,記載も示唆もないと主張する。
しかしながら,本件明細書には,「反り量が5.0mm以下」である本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法について記載されており(【0136】?【0141】),当業者であれば,過度の試行錯誤なく,本件発明1に係るメタルマスク材料を製造することができる。
そして,本件発明1の範囲のうち,「5.00μm以上25.00μm未満」,「30.00μm超50.00μm以下」に含まれるものを製造するには,過度の試行錯誤なく,上記製造方法において,製造条件を適宜調整すればよいことは,明らかである。
この点,本件明細書に,「冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。」(【0141】)と記載されているとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

(10)申立理由2-12(実施可能要件)
申立人は,本件発明1においては,極めて微量の不純物の含有量を規定しているが,本件明細書には,このような微量の不純物を制御する方法及び測定する方法について,開示も示唆もされていないと主張する。
しかしながら,極めて微量の不純物等の成分を含む各種の合金は,広く知られており,本件明細書に,極めて微量の不純物を制御する方法及び測定方法が明記されていないとしても,技術常識を参酌すれば,どのように制御し,測定すればよいかは,当業者であれば理解でき,通常の方法を用いて制御でき,測定できる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(11)申立理由1-13(明確性要件),申立理由2-13(実施可能要件)
申立人は,本件発明1においては,試料をどのように準備するかについて何ら規定されておらず,また,刃物を用いてメタルマスク材料を切断すると,せん断応力に起因して試料が変形し,それにより生じる反り量も測定されるところ,本件明細書には,残留応力に起因して生じる反り量のみを適切に評価する方法について,記載されていないと主張する。
しかしながら,メタルマスク材料から試料を得て,その試料の片面をエッチングし,その反り量を測定することは,普通に行われていることである(甲1,3)。本件発明1において,試料をどのように準備するか規定されておらず,また,本件明細書に,メタルマスク材料から試料を準備するための具体的な方法について明記されていないとしても,技術常識を参酌すれば,当業者は,通常の方法により,メタルマスク材料から試料を準備することができ,反り量を測定することができる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(12)申立理由1-14(明確性要件)
申立人は,本件明細書には,試料をエッチングする際の具体的な条件について,記載されていないと主張する。
しかしながら,メタルマスク材料から試料を得て,その試料の片面をエッチングし,その反り量を測定することは,普通に行われていることである(甲1,3)。
本件明細書に,試料をエッチングする際の具体的な条件について明記されていないとしても,技術常識を参酌すれば,当業者は,通常の条件により,試料をエッチングすることができる。
なお,申立人は,サンプルの一方の面をレジストで保護した状態でエッチングを行うと,側面もエッチングされ,試料の角はエッチングが大きく進行し,試料の平面形状が変化すると指摘するが,反り量の測定に実際にどの程度影響があるのかは,明らかではない。上記指摘は,単にそのような可能性があることを指摘するにとどまり,実際にそのような問題が生じることを具体的な根拠を示して主張するものではない。
よって,申立人の主張は採用できない。

(13)申立理由1-15(明確性要件),申立理由2-15(実施可能要件)
ア 申立人は,本件発明1において,試料のどの部分の板厚が2/5になるまでエッチングを行うのか,本件明細書には記載も示唆もないと主張する。
しかしながら,請求項1の記載から,試料の全域にわたって板厚2/5になるまで,通常の条件でエッチングすることは,明らかである。
よって,申立人の主張は採用できない。

イ 申立人は,試料の全域にわたって厚み方向に均一にエッチングするための具体的な方法について,本件明細書には記載も示唆もないと主張する。
しかしながら,本件発明1は,試料の全域にわたって板厚2/5になるまでエッチングするというものであり,全域をエッチングするからといって,申立人が主張するような意味で「均一に」エッチングすることまでを意味するものとはいえない。
仮に,「均一に」エッチングするとしても,程度問題であり,技術常識を参酌すれば,当業者は,通常の条件により,試料を「均一に」エッチングすることができる。
よって,申立人の主張は採用できない。

(14)申立理由2-16(実施可能要件)
申立人は,本件明細書の表1の試料No.a,bにおける焼鈍温度は,500℃,650℃であり,表11の試料No.1における焼鈍温度は,650℃であるが,これら試料においては,反り量が5.0mmを超えているため,本件発明13が規定する300?900℃の焼鈍温度のうち,300?650℃の範囲には,本件明細書の記載及び当業者の技術常識を加味しても,当業者が実施できない事情があると主張する。
しかしながら,本件明細書には,「反り量が5.0mm以下」である本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法について記載されており(【0136】?【0141】),当業者であれば,過度の試行錯誤なく,本件発明1に係るメタルマスク材料を製造することができる。この点,本件発明1を引用する本件発明13についても,同様である。
そして,本件発明13に係るメタルマスク材料の製造方法における300?900℃の焼鈍温度のうち,300?650℃の範囲の条件を採用してメタルマスク材料を製造するには,多少の試行錯誤により,上記製造方法において,メタルマスク材料の化学組成や,焼鈍温度以外の各種の製造条件を適宜調整すればよいことは,明らかである。
この点,本件明細書に,「冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。」(【0141】)と記載されているとおりである。
よって,申立人の主張は採用できない。

3 申立理由3(サポート要件)
(1)本件明細書の記載(【0002】?【0006】,【0013】)によれば,本件発明1の課題は,反り量が低減されるメタルマスク材料を提供することであると認められる。
そして,本件明細書の記載(【0014】,【0015】,【0018】?【0020】,【0028】?【0033】,【0041】?【0043】,【0145】?【0149】,【0154】,表1,10?12)によれば,上記課題は,メタルマスク材料において,「質量%にて,Ni:35.0?37.0%,Co:0.00?0.50%を含有し,残部がFe及び不純物」からなるものとし,板厚を「5.00μm以上50.00μm以下」とし,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下」とすることによって,解決できることが理解できる。
そうすると,本件明細書の記載を総合すれば,上記の各要件を備える本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができる。
また,本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?14についても,同様である。
したがって,本件発明1?14については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものである。

(2)申立人は,本件発明1について,申立理由3-10(サポート要件)として,本件発明1が規定する範囲は広範囲であるが,本件発明1の範囲のうち,本件発明1の要件を満たすが,本件発明4?9の要件を満たさない範囲等については,実施例によってサポートされていないと主張する。
また,申立人は,本件発明1について,申立理由3-11(サポート要件)として,本件発明1において規定される「5.00μm以上50.00μm以下」という板厚の範囲のうち,「5.00μm以上25.00μm未満」,「30.00μm超50.00μm以下」については,実施例によってサポートされていないと主張する。
しかしながら,実施例の記載を含む,本件明細書の記載を総合すれば,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって,当業者が出願時の技術常識に照らして発明の詳細な説明の記載により本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができることは,上記(1)のとおりである。
よって,申立人の主張は,いずれも採用できない。

(3)申立人は,本件発明1について,申立理由3-12(サポート要件)として,スラブに熱間鍛造,熱間圧延,冷間圧延及び焼鈍が施されるため,メタルマスク材料の組成はスラブの組成と同一ではないこと,また,テンションアニールに還元雰囲気が利用されるため,組成が変化することを指摘して,本件発明1?3において規定されるメタルマスク材料の組成について,実施例によるサポートに関し疑義があると主張する。
しかしながら,最終製品の組成は,通常,スラブの組成とほぼ同一であるから,メタルマスク材料の組成についても,スラブの組成とほぼ同一と考えられる。申立人の指摘は,単にそのような可能性があることを指摘するにとどまり,実際にそのような問題が生じることを具体的な根拠を示して主張するものではない。
よって,申立人の主張は採用できない。

(4)申立人は,請求項1を引用する以下の各請求項の記載について,以下の申立理由として,縷々主張する。
具体的には,請求項4の記載について,申立理由3-1(サポート要件)(D_(L)の候補に関するもの),請求項5の記載について,申立理由3-2(サポート要件)({111}面の平均半値幅に関するもの),請求項6の記載について,申立理由3-3(サポート要件)({111}面の積分強度に関するもの),申立理由3-4(サポート要件)((3-1)式,(3-2)式に関するもの),請求項7の記載について,申立理由3-7(サポート要件)((4-3)式に関するもの),請求項8の記載について,申立理由3-8(サポート要件)((5-1)式に関するもの),請求項9の記載について,申立理由3-9(サポート要件)((6-1)式?(6-4)式に関するもの),請求項4?9の記載について,申立理由3-10(サポート要件)(実施例の有無に関するもの),申立理由3-11(サポート要件)(実施例の有無に関するもの),請求項13の記載について,申立理由3-16(サポート要件)(実施例の有無に関するもの)として,主張する。
しかしながら,上記(1)で述べたとおり,本件発明4?14は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるから,本件発明1と同様,上記(1)の各要件を備えるものである。
そうすると,上記の各要件を備える本件発明4?14についても,本件発明1と同様に,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものといえる。
よって,申立人の主張は,いずれも採用できない。

(5)したがって,申立理由3(サポート要件)によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由4-1(新規性),申立理由5-1(進歩性)
(1)甲1に記載された発明
甲1の記載(請求項6,8,【0005】?【0007】,【0021】,【0048】?【0062】,【0081】?【0092】,表1)によれば,特に,請求項6,8,【0048】,【0054】の記載に着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられる,鉄に36%のニッケルを加えた合金であるインバー材から構成される金属板であって,
前記金属板は,20?100μmの範囲内である厚みt_(0)を有し,かつ前記金属板は,その厚み方向に対して直交し,互いに対向する第1面および第2面を有し,
前記金属板から取り出したサンプルをエッチングした場合,エッチング後のサンプルの反りの曲率kが0.008mm^(-1)以下であり,
前記曲率kは,はじめに,長さ170mm,幅30mmの前記サンプルを前記金属板から取り出し,次に,前記サンプルのうち長さ方向における両端から10mm以内にある領域を除いた長さ150mm,幅30mmの被エッチング領域の厚みが1/3×t_(0)?2/3×t_(0)の範囲内になるまで,前記第1面の側から,前記被エッチング領域の全域にわたって前記サンプルをエッチングし,その後,エッチングされた前記サンプルを,その側面が水平になるように所定の載置台に載置し,次に,前記サンプルの前記被エッチング領域の長さ方向における端部間距離x(mm)および前記サンプルの前記被エッチング領域の反りの深さy(mm)を測定し,その後,前記端部間距離xおよび前記深さyを,以下の式
k=1/ρ,ρ=(y/2)+(x^(2)/8y)
に代入することにより求められる値である,金属板。」(以下,「甲1発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「複数の貫通孔を形成して蒸着マスクを製造するために用いられる」「金属板」は,本件発明1における「メタルマスク材料」に相当する。
本件発明1における材料の化学組成と,甲1発明におけるインバー材の化学組成とは,いずれも,Ni及びFeを含有する点で共通する。
以上によれば,本件発明1と甲1発明とは,
「Ni及びFeを含有する,メタルマスク材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1-1
本件発明1では,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下である」のに対して,甲1発明では,「前記金属板から取り出したサンプルをエッチングした場合,エッチング後のサンプルの反りの曲率kが0.008mm^(-1)以下」であり,「前記曲率kは,はじめに,長さ170mm,幅30mmの前記サンプルを前記金属板から取り出し,次に,前記サンプルのうち長さ方向における両端から10mm以内にある領域を除いた長さ150mm,幅30mmの被エッチング領域の厚みが1/3×t_(0)?2/3×t_(0)の範囲内になるまで,前記第1面の側から,前記被エッチング領域の全域にわたって前記サンプルをエッチングし,その後,エッチングされた前記サンプルを,その側面が水平になるように所定の載置台に載置し,次に,前記サンプルの前記被エッチング領域の長さ方向における端部間距離x(mm)および前記サンプルの前記被エッチング領域の反りの深さy(mm)を測定し,その後,前記端部間距離xおよび前記深さyを,以下の式 k=1/ρ,ρ=(y/2)+(x^(2)/8y)に代入することにより求められる値である」点。
・相違点1-2
本件発明1では,材料が,「質量%にて,Ni:35.0?37.0%,Co:0.00?0.50%を含有し,残部がFe及び不純物」からなるのに対して,甲1発明では,インバー材が,「鉄に36%のニッケルを加えた合金」である点。
・相違点1-3
本件発明1では,板厚が,「5.00μm以上50.00μm以下」であるのに対して,甲1発明では,厚みt_(0)が,「20?100μmの範囲内」である点。

