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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H03H
審判 査定不服 特174条1項 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H03H
管理番号 1099306
審判番号 不服2001-2259  
総通号数 56 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2000-11-14 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2001-02-15 
確定日 2004-07-08 
事件の表示 特願2000-121676「弾性表面波装置」拒絶査定に対する審判事件[平成12年11月14日出願公開、特開2000-315934]について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯・本願発明の要旨
本願は、平成8年7月9日(国内優先権主張平成7年10月13日)に出願された特願平8-179551号の一部を平成12年4月21日に新たな出願としたものであって、平成12年9月22日,平成13年3月19日,平成14年4月26日,平成14年9月13日付けの各手続補正書によって補正されており、現在の特許請求の範囲の請求項1~6には、以下のとおり記載されている。
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において、
前記電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成し、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置。
【請求項2】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項3】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.10倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項4】 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に42°の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項5】 前記電極パターンは、Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1~4のうち、いずれか一項記載の弾性表面波装置。
【請求項6】 請求項1~5のうち、いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置。」

2.平成14年11月15日付け拒絶理由について
(a)これに対して、当審で平成14年11月15日付けで通知した拒絶理由(以下、「拒絶理由(ア)」という。)は、以下のとおりである。
『 理 由

本件出願の平成14年9月13日提出の手続補正書の記載事項には、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲に含まれないものが含まれているので、この手続補正は、特許法第17条の2第3項の規定する要件を満たしていない。

本願の平成14年9月13日付け手続補正書は、願書に添付された明細書のうち、「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」の補正を目的とするものである。具体的には、
「特許請求の範囲」の記載を平成14年4月26日付け提出の手続補正書に記載されていたところの、
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなり、通過帯域が800MHz台~1GHz未満の弾性表面波装置において、
前記電極パターンは複数の共振器を構成し、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、
前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置。
【請求項2】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項3】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.10倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項4】 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に42°の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項5】 前記電極パターンは、Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1~4のうち、いずれか一項記載の弾性表面波装置。
【請求項6】 請求項1~5のうち、いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置。」
を、
「【特許請求の範囲】
【請求項1】 圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において、
前記電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成し、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置。
【請求項2】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項3】 前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.10倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項4】 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に42°の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置。
【請求項5】 前記電極パターンは、Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1~4のうち、いずれか一項記載の弾性表面波装置。
【請求項6】 請求項1?5のうち、いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置。」
と補正し、

又、発明の詳細な説明の欄の段落【0011】の記載を
「【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、前記の課題を、
請求項1に記載したように、
圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなり、通過帯域が800MHz台~1GHz未満の弾性表面波装置において、
前記電極パターンは複数の共振器を構成し、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、
前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置により、または
請求項2に記載したように、
前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項3に記載したように、
前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.10倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項4に記載したように、
前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に42°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項5に記載したように、
前記電極パターンは、Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1~4のうち、いずれか一項記載の弾性表面波装置により、または 請求項6に記載したように、
請求項1~5のうち、いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置により、解決する。」(平成14年4月26日付け提出の手続補正書により補正されたもの)から、
「【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、前記の課題を、
請求項1に記載したように、
圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において、
前記電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成し、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、 前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え46°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置により、または
請求項2に記載したように、
前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から46°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項3に記載したように、
前記電極パターンは、前記圧電基板上に励起される弾性表面波の波長の0.05~0.10倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に40°から44°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項4に記載したように、
前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に42°の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする請求項1記載の弾性表面波装置により、または
請求項5に記載したように、
前記電極パターンは、Al-Cu合金よりなることを特徴とする請求項1~4のうち、いずれか一項記載の弾性表面波装置により、または
請求項6に記載したように、
請求項1~5のうち、いずれか一項記載の前記共振器がラダー型に接続されることを特徴とする弾性表面波装置により、解決する。」と補正し、

また、段落【0069】を
「【0069】
【発明の効果】
請求項1~4記載の本発明の特徴によれば、LiTaO3基板のカット角を、基板表面に形成された電極の付加質量に対して最適化することにより、800MHz台から1GHz未満の通過帯域において損失が最小で、広い帯域幅を有し、角形比の優れた弾性表面波装置が得られる。」(平成14年4月26日付け提出の手続補正書により補正されたもの)から、
「【0069】
【発明の効果】
請求項1~4記載の本発明の特徴によれば、LiTaO3基板のカット角を、基板表面に形成された電極の付加質量に対して最適化することにより、損失が最小で、広い帯域幅を有し、角形比の優れた弾性表面波装置が得られる。」
と補正することが、その内容である。

すなわち、この手続補正は、特許請求の範囲の請求項1~6に係る発明においては、弾性表面波装置を構成する共振器の電極パターンは反射器を伴っていることを明記するのと併せて、本願発明の弾性表面波装置の通過帯域が800MHz台~1GHz未満であるという限定を削除したものである。