イ 相違点1-1の検討
(ア)まず,相違点1-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲1には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については,記載されていない。
また,甲1発明に係る金属板であれば,必ず,上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは,不明である。
b 甲1発明に係る金属板は,その金属板から取り出したサンプルをエッチングした場合,エッチング後のサンプルの反りの曲率kが0.008mm^(-1)以下となるものである。
そして,上記曲率kは,長さ170mm,幅30mmの長方形のサンプルについて,長さ方向における両端から10mm以内にある領域を除いた被エッチング領域(長さ150mm,幅30mm)の厚みが1/3×t_(0)?2/3×t_(0)の範囲内になるまで,被エッチング領域の全域にわたってサンプルをエッチングした後,サンプルをその側面が水平になるように所定の載置台に載置し,その状態で測定される,被エッチング領域の長さ方向における端部間距離と反りの深さから,所定の式により求められる値である。
上記サンプルは,長さ方向に長いため,幅方向には反りは生じがたく,長さ方向に反りが生じるものと解されるが,反りの深さは,サンプルの形状(長さ,幅,厚みの比)に影響を受けると考えられるから,甲1発明に係る金属板を一辺100mmの正方形の試料とした場合において,実際に上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは,不明である。
c 以上によれば,相違点1-1は実質的な相違点である。

(イ)次に,相違点1-1の容易想到性について検討する。
上記(ア)aで述べたとおり,甲1には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については記載されておらず,また,甲1発明に係る金属板であれば,必ず,上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは不明である。
また,甲2?9にも,甲1発明において,上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることを動機付ける記載は見当たらない。
そうすると,甲1発明において,上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから,相違点1-2及び1-3について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2?14について
本件発明2?14は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?14についても同様に,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1?11及び14は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1?14は,甲1に記載された発明及び甲2?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由4-1(新規性),申立理由5-1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。

5 申立理由4-2(新規性),申立理由5-2(進歩性)
(1)甲2に記載された発明
甲2の記載(請求項1?4,【0001】?【0007】,【0013】,【0026】?【0033】,【0041】,【0045】?【0066】,図1?5)によれば,特に,合金符号Cを用いた材料No.21,合金符号Bを用いた材料No.24,合金符号Cを用いた材料No.25(表9,11,14)にそれぞれ着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「Ni:36.4重量%,Co:0.02重量%,H:1.0ppm,Mn:0.05重量%,Al:0.010重量%,Si:0.05重量%,Cr:0.02重量%,Ti:0.02重量%,O:0.0025重量%,N:0.0015重量%,W:0.01重量%,Nb:0.01重量%,V:0.01重量%,Cu:0.01重量%,C:0.0047重量%,B:0.0001重量%,P:0.004重量%,S:0.0018重量%,Mo:0.02重量%を含有するFe合金薄板であって,
合金表面部分の{111},{100},{110},{311},{331},{210}及び{211}の各結晶面の集積度S1,S2,S3,S4,S5,S6及びS7が,それぞれ,2%,75%,6%,3%,8%,4%,2%であり,
(S2+S4+S6)/(S1+S3+S5+S7)の値が4.56であり,
合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量が,1mmである,
エッチング加工性に優れた電子機器用合金薄板。」(以下,「甲2発明1」という。)

「Ni:35.7重量%,Co:0.001重量%,H:0.4ppm,Mn:0.25重量%,Al:0.005重量%,Si:0.002重量%,Cr:0.01重量%,Ti:<0.01重量%,O:0.0009重量%,N:0.0007重量%,W:<0.01重量%,Nb:<0.01重量%,V:<0.01重量%,Cu:<0.01重量%,C:0.0014重量%,B:0.0001重量%,P:0.001重量%,S:0.0003重量%,Mo:<0.01重量%を含有するFe合金薄板であって,
合金表面部分の{111},{100},{110},{311},{331},{210}及び{211}の各結晶面の集積度S1,S2,S3,S4,S5,S6及びS7が,それぞれ,1%,90%,3%,1%,3%,1%,1%であり,
(S2+S4+S6)/(S1+S3+S5+S7)の値が11.50であり,
合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量が,2mmである,
エッチング加工性に優れた電子機器用合金薄板。」(以下,「甲2発明2」という。)

「Ni:36.4重量%,Co:0.02重量%,H:1.0ppm,Mn:0.05重量%,Al:0.010重量%,Si:0.05重量%,Cr:0.02重量%,Ti:0.02重量%,O:0.0025重量%,N:0.0015重量%,W:0.01重量%,Nb:0.01重量%,V:0.01重量%,Cu:0.01重量%,C:0.0047重量%,B:0.0001重量%,P:0.004重量%,S:0.0018重量%,Mo:0.02重量%を含有するFe合金薄板であって,
合金表面部分の{111},{100},{110},{311},{331},{210}及び{211}の各結晶面の集積度S1,S2,S3,S4,S5,S6及びS7が,それぞれ,0%,87%,6%,2%,1%,1%,1%であり,
(S2+S4+S6)/(S1+S3+S5+S7)の値が11.50であり,
合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量が,2mmである,
エッチング加工性に優れた電子機器用合金薄板。」(以下,「甲2発明3」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明1?3とを対比する。
本件発明1における「メタルマスク材料」と,甲2発明1?3における「Fe合金薄板」である「エッチング加工性に優れた電子機器用合金薄板」とは,「材料」である限りにおいて共通する。
本件発明1における材料の化学組成と,甲2発明1?3におけるFe合金の化学組成とは,いずれも,Ni,Co及びFeを含有する点で共通する。
以上によれば,本件発明1と甲2発明1?3とは,
「Ni,Co及びFeを含有する,材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2-1
本件発明1では,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下である」のに対して,甲2発明1?3では,「合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量」が,それぞれ,「1mm」,「2mm」,「2mm」である点。
・相違点2-2
本件発明1では,材料が,「質量%にて,Ni:35.0?37.0%,Co:0.00?0.50%を含有し,残部がFe及び不純物」からなるのに対して,甲2発明1?3では,Fe合金が,それぞれ所定量のNi,Coを含有するほか,それぞれ所定量のH,Mn,Al,Si,Cr,Ti,O,N,W,Nb,V,Cu,C,B,P,S,Moを含有するFe合金である点。
・相違点2-3
本件発明1では,板厚が「5.00μm以上50.00μm以下」であるのに対して,甲2発明1?3では,板厚が不明である点。
・相違点2-4
本件発明1は,「メタルマスク材料」であるのに対して,甲2発明1?3は,「Fe合金薄板」である「エッチング加工性に優れた電子機器用合金薄板」である点。

イ 相違点2-1の検討
(ア)まず,相違点2-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲2には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については,記載されていない。
また,甲2発明1?3では,「合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量」が,それぞれ,「1mm」,「2mm」,「2mm」であるものの,どのようなサイズ及び形状の試料を用いて,どの程度のフォトエッチングを施し,どの部分の反り量をどのように測定したかは,不明であり,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」であるかどうかは,不明である。
さらに,甲2発明1?3に係るFe合金薄板であれば,必ず,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは,不明である。
b 申立人は,甲2発明1?3に係るFe合金薄板における,合金表面部分の{111},{100}({200}と等価),{110}({220}と等価),{311},{331},{210}及び{211}の各結晶面の集積度S1?S7を,本件発明7における(4-1)式?(4-3)式に当てはめると,いずれも,(4-1)式?(4-3)式を満足するところ,本件明細書の【0095】?【0097】においては,(4-1)式?(4-3)式が,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」を満たすための条件として説明されているから,甲2発明1?3に係るFe合金薄板は,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」であると主張する(申立書144,147頁)。
しかしながら,本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法(請求項13,本件明細書【0136】?【0141】)と,甲2発明1?3に係るFe合金薄板の製造方法(甲2【0042】?【0048】)とを対比すると,前者では,圧下率が30.0%以上95.0%以下で最終圧延を行った後,焼鈍温度300?900℃,還元雰囲気でテンションアニールを行うのに対して,後者では,熱延板焼鈍後の合金板表面の各結晶面の集積度に応じて,以降の冷間圧延率,焼鈍条件を最適な条件の組合せにし,圧延条件又は焼鈍条件を変化させながら,冷間圧延及びそれに続く焼鈍を行うとされているものの,それらの具体的な条件が不明である点で,少なくとも相違する。
ここで,合金は,一般に,その組成や製造方法が異なれば,得られる合金の組織や特性等が異なることが通常であることを踏まえると,申立人が主張するように,甲2発明1?3に係るFe合金薄板における各結晶面の集積度が,いずれも,(4-1)式?(4-3)式を満足するとしても,上記のとおり,本件発明1に係るメタルマスク材料の製造方法と,甲2発明1?3に係るFe合金薄板の製造方法とが,同じものであるとはいえない以上,各結晶面の集積度以外の合金の組織や特性等についても,本件発明1に係るメタルマスク材料と同じであるとはいえないから,甲2発明1?3に係るFe合金薄板について,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」であるかどうかは,不明というほかない。
よって,申立人の主張は採用できない。
c 以上によれば,相違点2-1は実質的な相違点である。

(イ)次に,相違点2-1の容易想到性について検討する。
上記(ア)aで述べたとおり,甲2には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については記載されておらず,また,甲2発明1?3では,「合金薄板をフォトエッチングによりフラットマスクにし,これを水平な定盤の上に置き,測定した反り量」が,それぞれ,「1mm」,「2mm」,「2mm」であるものの,どのようなサイズ及び形状の試料を用いて,どの程度のフォトエッチングを施し,どの部分の反り量をどのように測定したかは不明であり,さらに,甲2発明1?3に係るFe合金薄板であれば,必ず,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは不明である。
また,甲1及び3?9にも,甲2発明1?3において,本件発明1でいう上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることを動機付ける記載は見当たらない。
そうすると,甲2発明1?3において,本件発明1でいう上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから,相違点2-2?2-4について検討するまでもなく,本件発明1は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明並びに甲1及び3?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2?14について
本件発明2?14は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明並びに甲1及び3?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?14についても同様に,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明並びに甲1及び3?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1?11及び14は,甲2に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1?14は,甲2に記載された発明並びに甲1及び3?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由4-2(新規性),申立理由5-2(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。

6 申立理由4-3(新規性),申立理由5-3(進歩性)
(1)甲3に記載された発明
甲3の記載(請求項1,[0002],[0004],[0008],[0009],[0012],[0019]?[0026],表1?3)によれば,特に,請求項1のほか,表1,2に示される試料No.1([0019]?[0023])に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,C:0.003%,Si:0.023%,Mn:0.27%,Ni:35.7%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなり,板厚が20μmであるメタルマスク用素材であって,
前記メタルマスク用素材は,表面粗さRaが,0.11μm(幅方向),0.11μm(長手方向)であり,表面粗さRzが,0.74μm(幅方向),0.70μm(長手方向)であり,スキューネスRskが,-1.7(幅方向),-1.5(長手方向)であり,
前記メタルマスク用素材の幅方向中央部から,長さ方向が圧延方向となるように,長さ150mm,幅30mmのカットサンプルを作成し,板厚の2/5となるように片側からエッチングした後,カットサンプルを垂直上盤に吊下げた際の反り量が3mmである,メタルマスク用素材。」(以下,「甲3発明」という。)

(2)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明における「板厚が20μmであるメタルマスク用素材」は,本件発明1における「板厚が5.00μm以上50.00μm以下であるメタルマスク材料」に相当する。
本件発明1におけるメタルマスク材料の化学組成と,甲3発明におけるメタルマスク用素材の化学組成とは,いずれも,Ni及びFeを含有する点で共通する。
以上によれば,本件発明1と甲3発明とは,
「Ni及びFeを含有し,板厚が5.00μm以上50.00μm以下であるメタルマスク材料。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3-1
本件発明1では,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下である」のに対して,甲3発明では,「前記メタルマスク用素材の幅方向中央部から,長さ方向が圧延方向となるように,長さ150mm,幅30mmのカットサンプルを作成し,板厚の2/5となるように片側からエッチングした後,カットサンプルを垂直上盤に吊下げた際の反り量が3mmである」点。
・相違点3-2
本件発明1では,メタルマスク材料が,「質量%にて,Ni:35.0?37.0%,Co:0.00?0.50%を含有し,残部がFe及び不純物」からなるのに対して,甲3発明では,メタルマスク用素材が,「質量%で,C:0.003%,Si:0.023%,Mn:0.27%,Ni:35.7%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物」からなる点。

イ 相違点3-1の検討
(ア)まず,相違点3-1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲3には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については,記載されていない。
また,甲3発明に係るメタルマスク用素材であれば,必ず,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは,不明である。
b 甲3発明に係るメタルマスク用素材は,そのメタルマスク用素材の幅方向中央部から,長さ方向が圧延方向となるように,長さ150mm,幅30mmのカットサンプルを作成し,板厚の2/5となるように片側からエッチングした後,カットサンプルを垂直上盤に吊下げた際の反り量が3mmとなるものである。
上記カットサンプルは,長さ方向に長いため,幅方向には反りは生じがたく,長さ方向に反りが生じるものと解されるが,反りは,カットサンプルの形状(長さ,幅,厚みの比)に影響を受けると考えられるから,甲3発明に係るメタルマスク用素材を一辺100mmの正方形の試料とした場合において,実際に本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは,不明である。
c 以上によれば,相違点3-1は実質的な相違点である。

(イ)次に,相違点3-1の容易想到性について検討する。
上記(ア)aで述べたとおり,甲3には,「一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を,当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし,エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の,前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値」である「反り量」については記載されておらず,また,甲3発明に係るメタルマスク用素材であれば,必ず,本件発明1でいう上記「反り量」が「5.0mm以下」となるかどうかは不明である。
また,甲1,2及び4?9にも,甲3発明において,本件発明1でいう上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることを動機付ける記載は見当たらない。
そうすると,甲3発明において,本件発明1でいう上記「反り量」を「5.0mm以下」とすることは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ウ 小括
以上のとおりであるから,相違点3-2について検討するまでもなく,本件発明1は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明並びに甲1,2及び4?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明2?14について
本件発明2?14は,本件発明1を直接又は間接的に引用するものであるが,上記(2)で述べたとおり,本件発明1が,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明並びに甲1,2及び4?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2?14についても同様に,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明並びに甲1,2及び4?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明1?12及び14は,甲3に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1?14は,甲3に記載された発明並びに甲1,2及び4?9に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由4-3(新規性),申立理由5-3(進歩性)によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件特許の請求項1?14に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
メタルマスク材料及びその製造方法とメタルマスク
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ELディスプレイ(OLED)の製造等で使用されるメタルマスク材料とメタルマスクに関する。
【背景技術】
【0002】
RGB素子を個別にパターニングする塗り分け方式でOLEDをカラー表示する場合、メタルマスクを使用し、RGB毎に他の色の電極開口部をマスキングして蒸着する。すなわち、OLED用のメタルマスクは、窓枠形状のフレームにゆがみやたるみの無いようにテンションを付加した状態で固定され、図18に示すように、有機EL発光材料3aをマスク孔1aからガラス基板又はフィルム基板等の基板2上に蒸着させる。
【0003】
前記メタルマスクは、OLEDの画素のRGBに対して1:1で対応するようにマスク孔が形成され、前記OLEDのサイズと同程度のサイズを有するマスク部を等間隔で複数備える。前記メタルマスクは、製造されるOLEDの画素のRGBに対して1:1で対応するようにマスク孔を形成する必要があるため、マスク孔1a間のピッチ間隔は少なくともOLEDの画素密度と同程度になり、前記マスク孔1aの孔径もそれに伴って微細化される。
【0004】
有機EL発光材料3aを前記マスク孔1aから通過させて前記基板2上に蒸着させる際、メタルマスクの板厚によって有機EL発光材料3aが前記基板2上に蒸着することが阻害され、RGBを構成するサブ画素の一部が所望の厚さよりも薄く形成されてしまうことがある。このようなシャドウイング効果を防止するため、前記メタルマスク1には、前記ピッチ間隔と同程度の板厚を有する金属板が用いられる。また、図18に示すように、前記マスク孔1aの孔径が前記基板2側から前記有機EL発光材料3aの蒸着源3側に向かって拡がる断面形状を有するように、前記金属板の片方の面から板厚の30?70%程度エッチングすること(以下、「ハーフエッチング」という。)によって、メタルマスク1が製造される。
【0005】
このようなメタルマスクを製造するため、特許文献1、2のようにインバー合金を用いることが提案されている。インバー合金は、温度によって寸法が変化しないので、カラーテレビジョン用ブラウン管やコンピュータモニタ用ブラウン管のシャドウマスクを製造するために、特許文献3?5に示すように従来から利用されてきた。
【0006】
しかし、インバー合金からなるメタルマスク材料をハーフエッチングすると、メタルマスク材料の中央部が凹むように縁部側が反り返る変形(以下、「エッチング後の反り」という。)が生じる場合がある。このようなエッチング後の反りによって、前記基板2とのアライメントの精度が損なわれ、基板2上の画素パターンとメタルマスク1のパターンとの間に位置ずれが生じるため、有機EL素子の有機化合物層の微細なパターニングを行うことができないという問題が生じる。
【0007】
メタルマスク材料の反りは当該メタルマスク材料の残留応力に起因する。特許文献6は、アニール工程によって金属板の内部応力を除去し、アニール工程後の前記金属板から取り出したサンプルをエッチングして、反りの曲率kが0.008mm^(-1)以下であるか否かを検査する工程を含む製造方法を開示する。しかし、前記検査工程は、製造された複数の長尺金属板の中から良好な蒸着特性を有する蒸着マスクを得るための長尺金属板を選択する工程に過ぎず、特許文献5は、長尺金属板の金属組織を特定する方法を開示しない。そのため、特許文献6に開示された製造方法では、金属板の残留応力を適切な範囲に制御するための製造条件を長尺金属板の製造前に特定することが困難である。
【0008】
また、残留応力が熱処理によって除去された場合、残留応力で保持されていた材料形状はひずみがなくなるように変化するため、金属板の寸法が短くなることがある。蒸着マスクを構成する金属板の寸法が熱によって変化すれば、蒸着マスクに形成された貫通孔の位置も変化するという課題がある。特許文献7は、このような技術的課題を解決するため、製造された長尺金属板から取り出されたサンプルに熱処理を施す前後での熱復元の程度を検査する検査工程を含む製造方法を開示する。しかし、特許文献7に開示された前記検査工程は、蒸着マスクの元となる長尺金属板として残留歪の程度及びそのばらつきが小さなものを用いることを基本としており、長尺金属板の金属組織を特定する方法を開示しない。そのため、特許文献7に開示された製造方法では、金属板の残留応力を適切な範囲に制御するための製造条件を長尺金属板の製造前に特定することが困難である。
【0009】
特許文献8は、結晶方位によりエッチング速度に差異があることを考慮して、圧延面の主要な結晶方位(111)、(200)、(220)、(311)のX線回折強度が一定範囲の関係を満たすFe-Ni系合金からなるメタルマスク材料を開示する。特許文献8に開示されたメタルマスク材料は特定方位にのみ強く配向しないので、均一且つ精度良くエッチングできることを特徴としている。特許文献8には、メタルマスク材料の(200)、(220)、(311)の配向度は、最終再結晶焼鈍前の冷間圧延加工度、最終再結晶焼鈍の結晶粒度番号、及び最終冷間圧延の加工度によって大きく影響を受けることが開示されている。しかし、後述するように、表面から板厚方向における格子面間隔の不均一性に起因して板厚方向にひずみの分布が生じる。特許文献8に開示されたメタルマスク材料は、格子面間隔の不均一性が意図的に制御されていないので、板厚方向のひずみの分布が必ずしも十分に制御されたものではない。そのため、エッチングによるメタルマスク材料の変形は確実には低減できない。
【0010】
特許文献9は、長さ150mm、幅30mmの試料を切り出し、前記試料を片側からエッチングし、前記試料の板厚の60%を除去したときの反り量が15mm以下であり、板厚が0.01mm以上0.10mm未満であるメタルマスク材料を開示する。しかし、特許文献には、メタルマスクの微細構造の観点から前記反り量を低減することを開示しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2004-183023号公報
【特許文献2】特開2017-88915号公報
【特許文献3】国際公開第00/70108号
【特許文献4】特開2003-27188号公報
【特許文献5】特開2004-115905号公報
【特許文献6】特開2014-101543号公報
【特許文献7】特開2015-78401号公報
【特許文献8】特開2014-101543号公報
【特許文献9】国際公開第2018/043641号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Ono, F.;Kittaka, T.;Maeta, H.,Physica B+C, Volume 119, Issue 1, p. 78-83
【非特許文献2】第5版鉄鋼便覧第4章1.4.7X線回折分析
【非特許文献3】X線応力測定法標準(2002年版)鉄鋼編、p.81、社団法人日本材料学会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、このような問題に鑑みて成されたものであり、反り量が低減されるOLED用のメタルマスク材料とその製造方法とメタルマスクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決する本発明の要旨は、次の通りである。
(1)質量%にて、Ni:35.0?37.0%、Co:0.00?0.50%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
板厚が5.00μm以上50.00μm以下であるメタルマスク材料であって、
一辺が100mmの正方形の前記メタルマスク材料の試料を、当該試料の板厚が2/5になるまでその片側からエッチングをし、エッチングをした前記試料を定盤に載置した時の、前記試料の4角の浮き上がり量のうち最大値である反り量が5.0mm以下であることを特徴とするメタルマスク材料。
(2)更に、質量%にて、C:0.05%以下、Ca:0.0005%以下を含有することを特徴とする、(1)に記載のメタルマスク材料。
(3)前記不純物は、Si:0.30%以下、Mn:0.70%以下、Al:0.01%以下、Mg:0.0005%以下、P:0.030%以下、S:0.015%以下に制限されることを特徴とする、(1)又は(2)に記載のメタルマスク材料。
(4)表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔が下記(1-1)式および(1-2)式を満足することを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
ΔD≦0.00030・・・(1-1)
ΔD=|D_(M)-D_(L)|・・・(1-2)
但し、上記式中のD_(M)及びD_(L)の定義は、下記の通りである。
D_(M):斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔(単位:nm);
D_(L):{111}面の格子面間隔の基準値(単位:nm)又はバルクの平均の格子定数から算出される{111}面の平均格子面間隔(単位:nm)
(5)下記(2-1)式を満足することを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
【数1】