しかしながら、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面の記載によると、段落【0001】~【0010】には、
「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は一般に弾性表面波装置に関し、特にGHz帯域を含む高周波帯域において優れた通過帯域特性を有する弾性表面波装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
弾性表面波装置は、携帯電話等の小型・軽量かつ非常に高い周波数帯域で動作する無線通信装置の高周波回路において、フィルタあるいは共振器として広く使われている。かかる弾性表面波装置は一般に圧電単結晶あるいは多結晶基板上に形成されるが、電気機械結合係数k2が大きく、従って表面波の励振効率が高く、また高周波帯域において表面波の伝搬損失が小さい基板材料として、特にLiNbO3単結晶の64°回転Yカット板において表面波の伝搬方向をX方向とした64°Y-X LiNbO3基板(K. Yamanouti and K. Shibayama, J. Appl. Phys. vol.43, no.3, March 1972, pp.856)あるいはLiTaO3単結晶の36°回転Yカット板において表面波の伝搬方向をX方向として36°Y-X LiTaO3基板が広く使われている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、これらのカット角は、圧電結晶基板上に形成された電極の付加質量効果が無視できる場合に最適となるものであり、数百MHz以下の低周波帯域では励起される弾性表面波の波長が長いため有効であっても、最近の携帯電話等で必要とされているGHz帯域近傍での動作においては、電極の厚さが励起される弾性波波長に対して無視できなくなり、必ずしも最適とはならない。このような高周波帯域での動作では、電極の付加質量の効果が顕著に現れる。
このような非常に短波長域の動作においては、圧電基板上の電極の厚さを増加させ、見かけ上の電気機械結合係数を増大させることにより、弾性表面波フィルタの通過帯域幅あるいは弾性表面波共振器の容量比γを小さくすることが可能であるが、このような構成では電極から基板内部に向かって放射されるバルク波が増大し、表面波の伝搬損失が増大してしまう問題が生じる。かかるバルク波をSSBW(surface skimming bulk wave)と称し、またかかるSSBWを伴う表面波をLSAW(Leaky surface acoustic wave)と称する。厚い電極膜を使った弾性表面波フィルタにおけるLSAWの伝搬損失については、36°Y-X LiTaO3および64°Y-X LiNbO3基板について、Plessky他、あるいは Edmonson 他により解析がなされている(V. S. Plessky and C. S. Hartmann, Proc. 1993 IEEE Ultrasonics Symp., pp.1239 - 1242; P. J. Edmonson and C. K. Campbell, Proc. 1994 IEEE Ultrosonic Symp., pp75 - 79)。
【0004】
ところで、このような従来の36°Y-X LiTaO3あるいは64°Y-X LiNbO3等の、LSAWを使う従来の弾性表面波フィルタでは、電極膜厚が薄い場合、表面波の音速値とバルク波の音速値とが接近し、その結果フィルタの通過帯域内にバルク波によるスプリアスピークが出現してしまう(M. Ueda et al., Proc. 1994 IEEE Ultrasonic Symp., pp.143 - 146) 。
【0005】
図20は、上記 Ueda 他の文献による表面波フィルタにおいて、フィルタ通過帯域近傍に出現したバルク波によるスプリアスピークA,Bを示す。フィルタは36°Y-X LiTaO3基板上に構成され、励振波長の3%に相当する0.49μmの厚さのAl-Cu合金よりなる櫛形電極を形成されている。
【0006】
図20を参照するに、スプリアスピークBは330MHz近傍に形成された通過帯域外に生じているが、スプリアスピークAは通過帯域内に生じており、その結果通過帯域特性にリップルが生じているのがわかる。
【0007】
弾性表面波フィルタでは、表面波の音速は電極の付加質量、すなわち膜厚に依存するのに対し、SSBWの音速は電極の膜厚に依存しないため、GHz帯域のような高周波帯域での動作では、電極の膜厚が励振表面波波長に対して増加し、表面波の音速がバルク波に対して相対的に低下する。その結果、フィルタの通過帯域がスプリアスピークに対してシフトし、通過帯域特性が平坦化する。しかし、このように電極の膜厚が表面波波長に対して増大すると先にも説明したようにバルク放射によるLSAWの損失が増大してしまう。
【0008】
また、特にGHz帯のような非常に高周波帯域で動作する弾性表面波フィルタにおいては、櫛形電極の抵抗を減少させるためにも電極にある程度の膜厚を確保する必要があるが、そうなると先に説明した損失の増大および角形比の劣化の問題が避けられない。
【0009】
そこで、本発明は、このような従来の問題点を解決した、新規で有用な弾性表面波装置を提供することを概括的目的とする。
【0010】
本発明のより具体的な目的は、電極の膜厚に対して最適化されたカット角で切り出された圧電単結晶基板を有し、通過帯域を、バルク波に起因するスプリアスを回避して設定した弾性表面波装置を提供することにある。」
と記載され、

又、図4及びその説明である段落【0021】~【0022】には、
「【0021】
また、本発明では、通過帯域特性の角形比も回転角θにより変化し、特にGHz帯域では、従来使われている回転角θよりも高い角度で切り出されたLiTaO3基板が優れた通過帯域幅および角形比を与えることが見出された。図4,5は、それぞれかかるLiTaO3基板上に形成した弾性表面波フィルタの周波数温度特性および最小挿入損失の温度特性を示す。ただし、弾性表面波フィルタは、後で説明する図7の構成のものを使い、様々な回転角θのLiTaO3基板上に、電極膜厚が励振される弾性表面波の波長の10%になるように形成した。
【0022】
図4よりわかるように、フィルタは、基板の回転角、すなわちカット角θが36°Y,40°Y,42°Yおよび44°Yのいずれの場合にも、略同一の温度特性を示す。中心周波数が様々に変化しているのは、基板中の音速の違いと、試料作製条件のばらつきに起因するものであると考えられる。」
と記載され、