但し、上記式中のH_(w111)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅であり、tはメタルマスク材料の板厚(μm)である。
(6)下記(3-1)式又は(3-2)式のいずれかを満足することを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
r_(max)<9.5・・・(3-1)
r_(max)≧20・・・(3-2)
r=I_(111)/I_(200)・・(3-3)
但し、I_(111)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度;
I_(200)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{200}面の積分強度;
r_(max)は、(3-3)式で定義される強度比rの最大値である。
(7)下記(4-1)式?(4-3)式を満足することを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
0.385≦I_(200)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-1)
I_(311)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}≦0.08・・・(4-2)
0.93≦{I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-3)
但し、上記式中のI_(200)は、集中法X線回折によって得られる{200}面の回折強度であり、I_(111)は{111}面の回折強度であり、I_(220)は{220}面の回折強度であり、I_(311)は前記{311}面の回折強度である。
(8)X線応力測定法を用いて残留応力を測定した際に算出される誤差が、下記(5-1)式を満足することを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
σ≦α+β×R+γ×R^(2)・・・(5-1)
但し、α=211.1;β=5.355;γ=0.034886;上記式中のRは、前記X線応力測定法を用いて測定された残留応力値であり、σは前記X線応力測定法を用いて残留応力値を測定した際に算出される誤差である。
(9)X線応力測定法を用いて応力を測定した時に、前記メタルマスク材料の面法線と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と、前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))との関係が下記(6-5)式で表され、且つ前記(6-5)式の係数であるb、c、d、eが下記(6-1)式?(6-4)式を満たすことを特徴とする(1)?(3)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
b/I≦0.09・・・(6-1)
0.02≦|c|・・・(6-2)
d/I≦12・・・(6-3)
2≧|e|/I・・・(6-4)
2θ=a+b×sin^(2)Ψ+c×sin(d×sin^(2)Ψ+e)・・・(6-5)
但し、I=(z×t^(3))/12
t:板厚(μm)
z:0.000768
(10)オージェ電子分光法により測定された酸化皮膜厚が4.5nm以下であることを特徴とする(4)?(9)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
(11)0.2%耐力が330MPa以上850MPa以下であることを特徴とする(4)?(10)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料。
(12)圧延方向と直角方向の平均算術表面粗さRaが0.02μm以上0.10μm以下であることを特徴とする、(4)?(11)に記載のメタルマスク材料。
(13)(1)?(3)のうちいずれかに記載の組成を有する合金を溶製する工程と、
前記溶製された合金から鋼片を得る工程と、
前記鋼片を熱間圧延して巻取ることにより熱間圧延板を得る巻取工程と、
前記巻取工程後に前記熱間圧延板に対して冷間圧延と焼鈍とを少なくとも1回ずつ交互に行うことによって板厚5.00?50.00μmの鋼箔を得る工程と、
テンションアニール工程とを含み、
前記テンションアニール工程は最終圧延工程後に行われ、最終圧延工程での圧下率は30.0%以上95.0%以下であって、前記テンションアニール工程は焼鈍温度が300?900℃であって、還元雰囲気で行われることを特徴とする、(1)?(12)のうちいずれかに記載のメタルマスク材料の製造方法。
(14)(1)?(12)のうちいずれかのメタルマスク材料を用いたことを特徴とする、メタルマスク。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、反り量が少なく、OLEDの高画素密度化に対応した精密なエッチングが可能なメタルマスク材料と、当該メタルマスク材料を用いたメタルマスクを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】製造例のメタルマスク材料の表面から7μmまでの深さと、当該深さ位置における{111}面の格子面間隔の測定結果を示すグラフである。
【図2】製造例のメタルマスク材料の表面下1μmから7μmまでの深さと、当該深さ位置における{111}面の格子面間隔の測定結果を示すグラフである。
【図3】製造例のメタルマスク材料の表面から10.0μmまでの{111}面の平均格子面間隔と、メタルマスク材料の反り量の関係を示すグラフである。
【図4】製造例のメタルマスク材料の表面から7.0μmまでの深さと、当該深さ位置における{111}面における回折ピークの半値幅の測定結果を示すグラフである。
【図5】製造例のメタルマスク材料の表面から7.0μmまでの{111}面における回折ピークの半値幅の平均値と、メタルマスク材料の反り量の関係を示すグラフである。
【図6】均一ひずみがX線回折ピークにおける回折角に与える影響と、不均一ひずみがX線回折ピークの半値幅に与える影響を説明する概略図である。
【図7】(A)、(B)は、メタルマスク材料の表面に対するX線の入射角度を変えることにより、斜角入射X線回折法を用いて測定されたX線回折パターンである。
【図8】(A)は、集中法光学系のX線回折法に基づいて観測された、メタルマスク材料のX線回折パターンであり、(B)は、集中法光学系のX線回折法による測定結果から得られた{200}面の平均間隔と、前記反り量との関係のグラフである。
【図9】各製造例に関し、メタルマスク材料の表面から7.0μmまでの深さと、{200}面の積分強度I_(200)に対する{111}面の積分強度I_(111)の比r(r=I_(111)/I_(200))との関係を示すグラフである。
【図10】r_(max)と、メタルマスク材料の反り量との関係を示すグラフである。
【図11】(A)は、各製造例のr(1)の値と反り量との関係を示すグラフであり、(B)は、各製造例のr(2)の値と反り量との関係を示すグラフであり、(C)は、各製造例のr(3)の値と反り量との関係を示すグラフである。
【図12-1】(a)、(b)は、試料No.a、bのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法を用いて、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットしたグラフと最小二乗近似直線である。
【図12-2】(c)?(e)は、試料No.c?eのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法を用いて、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットしたグラフと最小二乗近似直線である。
【図13】試料No.a?eのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法を用いて{220}面のX線回折ピークから算出された残留応力値と、残留応力値の誤差とをプロットしたグラフである。
【図14-1】(a)、(b)は、試料No.a、bのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法を用いて、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットしたグラフである。
【図14-2】(c)?(e)は、試料No.c?eのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法を用いて、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットしたグラフである。
【図15-1】試料No.a?eのそれぞれについて、近似曲線(6-5)のパラメータb,cと、反り量との関係を示すグラフである。
【図15-2】試料No.a?eのそれぞれについて、近似曲線(6-5)のパラメータd、eと、反り量との関係を示すグラフである。
【図16】製造例のメタルマスク材料のそれぞれの最終焼鈍温度と酸化皮膜厚との関係を示すグラフである。
【図17】オージェ電子分光装置を用いて測定された、メタルマスク材料の表面からの酸素濃度の深さプロファイルを示すグラフである。
【図18】有機EL発光材料を基板に蒸着させる工程と、当該工程におけるメタルマスクの使用状態を示す概略説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のメタルマスク材料及びメタルマスクについて詳述する。まず、本発明のメタルマスク材料の組成について説明する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0018】
[メタルマスク材料の化学組成]
本発明のメタルマスク材料は、以下の成分を含有し、残部は鉄及び不純物からなる。
【0019】
[Ni:35.0?37.0%]
ニッケル(Ni)は合金の熱膨張係数を低く抑えるための主要成分であり、そのためにはNi含有量を35.00%以上に調整することが必要である。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、熱間圧延後又は熱間鍛造後において、鋼中にベイナイト組織が生成しやすくなる。したがって、Ni含有量は37.0%以下である。
【0020】
[Co:0.00?0.50%]
Ni量との関連でその添加量を増していくと合金の熱膨張係数を一段と低下させることができる成分である。しかし、非常に価格の高い元素であるため、Co含有量の上限を0.50%とする。
【0021】
[その他の成分]
本発明のメタルマスク材料の組成は、スピネル等の介在物を低減する観点から、鉄の一部を以下の組成に変えても良い。C、Ca、Mn、Si、Mg及びAlの含有量は0%であっても良い。
【0022】
[C:0.05%以下]
炭素(C)は、メタルマスク材料の強度を高める。しかしながら、Cが過剰に含有されれば、合金の炭化物由来の介在物が増加する。したがって、メタルマスク材料に含有しても良いC含有量は、0.05%以下にするとよい。
【0023】
[Ca:0?0.0005%]
カルシウム(Ca)は、硫化物に固溶して、硫化物を微細分散させ、硫化物の形状を球状化する。Ca含有量が低すぎれば、つまりS含有量に対するCa含有量が低すぎれば、Caが硫化物に固溶しにくく、硫化物が球状化されにくい。一方、Caが大きすぎれば、S含有量に対するCa含有量が高すぎ、硫化物に固溶しなかったCaが粗大な酸化物を形成し、エッチング不良を生じるおそれがある。このため、Ca量は0.0005%以下とすることが好ましい。Ca量の好ましい範囲は、0.0001%以下にするとよい。
【0024】
[Mn:0?0.70%]
マンガン(Mn)は、スピネルの生成を避けるため、Mg及びAlの代わりに脱酸剤として積極的に用いられる。しかし、Mn含有量が高すぎれば、粒界に偏析して粒界破壊を助長して、耐水素脆化性がかえって悪くなる。したがって、Mn含有量は、0.70%以下にすることが好ましい。Mn含有量の好ましい範囲は0.30%以下にするとよい。
【0025】
[Si:0?0.30%]
珪素(Si)は、スピネルの生成を避けるために、Mg、Alによる脱酸の代わりにMn、Siによる脱酸が積極的に行われる。しかし、Siは合金の熱膨張係数を増加させる。メタルマスク材料は、蒸着源から放出された有機EL発光材料がマスク孔を通過できるように、200℃程度の温度環境下で使用される場合がある。そのため、本発明のメタルマスク材料は、Siは0.30%以下に制限される。脱酸生成物のMnO-SiO_(2)はガラス化した軟質の介在物であり、熱間圧延中に延伸及び分断されて微細化される。そのため、耐水素脆化特性が高まる。一方、Si含有量が0.30%を超えれば、強度が高くなり過ぎる。この場合、合金の加工性が低下する。Si含有量の好ましい範囲は0.01%以下にするとよい。
【0026】
[Mg:0?0.0005%]
マグネシウム(Mg)は鋼を脱酸する。しかし、Mg含有量が0.0005%を超えれば、粗大な介在物が生成してエッチング不良を生じるおそれがある。また、スピネルの生成を避けるためにMgの含有量は低い方が好ましい。したがって、Mg含有量は0.0001%以下とすることが好ましい。
【0027】
[Al:0?0.010%]
アルミニウム(Al)は鋼を脱酸する。一方、Al含有量が0.010%を超えれば、粗大な介在物が生成してエッチング不良を生じるおそれがある。また、スピネルの生成を避けるためにAlの含有量は少ない方が好ましい。したがって、Al含有量の好ましい範囲は0.001%以下にするとよい。
【0028】
[不純物]
本発明のメタルマスク材料の組成は、不純物として、P、S等の成分が挙げられる。不純物の含有量は、以下の範囲内に制限される。
【0029】
[P:0.030%以下;S:0.015%以下]
P、Sは、メタルマスク材料中にMn等の合金元素と結合して介在物を生成する元素であるので、P:0.030%以下、S:0.015%以下に制限される。好ましくは、P:0.003%以下、S:0.0015%以下にすると良い。
【0030】
[板厚]
本発明は、通常のマスク材料と同様に板厚50.00μm以下のメタルマスク材料に適用することができる。高精細のパターンを形成することが求められているため、板厚は薄くなる傾向にある。すなわち、板厚が30.00μm以下、25.00μm以下、20.00μm以下、15.00μm以下、10.00μm以下のメタルマスク材料に適用することができる。下限は、特に限定されないが、圧延による製造上の理由から5.00μmとしてよい。
【0031】
[反り量]
メタルマスク材料から、1辺100mmの正方形の試料を切り出し、当該試料の片側の面からエッチングすることにより前記試料の板厚の3/5を除去した後、エッチング後の試料を定盤上に載置する。前記載置された試料の4角の定盤からの浮き上がり量のうち最大値を、そのメタルマスク材料の反り量とする。エッチング方法は特に限定しないが、前記サンプルの一方の面をレジストで保護した後、塩化第二鉄水溶液等のエッチング液中に前記サンプルを浸漬してもよい。
【0032】
反り量は小さければ小さいほどよく、5.0mm以下であればよい。好ましくは、反り量の上限を4.5mm、4.0mm、3.5mm、3.0mm、2.5mm、2.0mm、1.5mm、1.0mm、0.5mmとしてもよい。
【0033】
反り量は、定盤上に載置して測定することが、実際のマスク製造時のエッチングの状態に最も近い状態で評価することができる。従来は、短冊状のカットサンプルの上端を垂直定盤に接する状態で吊り下げ、カットサンプルの下端が垂直定盤から離れた距離(水平距離)を反り量としている例もある(特許文献9)。しかし、これでは長さ方向の曲がり量しか評価(2次元評価)していないため、面での反り量の評価(3次元評価)はできない。本発明で採用する面での反り量評価により、実際のマスク製造時に近い状態である3次元での反り量評価ができる。
【0034】
以下、本発明のメタルマスク材料及びその製造方法とメタルマスクについて、図面を参照しながら具体的実施形態を挙げて詳細に説明するが、本発明はこれらの具体的実施形態に限定されるものではない。
【0035】
ハーフエッチング前では、メタルマスク材料は平坦であり変形箇所は無いが、ハーフエッチング後、前述した反りが生じる。一方、メタルマスク材料をハーフエッチングする前後で前記メタルマスク材料の板厚が変化してメタルマスク材料の残留応力のバランスが変化するので、板厚方向のひずみの分布と、反り量は、関連する。
【0036】
本発明者らは、メタルマスク材料の板厚方向のひずみに直接的または間接的に関係するパラメータを特定すれば、そのパラメータを制御することによってメタルマスク材料の残留応力を制御できると考えた。従って、本発明の実施形態は、メタルマスク材料の板厚方向のひずみに直接的または間接的に関係するパラメータを制御することによって、反り量を抑制することを特徴とする。
【0037】
[第1実施形態]
まず、前記第1の態様の一例であるメタルマスク材料の第1実施形態について詳述する。
【0038】
メタルマスク材料の結晶構造は面心立方格子(fcc)であるので、すべり面は{111}面である。このことから、本発明者らは、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面間隔は、板厚方向の均一ひずみの分布と関連すると考え、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面間隔と、ハーフエッチング後の反り量との関係について鋭意研究を行った。
【0039】
その結果、板厚方向において斜角入射X線回折法にて測定される{111}面の平均格子面間隔と、バルクの平均の格子定数から算出される{111}面の平均格子面間隔との差が小さくなるように、メタルマスク材料を製造し、前記メタルマスク材料を用いることにより、反り量を低減できることを本発明者らは見出した。第1実施形態は、この知見に基づく。
【0040】
[{111}面の平均格子面間隔とハーフエッチング後の反り量との関係]
メタルマスク材料の板厚方向の{111}面間隔と、反り量との関係を以下の通り説明する。
【0041】
表1に示す製造条件にて、冷間圧延の圧下率と焼鈍温度を調整することにより、試料No.a?eのメタルマスク材料を製造した。これらのメタルマスク材料のそれぞれについて、下記の条件にて、厚さ方向の{111}面の格子面間隔を測定した。尚、試料No.a?eの組成は、Ni含有量が36.0%、残部は鉄及び不純物である。また、Al、Mg、Mn、Si、P、S等の不純物の含有量は、いずれも検出限界以下であった。表1の「最終焼鈍温度(℃)」とは、最終圧延工程後に行われるテンションアニール工程の焼鈍温度である。以下、特に断りが無い限り、最終圧延工程後に行われるテンションアニール工程の焼鈍温度を「最終焼鈍温度(℃)」という。
【0042】
表1の試料No.a?eのそれぞれを100mm角にカットして、前記カットされた試料の片面をレジストで覆い、次いで、板厚が2/5になるまで塩化第二鉄水溶液中に浸漬することによりハーフエッチングを行った。次いで、ハーフエッチング後の試料を定盤上に載置し、その試料の四隅の定盤からの浮き上がり高さの最大値を測定した。前記測定された最大値を、試料No.a?eのそれぞれのハーフエッチング後の反り量とした。
【0043】
【表1】