更に、本願発明の実施例について記載されている図10及びその説明である、段落【0041】~【0042】には、
「【0041】
図10は、図7(A),(B)弾性表面波フィルタについて実験的に得られた通過帯域特性を示す。図10中、実線はLiTaO3の42°Y-X基板を基板11として使った場合を、また一点破線は同じLiTaO3の36°Y-X基板を基板11として使った場合を示す。
【0042】
図10を参照するに、通過帯域特性は880MHz に中心周波数を有し、約40MHzの平坦な通過帯域で特徴づけられる。通過帯域外では減衰は急増するが、42°Y-X基板を使ったフィルタの方が、従来の36°Y-X基板を使ったものよりもより急峻な特性、従ってより優れた角形比を示すことがわかる。また、図10では、フィルタの通過帯域外にSSBWに起因するスプリアスピークA,Bが観測される。」
と記載されている。

すなわち、本願の願書に最初に添付した明細書又は図面の記載においては、その図20に示されるように、従来の36°Y-XLiTaO3等のLSAWを使う弾性表面波フィルタでは、電極膜厚が薄い場合、表面波の音速値とバルク波の音速値とが接近し、その結果、フィルタの通過帯域内にバルク波によるスプリアスピークが出現してしまうという問題点があり、例えば、図20に示されているように、スプリアスピークBは330MHz近傍に形成された通過帯域外に生じているが、スプリアスピークAは通過帯域内に生じており、その結果通過帯域特性にリップルを生じる点で問題があったが、弾性表面波フィルタにおいては、表面波の音速は電極の付加質量、すなわち膜厚に依存するのに対し、SSBWの音速は電極の膜厚に依存しないため、GHz帯域のような高周波帯域での動作では、電極の膜厚が励振表面波波長に対して増加し、表面波の音速がバルク波に対して相対的に低下し、その結果、フィルタの通過帯域がスプリアスピークに対してシフトし、スプリアスピークをフィルタの通過帯域外に追いやることが可能となり、通過帯域特性が平坦化すること、及び、GHz帯のような非常に高周波帯域で動作する弾性表面波フィルタにおいては、櫛形電極の抵抗を減少させるためにも電極にある程度の膜厚を確保する必要があるが、そうなると損失の増大や角形比の劣化の問題が避けられないが、LiTaO3単結晶基板の回転角θを従来の36°よりも高角度に設定することにより、GHz帯域において表面波の減衰が少なく、Qが高く、スプリアスピークA,Bをフィルタの通過帯域から外すことができ、角形比も優れた弾性表面波装置を得ることができたことが記載されており、又、図4及びその説明には、様々なカット角のLiTaO3基板について、形成された弾性表面波フィルタの温度依存性、特に中心周波数の温度依存性を示す図が記載されており、そこにおいて実験された中心周波数は、874~884MHzの間であり、又、発明の第1実施例として、図7(A),(B)に示されているフィルタを構成した場合、図10及びその説明の欄に記載されているように、通過帯域特性として、880MHzに中心周波数を有し、約40MHzの平坦な通過帯域で特徴づけられる周波数特性図が得られたことが記載されている(なお、「弾性表面波フィルタ」,「弾性表面波共振器」,「弾性表面波装置」,「弾性表面波素子」等各種の用語が用いられているが、「弾性表面波」を利用したものの総称が「弾性表面波素子」や「弾性表面波装置」であり、その用途に注目したものが「弾性表面波フィルタ」であり、その動作や作用等に注目したのが「弾性表面波共振器」といわれるのであって、それら用語の相違は何等格別な相違点を構成するものではない。)。そして、本願明細書中には、その他の周波数帯域における実施例は記載されていない。

したがって、これらの記載によると、本願願書に最初に添付された明細書又は図面に記載の発明においては、本願発明の弾性表面波装置が対象としている周波数帯域は、880MHz近傍のみであることは明らかであり、又、そこには、本願発明の弾性表面波装置が他の周波数帯域にも適用可能であるということは記載されておらず、又、そのことを示唆する記載も存在しない。

以上のとおりであるので、本願発明の弾性表面波装置の通過帯域が800MHz台~1GHz未満であるという限定を削除した部分は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の事項であるものとは認められない。
よって、この手続補正は、特許法第17条の2第3項に違反するものである。


最後の拒絶理由通知とする理由

最初の拒絶理由通知(平成14年7月9日付け)に対する応答時の補正によって通知することが必要となった拒絶の理由のみを通知する拒絶理由通知である。』
というものである。

(b)審判請求人の主張
上記拒絶理由(ア)に対して、審判請求人は、平成15年1月20日付けで意見書を提出し、以下のように主張している。
『(1) 審査官殿は平成14年11月15日付をもって、本件出願の平成14年9月13日提出の手続補正書の記載事項には、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲に含まれないものが含まれているので、この手続補正は、特許法第17条の2第3項の規定する要件を満たしていないとして、拒絶理由通知を寄せられた。
(2) 本請求人は、以下に上記拒絶理由に対する意見を申し述べます。
(3) 審判長殿は、本発明の弾性表面波装置の通過帯域が800MHz~1GHz未満であるという限定を削除したことは、明細書に記載されている周波数帯域が880MHZ近傍のみであり、他の周波数帯域にも適用可能であるという記載がないので、当初の明細書の記載の範囲内の事項でなく、特許法第17条の2第3項に違反すると認定されておられます。
しかし、以下のように、本発明の明細書には、本発明の弾性表面波装置が対象としてい周波数帯域は特定の周波数に限られないことが実質的に開示されています。
例えば、図2はカット角と伝播損失の関係を表す図ですが、この図は励起される表面波の波長(=周波数)が長波長(=低周波)だと本発明の効果が現れず、短波長(=高周波)だと本発明の効果が現れることを示しているものではありません。
黒丸で示した曲線において、h/λ=0(λ:励起される表面波の波長,h:電極の膜厚)で示した理由は、現在の技術では電極形成のプロセス上の制約やコスト上の制約から、電極膜厚をそれほど厚く形成できないので、波長が長くなると、h/λの値は実質的に0になってしまう、すなわち電極の質量付加効果を無視できるためです。つまり、現在の電極形成技術では、使用される波長(=周波数)が長波長(=低周波)だとh/λ=0で近似するのが現実的であり、その場合36°付近が最適のカット角となるが、もし将来電極形成技術が進歩してプロセス上の制約やコスト上の制約がなくなり、厚い電極が形成できるようになれば、長波長(=低周波)であっても、白丸で示した曲線のように最適角は高角度側にシフトする(=電極の質量付加効果を無視できない)ことになります。
このように図2において、長波長と短波長とで最適カット角が異なるように示されているのは、現在の電極形成技術の制約からくる電極膜厚の問題に起因するものであり、例示として現在の電極形成技術で問題なく電極を形成できるGHz帯域のような短波長領域を例にして、電極の質量付加効果による最適カット角のシフトという現象を説明したものです。従って、図2は、本発明が短波長(=高周波)領域でのみ適用可能であることを示すものではありません。本願明細書では、現在の電極形成技術から考えて問題なく電極を形成できるGHz帯域を例に説明しているだけであります。
さらに、図2,3,12の縦軸は、伝搬損失がdB/λで規定されて発明の効果が示されています。これは前の意見書で述べた規格化膜厚と全く同じこと(規格化膜厚は、膜厚を波長λで規格化したもの)ですが、これらの図の伝搬損失は波長λに対する減衰比dBで示され、1波長あたりどれだけ減衰するのかで表されています。つまり、伝搬損失は、波長λで規格化された値で示され、特定の周波数ではなくどんな値(周波数)でもとり得ることを意味します。
従いまして、図2,3,12に示される関係は、全ての周波数帯について成立することであり、特定の周波数帯域に限った話ではありません。また、図10は、伝搬損失をλで規格化せずにフィルタの減衰(dB)をみたもので、規格化しなかったがためにある特定の周波数で示したものであり、それが一例としてよく用いられる880MHz帯で示されているというだけのことであります。このように、本発明では発明の効果が特定の周波数に限られないで示されているので、この示唆により、本発明の弾性表面波装置が880MHz帯に限らず広く他の周波数帯域にも適用できることは当業者に自明であると言えます。
以上のように、本発明の明細書では、対象としている周波数がGHz帯域や880MHz付近に限るものであるという積極的な記載はどこにもなく、また本発明が他の周波数帯域でも使用できる示唆もあるので、前回の補正で削除した部分は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した範囲内の事項であると思考いたします。
(4)結論
以上の通り、本願発明は引用例に記載した内容より容易に想到できたものではないと思考する次第であり、再応ご審理の上特許審決を賜りたく、願い上げます。』
と主張している。

(c)当審の判断
よって、以下検討する。
本願明細書の段落【0001】~【0010】の記載をみると、本願発明は、GHz帯近傍における特性を改善するためのものであることは明らかである。
又、本願明細書中で本願発明の実施例として記載されているものにおいて、その特性を測定するために用いられている周波数帯域は880MHz近傍のみであり、その他の周波数帯域における特性図は、図20及びその説明の欄に、従来の弾性表面波装置の通過帯域特性の例を示す図として、330MHzを中心周波数とするものが記載されているのみであって、本願発明の実施例として記載されているものの中には、880MHz帯域以外での特性を測定したものは存在せず、又、本願明細書中には、本願発明のものが880MHz近傍以外の周波数帯域においてどのような特性を示すかについての記載も一切なされておらず、又、そのことを示唆する記載も存在していない。

したがって、これらの事項を考慮すると、本願発明が膜厚の絶対値とリーキーSAWの周期(波長)との比である規格化膜厚に依存し、励起される周波数帯域には無関係に適用可能であるという本件追加部分は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の事項であるものとは認められない。