【0044】
前記厚さ方向の{111}面の格子面間隔の測定は、斜角入射X線回折法により行った。尚、前記X線回折装置の対陰極はCoであり、測定時の管電圧及び電流はそれぞれ40kV及び135mAとした。また、斜角入射X線回折法は、リガク製SmartLabの平行ビーム光学系を用いて行い、入射X線の光軸が試料の表面に対して角度(θ)0.2°、0.4°、0.6°、0.8°、1.0°、2.0°、3.0°、4.0°、5.0°、6.0°、8.0°、10.0°、12.0°、15.0°、20.0°のそれぞれになるようにX線を試料の表面に入射させた際における、前記試料へのX線質量吸収係数を計算し、算出されたX線質量吸収係数を表面垂直方向の侵入深さを換算した。入射側に5.0°のソーラースリット、受光側にソーラースリット5.0°を設置し、平行スリットアナライザー(PSA)なし、受光スリット1(RS1)=受光スリット2(RS2)=1.0mmとして測定した。
【0045】
図1に、平行ビーム光学系の前記入射角度毎に測定された表面垂直方向の侵入深さ(表面からの深さ)及び当該深さ位置における{111}面の格子面間隔の測定結果を示す。図1に示すように、表面から1μm深さまでの領域において、{111}面の格子面間隔の変化は大きいが、試料No.a?eのメタルマスク材料のいずれも同様の変化をしている。一方、表面から1μmの深さから7μmまでの領域において、{111}面の格子面間隔は、表面から1μm深さまでの領域における{111}面の格子面間隔の変化に比べて安定しているが、図2に示されるように、試料によって異なる変化をしている。
【0046】
斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔(単位:nm)は、表面下1.0μm以上の深さの領域における{111}面の格子面間隔を、斜角入射X線回折法により深さ毎に直接測定して平均化することによって求める。尚、斜角入射X線回折法によって{111}面の格子面間隔を測定する深さは、表面下1.45μmから7.11μmまでとすることが好ましい。
【0047】
図3は、試料No.a、b、c、d、eのメタルマスク材料のそれぞれについて、表面から10.0μmまでを斜角入射X線回折法を用いて測定して得られる{111}面の平均格子面間隔と、反り量との関係を示すグラフである。図3から分かるように、斜角入射X線回折法を用いて測定して得られる{111}面の平均格子面間隔が増加するに従って、反り量が減少している。
【0048】
試料No.a、b、c、d、eのメタルマスク材料(Fe-36mass%Ni)の{111}面の格子面間隔の基準値は、ハーフエッチング後の反り量が0となる{111}面の格子面間隔とした。前記{111}面の格子面間隔の基準値は、{111}面の平均格子面間隔をパラメータとする指数関数によりこれらの試料の反り量の測定値を近似して得られる。この近似曲線の縦軸の値(反り量)が0となる横軸の値が、前記{111}面の格子面間隔の基準値である。前記試料No.a、b、c、d、eのメタルマスク材料の{111}面の格子面間隔の基準値は、0.20763nmである。このように、前記斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔と、前記{111}面の格子面間隔の基準値(0.20763nm)との差の絶対値(ΔD)が0.00030nm以下で、反り量が5.0mm以下に減少する。
【0049】
尚、前記{111}面の格子面間隔の基準値として、試料No.a、b、c、d、eのメタルマスク材料を集中法により測定して得られたそれぞれのバルクの平均の格子定数から算出した{111}面の平均格子面間隔を用いても良い。但し、バルクの結晶配向に起因して、集中法を用いたX線回折法では{111}面の回折パターンを直接観測できない。そこで、集中法を用いたX線回折法を用いて、メタルマスク材料を構成する合金のバルクの平均の格子定数を測定し、以下の手段により、バルクの平均の格子定数から{111}面の平均格子面間隔(D_(L)(単位:nm))が算出される。
【0050】
まず、X線回折の集中法により測定した前記入射角度(2θ)からNelson-Riley関数1/2×{cos^(2)θ/sin^(2)θ+(cos^(2)θ)/θ}の値を算出し、得られた値をx座標に、Braggの回折条件から得られた{111}面の平均格子面間隔をy座標にしてプロットする。次に、最小二乗法によって得られる直線のy切片の値を求め、この値を{111}面の平均格子面間隔として算出し、この値を「{111}面の格子面間隔の基準値」として用いても良い。
【0051】
第1実施形態に係るメタルマスク材料は、この知見に基づくものであって、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔が下記(1-1)および(1-2)式を満足することを特徴とする。
ΔD≦0.00030・・・(1-1)
ΔD=|D_(M)-D_(L)|・・・(1-2)
但し、上記式中のD_(M)及びD_(L)の定義は、下記の通りである。
D_(M):斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔(単位:nm);
D_(L):{111}面の格子面間隔の基準値(単位:nm)又はバルクの平均の格子定数から算出される{111}面の平均格子面間隔(単位:nm)
【0052】
尚、Nelson-Riley関数以外に、Rietvelt法、又は非特許文献1等の文献値を用いて前記{111}面の格子面間隔の基準値を算出して、その算出された平均格子面間隔を前記D_(L)の値としても良い。また、ヴェガード則(Vegard’s law)を用いて、Ni含有量が35.0?37.0%の間にあるメタルマスク材料の{111}面の格子面間隔の基準値を算出しても良い。具体的には、Ni含有量(35.0%以上37.0%以下)が互いに異なるメタルマスク材料の{111}面の平均格子面間隔を測定し、前記測定された{111}面の平均格子面間隔から内挿又は外挿することによって、メタルマスク材料の{111}面の格子面間隔の基準値を算出しても良い。
【0053】
前述したように、前記斜角入射X線回折法によって得られる{111}面の平均格子面間隔D_(M)と、前記{111}面の格子面間隔の基準値(0.20763nm)との差の絶対値(ΔD)は、前記反り量に関係しており、前記ΔDは小さい程好ましい。従って、エッチング精度を更に高めるため、前記ΔDは0.00020以下にすることが好ましく、更に好ましくは、0.00015以下にすると良い。
【0054】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態について詳述する。
【0055】
格子ひずみには均一ひずみと不均一ひずみがあり、このうち、不均一ひずみは転位密度に関係する量である。非特許文献2に開示されるように、均一ひずみはX線回折ピークにおける回折角をシフトさせるのに対し、不均一ひずみはX線回折ピークの半値幅を拡げる効果がある(図6)。均一ひずみは、被測定物の微細構造を明らかにするものであって、微細構造は被測定物の残留応力に影響を与える。
【0056】
メタルマスク材料の結晶構造は面心立方格子(fcc)であるので、すべり面は{111}面である。このことから、本発明者らは、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面におけるX線回折ピークの半値幅は、板厚方向の均一ひずみ及び不均一ひずみの分布と関連すると考え、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面におけるX線回折ピークの半値幅と、前記反り量との関係について鋭意研究を行った。
【0057】
その結果、板厚方向において{111}面の平均半値幅を小さくなるようにメタルマスク材料を製造し、前記メタルマスク材料を用いることにより、前記反り量を低減できることを本発明者らは見出した。
【0058】
但し、{111}面の平均半値幅には、メタルマスク材料の板厚による影響を考慮する必要があると考えられる。何故なら、メタルマスク材料は微視的には「剛体」であり、メタルマスク材料の均一ひずみ及び不均一ひずみは、剛体としての変形ともいえる。また、{111}面の平均半値幅が同一であるメタルマスク材料であっても、曲げモーメントが大きければ変形の程度も少ないと考えられる。
【0059】
そこで、発明者らは、前記反り量は、{111}面の平均半値幅の大きさを曲げモーメントの逆数で補正した値を用いた方が、前記反り量をより適切に判定できると考えた。また、長方形のような板状体の曲げモーメントは板厚tに比例することから、発明者らは、前記反り量と、{111}面の平均半値幅の大きさとメタルマスク材料の板厚の逆数との関係を鋭意研究した結果、前記反り量は、前記メタルマスク材料の板厚の平方根の逆数に比例することを見出した。第2実施形態は、この知見に基づく。
【0060】
[{111}面の平均半値幅とハーフエッチング後の反り量との関係]
メタルマスク材料の板厚方向の{111}面の平均半値幅と、ハーフエッチング後の反り量との関係を以下の通り説明する。
【0061】
表1の試料No.a?eのメタルマスク材料のそれぞれについて、斜角入射X線回折法により板厚方向の{111}面の半値幅の測定を行った。
尚、斜角入射X線回折法の測定条件は、第1実施形態と同じ条件とした。また、前記半値幅の測定後、第1実施形態と同様にハーフエッチングを行い、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれの反り量を測定した。
【0062】
図4に、平行ビーム光学系の前記入射角度毎に測定された表面垂直方向の侵入深さ(表面からの深さ)及び当該深さ位置における{111}面の半値幅の測定結果を示す。図4に示すように、表面から1.45μm深さまでの領域において、{111}面の半値幅の変化は大きいが、試料No.a?eのメタルマスク材料のいずれも同様の変化をしている。一方、表面下1.45μmの深さから7.11μmまでの領域において、{111}面の半値幅は、表面下1.45μm深さまでの領域における{111}面の格子面間隔の変化に比べて安定しているが、試料によって異なる変化をしている。
【0063】
図5は、試料No.a、b、c、d、eのメタルマスク材料のそれぞれについて、表面下1.45μmの深さから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅と、前記反り量との関係を示すグラフである。但し、横軸の値は、{111}面の平均半値幅に板厚が考慮された値であって、下記の式で与えられる。
【数2】

【0064】
このグラフに示されるように、半値幅が減少するほど、反り量は減少することが分かる。すなわち、メタルマスク材料の転位密度の減少が進むほど、反り量が減少することが分かる。尚、本発明のメタルマスクは、メタルマスク材料と同一の材料で構成されるので、上記X(H_(w111),t)のtは、メタルマスクの板厚(μm)である。
【0065】
また、図5において、X(H_(w111),t)の値が0.550未満から反り量が急激に減少して反り量が6.0mm未満となり、X(H_(w111),t)の値が0.545以下で反り量が5.0mm以下になる。
【0066】
第2実施形態に係るメタルマスク材料は、この知見に基づくものであって、下記(2-1)式を満足することを特徴とするメタルマスク材料である。
【数3】