よって、この手続補正は、特許法第17条の2第3項に違反するものである。

(d)審判請求人の主張について
審判請求人の主張は、明細書中には、本発明の対象としている周波数がこれらに限るものであるという積極的な記載はどこにもなく、又、図2,3,12(LiTaO3に関するものを抜粋)の縦軸は、伝搬損失がdB/λで規定されて発明の効果が示されているが、これは、伝搬損失は、波長λで規格化された値で決まり、特定の周波数ではなくどんな値(周波数)でもとり得ることを意味している。すなわち、図2,3,12に 示される関係(効果)は、全ての周波数帯について成立することであり、特定の周波数帯域に限った話ではない。また、図10は、伝搬損失をλで規格化せずにフィルタの減衰(dB)をみたもので、規格化しなかったがためにある特定の周波数で示したものであり、それが一例としてよく用いられる880MHz帯で示されているというだけのことであり、これらのことにより、本発明では発明の効果が特定の周波数(880MHz帯域)に限られず、広く他の周波数帯域にも適用できることは当業者に自明であり、本発明が他の周波数帯域でも使用できることの示唆もあるので、前回の補正で削除した部分は、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した範囲内の事項であるというものである。

しかしながら、本願発明の実施例の特性図を、図2,3,12のように、規格化膜厚で表現したとしても、それは、その特性を測定するために使用した周波数帯域における特性を規格化膜厚で表した特性図であることには変わりはなく、そのことから直ちに、これらの図が、規格化膜厚が同じであれば他の周波数帯域においても同じ特性を示すことを意味しているものではないことは明らかである。一般的に言って、あるものの特性が周波数によって変化しないことを明らかにするためには、そのものの他の条件は同じにして、周波数のみを必要な範囲内で種種変化させてその特性を測定し、その測定結果が周波数に関わらずに同じになることを証明することが必要である。すなわち、審判請求人が主張するように、本願発明の特性が規格化膜厚のみに依存し、使用周波数帯域には依存しないことを明らかにするためには、様々な周波数帯域において特性を測定し、その結果、特性が規格化膜厚のみに依存し、使用周波数帯域に依存しないことを証明しなければならない。このことを本願明細書に当てはめてみると、本願明細書中に、その他の条件は同じにして、使用周波数帯域のみを種種変化させて測定し、その結果、特性が使用周波数帯域に依存しないという測定結果が明確に記載されていなければならないことになる。しかしながら、本願明細書中で本願発明の実施例として記載されているものにおいて、その特性を測定するために用いられている周波数帯域は880MHz近傍のみであり、その他の周波数帯域における特性図は、図20及びその説明の欄に、従来の弾性表面波装置の通過帯域特性の例を示す図として、330MHzを中心周波数とするものが記載されているのみであって、本願発明の実施例として記載されているものの中には、880MHz帯域以外での特性を測定したものは存在せず、又、本願明細書中には、本願発明のものが880MHz近傍以外の周波数帯域においてどのような特性を示すかについての記載も一切なされておらず、又、そのことを示唆する記載も存在していないことは明らかである。

したがって、審判請求人の係る主張には根拠がなく、採用することはできない。

3.平成14年7月9日付け拒絶理由(1)について
(a)当審で平成14年7月9日付けで通知した拒絶理由のうち、理由(1)(以下、「拒絶理由(イ)」という。)は、以下のとおりである。
『 理 由
(1)本件出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。

請求項1~3,5~6
引用刊行物1
(A)請求項1について
引用刊行物1は、以前の拒絶理由通知においても引用されたものであるが、該引用刊行物1には、36°回転YカットLiTaO3基板上に、Alを主成分とする電極を設け、該電極の厚さは、波長の2%以上に設定し、リーキーSAWが該基板上に励起される弾性表面波装置が記載されており、又、そこには、基板のカット角は、36°から±5°程度ずれてもよいこと、及び、この弾性表面波装置は1GHz以上の高周波数においても低損失で広帯域な特性が得られることも記載されている。

なお、本願請求項1に係る発明においては、通過帯域が800MHz台~1GHz未満とされているのに対して、引用刊行物のものにおいては、1GHz帯域以上で用いられることが記載されている点で、両者は、一応、相違しているが、審判請求人も、平成14年4月26日付けで提出した意見書の「(3)A. 使用される周波数帯について」で、
「審判長殿は、理由2Aにおきまして、『本願発明は、GHz帯のように・・・周波数の上限は、高々1GHz未満にすぎないものと認められる。』として本発明を拒絶されました。
請求人は、以下に説明いたしますように、請求項中に用いられる周波数を限定する必要性は、本来は無いものと思考いたします。
請求項1は、LiTaO3基板上に電極を形成してリーキーSAWを伝搬させた時、電極の質量が影響することによって、基板の最適カット角が従来用いられていた36°より高角度側にシフトするという現象を利用して、損失が小さく、広帯域で角形比の優れた弾性表面波装置を得ています。
基板上に形成する電極の質量、すなわち膜厚の効果は、基板上を伝播する波の周波数に依存し、同じ膜厚ならば周波数が高ければ高いほどその質量付加効果は大となります。つまり、単に周波数で規定されるものでは無く膜厚の絶対値とリーキーSAWの周期(波長)との比で決定されるものであります。
請求項1では膜厚が、h/λ=C ---- 式(1)
(h:電極膜厚,λ:波長,C:請求項で規定される数値―請求項1では0.03~0.15―)で定義される規格化膜厚で示されています。ところで一般に、使用する周波数が決まれば波長λが決まります(λ=v/f,v:音速、f:周波数)。すなわち、式(1)において、Cを請求項の範囲内で一定としても、周波数に応じてhは変化できるわけで、従って請求項1の記載は特定の周波数範囲に依存するものではありません。
例えば、42°Y-LiTaO3基板上に形成したリーキーSAW共振器でh/λ=10%の場合、周波数が800MHz帯域であればλは約5μm,h(膜厚)は約500nmとなりますが、周波数が2GHzであればλは約2μm,hは約200nmとなり、さらに周波数が100MHzであればλは約40μm,hは約4000nmとなります。
以上のように、周波数を無視した絶対膜厚の考え方は、SAWデバイスの特性を考える場合意味がなく、常に波長に対する膜厚つまり周波数と膜厚の比率であるh/λに意味があります。明細書中、図10にて800MHz帯域のフィルタ特性を引用したのは、単にその一例を示したものに過ぎません。
このように、電極膜厚と周波数とはSAWデバイスにおいて切っても切れない関係にありますが、その数値が独立に存在するのではなく、あくまでも波長に対する膜厚の比が重要な要素となります。
従って、請求項中に使用する周波数帯域を規定することは技術的に意味がなく、規格化膜厚h/λが規定されていれば、必要十分であります。
しかしながら、今回の応答では、審判長殿のご指摘に鑑み、請求項1におきまして、弾性表面波装置の通過帯域を1GHz未満と限定いたしました。」
と、主張していることから明らかなように、本願請求項1に係る発明において、その通過帯域を800MHz台~1GHz未満と限定したところに格別の意味があるものとは認められないので、本願請求項1に係る発明と引用刊行物1に記載の発明とは、基板のカット角が39°を超え41°までの範囲で重複一致するものである。

(B)請求項2,3について
又、上記請求項1に係る発明に対するのと同じ理由により、40°~41°の範囲で請求項2,3に係る発明と引用刊行物1に記載の発明とは重複一致するものである。

(C)請求項5,6について
更に、電極材料として、Al-Cu合金を用いることは、当業者に周知の事項であり、本願請求項5のようにしたところに、何等格別の点は認められず、又、弾性表面波装置として、共振器をラダー型に接続したものを用いることは、いずれも、当業者に周知の事項にすぎないものと認められるので、引用刊行物1に記載の発明と比べて、本願請求項5,6に記載の発明のように構成したところは何等格別の相違点であるものとは認められない。

引用刊行物一覧
1.特開平5-121996号公報(以下、略)』

(b)審判請求人の主張
上記拒絶理由(イ)に対して、審判請求人は、平成14年9月13日付けの意見書中で、以下のように主張している。
「(1) 審判長殿は平成14年7月9日付をもって、(理由1)本件出願の請求項1~3、5~6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された引用刊行物1(特開平5-121996号公報)に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないとして、・・・(中略)・・・拒絶理由通知を寄せられた。
(中略)
(4) 以下に、理由(イ)・・・・について、意見を申し述べます。
A. まず、理由(イ)の拒絶理由につき意見を申し述べます。
審判長殿の拒絶理由を要約すると、理由(イ)では請求項1~3、5~6は引用刊行物1より公知であるというものであります。
[請求項1の内容について]
本発明の請求項1は、いくつかの要素が複合的に結びついて初めて効果を得ており、それらの構成要素を考慮して新規性進歩性を考える必要があります。クレームでは以下の要素が特定されています。
(1)カット角 (2)IDTの型
(3)電極膜厚 (4)伝搬する波の種類
(5)電極の材質 (6)基板の材質
これらの構成要素を請求項で特定しているように構成することにより、請求項1は、LiTaO3基板上に電極を形成してリーキーSAWを伝搬させた時、電極の質量が影響することによって、基板の最適カット角が従来用いられていた36°より高角度側にシフトするという現象を利用して、損失が小さく、広帯域で角型比の優れた弾性表面波装置を得ています。