但し、上記式中のH_(w111)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅であり、tはメタルマスク材料及びメタルマスクの板厚(μm)である。
【0067】
尚、X(H_(w111),t)の値が0.540以下になると前記反り量は3.0mm以下に減少しており、X(H_(w111),t)の値が0.530以下になると前記反り量は2.0mm未満に減少している。このように、表面下1.45μmの深さから7.11μmまでのX(H_(w111),t)の値は0.545以下であり、好ましくは0.540以下、更に好ましくは、0.530以下である。
【0068】
[第3実施形態]
次に、第3実施形態について詳述する。
【0069】
メタルマスク材料の結晶構造は面心立方格子(fcc)であるので、すべり面は{111}面である。このことから、本発明者らは、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面間隔は、板厚方向の均一ひずみの分布と関連すると考え、メタルマスク材料の板厚方向の{111}面間隔と、前記反り量との関係について鋭意研究を行った。
【0070】
平行ビーム光学系のX線回折法である斜角入射X線回折法の場合、集中法光学系のX線回折法である対称反射型疑似集中法による測定と異なり、{111}面のX線回折ピークを測定することができ、その強度は、メタルマスク材料の表面に対するX線の入射角によって異なる。また、{111}面の積分強度は、図7(A)、(B)に示すように{200}面のX線回折の積分強度に比べてX線の入射角度による変化が大きいことを、本発明者らは見出した。
【0071】
【表2】

【0072】
尚、表2は、図7(A)の符号a?iの斜角入射X線回折パターンa?iの表面に対する入射角(°)及び図7(B)の符号a’?i’の斜角入射X線回折パターンa?iの表面に対する入射角(°)(試料の表面に対する入射X線の光軸の角度(θ)と、表面からの入射X線の侵入深さ(μm)を示す。
【0073】
また、斜角入射X線回折法により、{111}面の積分強度と{200}面の積分強度との比を、板厚方向に測定して比較したところ、メタルマスク材料の反り量が大きいほど、2?3μm深さ付近の{111}面の積分強度と{200}面の積分強度との比の変化は小さく、前記反り量が小さいほど、{111}面の積分強度と{200}面の積分強度との比の変化は大きいことを、本発明者らは見出した。
【0074】
また、2?3μm深さ付近の{111}面の積分強度と{200}面の積分強度との比の変化が極めて大きい場合、メタルマスク材料の反り量が小さくなることを、本発明者らは見出した。第3実施形態は、この知見に基づく。
【0075】
[r(=I_(111)/I_(200))とハーフエッチング後の反り量との関係]
メタルマスク材料の板厚方向におけるr(=I_(111)/I_(200))値と、ハーフエッチング後の反り量との関係を以下の通り説明する。
【0076】
表1の試料No.a?eのそれぞれについて、集中法光学系のX線回折法により{200}面のX線回折ピークを測定した。その結果を図8(A)に示す。また、集中法光学系のX線回折法による測定結果から得られた{200}面の平均間隔と、前記反り量との関係のグラフを図8(B)に示す。
【0077】
図8(B)からは、{200}面の平均間隔と前記反り量との間には、相関関係が存在しないと考えられる。
【0078】
前記厚さ方向の{111}面の格子面間隔、{111}面の積分強度I_(111、){200}面の積分強度I_(200)の測定は、斜角入射X線回折法により行った。
尚、前記X線回折装置の対陰極はCoであり、測定時の管電圧及び電流はそれぞれ40kV及び135mAとした。また、斜角入射X線回折法は、リガク製SmartLabの平行ビーム光学系を用いて行い、入射X線の光軸が試料の表面に対して角度(θ)0.2°、0.4°、0.6°、0.8°、1.0°、2.0°、3.0°、4.0°、5.0°、6.0°、8.0°、10.0°、12.0°、15.0°、20.0°のそれぞれになるようにX線を試料の表面に入射させた際における、前記試料へのX線質量吸収係数を計算し、算出されたX線質量吸収係数を表面垂直方向の侵入深さを換算した。入射側に5.0°のソーラースリット、受光側にソーラースリット5.0°を設置し、平行スリットアナライザー(PSA)なし、受光スリット1(RS1)=受光スリット2(RS2)=1.0mmとして測定した。その結果を表3及び図9に示す。
【0079】
【表3】

【0080】
{200}面の積分強度I200を基準とする{111}面の積分強度I111の大きさ(r値)は、{111}面の間隔と反り量との関係を反映すると予想される。尚、前記積分強度は、X線回折装置の評価ソフトを用いて、X線回折ピークのバックグラウンドを除去し、バックグラウンド除去後のX線回折ピークに分割型Voigt関数を用いてフィッティングすることによって得られる。
また、表3及び図9の結果に基づいて、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれについて、表面から1.00μmの深さから7.00μmまでの領域における{111}面の平均格子面間隔(ave-d)、rの最大値(r_(max))を測定した。また、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれについて引張強度(TS)を測定した後、第1実施形態と同様にハーフエッチングを行い、反り量を測定した。その結果を表4に示す。
【0081】
【表4】

【0082】
図9に示すように、試料No.c、dは、表面下1.45μmから7.11μmまでの深さにおいて、試料No.a、b、eに比べて、r_(max)値が大きく変化している。一方、表4によれば、試料No.c、dのメタルマスク材料は、ハーフエッチング後、No.a、bに比べて、反り量が少なかったことがわかる。
【0083】
図10は、r_(max)と、前記反り量との関係を示すグラフである。試料b、eは強加工の影響を有しており、その分布をGauss関数で近似した。また、試料a、b、c、dはランダムなミクロ組織を有しており、r_(max)値が試料eに近づくに従い反り量が増える。このことから、試料a、b、c、dのランダムなミクロ組織と強加工によるミクロ組織とがハーフエッチング後の反り量に対して協同的に作用していると考えられるので、試料a、b、c、dのr_(max)値と反り量との関係をHillの式で近似した。試料a、bは、強加工成分とランダム成分の両方を有しており、つまり中間の組織は不均一性が大きいため本発明の範囲から外れる。図10に示されるように、r_(max)が以下の式(3-1)又は(3-2)を満たす場合、反り量が5.0mm未満になることが分かる。
r_(max)<9.5・・・(3-1)
r_(max)≧20 ・・・(3-2)
【0084】
第3実施形態に係るメタルマスク材料は、この知見に基づくものであって、下記(3-1)式又は(3-2)式のいずれかを満足することを特徴とする。
r_(max)<9.5・・・(3-1)
r_(max)≧20 ・・・(3-2)
r=I_(111)/I_(200)・・(3-3)
但し、I_(111)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度;
I_(200)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{200}面の積分強度;
r_(max)は、(3-3)式で定義される強度比rの最大値である。
【0085】
式(3-1)の場合、すなわち、r_(max)<9.5の場合は、均一に結晶配向が進み、エッチングによって除去された部分の応力を補えるほどの大きな残留応力が導入され、逆に反り難くなる効果がある(図10中の「強配向」と記した部分)。これは、強配向の効果である。他方、式(3-2)の場合、すなわち、r_(max)≧20の場合は、回折強度比がよりランダムに近づくことを意味しており、組織がランダム化することにより、エッチング後の残留応力のバランスの崩れを抑制する効果がある(図10 符号「ランダム化」)。そのため、式(2)の場合も、反り難くなる効果がある。
【0086】
[第4実施形態]
次に、第4実施形態について詳述する。
【0087】
一般に、結晶方位によりエッチング速度に差異があることが知られており、材料が特定方位に強く配向していない場合に均一にエッチングされる。材料が特定方位に強く配向した場合は、特定方位が優先的にエッチングされ易くなる、又はエッチングされ難くなることで、エッチングが不均一になることで、エッチング精度が低下する。
【0088】
メタルマスク材料はFe-Ni系の合金であり、その主要な結晶面は(111)面、(200)面、(220)面、(311)面である。そこで、(111)面、(200)面、(220)面、(311)面のそれぞれの回折強度が板厚方向の均一ひずみの分布と関連すると考え、メタルマスク材料の(111)面、(200)面、(220)面、(311)面のそれぞれの回折強度と、ハーフエッチング後の反り量との関係について鋭意研究を行った。
【0089】
本発明者が各方位の配向度とエッチング性の関係を鋭意調査した結果、(200)面の回折強度が一定範囲以上であり、(311)面の回折強度が一定範囲以下かつ、(200)面及び(220)面の合計の回折強度が一定値以上の場合に、良好なエッチング性を示すことを見出した。すなわち、メタルマスク材料を均一かつ精度良くエッチングするためには、以下の式(4-1)?式(4-3)を満たすような、回折強度を有する材料を使用すれば良いことを見出した。さらに、以下の式(4-1)?式(4-3)につき、いずれか1つ以上の要件が満たされない場合、エッチング速度が部分的に不均一となり、エッチング精度が劣化することを見出した。第4実施形態は、この知見に基づく。
【0090】
0.385≦I_(200)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-1)
I_(311)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}≦0.08・・・(4-2)
0.93≦{I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-3)
【0091】
[回折強度(I_(111),I_(200),I_(220),I_(311))とハーフエッチング後の反り量との関係]
メタルマスク材料の{111}面、{220}面、{311}面及び{200}面の回折強度と、ハーフエッチング後の反り量との関係を以下の通り説明する。
【0092】
前述したように、{111}面、{200}面、{220}面、{311}面のそれぞれの回折強度は、板厚方向の均一ひずみの分布と関連すると考えられる。そこで、表1の試料No.a?eのそれぞれについて、{111}面における回折強度I_(111)、{200}面における回折強度I_(200)、{220}面における回折強度I_(220)、{311}面における回折強度I_(311)の合計を基準としたときの回折強度I_(111)、I_(200)、I_(220)及びI_(311)のそれぞれの割合と、反り量との関係を下記のように調査した。
【0093】
尚、回折強度I_(111)、I_(200)、I_(220)及びI_(311)は、それぞれ、X線回折装置の評価ソフトを用いて、集中法X線回折によって得られたX線回折ピークからバックグラウンドを除去し、バックグラウンド除去後のX線回折ピークに分割型Voigt関数を用いてフィッティングすることによって得られる。
【0094】
尚、前記X線回折装置の対陰極はCoであり、測定時の管電圧及び電流はそれぞれ40kV及び135mAとした。
【0095】
また、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれについて、以下の式で与えられるr(1)、r(2)及びr(3)の値をそれぞれ測定した。
r(1)=I_(200)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}
r(2)=I_(311)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}
r(3)={I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}
また、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれについて引張強度(TS)を測定した後、第1実施形態と同様にハーフエッチングを行い、反り量を測定した。その結果を表5に示す。
【0096】
【表5】