[引用刊行物1(特開平5-121996)について]
引用刊行物1では、上記(4)~(6)について本発明と実質的に同様のものが示されています。しかし、(1)~(3)の要素については、以下のような相違もしくは単純な置き換えができません。
(1)のカット角の点は、引用刊行物1の[0008]段落において確かに36°回転Y板-X伝搬LiTaO3基板のカット面及び伝搬方向が±5°ずれてもよい点が示されています。しかし、36°以外のカット角を用いてもよい点は、この段落以外に開示がなく、明らかに単なる誤差範囲を示しているに過ぎません。±5°というのが伝搬方向とともに論じられている点からも、±5°という範囲に明確な技術的意味はなく、単に誤差範囲を示しているに過ぎないことは明らかです。
(2)のIDTの型の点は、[0004]段落において「共振子型フィルタは、一対の反射器間に入出力用IDTを配置することにより、低損失な弾性表面波フィルタを実現している。しかし、この構造では一般に広帯域化は困難である。」として、引用刊行物1の開示では共振器型のフィルタを否定しています。
(3)の電極膜厚の点は、電極指の規格化膜厚を2%以上との開示が[0014]段落にありますが、この例示は、引用刊行物1図1の考察から得られたものであり、図1は3つの入力用IDTと2つの出力用IDTとにより構成したIIDT型フィルタの場合を示しています。そして用いられた基板は、36°回転Y板-X伝搬LiTaO3基板です。しかも、IIDT型のSAWフィルタにおいて電極指の対数が5~30対の時でないと、電極膜厚を2%以上とする意味が出てきません。
引用刊行物1の開示から本発明請求項1の構成を導くには、以下の3ステップの変形が必要となります。
[ステップ1]
誤差範囲として示したカット角のうち39°より大きいカット角を用いる。
[ステップ2]
IDTの型をIIDT型から引用刊行物1で否定している共振器型に変更する。
[ステップ3]
引用刊行物1の図1に示される特定の条件、つまり36°カットのLiTaO3基板に複数のIDTを形成したIIDT型のフィルタの対数が5~30の場合に得られた知見である電極膜厚2%以上の条件をそのまま適用する。
以上の3ステップを踏まないと、引用刊行物1は本発明請求項1の構成には成り得ません。当業者なら用いる合理性のない誤差範囲である部分を使用するステップ1を行い、引用刊行物1で否定している共振器型を用いるステップ2を行い、36°カットのLiTaO3基板上に形成したIIDT型フィルタで特定の対数の時有効であった電極膜厚を用いるステップ3を行う事が、当業者に容易に想到されるとは思われません。ましてや引用刊行物1の開示内容が実質的に本発明と同じものとは言えません。当業者にとってこれら3ステップの変形を行う技術的合理性はどこにもなく、もし引用刊行物1と本発明とが実質的に同じ、もしくは当業者に容易に想到されるというのであれば、その合理性について審判長殿は明確に説明すべきです。
また、引用刊行物1では、[0005]段落にてSAWフィルタを構成する上で注意すべき2つのポイントを教示しています。
第1のポイントは、第2頁右欄の第1~2行「広帯域化のためには、弾性表面波の反射率の影響を小さくするために電極指の膜厚を薄くする必要がある。」です。
第2のポイントは、同頁第5~6行「挿入損失を下げるためには電極指の膜厚を厚くして電気抵抗を下げる必要がある。」です。
引用刊行物1を見た当業者が、IIDT型で開示されている引用刊行物1の図1とその説明に開示されたSAWフィルタの電極膜厚の条件を共振器型のSAWフィルタに置き換える場合、上記2つの教示ポイントに従って膜厚を決定することになります。
しかしこれらのポイントは、IIDT型のSAWフィルタの場合には適用できるでしょうが、本発明の各実施例に示されているような共振器型のSAWフィルタにそのまま適用できるかは、全く想像がつきません。
IIDT型のSAWフィルタは、入力側IDTから出力側IDTにSAWが伝搬することによりフィルタ作用を奏しますが、共振器型フィルタでは、IDTにより定常波を発生させ、これの共振現象を利用してフィルタ作用を得ています。従って、見た目に同じようなIDTであっても、そこに求められる特性は異なるものであり、膜厚の決定もIIDT型のものをそのまま流用することはできません。
例えば、本願第7図に示される共振器型の一種であるラダー型SAWフィルタの場合、[0030]段落に説明されているように、バルク波によるスプリアスの影響を避けるために膜厚は厚くしたいといった要求があります。これは、膜厚を厚くすれば、通過帯域がバルク波によるスプリアスに対し相対的に低周波側にシフトするためであります。また、本願第16図に示される共振器型の一種である多重モード型SAWフィルタの場合、広帯域化のために膜厚を厚くしたいという要求があります。どちらも引用刊行物1の前記第1の教示ポイントとは反対の要求です。
次に、上記第2の教示ポイントについては、電極指の抵抗は、
R=ρ×l/(w×t×N)(ρ:抵抗率,l:開口長,t:膜厚,N:対数)
により決定され、SAWフィルタの型に関係なく決まってくるものなので、引用刊行物1のフィルタの型をIIDT型から共振器型に置き換えようとする時、上記共振器型フィルタ独特の点に注意を払わずにその膜厚を決定しようとすると、当業者は上記第1の教示ポイントに注目するものと考えられます。つまり、引用刊行物1に開示されている規格化膜厚2%より薄い方向で膜厚を検討する可能性が高いと思われます。
以上のように、共振器型SAWフィルタの場合、IIDT型とは全く異なる観点でその膜厚を考えねばならないこともあり、引用刊行物1の教示ポイントに従って、引用刊行物1のフィルタの型をIIDT型から共振器型に置き換えようとする時、引用刊行物1の膜厚の条件をそのまま適用することはできないと言えます。
以上の点から、本発明の請求項1は、引用刊行物1の記載と実質的に同じものではなく、また当業者が容易になし得るものでもありません。
請求項2~7についても、請求項1が上述のような違いがある以上、引用刊行物1と同じとは言えません。・・・・」
と主張している。

(c)当審の判断
引用刊行物1(特開平5-121996号公報)には、リーキー波をX方向に伝搬させる36°回転Y板のLiTaO3基板を用いること、基板のカット面及び伝搬方向は±5°程度ずれていてもよいこと、電極材料としてアルミニウムを用い、電極指の規格化膜厚(h/λ)を2%以上とすること、電極パターンはその図2に示されるように、両端に反射器を伴い、入力用IDTと出力用IDTとが交互に配置された構成となっている、弾性表面波フィルタが記載されている。

そこで、本願請求項1に係る発明と引用刊行物1に記載の発明とを対比すると、引用刊行物1における「弾性表面波フィルタ」というのは、「弾性表面波装置」の1つであり、又、IDTというのは、通常、圧電基板表面上において共通に第1の端子に接続された複数の電極指よりなる第1の電極指群と、第2の別の端子に互いに共通に接続され、前記第1の電極指群の間に介在する複数の電極指よりなる第2の電極指群とよりなる櫛形電極を含む構成となっているので、両者は共に、圧電基板と、前記圧電基板表面に形成されたAlを主成分とする電極パターンとよりなる弾性表面波装置において、前記電極パターンは反射器を伴った複数のIDTで構成され、前記圧電基板上に励起されるリーキーSAWの波長の0.03~0.15倍の範囲の厚さを有し、前記圧電基板は、LiTaO3単結晶を、X軸を中心に、Y軸からZ軸方向に39°を超え41°以下の範囲の角度で回転させた方位を有するものであることを特徴とする弾性表面波装置である点では一致している。

ただ、本願請求項1に係る発明においては、IDTは共振器を構成しているのに対して、引用刊行物1に記載の発明においては、IDTは共振器を構成することが明示されていない点で、両者は一見相違している。

しかしながら、弾性表面波装置というのは、基板上に設けられた電極パターンによって生じた弾性表面波の共振現象を利用した装置の総称であるので、その電極パターンによって構成されるIDTによって共振器を構成することは、当業者に自明の事項であり、しかも、弾性表面波フィルタというのは弾性表面波装置の一つであるので、弾性表面波フィルタとしたのに比べて、弾性表面波装置としたところが格別の相違点であるものとは認められない。したがって、引用刊行物1には本願請求項1に係る発明が記載されているものと認められる。

(d)審判請求人の主張について
審判請求人の主張は、本願請求項1に係る発明においては、(1)カット角,(2)IDTの型,(3)電極膜厚,(4)伝搬する波の種類,(5)電極の材質,(6)基板の材質が特定されており、そのうち、(4)~(6)については、引用刊行物1に記載があるものの、(1)~(3)については、相違しており、単純な置き換えはできず、引用刊行物1に記載の発明から本願請求項1に係る発明の構成を導くには、上記した3つのステップが必要である、ということである。

しかしながら、引用刊行物1には、(1)カット角として、36°±5°の範囲で良いことが記載されており、それが誤差の許容範囲であるか否かはともかくとして、引用刊行物1には、本願請求項1に係る発明の範囲に含まれるところの、39°を超え41°の範囲までがカット角の範囲として含まれているところで本願請求項1に係る発明と同じである。又、(2)IDTの型については、引用刊行物1に記載の発明のものにおいては、その図2に示されているような、IIDT型を用いるように記載されているが、IIDT型の電極構造も、本願請求項1に係る発明において用いられているものと同様に電極パターンは反射器を伴った複数の共振器を構成したものであることは同じであるので、電極の型についても、引用刊行物1に記載の発明は、本願請求項1に係る発明に含まれるものであるということができる。更に、(3)電極膜厚については、引用刊行物1に記載の発明においては、規格化膜厚で2%以上とされているので、この点でも、引用刊行物1に記載の発明は本願請求項1に係る発明と重なっている。
なお、審判請求人は、引用刊行物1に記載の発明においては、電極膜厚2%以上というのは、引用刊行物1の図1に示される特定の条件、つまり36°カットのLiTaO3基板に複数のIDTを形成したIIDT型のフィルタ対数が5~30の場合に得られたものであり、又、引用刊行物1に記載の発明は、共振器型のIDTを用いることを否定している旨主張しているが、基板のカット角及びIIDT型の電極構造については、以上で述べたとおりであり、又、本願請求項1に係る発明は、「電極パターンは反射器を伴った共振器を構成・・・・・する弾性表面波装置」であるので、電極の構成や対数については何等限定がないものであり、更に、「弾性表面波装置」というのものは、前述のように、「フィルタ」や「共振器」等、弾性表面波を利用した種種のものを包含する概念であるので、引用刊行物1に記載のものも、「電極パターンは反射器を伴った共振器を構成・・・・・する弾性表面波装置」である点では、本願請求項1に記載の発明と同じである。なお、引用刊行物1においては、「共振器型」のフィルタは一般に広帯域化は困難であると述べているのみであって、IDTを用いて「共振器」を構成することそのものを否定しているのではない。

したがって、(1)~(3)の点についての審判請求人の主張には根拠がなく、採用することはできない。

5.むすび
以上のとおりであるので、、本願の平成14年9月13日付け手続補正書の記載事項には、願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲に含まれないものが含まれているので、この手続補正は、特許法第17条の2第3項の規定する要件を満たしておらず、本願は拒絶すべきものであり、又、本願請求項1に係る発明は、引用刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2003-03-04 
結審通知日 2003-03-04 
審決日 2003-03-17 
出願番号 特願2000-121676(P2000-121676)
審決分類 P 1 8・ 55- WZ (H03H)
P 1 8・ 113- WZ (H03H)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 工藤 一光  
特許庁審判長 川名 幹夫
特許庁審判官 吉見 信明
橋本 正弘
発明の名称 弾性表面波装置  
代理人 伊東 忠彦  

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