【0097】
図11(A)は、r(1)の値とメタルマスク材料のハーフエッチング後の反り量との関係を示すグラフであり、図11(B)は、r(2)の値とメタルマスク材料のハーフエッチング後の反り量との関係を示すグラフであり、図11(C)は、r(3)の値とメタルマスク材料のハーフエッチング後の反り量との関係を示すグラフである。図11(A)?(C)に示されるように、反り量が5.0mm以下の試料No.c?eは、いずれも以下の式(4-1)?(4-3)の条件を満たすことが分かる。
0.385≦r(1)=I_(200)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-1)
r(2)=I_(311)/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}≦0.08・・・(4-2)
0.93≦r(3)={I_(220)+I_(200)}/{I_(111)+I_(200)+I_(220)+I_(311)}・・・(4-3)
【0098】
[第5実施形態]
次に、第5実施形態について詳述する。
【0099】
前述したように、メタルマスク材料の主要な結晶面は(111)面、(200)面、(220)面、(311)面である。そこで、発明者らは、これらの結晶面の回折強度がメタルマスク材料の残留応力のバランスと関連すると考えた。
【0100】
X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて残留応力を測定する場合、低角のピークは光学的誤差などの影響があるため、残留応力は、通常、高角の回折ピークを用いて測定される。そこで、本発明者らは、X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて、メタルマスク材料の{220}面の回折ピークと残留応力との関係を鋭意研究した。
【0101】
その結果、{220}面の回折ピークに基づいてX線応力測定法を用いて残留応力を測定した際、残留応力のみならず算出される誤差との組み合わせが、ハーフエッチング後の反り量と関係することを見出した。第5実施形態は、この知見に基づく。
【0102】
[残留応力値および誤差と反り量との関係]
メタルマスク材料の残留応力値の誤差σと、ハーフエッチング後の反り量との関係を以下の通り説明する。
【0103】
表1の試料No.a?eのそれぞれについて、表6の条件にてX線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて残留応力値(R)を測定した。
【0104】
まず、集中法光学系のX線回折法を用いて、試料面の法線方向と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と、前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))を測定した。
【0105】
次いで、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該角度Ψにおけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットした。試料No.a?eのそれぞれについて、前記座標がプロットされたグラフを図12-1及び図12-2に示す。
【0106】
各Ψ角の全ての座標から最小二乗近似直線を求め、その直線の傾き(Slope)に応力定数Kを乗じた値を応力の値とした。尚、残留応力値(R)の算出式は、下記の式(5-2)の通りである。残留応力値(R)の算出に用いた各定数を表7に示す。尚、図12-1及び図12-2の「近似直線(5-2)」は、試料No.a?eのそれぞれのグラフにおける式(5-2)に定義される最小二乗近似直線である。
R=Slope×K=Slope×{-E/(2×(1+ν))}×cotθ_(0)×π/100・・・(5-2)
【0107】
表1の試料No.a?eについて、前述のX線応力測定法(sin^(2)Ψ)により算出された残留応力値と、前記式(5-2)を用いて残留応力値を算出する際の誤差を表8に示す。尚、前記「誤差」とは、集中法光学系のX線回折法を用いて、試料面の法線方向と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と、前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))との関係を最小二乗法により前記式(5-2)で近似することに生じる誤差である。また、表1のメタルマスク材料の試料No.a?eのそれぞれについて引張強度(TS)を測定した後、第1実施形態と同様にハーフエッチングを行い、反り量を測定した。その結果を表8に示す。
【0108】
【表6】

【0109】
【表7】

【0110】
【表8】

【0111】
縦軸を「誤差(MPa)」の値とし、横軸を「残留応力(MPa)」の値とするグラフ上に、試料No.a?eの残留応力値(MPa)及び誤差(MPa)をプロットすると、図13に示されるようになる。試料No.c、d、eは、反り量が5.0mm未満であり、以下の式(5-1)を満たしている。これに対して、反り量が5.0mm超になった試料No.a、bは、式(5-1)を満たしていない。第5実施形態に係るメタルマスク材料は、この知見に基づくものであって、下記(5-1)式を満足することを特徴とする。
【0112】
σ≦α+β×R+γ×R^(2)・・・(5-1)
但し、α=211.1;β=5.355;γ=0.034886;上記式中のRは、集中法X線回折によって得られる残留応力値であり、σは前記集中法X線回折によって得られる残留応力値の誤差である。
【0113】
σは、非特許文献3に開示された方法により算出することができる。具体的には、下記式に示されるように、前記集中法X線回折の測定点数nから2を減じた自然数(n-2)を自由度とするt分布における信頼率(1-k)の値を用いて、σを算出しても良い。
【0114】
【数4】

【数5】

【数6】

【0115】
上記式において、t(n-2,k)は、前記集中法X線回折の測定点数nから2を減じた自然数(n-2)を自由度とするt分布における信頼率(1-k)の値である。尚、本発明において、前記信頼率(1-k)は、1信頼区間とすることが好ましい。
【0116】
このように、表1の試料No.a?eについて、前述のX線応力測定法(sin^(2)Ψ)により算出された残留応力値と、前記X線応力測定法を用いて残留応力値を算出する際の誤差との関係が前記式(5-1)を満たさない場合、そのメタルマスク材料は、前記反り量が5.0mm超となる。
【0117】
[第6実施形態]
次に、第6実施形態について詳述する。
【0118】
前述したように、メタルマスク材料の主要な結晶面は(111)面、(200)面、(220)面、(311)面である。そこで、発明者らは、これらの結晶面の回折強度がメタルマスク材料の残留応力のバランスと関連すると考えた。
【0119】
X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて残留応力を測定する場合、低角のピークは光学的誤差などの影響があるため、残留応力は、通常、回折角を精度よく測定可能な高角の回折ピークを用いて測定される。そこで、本発明者らは、X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて、メタルマスク材料の{220}面の回折ピークと残留応力との関係を鋭意研究した。
【0120】
その結果、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットすると、実際には深さ方向の応力の分布が得られる。このグラフの近似式のパラメータは、ハーフエッチング後の反り量と関係することを見出した。
【0121】
また、たわみは、断面二次モーメントに反比例する。この点に着目して、メタルマスク材料の断面二次モーメントで前記近似式のパラメータを除算したところ、厚みの変動に大きく影響を受けないで、ハーフエッチング後の反り量を予測できることを見出した。
【0122】
[残留応力値の誤差と反り量との関係]
メタルマスク材料の残留応力値の誤差σと、ハーフエッチング後の反り量との関係を以下の通り説明する。
【0123】
表8の試料No.a?eの残留応力は、それぞれ、図12-1(a)、(b)及び図12-2(c)?(e)のそれぞれにプロットされた座標を直線近似することにより算出された。
【0124】
しかし、実際には、前記プロット点はうねりを持っている。これは深さ方向の残留応力の分布として考えられる。これを曲線近似することにより、深さ方向の残留応力の分布を、曲線から定量的に議論、比較することができる。
【0125】
図14-1及び図14-2に示されたように、図12-1(a)、(b)及び図12-2(c)?(e)のそれぞれにプロットされた座標は、以下の曲線によって近似できることを本発明者らは見出した。尚、図14-1及び図14-2の「近似曲線(6-5)」は、試料No.a?eのそれぞれのグラフにおける下記(6-5)式に定義される近似曲線である。図14-1及び図14-2の「近似曲線(6-5)」のパラメータa?eの値は、表9に示す通りである。
【0126】
2θ=a+b×sin^(2)Ψ+c×sin(d×sin^(2)Ψ+e)・・・(6-5)
【0127】
【表9】

【0128】
図15-1及び図15-2に、ハーフエッチング後の反り量と、前記パラメータb?eとの関係を示す。これらのグラフから分かるように、前記近似曲線(6-5)のパラメータb?eが以下の条件(6-1)?(6-4)を満たすときに、ハーフエッチング後の反り量が5.0mmになる。尚、Iは断面形状が長方形の場合の断面二次モーメントに比例するパラメータであって、t=25μmでI=1となるように、zの値を決定し規格化した。尚、試料No.eのパラメータIの値は、1.728である。
【0129】
b/I≦0.09・・・(6-1)
0.02≦|c|・・・(6-2)
d/I≦12・・・(6-3)
2≧|e|/I・・・(6-4)
但し、I=(z×t^(3))/12
t:試料厚み(μm)
z:0.000768
【0130】
第6実施形態に係るメタルマスク材料は、このような知見に基づくものであって、下記(6-5)式のb、c、d、eが下記条件(6-1)?(6-4)の条件を満たすことを特徴とする。
b/I≦0.09・・・(6-1)
0.02≦|c|・・・(6-2)
d/I≦12・・・(6-3)
2≧|e|/I・・・(6-4)
2θ=a+b×sin2Ψ+c×sin(d×sin2Ψ+e)・・・(6-5)
但し、I=(z×t^(3))/12
t:板厚(μm)
z:0.000768
【0131】
式(6-5)は、表6の条件によるX線残留応力測定で得られる、面法線と{220}面法線とが成す角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))のデータを用い、横軸をsin2Ψ、縦軸を2θ(deg)としたときの近似曲線である。近似曲線は、最小二乗法によって求める。
【0132】
[酸化皮膜厚]
前述した第1実施形態?第6実施形態を含む本発明のメタルマスク材料は、オージェ電子分光法により測定された酸化皮膜厚が4.5nm以下であることが好ましい。ここで、「オージェ電子分光法により測定された酸化皮膜厚」とは、オージェ電子分光法によってメタルマスク材料の表面(深さ位置0)から深さ方向に検出された酸素濃度の最大値の1/2となる深さ位置をいう。表面からの深さは、スパッタリングレートとスパッタリング時間との積より換算して得られる。前記スパッタリングレートは、既知の酸化皮膜厚の標準試料であるシリコン熱酸化膜を用いて、使用するオージェ電子分光装置のイオン銃によるイオンスパッタリングを行い、酸素濃度が1/2となる時点をSiO_(2)とSiとの界面に到達した時間とし、既知の酸化皮膜厚と前記界面に到達した時間から、算出されたものである。
【0133】
オージェ電子分光法により測定された酸化皮膜厚が4.5nm超の場合、エッチング時の生産性が低下し、エッチング精度が落ちるため不適である。一方、酸化皮膜厚が4.5nm以下とすることによって、エッチング時の生産性が上がり、エッチング精度も良くなる点で好適である。前記酸化皮膜厚が薄い程好ましいが、酸化皮膜を完全に無くすことは困難なので、酸化皮膜厚は0.5nm以上あっても良い。酸化皮膜厚は、好ましくは3.0nm以下、より好ましくは、2.8nm以下である。
【0134】
[0.2%耐力]
本発明のメタルマスク材料及び本発明のメタルマスクの0.2%耐力は、330MPa以上850MPa以下であることが好ましい。なお、0.2%耐力は、常温での測定値である。0.2%耐力が330MPa未満では、エッチング工程や搬送の取り扱いによる皺や折れの発生により、生産性が低下する問題が起きる可能性がある。なお、鋼箔の0.2%耐力は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定される。試験片の形状は13B号、引張方向は圧延方向とする。鋼箔の皺や折れを防止する観点からは、特に、0.2%耐力の上限を限定する必要はない。しかしながら、取り扱いの容易性、及び工業的な圧延による加工硬化によって強度を得る際の安定性やエッチング後の反りとの相関を考慮すると、850MPaが鋼箔の0.2%耐力の実質的な上限となる。
【0135】
[平均算術表面粗さ]
また、本発明のメタルマスク材料は、圧延方向に対して直角方向の平均算術表面粗さRaが0.02μm以上0.10μm以下であることが好ましい。エッチング前にレジスト塗布を行う際、表面粗度が細かい方がレジストと材料の密着性が良くなり、非エッチング箇所へエッチング液が浸透し難くなる。そのため、エッチング後の部品寸法のバラつきを抑えることが可能になる。Ra:0.02μm以上0.10μm以下に調整するには、円周方向と直角方向のロール表面粗さRa:0.01μm以上0.30μm以下のロールを使用し、圧延速度を1.5m/s以上にて冷間圧延する等の方法を用いることができる。
【0136】
[本発明のメタルマスク材料の製造方法]
本発明のメタルマスク材料の製造方法に関する実施形態を説明する。但し、その製造方法は以下に示す第7実施形態に係る製造方法に限定されることを意図しない。
【0137】
[第7実施形態]
まず、真空度が10^(-1)(Torr)以下の真空雰囲気中で原料を溶解し、目的とするメタルマスク材料の組成の溶湯を得る。この時、Mn、Si、Mg、Al等の脱酸剤を加えて溶湯の清浄度を高めてからスラブに鋳造する。尚、スラブの鋳造工程は、前述した鋼組成を有するFe-Ni合金を電気炉で溶製し、前記溶湯を精錬した後、連続鋳造により、厚さが150mm?250mmのスラブを製造する工程としても良い。また、エレクトロスラグ再溶解(Electro-Slag-Remelting)或いは真空アーク再溶解(Vacuum electro-Slag-Remelting)にて、鋳造工程を行っても良い。
【0138】
メタルマスク材料のスラブを熱間鍛造して鋼片を製造し、前記鋼片を3.0mm?200mm厚になるまで熱間圧延した後、コイリング(巻取工程)をする。コイリングされた前記熱間圧延板は、冷間圧延と焼鈍とを交互に行うことによって、板厚5.00μm以上50.00μm以下のメタルマスク材料に形成される。熱間鍛造工程及び熱間圧延工程における温度は、介在物の凝集を防ぐためにメタルマスク材料の融点未満の温度であり、好ましくは、メタルマスク材料の融点温度-500℃以上、メタルマスク材料の融点温度-200℃以下の範囲とすることが好ましい。
【0139】
冷間圧延の回数及び圧下率は特に制限されないが、最終圧延工程の圧下率が30.0%以上95.0%以下の範囲内になるように圧延を行うことが好ましい。また、複数回の冷間圧延において、最終圧延に向け圧下率を下げていくことが好ましい。エッチング後の反りは、圧延により導入された材料内部の残留ひずみに起因すると考えられ、このような残留ひずみは、冷間圧延後の焼鈍工程、特に最終焼鈍工程によって、冷間圧延で導入されたひずみが解放される。そのため、冷間圧延後に300?900℃の温度範囲で、4.0秒以上保定することが好ましい。最終焼鈍工程の好ましい温度範囲は、650?900℃である。
【0140】
前記温度範囲で保定する時間の長さ、昇温速度及び冷却速度は特に制限されないが、水素、一酸化炭素及び炭化水素(CH_(4)、C_(3)H_(8)等)ガス等の還元雰囲気化で行い、酸化皮膜厚を低減することが好ましい。
【0141】
冷間圧延での各段(各回の圧延)の圧下率および最終圧延の圧下率及び最終焼鈍温度を前述の範囲内で調整することにより、前述した第1実施形態?第6実施形態のメタルマスク材料のうちの少なくともいずれかを製造することができる。
【0142】
[本発明のメタルマスク]
本発明のメタルマスク材料は、エッチングによる反り量が低減されるため、本発明に係るメタルマスク材料は精度の高いエッチングが可能であって、この材料を用いて製造されるメタルマスクは、高精細な解像度のOLEDの製造等に好適に使用できる。
【0143】
[本発明のメタルマスクの製造方法]
本発明のメタルマスクの製造方法は、一般的な方法が適用でき、特に限定されるものではない。すなわち、本発明のメタルマスク材料の両面にレジストを形成した後、露光、現像する。その後、一方の面をウェットエッチングした後、レジストを除去し、エッチングされない保護層を形成する。その後、他方の面を上記と同様にウェットエッチングした後、レジストを除去することで、メタルマスク部が得られる。さらに、上記メタルマスク部に必要に応じてフレームを溶接することが可能である。レジストやエッチング液、保護層は一般的なものが適用できる。具体的には、レジストは、ドライフィルムの貼り付け、感光材の塗布等から選ばれる手法が使用できる。エッチング液は、塩化第二鉄液等の酸性溶液を浸漬またはスプレーする手法が適用できる。保護層は上記エッチング液に対する化学的耐性を有するものであればよい。
【実施例】
【0144】
以下、本発明の実施例を示すが、これらは本発明をより良く理解するために提供するものであり、本発明が限定されることを意図するものではない。
【0145】
[実施例1]
表10、11の条件にて、冷間圧延の圧下率と焼鈍温度を調整することにより、試料No.1?6のメタルマスク材料を製造した。表10に記載された元素成分は、試料No.1?6のメタルマスク材料の組成であり、表10の”CC”は連続鋳造によってスラブが製造されたことを示す。また、最終焼鈍は、水素ガス雰囲気化で4.0秒以上保定することにより行った。
【0146】
【表10】

【0147】
【表11】

【0148】
オージェ電子分光装置(アルバック・ファイ社製:型式SAM670X)を用いて、試料No.1?6のメタルマスク材料の酸化皮膜厚を測定した。前記試料は、図17に示すような酸素濃度の深さプロファイルを有する。各試料No.1?6の酸素濃度の深さプロファイルにおいて、酸素濃度の最大値に対して、1/2の酸素濃度になった深さを、当該試料の酸化皮膜厚とした。
【0149】
本発明例のメタルマスク材料の酸化皮膜厚は、図16に示すように3.5nm未満であった。これらの試料No.1?6のそれぞれを100mm角にカットして、前記カットされた試料の片面をレジストで覆い、次いで、板厚が2/5になるまで塩化第二鉄水溶液中に浸漬することによりハーフエッチングを行った。試料No.2?6の反り量は、いずれも5.0mm以下であった。これに対して、試料No.1は、反り量が5.0mm超であった。前記反り量の測定結果を表11に示す。尚、図16の符号「a」は、表1の試料No.aの酸化皮膜厚の測定結果を示す。但し、試料No.aの最終焼鈍温度(℃)は、500℃である。試料No.1の酸化皮膜厚は2.9nm、試料No.4?6の酸化皮膜厚は2.8nm以下であった。
【0150】
試料No.1?6のそれぞれについて、集中法に基づくX線回折法によってバルクの平均の格子定数を測定し、その測定結果を用いて{111}面の平均格子面間隔D_(L)(単位:nm)を算出した。具体的には、試料No.1?6のそれぞれについて、集中法に基づくX線回折測定を行い、バルクの平均の格子定数を測定した。次いで、集中法に基づくX線回折測定における回折角度(2θ)からNelson-Riley関数1/2×{cos^(2)θ/sin^(2)θ+(cos^(2)θ)/θ}の値を算出し、得られた値をx軸に、Braggの回折条件から得られた{111}面の平均格子面間隔をy軸にプロットし、次いで、最小二乗法によって得られる直線のy切片の値を求め、この値を、バルクの平均の格子定数から算出される{111}面の平均格子面間隔(D_(L))とした。このようにして算出された試料No.1?6のD_(L)は、0.20762nmであった。
【0151】
また、試料No.1?6のそれぞれについて、斜角入射X線回折法によって{111}面の平均格子面間隔を測定し、下記式(1-2)で定義されるΔDの値を算出した。
ΔD=|D_(M)-D_(L)|・・・(1-2)
但し、D_(M)は、斜角入射X線回折法によって得られる、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔(単位:nm)である。
【0152】
試料No.2?6は、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均格子面間隔が下記式(1-1)を満たしている。
ΔD≦0.00030・・・(1-1)
【0153】
試料No.1?6の|ΔD|、D_(M)、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)、ハーフエッチングの反り量の各測定結果を表12に示す。尚、表12の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。
【0154】
【表12】

【0155】
[実施例2]
表10及び表11の試料No.1?6のそれぞれについて、斜角入射X線回折法を用いて表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅(H_(w111))を測定して、下記式X(H_(w111),t)の値を求めた。また、試料No.1?6のそれぞれについて、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)及びハーフエッチングの反り量を測定した。これらの測定結果を表13に示す。尚、表13の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。試料No.2?6は、ハーフエッチングの反り量が5.0mm以下であり、試料No.3?6は、表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の平均半値幅が下記式(2-1)を満たしている。
【数7】

【0156】
【表13】

【0157】
[実施例3]
表10及び表11の試料No.1?6のそれぞれについて、斜角入射X線回折法を用いて表面下1.45μmから7.11μmまでの{111}面の積分強度I_(111)及び{200}面の積分強度I_(200)を測定して、{200}面の積分強度I_(200)に対する{111}面の積分強度I_(111)の積分強度比r(=I_(111)/I_(200))を求めた。前記積分強度比rのうち、最大値r_(max)を表14に示す。また、試料No.1?6のそれぞれについて、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)及びハーフエッチングの反り量を測定した。これらの測定結果を表14に示す。表14の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。
【0158】
試料No.2?6は、前記r_(max)が下記式(3-1)又は(3-2)のいずれかを満たしている。
r_(max)<9.5・・・(3-1);r_(max)≧20・・・(3-2)
【0159】
【表14】

【0160】
[実施例4]
表10及び表11の試料No.1?6のそれぞれについて、集中法X線回折により{111}面、{200}面、{220}面、{311}面のそれぞれの回折強度を測定した。また、測定結果を用いて、前述した式で定義されるr(1)?r(3)のそれぞれの値を求めた。
【0161】
試料No.1?6のそれぞれのr(1)、r(2)及びr(3)の値を表15に示す。また、試料No.1?6のそれぞれについて、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)及びハーフエッチングの反り量を測定した。これらの測定結果を表15に示す。尚、表15の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。試料No.2?6は、前述した式(4-1)?式(4-3)をいずれも満たしている。
【0162】
【表15】

【0163】
[実施例5]
表10及び表11の試料No.1?6のそれぞれについて、表6の条件にて、集中法光学系のX線回折法を用いて、試料面の法線方向と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と、前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))を測定した。次いで、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットした。各Ψ角の全ての座標から最小二乗近似直線を求め、X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて残留応力値を測定した。また、前記最小二乗近似直線を用いた近似により生じる誤差を算出した。前記残留応力の測定値及び前記誤差を表16に示す。尚、残留応力値の算出に用いた各定数として、表7に示された値を用いた。
【0164】
また、試料No.1?6のそれぞれについて、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)及びハーフエッチングの反り量を測定した。これらの測定結果を表16に示す。尚、表16の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。
【0165】
試料No.1?6のそれぞれについて、下記式で求められるY値を算出して、算出されたY値と、前記集中法X線回折によって得られる残留応力値Rの誤差σとを比較した。前記誤差σは、前述したように、前記集中法X線回折の測定点数から2を減じた自然数を自由度とするt分布において、1信頼区間に対する前記t分布の値を用いて算出した。
【0166】
Y=α+β×R+γ×R^(2)
但し、α=211.1;β=5.355;γ=0.034886;上記式中のRは、集中法X線回折によって得られる残留応力値である。
【0167】
表16に示されるように、試料No.1のY値は誤差σよりも小さく、試料No.2?6のY値は誤差σよりも大きい。すなわち、試料No.1は前記式(5-1)を満たしておらず、試料No.2?6は前記式(5-1)を満たしている。
【0168】
【表16】

【0169】
[実施例6]
表10及び表11の試料No.1?6のそれぞれについて、表6の条件にて、集中法光学系のX線回折法を用いて、試料面の法線方向と{220}面法線との成す角度(Ψ(deg))と、前記角度Ψにおける{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))を測定した。次いで、縦軸を「2θ(deg)」の値とし、横軸を「sin^(2)Ψ」の値とするグラフ上に、各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値を座標としてプロットした。各Ψ角の全ての座標から最小二乗近似直線を求め、X線応力測定法(sin^(2)Ψ法)を用いて残留応力値を測定した。
【0170】
また、前記最小二乗近似直線を用いた近似により生じる誤差を算出した。前記残留応力の測定値及び前記誤差を表18に示す。前記誤差σは、前述したように、前記集中法X線回折の測定点数から2を減じた自然数を自由度とするt分布において、1信頼区間に対する前記t分布の値を用いて算出した。尚、残留応力値の算出に用いた各定数として、表7に示された値を用いた。
【0171】
また、試料No.1?6のそれぞれについて、引張強さ(TS)、降伏強度(YS)及びハーフエッチングの反り量を測定した。これらの測定結果を表18に示す。尚、表18の降伏強度(YS)は、JIS Z2241に規定する金属材料引張試験方法に準拠する試験方法に基づいて測定された0.2%耐力である。
【0172】
また、試料No.1?6のそれぞれについて、前記各Ψ角における{220}面の回折ピーク位置(2θ(deg))及び当該Ψ角におけるsin^(2)Ψの値からなる座標のグラフを前記(6-5)式に定義される近似曲線で近似した。試料No.1?6のそれぞれに関する近似曲線(6-5)のパラメータa?eは、表17の通りである。試料No.2?6の前記パラメータa?eは、前記(6-1)式?(6-4)式を満たしている。尚、試料No.1?6の板厚は25μmなので、いずれもI=1.0である。
【0173】
【表17】

【0174】
【表18】

【産業上の利用可能性】
【0175】
本発明のメタルマスク材料は、エッチングによる反り量が低減されるので、精度の高いエッチングが可能であって、本発明に係るメタルマスクは、高精細な解像度のOLEDの製造等に好適に使用できる。
【符号の説明】
【0176】
1・・・メタルマスク
1a・・・マスク孔
2・・・基板
3・・・有機EL発光材料の蒸着源
3a・・・有機EL発光材料
【図面】





















 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-08-16 
出願番号 特願2019-559127(P2019-559127)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (C22C)
P 1 651・ 537- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
P 1 651・ 536- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河野 一夫  
特許庁審判長 平塚 政宏
特許庁審判官 井上 猛
市川 篤
登録日 2020-05-14 
登録番号 特許第6704540号(P6704540)
権利者 日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
発明の名称 メタルマスク材料及びその製造方法とメタルマスク  
代理人 三橋 真二  
代理人 齋藤 学  
代理人 青木 篤  
代理人 青木 篤  
代理人 木村 健治  
代理人 福地 律生  
代理人 木村 健治  
代理人 齋藤 学  
代理人 福地 律生  
代理人 三橋 真二  

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